8.新しい約束
地球の細い路地へ出た三人は、フミヒコが働いている喫茶店に入った。心地よい鐘の音が鳴る。ちょうど空いていた昼と同じ席に、入り口に背を向けてアキラとシンヤ、その向かいにアイが座る。三人はそれぞれ注文した。フミヒコは中の仕事なのか見あたらない。
アイはさっそくきたパスタをフォークにからめている。
「ねぇシンヤ。アサヒさんてアキラのお兄さんなんでしょ?」
「そうだよ」
「どうしてシンヤもアサヒ兄さんて呼ぶの?」
シンヤはスープを運んでいたスプーンを置いた。
「アキラんとこと親同士が友達なんだ。同じ職場でね。だから忙しい時はアサヒ兄さんがオレの面倒みてくれて、オレにとっても本当の兄さんみたいな存在なんだよ」
「へぇ」
「そういやアサヒが言ってたよ。教えがいのある弟だって」
マッシュポテトを食べながらのアキラの言葉に、そうだろうとシンヤがうなずく。
「そんなお兄さんが言うことなら、アキラが宇宙人だってこと信じそうなものなのにね」
不思議そうなアイに、アキラはにやにや笑う。
「信じたくなかったんだよな~、シンヤは」
「ア~キ~ラ~」
余計なことは言うなよ、とシンヤはアキラをにらんだ。
来客を告げる鐘の音がした。
「あ!」
「ああ! 昼間の?」
入り口を向いていたアイとヒナコの目があった。私服で大きな荷物を持ったヒナコがテーブルへと駆け寄る。
「やっだ~偶然ね。なに? あなたたちもフミヒコを待ってるの?」
「あなたたちもって」
シンヤの問いにヒナコは破顔した。
「そう私も。まだ話し足りないし、せっかくだから待ってみようかな~と思って来たんだけど……いないの?」
ヒナコはきょろきょろと狭い店を見まわす。
「中みたいなんだ」
アキラが店の奥を指す。
「あっらジャニーズ系。昼間はいなかったわよね? なに? 友達?」
「そうなの。良かったらここ座る?」
「いいの~? 嬉しい」
アイの隣にうきうきと腰をおろすヒナコ。しばらく感心したようにアキラを見つめていたが、シンヤに向き直った。
「昼間はごめんね。私もフミヒコに会うの久しぶりのことで、ちょっと気が動転してたみたい」
「いや、オレの方こそ悪かった」
素直な反応をしたシンヤにヒナコはちょっと意表をつかれたようだ。
「なにかあったの?」
「え……なにもないよ」
眼鏡をずりあげるシンヤ。
「ふぅん? まぁいいけど。で? フミヒコはいつ上がりなの?」
「さぁ」
「そう言えば知らないわね」
「バイトしてるの知ったの今日だし」
三人の答えにヒナコはため息をつくと立ち上がった。
「ちょっと待ってて」
ヒナコはレジにいた店員と話すとすぐ戻ってきた。
「十一時までだって。私そんなには待てないわ」
しばらく考えていたヒナコは鞄から手のひらに乗るくらいの小箱を取り出した。
「悪いんだけど、これ、明日でもいいからフミヒコに渡してくれる?」
「いいわよ。でも会わなくていいの?」
「いいの。ここにいるってわかっただけで安心。よろしくね」
手を振ると、ヒナコはすぐに店を出ていった。
「ちゃきちゃきした子だな。予想してたのと違う」
初めてヒナコを見たアキラがつぶやいた。
ヒナコからあずかった小箱をアイが鞄にしまおうとしていると、シンヤが興味深そうに言った。
「アイ、それってなにかわかる?」
「さぁ? そんなに重くはないんだけど……」
丁寧にラッピングされた小箱をアイがシンヤに渡すと、ひょいとアキラが奪って手に乗せた。
「アキラ?」
「もしかしたら読めるかな~って」
しばらく目を閉じて精神集中するアキラ。
「どうだ?」
「なにか読めた?」
寝起きのようにぼんやり目を開けたアキラに、シンヤとアイが詰め寄った。
「古すぎてわかんない」
アキラはつまんないといった顔になった。
「フミヒコに開けてもらわないとね。どうする? 十一時まで待つ?」
今はまだ八時にもなっていない。
「明日でいいって彼女も言ってたし、フミヒコの鞄はレジの人に頼んで、オレたちは食べたら帰ろうか?」
「そうね。今日は疲れちゃった」
「シンヤ、俺んちくるか? アサヒがいるって言ってた」
「いいね。久しぶりにアサヒ兄さんと話したいな」
なごやかなアキラとシンヤに、アイは不思議そうな顔になった。
「ほんとにすっかり仲良くなったのね……。なにかあったの?」
「派手にあったじゃないか」
アキラが口を開く前にシンヤが言い切った。
「そうよね。じゃ、とにかく食べちゃいましょ」
雑談しながら食べて、それでも八時半には解散となった。
「おっはよ~」
翌朝アイが学校に着くと、すでにアキラ、シンヤ、フミヒコがいた。
「遅いよアイ!」
「待ったよ」
「はは」
満面の笑顔のアキラとシンヤに対しフミヒコは困ったような笑い顔だ。
なぜ三人が待っているのかわからず、アイは誘われるまま空き教室に入る。
「昨日の小箱は?」
「ああ!」
シンヤの言葉に思い出したアイは鞄から小さな包みを取り出すとフミヒコに渡した。
「な、なんだろう?」
フミヒコはぎこちない手つきで一番外側のリボンをといていく。
「この大きさだから……指輪!」
「アキラ。女の子じゃないんだから」
「う~ん、じゃあピアス?」
「アイ……フミヒコにはピアス穴ないだろう?」
そういうシンヤにも中身の想像がつかなかった。
リボンを外し、包装紙も外し、箱のふたを開けたフミヒコは思わず声を上げた。
「あ……!」
のぞき込んだ三人もつぶやく。
「それ」
「フミヒコが出すチョコレート」
「と同じもの?」
箱の中にはハート型のチョコレートが一粒入っていた。
けっこう年代物らしく、少し薄汚れたふわふわの詰め物の中、色つやが落ちていたがハートは欠けずにそっとあった。
眉をよせるフミヒコは、ふたの裏に手書きの文字を見つけた。
『かじっていいのよ!』
『これは古いから食べちゃダメだけどね』
メッセージを見たシンヤが、
「まさかとは思うけど、前に彼女からチョコレートをもらった時、丸飲みした……とか?」
「ど、どうしてそれを?」
三人はそれぞれ驚きの声を発して、思いつくまま質問した。
「フミヒコ、丸飲みしたのって一粒だけ?」
「その時の箱に入っていたの全部飲んだ」
「それってこれと同じカタチ?」
「たぶん同じ」
「のどに詰まらなかった?」
「うん。なんとか」
三人は笑い出した。
「え……だって、ハートって『心』なんでしょ? かじるの悪いかなって思って……でも食べてって言うから、しょうがなく丸飲み……もう、みんな笑いすぎだよ!」
フミヒコの叫びも三人を止められない。ひとしきり笑いの波がおさまるまで、フミヒコは待たされた。
「はぁ」
「苦しかった」
「ほんと、久しぶりに思い切り笑ったよ」
「それは良かったよ」
情けない声のフミヒコに、シンヤが聞いた。
「で、その後、彼女は病院に来なかったんじゃないの?」
「なんで知ってるの?」
「そりゃわかるよ」
手品ならともかく、目の前で本気で一箱分を丸飲みされたら、ちょっとイロイロ疑うだろう。
「それでてっきり嫌われたものだと思って連絡もできなかったんだ。だから出会っても、あんなに明るく話しかけられるなんて思わなかったよ」
「きっと彼女はしばらくして『あれは身体をはったウケ狙いだったんだ』とか思ったんじゃないかな? それでそのお返しをしようと思ったら、フミヒコはいなかった」
とシンヤは予想した。
「……フミヒコ、これは古いから食べないほうがいいぞ」
アキラが包みを見ながら言った。包みは古く色あせている。どこかで会えたら、とずっと持ち歩いていたのだろう。
「うん。でも『心』だから」
そっとフミヒコがチョコレートに手をかざすと、チョコレートのつやが出た。それをつまむと、胸ポケットに入れる。体に取り込んだようだ。
「フミヒコって『心』でできてるのね~」
アイの言葉にシンヤもうなずく。
「そう考えるといいな」
「え~? このカタチならやっぱり『愛』だろ? 『愛』がい~っぱい詰まってるんだよな?」
アキラに見つめられフミヒコは苦笑しながら口を開いた。
「なんでもいいけど、無事に分離できる方法を探さない? せっかく宇宙人が集まったことだし、なにかいい考えが浮かぶかも」
「地球人の考えも入れてくれよ?」
眼鏡をずり上げながらのシンヤの言葉に、フミヒコはうなずく。
「ああ、もちろん。願ってもないことだよ。……それにしてもシンヤ、その、こんな言い方変だけど、昨日とすごく変わったよね?」
シンヤは穏やかに笑った。
「うん。なんかさ、ちょっと考え方が変わったんだよ。『黄昏の時間』って偶然中の偶然の短い時間だと思ってたんだけど、実は毎日がそうかもしれないなぁって。だったらせいぜい毎日大切にしないとね、と反省したんだ」
「そ、こ、で! 重大提案があるんだけど」
アキラがうきうきで話すのをシンヤが慌てて止める。
「ちょっ。それはまだはっきりとは……」
「もう決定! 俺が決めた!」
「なになに? なにを決めたの?」
目を輝かせて聞くアイに、アキラはにーっと笑って言った。
「サークル作ろうよ!」
「サークルぅ?」
目を丸くするアイとフミヒコにシンヤがつけ足す。
「って言っても、まだ活動も決まってないんだよ」
「ええ? なんで? 分離する方法を研究するんだろ?」
「だからアキラ~。それは裏の目的で、表向きの活動内容がないとダメなんだよ」
事情が飲み込めてきたアイとフミヒコ。
「そっか、活動ね。そうよね。確かに偽装が必要だわ」
「本当のこと言ったら怪しすぎるよね」
「それで迷っちゃって、はっきりとは決められなかったんだ」
やれやれとシンヤはため息をつく。
「初めは自称サークルでもいいかなって思ったけど、やっぱり部屋が欲しいしね。サークルだからそんなにすごい活動はしなくてもいい。でも、運動系だとやっぱり練習が必要だ。文化系も色々考えたんだけど、どうも他のサークルとかぶるんだよ。他にオレたちにできる手頃な活動って……」
「『旅行』は? 『旅行』なら毎日しなくてもいいし」
フミヒコの提案にアイが飛びつく。
「それいいかも! フミヒコがいれば交通費もタダよ!」
「『旅行』が主活動なサークルはなかったよな、シンヤ?」
アキラの言葉にうなずくシンヤ。
「うん……そうだな。いいかもしれない」
その時チャイムが鳴った。
「え? もうそんな時間だっけ?」
腕時計を見るアイ。
「一限って出席とるんだ!」
フミヒコが叫ぶ。
「じゃあ昼休みにでも話の続きをしよう」
シンヤの言葉にみんなうなずく。
「授業中にサークル名考えといてよ」
アキラはシンヤが昨日ダウンロードして印刷した、大学のサークル名と活動が一覧に載っているリストをアイとフミヒコに渡した。
「うん」
「わかったわ」
四人はそれぞれの教室に走った。
いつもと同じ日常、だけど決して二度とこない日常の一歩を踏み出した。
ありがとうございました。
010707修正2019




