7.黄昏の時間
「あ!」
「すごい!」
アイとフミヒコの声にシンヤもバスタブへと走り寄る。
透けたアキラの姿がそこにあった。アキラは小柄な身体をさらに小さく三角座りをして、膝に顔をうずめてバスタブで眠っている。その姿にシンヤは見覚えがあった。
(これは……初めてアキラに会った時と同じ?)
「アキラ……」
シンヤはそっとその半透明の体に触れた。そうして十年前、初めて二人が会った時に言った言葉を口にした。
「どうしてこんな所にいるの?」
「……誰にも会いたくないから」
顔をうずめたままのアキラから返事が返ってきた。その声は高く、小さな子供の声で、昔シンヤが聞いた答えと同じだった。
シンヤはさらに、昔と同じ問いかけを続ける。
「どうして誰にも会いたくないの?」
「……考えてることがわかるから」
「へぇ。オレの考えてることもわかる?」
「わかるよ……」
突然、がくんとアキラの体が震えた。シンヤはアキラの震える身体を押さえるように両肩をつかんだ。
「わかるんだろ? アキラ! オレの考えてることがわかるんだろ? なら答えろよ!」
がくがくと震えるアキラの半透明だった体は、シンヤにつかまれている所からゆっくりと変化していった。色も質感も元のアキラと変わらないようになっていく。
「アキラ! こたえてくれ! 今、オレは何を考えてる?」
すっかり姿が戻ったアキラは両手で耳を押さえ顔を上げる。それでもアキラは苦しげに眉を寄せて目を閉じたままだ。
「言葉で言おうか? 聞こえるように大きな声で叫んでやるよ!」
と、アキラの目が開いた。
「シンヤ……俺は……」
シンヤはアキラの頬を思い切り叩いた。
「起きたそうそうこれか!? 本物のアキラだったらどうすんだよ!」
アキラが頬を押さえて抗議する。
「『アキラ』じゃないから叩いたんだよ! 聞こえてるんならさっさと返事しろよ!」
「したじゃないか!」
「遅いんだよ! まったく。オレがどれだけ心配したと」
「心配してたんだ~? そういやさっきのって、いわゆる愛のこくは……」
にやにや笑いのアキラの頬を再び叩くシンヤ。
「おおっと手が滑った。あんなのは起こすための手段だから。本気にしないようにね」
クールに笑うシンヤにちぇーとすねるアキラ。見物していた三人が駆け寄る。
「ちょっとちょっとアキラ。さっきシンヤは何を考えてたの?」
「無事に戻れて良かったね」
「もうコードをいただいてもいいですか?」
「……誰この人?」
初めて見るスーツの男にアキラが眉を寄せる。
「えっと」
説明しようとするアイより早くロボットは名刺を取り出した。
「申し遅れました。わたくし、星の整理をしております」
のぞき込んでも読めない文字に、シンヤがアキラに小声で聞く。
「なんて書いてあるんだ?」
「『作業ロボット』『整理担当』だって」
「はい。こちらの方には通じないようなので、言葉を合わせてお話しましょう」
ロボットはそれから日本語を話しだした。
「こんな古い機械をまだ動かせる人間がいて驚きました。それも変則的に使うセンスも拝見できて幸運に思います。これが『黄昏の奇跡』というものですね」
「あの、夕焼けならもう終わりましたよね?」
フミヒコの言葉にロボットは首をかしげた。
「諺ですよ。ご存じないのですか?」
四人はこくりとうなずく。
「この星に太陽が二つ月が一つあるのはご存じでしょう?それがちょうど入れ替わる時、それはそれはきれいな夕焼けになるのですよ。それぞれ一つだけや二つの組み合わせでは現れず、三つそろう短い間だけ独特な色になります。先ほど見ましたよね?」
アイとフミヒコはもちろん覚えている。あのきれいなピンクオレンジのことだ。
「そのことから、何人もで協力して一人ではなし得なかった事ができることを『黄昏の奇跡』と言うのです」
納得できないような顔でシンヤが言った。
「黄昏と言えば終わっていくもの。オレが黄昏でイメージするのは『衰退』だ。そんな奇跡って言われても、なんだかオレにはいかがわしい魔法のようにしか思えない」
「もっともな意見です」
うなずくロボット。
「でも、人々とは終わっていく存在、いつか死ぬ存在ですよね? そして今、あなた方はここにいますが、明日は、いえ今晩だって一緒にはいないでしょう? つまりすれ違っていく存在でもあるのです。太陽や月と同じだと思いませんか? この星は旅行者が多くもっともすれ違いが多い場所でもあるので、できた諺なのでしょう。こんな風にまったく関係のない人々が一緒にいること、まったくの偶然で出会った人々との時間を『黄昏の時間』と言うのですよ」
ロボットはアキラに刺さったままになっていた長いコードを引き抜いた。
「どうぞ皆様、良い『黄昏の時間』を」
そうしてロボットは消えた。
「で? あのロボットって結局なにしにここに来てたんだ?」
アキラはいまいちわかっていない。眠っていたから無理もない。
「アキラを起こすためにシンヤが機械を使ったのよ」
「その時にコードが必要で、でもコードが売ってなくって」
「うわっ。よく見たら二人ともすごい格好だな。山登りにでも行ったのか?」
「そうね~」
「すっごい山だったよね~」
目をまるくするアキラに、アイとフミヒコは大変だったことを話し出す。そんな三人を見ながら、シンヤはぼんやりとさっきの言葉を思い返していた。
(『黄昏の時間』か。確かにこんなことは偶然の偶然なんだろうなぁ。アキラと似た境遇のフミヒコに出会ったことなんか特に。フミヒコの方がオレより人間できてそうだよな……って人間じゃないのか)
大きく深呼吸して眼鏡を押さえると、シンヤはアキラに顔を向けた。
「アキラ」
呼ばれたアキラは少し身構える。アイとフミヒコは黙って見ている。
「オレ信じてなかったんだ。アキラが宇宙人だってことアサヒ兄さんに言われた時も、それからも、ずっと今日まで……。オレのこと嫌いだって遠回しに伝えてるんだと思って、オレもアキラにひどい態度をとってしまって。ごめん!」
頭を下げてシンヤは続ける。
「分離する方法オレも考えるから。でも、それがわかるまでは悪いけど、『アキラ』として大学に行って欲しい。そして……オレと友達になってくれ!」
沈黙の後アキラが口を開いた。
「俺はもう友達のつもりだったんだけど」
シンヤはほっとした顔を上げた。
「良かった。オレ散々キツいこと言ったから嫌われたと……」
「俺は嫌われてるからイロイロ言われるんだと思ってた」
「お互い様かな?」
「そうだね」
シンヤとアキラはくすりと笑った。二人を見ていたアイとフミヒコも微笑む。
「良かった」
「ほんと良かったよね……って今、何時?」
腕時計を見てアイ。
「七時十分」
「遅刻だ! ごめんアイ! 今すぐ地球に戻して!」
「いいわよ」
一瞬後、アイとフミヒコは細くて暗いごちゃごちゃした路地にいた。
「表にまわればお店よ」
「ありがと。じゃ、またね」
「またね」
大きく手を振ると、フミヒコは光の扉のように見える路地の向こうへと走っていった。笑顔で見送ると、アイは『貸別荘』に戻る。
「フミヒコってバイトしてたんだ」
意外そうなアキラにシンヤはにやりと笑う。
「そうそう。しかもなんだかいい感じの女の子までいるんだよ」
「それは見てみたい! 店に行こうよ」
「あの子はお店にいないんじゃないかしら。店員さんじゃないんだから」
まったくぅとアイはあきれたが、部屋の隅に鞄を見つけた。
「あ、フミヒコ荷物忘れてる。……届けるついでに何か食べに行きましょっか?」
「その前にアイはシャワー浴びるかした方がいいんじゃない?」
シンヤの言葉にアイはあらためて自分を見た。
手は手袋のおかげできれいだが、ジーンズはどろだらけで、ピンクのシャツにいたってはまだら模様になっている。この調子なら顔もきっと汚れているだろう。
「いや~ん。家に戻ってきれいにしてくる~」
「え?」
「あ……」
あっと言うまもなくアイはいなくなっていた。
「先に喫茶店に連れていけっての!」
「まぁいいじゃないか」
珍しくシンヤがやわらかく笑ったので、アキラはいぶかしげな顔になった。
「なんか前とすっげー態度違わない? 前だったら『女の子にそんな文句言わない!』とか言われてそうなんだけど」
「そうか? オレはもともとこんなだけどね。賢く人あたりのいい『優等生シンヤ君』」
「じゃあ俺に対するあの態度はなんだったわけ?」
「う~ん。子供の旅立ちを見る親の心境かな」
「はあ?」
「『アキラ』と初めて会ったとき、小さくて弱いから守ってあげなくちゃって思ったんだよ。それでいつもそばにいて守っていた……つもりだったんだけどね。どうやら守られていたのはオレの方だったのかもしれない。アキラが全然頼ってこないとすごく寂しかったから」
「ああ、それでさっきの『愛の告白』になるわけか」
かわいい顔をにやけさせるアキラ。
「同じ顔でそういう態度取られると、すっごい傷つくんだけど」
眼鏡をずりあげるシンヤ。
「ついでに訂正させてもらおう。初めて『アキラ』に会ったときね、オレは人生に達観し過ぎて暗い気分だったんだよ。賢かったオレは、先の先まで見えてしまってた……まぁその歳なりにだけどね。それで『接触読心』できるなんて知らなかったから『アキラ』に触った。考えてることがわかると言う『アキラ』はずらずらとオレの考えてた未来のレールを間違いなく話したよ。そして驚いてるオレに『いいなぁ』って言ったんだ。たぶん『アキラ』が読んだ他人の心に、暗い自分の未来を見続けてきたせいだろうけどね」
登校拒否で家に引きこもりがちだったアキラ。初めは『接触読心』で知りたくもない心を読んで落ち込んで数日休むくらいのものだった。それがたまに行くと、さらに隔たりができた心を読んでしまい、もっと休む……と悪循環になっていったのだ。
「オレは初め、アサヒ兄さんに頼まれて義務感だけで『アキラ』に会いにきてた。適当に励ますつもりだった。でもね、『アキラ』が言ってくれた『いいなぁ』の一言で、オレがすっかり救われたんだよ。オレの評価なんて、頭はいいけど先を読みすぎるだの子供らしくないだの、そういったものばかりだったからね。そんななんでもない言葉をもらったことはなかった。それでなんだか夢中になって『アキラ』に話したんだ」
「なるほど。それがあの愛の告白に……」
「しつこいぞ!」
にやにや笑うアキラをシンヤがさえぎる。
「『オレの未来に一緒にいよう』って言っただけだろ! 言葉巧みに言いまくって、やっと顔を上げてもらえたんだ」
「そしてそこで一目惚れした、と」
「アキラ~~」
殴りかかりそうなシンヤをアキラはうまく避ける。
「まぁでも『アキラ』は嬉しかったと思うな。俺だったら嬉しい」
「……」
「ごっめ~ん。お待たせしちゃったかしら~~~?」
アイがすっきりした顔で現れた。ぴかぴかな洗い髪が赤のワンピースに流れている。
「超特急で支度してきたんだけど……あら? どうかした?」
首をかしげるアイにシンヤとアキラは首を振る。
「何も」
「遅いよ!」
「ごっめ~ん。さぁ忘れ物しないでね。行くわよ!」




