ふたつの希望 その19
あちこちで、工事現場の生々しい音や匂いが立ち込めている。
(何?)
そこは、ドックの中腹に位置するバルコニーだった。鉄柵から下を覗き込むと、ドックの底で工事関係者が忙しく動き回っているのが見えた。上を見ると、遥か先に暗い天井が冷たく鈍い反射を見せている。
グレイナーも、ユナの横で鉄柵に手を乗せた。
「どうかね?」
ユナは、真正面に大きな鼻面をそそり出している大型艦を仰いでいた。
(どうかねって……)
巨大過ぎた。想像を超える存在がある。通常言われている大型艦をも超えるのではないか。
ドックの灯りをバックに黒い鉄塊が天井まで届いている。あちこちで響くバーナーの焦げ臭い臭いが鼻腔をくすぐり、作業ロボットが艦にへばりつくようにせわしなく働いている。
「これは……、新造ですか?」
≪アカツキ≫に修理するような大型艦は残っていない筈だ。という事は、この艦は新造艦なのか。
「そうだ。我々の新しい艦だ」
グレイナーは、少し胸を張って誇らしげに言った。
しかし、ユナは訝し気な表情で艦を見た。
一体、≪アカツキ≫のどこにこんなものを造る余力があったのだろう。
「大きいですね。戦艦ですか?」
正直、鳥肌が立っていた。まさか、今この時にこれ程の新造の大型艦を目にするとは思ってもいなかった。
「うむ……」
グレイナーは、意識的に答えずにいた。どこかしら、楽し気にユナを見ている感じがあった。
何を期待しているのか。ユナは、少し苛立たしく思っていた。
ユナは、もう一度目の前の艦を仰ぎ見た。
艦体は、真新しくピカピカと輝き、数メートル離れているユナ達の姿が綺麗に映し出されている。
その目が、艦の中央部に開いている巨大な空洞で止まった。
それは、艦を前から後ろまで貫く、一本の広い空間だった。まるで、ジンベエザメのような大きな口が黒々と黒がっている感じだった。
この艦が戦艦なら有り得ない構造だ。これでは、主砲を備え付ける場所が無い。その巨大な口は、大型の飛行機が通り抜けられそうな程大きかった。
(飛行機?)
「まさか……」
ユナの目はもう一度大きく見開いて行った。口も、あっけに取られたようにゆっくりと広がり、ユナは棒立ちに硬直した。
「滑走路……」
「ふふ……」
グレイナーは、楽しそうにユナの表情を満喫すると、言いたくてたまらなかったひと言をユナに聞かせた。
「そうだ。これは、ジャパンのみならず、地球連邦軍最大の恒星間航行対応型大型航空母艦だ」
「くうぼ……」
「計画では五十機の大型攻撃機を搭載する事になっている」
「空母……」
同じ単語が繰り返し口をつく。その声には、驚き以外の何物も混ざっていない。
「そう、大型航空母艦だよ」
ユナは、眉をひそめてグレイナーを見た。
「どうして、現役の時に教えていただけなかったのです? この私に……」
それは、抗議の意志も含んだ言葉だった。
この艦があるのが分かっていたら、どうにか出来た筈なのに。
そのユナの表情を見て、グレイナーは、楽しそうに顔をほころばせた。
「その張本人は、ここにいるスティーブだな」
グレイナーは、後ろを見てスティーブを指差した。
ユナも振り返ると、スティーブは照れ臭そうに頭を掻いた。
「実は、俺は≪A計画≫の信奉者でね」
「それ、初めて聞きました」
ユナは、驚いた。≪アカツキ≫自治政府軍内でも≪A計画≫の支持はほとんど広がらなかったのに。
「言って頂ければ良かったのにっ」
つい、強い口調になる。
スティーブは、申し訳無さそうに肩を竦めて見せた。
「数年前に連邦政府からジャパンに大型戦艦二隻の建造依頼が来たのは知ってるな?」
グレイナーが聞いた。
「はい。その時は、私もまだ軍にいましたので」
「その建造計画の責任者だったのが、このスティーブだ」
グレイナーは、また楽しそうにスティーブを見た。
「その大型戦艦には、新開発の長距離砲を積む事になっていてな。その長距離砲は、スレイザー砲を凌駕する破壊力があるから、≪ネオ≫より有利な立場で戦いが出来ると上層部の連中は考えたんだな。しかし、それには問題があってな。分かるか?」
新型砲の噂は、ユナも耳にしていた。
「新型砲は、次発の準備に時間が掛かる欠点があったのは知っています。相手より射程距離が長いとはいっても、二発目を撃つ前に狙われる可能性が大きい。そうなれば、長距離の有利を保つ程では無い……」
「そうだ。しかも、新造艦はコストが高過ぎて、多く造る事が出来無い。各国に割り当てられていた数は、アメリカに三隻、ロシアに一隻、チャイナに三隻、ヨーロッパ同盟に二隻、ジャパンに二隻、合わせて十一隻だ。これでは、とても十分とは言えん。こんな量でどうやって逆転するつもりか。そこで、君の影響をまともに受けてしまったある建造責任者は、大型戦艦の外殻を利用して、全く別の艦を造る事にしたんだ。新型砲を搭載する大型戦艦建造の潤沢な資金を利用してな」
貧乏なジャパン政府で大型艦の建造が出来た理由がそこにあるのか。
「空母の建造なんて、まるで初めてだからな。結構、無駄遣いしてしまったが、連邦軍本部も早く仕上げて欲しいから、財布の紐が緩みまくってたな」
スティーブがまるで自分の給料を散財したかのような口振りで言う。
「ですが、連邦軍本部からの建造依頼の場合、本部から何度も建造工程確認の査察が入るのではないですか?」
ユナの質問に、スティーブが胸を張って答えた。
「そこは、査察官の質がな。連邦軍本部も前線に人手が取られて、残っているのは知識の足りない肩書きだけの査察官ばかりさ。簡単な目視検査と工程の説明をして、後は接待、接待、時々賄賂の繰り返し。奴ら、自分の仕事の大切さなんて、これっぽちも理解してないからな」
「まあ、それを言うなら、こんなとんでもない事を仕出かすこいつを担当者にした我々の責任でもあるんだがな……」
グレイナーが自虐的に言った。
「オサミ君に言わなかったのは、この建造計画を変更したのが、君が退官した後だからなんだ。≪A計画≫の計画書は、我々の手元にあるから、艦さえ揃える事が出来れば、君無しでも何とかなると思ってな……」
「それが、何ともならなかったんですね」
ユナは断言するように言った。
「そうだ。マジックのネタは理解出来ても、それを使うにはそれなりの人間を必要とするように、やはりあの計画を進めるには、強固な壁を打ち崩す強い意志が必要だった……」
グレイナーは、そこまで言って口を閉じた。
どうしても、自分が乗り出さなければならない理由は、はっきり分かっている。頭の固い上層部の存在、実行に必要な人員選びに訓練計画、只でさえ不足する資金の割り振り、計画推進の為の情熱と努力と意地と根性、その他諸々……。
自分しか無理だろう。
ユナは、心の中で思った。この計画は、自分の手で生み出したものだ。その内容は野に放たれた汗馬の如く御し難い。他の誰にも制御出来無いし、させたくも無い。
あれは、自分のものだ。誰にも触らせない。
ユナは、両手をきつく握り締めた。




