始動 その1
惑星≪アカツキ≫自治政府総督コウキ=クスノキ。
好きな人間では無い。何故か。それは、この男が普段なら絶対この地位に登れない男だからだ。
つい、数年前までは、自治政府の小役人だったクスノキは、年々悪化していく戦時下に耐え切れず、次々と逃げ出した政治家達の後釜に上手く収まったに過ぎない。それを自分の実力だと信じている所も終わっている。
目立ちたがり屋で、金に弱く、女にはもっと弱い。おまけに政治家なのに今の世界状況がまるで分かってない。一週間前に、破綻寸前の自治政府を救おうと議会に新税の提案をした時は、周囲の誰もが驚いた。何せ、≪アカツキ≫の住人で税金を払えるような人間はひとつまみも残っていない。この男は、そこまで阿呆なのか。側近達が穏やかに提案を取り下げさせたが、今ではその能力に誰も期待すらしていない。
スティーブは、嫌いな人間の前でも作り笑いが出来るくらいの大人ではある。只、この男の前では、自分がちゃんと笑えているのか自信を持つ事が出来無い。
「ユナ=オサミか……」
コウキは、データリンクに浮き上がるユナの姿を興味深く見ている。スティーブは、その視線に気に入らない光が入っている気がしてならない。
「実績も経験も無い女に頼らなければならないとは情けないものだな。それでも、君達は栄光あるジャパンの軍人か」
ユナの画像から目を離すと、コウキはスティーブを見据えた。
グレイナーとスティーブは、ユナを口説いた後、急いで≪アカツキ≫自治政府総督公館に向かった。≪A計画≫を始動させるにあたって、先立つものを確保する為だった。
自治政府も徴兵や逃亡等で人員不足が著しい。正攻法で行くより、直接トップにねじ込む方が手っ取り早い。
公館の謁見室。ふたりはあちこちでボロが出ているふかふかのソファーで足を組んでいるコウキの前に立っていた。
「お言葉ですが、総督閣下。戦争で必要なのは、今の状況を的確に把握してそれ相応の対処が出来るセンスなのです。そこには、実績も経験も必要ありません」
(お前には、政治のセンスも何も無いがな)
最後には、にこやかな笑みを見せる。自分の後ろにいるグレイナーの心の声を背中に感じながら。
「そのセンスに負けたのか? お前達は」
総督が無造作に振り回すペン先にイラつきながら、スティーブは表情を変えず軽く頷いた。
「彼女は、百年にひとりの逸材だと思います。彼女の才能は我々の範疇を超えているのです。それを見抜けなかったのは、参謀本部も我々も深く反省しています。ですから、ここがチャンスなのです。やっと、その天才の才能を開花させる時が来たのです」
「ふん」コウキは、他所を向いて鼻を鳴らした。「だからと言ってな。今更、予算をねだっても無駄な話だ。大体何だ? お前達は、≪ジェンツー≫の時、これが最後だからと言って、≪アカツキ≫の政府予算を分捕っていったばかりではないかっ。無い袖は振れないという言葉を知っとるか? もう隠す袖すらも売ってしまったわ」
確かに、≪ジェンツー≫の戦いは、連邦軍にとって最後の総力戦だという触れ込みで、注ぎ込める戦力と人材と資金を集めるだけ集めた経緯がある。≪アカツキ≫政府に期待できる予算が残っているとはスティーブも思っていない。
しかも、≪A計画≫を遂行するにあたっての推定必要金額は二千億連邦ドルである。≪アカツキ≫の通常の政府予算の一割、何もかも破綻寸前の現在の歳入では約三分の一にあたる金額だ。そうそう首を縦に振ってくれるとは思っていない。
「いえ、大丈夫です。≪アカツキ≫には、まだ財源が残っています」
スティーブは、胸を張って自信満々に答えた。
「何だ? お前は私が嘘つきだと言いたいのか? 出し惜しみしていると思っているのか? 失礼だぞ、それは! 私は金を惜しんで隠すような人間では無いぞ!」
コウキは、顔を真っ赤にしてスティーブに食って掛かった。
その怒りは最もだ。コウキ自身、緊急政府放送で土下座をせんばかりに頭を下げて、≪アカツキ≫市民の社会保障費や固定資産維持費、教育援助費等を半額以上減額し、その上、≪アカツキ≫の地方都市を四分の一放棄させたのである。
それなのに、見事に敗北した上に、もう一度チャンスをくれと言われてもどうしようもないのは当然である。
「そういう訳ではありません。実は、総督も御存じない良い手があるのです」
スティーブとしても引き下がる訳にはいかない。ようやく本当の機会が訪れたのだ。≪A計画≫の為なら、≪アカツキ≫だけでなく、ジャパン自体、さらには地球連邦全てを危険に晒してもやるべき責任があると信じていた。




