ふたつの希望 その20
「建造依頼は二隻ですよね……」
ユナは、もう一度、艦を見やった。
「その通り。隣りのドックでは、少し遅れ気味だが、二隻目の空母が造られている」
スティーブが答えた。
「まさに、虎の子の二隻だな」
グレイナーは、ユナの背中を見据えた。まるで、ユナの心を読み取ろうとするかのように。
「只、当然ながら、まだ二隻共未完成だ。さっきも言ったように、如何せん、空母の建造なんて初めてだ。それに、≪A計画≫に使用する空母の完成形は、君の頭の中にしか無い。つまり、実際建造工事の担当者に指示出来るのは君しかいない。無論、この艦を造るだけでは解決できないのは分かっている。しかし、この艦がなければ始まらないのも事実だ」
グレイナーは、力強く言った。
「人類の未来は、この艦と君の頭脳に託されているんだよ」
ユナは、その言葉に唇を噛み締めた。
「勿論、全てを君に押し付けるつもりは無い。≪A計画≫の実行にはジャパン政府も全面協力を約束してくれている。君は、希望ならば、ジャパン艦隊司令部のトップに座る事だって可能なんだ。予算、人事、政策、艦隊運用、全てが君に集中する事になる」
「……それでは、足りません。連邦政府の協力も必要になります」
その言葉にグレイナーは、前のめりになった。
「勿論だよ。既にアメリカとヨーロッパには手を回してある。彼らから連邦政府に働きかけをしてくれる筈だ」
しかし、確定では無い。最悪、ジャパンだけの力で行わなくてはならなくなるかもしれない。
(それでも……)
ユナは目を落とし、もう一度眼前に佇む艦を見上げた。
「これが、人類に残された最後の希望なんだ。何もかも足りないのは仕方無いにせよ。我々が諦めてはいかん。我々が諦めてしまったら、それこそ人類の歴史にピリオドを打つ事になってしまう。最後まで微かな可能性があるのならば、足掻き続けなければならない」
(微か過ぎる希望……。でも、それでも……)
「……もうひとつの方法を聞いていますよ」
ユナは、グレイナーに振り返った。
「連邦政府は、支配地域を捨てて移住計画を進めているようですね。ありったけの船を掻き集めて、≪ネオ≫が追い掛けてこない深宇宙に逃げて行くと……」
その計画は、ユナが退官する時には、まことしやかに噂されていた。
≪ネオ≫は、機械だ。機械は、割り当てられた事しか出来無い筈。とすれば、≪ネオ≫は、現在の人類支配地域の地図上でしか動かないと考えられる。そこに住む人類さえ排除してしまえば、計画完了と判断して進軍を止めてくれるかもしれない。
しかし、グレイナーは首を振った。
「生き残りの人類とて、何千億といるのだ。それでは、一部の者しか助けられない。それに、新しい植民可能惑星は、まだ見付かってない。見付かるかどうかも怪しいものだ。それこそ無謀な賭けだ」
ユナも心の中で同意した。どこまでも続く広い宇宙なのに。どこにでも行ける筈なのに、人間が簡単に住み着く事の出来る星は少ない。植民惑星とて、巨額の予算を投じて惑星環境を変え、それを維持していかなければ住む事が出来無い。
宇宙は、どこまでも自由である代わりに、激しく人間を拒み続ける場所なのだ。
グレイナーは、静かにユナの言葉を待った。言いたい事は全て言い終わったという顔をしている。
「……本当に、全て私の思い通りになるのですね」
ユナは、静かに聞いた。
「ああ。それが条件だ」
(どう考えても勝てる要素は無いに等しい……。連邦軍の総力を上げてもそうなのに、ジャパンだけの余力だと……)
何が出来るのか。
だが、今は以前とは違う。自分の作品を形作る為に協力してくれる人達が側にいる。
「……」
次の瞬間、顔を上げたユナの表情には、一点の曇りも浮かんでいなかった。
(この為に今まで生きて来たのかもしれない……)
ユナは、鋭い視線を取り戻していた。
グレイナーは、その目に揺ぎ無い覚悟を感じ取った。
「参りましょう。私達の宇宙を取り戻しに……」
「おお……」
その言葉に、グレイナーとスティーブは、笑顔で見合わせた。
ユナは、満面の笑みで喜び合うふたりを見ながら、厳しい表情を崩さなかった。
これから、自分はこの身を捧げるのだ。
己の判断が正しかったという証明をする為に。
さらなる犠牲を生み出す狂気の戦いを成功に収める為に……。




