2.安定
静まり返った会場で、
フィナは真っ青になっていた。
やってしまった。
公爵へ無断で触れた。
しかも周囲は、
今の異変を全員見ている。
「……あ、あの……」
声が震える。
だがルシアンは、
怒るどころか、
フィナの手首をじっと見ていた。
まるで、
信じられないものを見るように。
「ルシアン様!」
慌てて駆け寄ってきたのは、
第二騎士団の副官らしき青年だった。
「お怪我は!?」
「ない」
短い返答。
けれど副官はすぐ異変に気づく。
「……魔力が、安定してる?」
周囲がざわついた。
ルシアンは普段、
常に冷気を纏っている。
近くにいるだけで寒いほどに。
なのに今は。
まるで雪嵐が止んだ後みたいに、
静かだった。
「……お前、名前は」
突然問われ、
フィナは肩を震わせる。
「ふ、フィナ……です」
「家名は」
「……エーヴェル男爵家、です」
その瞬間。
後ろで父親の顔色が変わった。
今まで空気みたいに扱っていた娘へ、
初めて価値を見出した顔。
フィナはそれを見て、
胸が少し冷える。
「……男爵家?」
ルシアンが僅かに眉を寄せた。
視線が、
フィナの質素な服へ落ちる。
使用人ではなかったのか。
そんな空気があった。
フィナは慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ありません……!
その、私は社交界には――」
「フィナ!」
父親が割って入った。
今までとは打って変わった、
猫撫で声。
「ルシアン様、大変失礼いたしました!
娘は少々礼儀がなっておらず……!」
フィナは目を伏せる。
さっきまで、
荷物持ちとしか呼ばれていなかったのに。
ルシアンはそれを黙って見ていた。
「……なるほど」
低い声。
感情は読めない。
だがその淡い瞳だけが、
静かにフィナを見ていた。
「今夜」
ルシアンが言う。
「もう一度、私のところへ来い」
「……え?」
「確認したいことがある」
周囲が息を呑む。
フィナ自身、
何を言われたのか分からなかった。
けれど父親だけは、
すぐ理解したらしい。
「も、もちろんですとも!」
顔を輝かせる。
「フィナ! ちゃんとご挨拶を――」
「……はい」
フィナは小さく頭を下げた。
その時。
ふと視線が合う。
黒髪の公爵。
冷たいはずの瞳が、
ほんの少しだけ揺れた気がした。
まるで。
長い間探していたものを、
偶然見つけてしまったみたいに。




