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3.選ばれた理由

その夜。


 フィナは公爵家の客間へ通されていた。


 人生で一番柔らかい絨毯に、

一番高価そうな椅子。


 落ち着かない。


(どうしてこんなことに……)


 膝の上で、

指先をぎゅっと握る。


 本当なら、

自分みたいな人間が来る場所じゃない。


 けれど。


「失礼します」


 静かな声と共に、

扉が開いた。


 ルシアンだった。


 黒い服。


 雪みたいな白い肌。


 昼間より近くで見ると、

整いすぎていて少し怖い。


 フィナは慌てて立ち上がる。


「ほ、本日はお招きいただき――」


「座れ」


「えっ」


「立っていると倒れそうだ」


 フィナは固まった。


 そんなこと、

言われたことがない。


「……失礼、します」


 おそるおそる座り直す。


 ルシアンは向かいへ腰掛けると、

無言でフィナを見た。


 沈黙が痛い。


 けれど不思議と、

昼間みたいな恐怖はなかった。


「手を出せ」


「……え?」


「確認する」


 フィナは戸惑いながら、

そっと右手を差し出した。


 その瞬間。


 ルシアンの冷たい指先が、

フィナの手へ触れる。


「っ……!」


 びくりと肩が跳ねる。


 けれど次の瞬間。


 ふわりと、

空気が緩んだ。


 冷え切っていた室内が、

春みたいに穏やかになる。


 ルシアンの瞳が、

わずかに見開かれた。


「……本当か」


 低い呟き。


 フィナには意味が分からない。


「あ、あの……」


「お前は私に触れていて、

苦しくないのか」


「え?」


 フィナは瞬きをした。


「……冷たい、とは思いますけど」


「それだけか」


「は、はい……?」


 ルシアンは黙り込む。


 普通なら耐えられない。


 彼の魔力は、

触れた相手から熱を奪う。


 長時間なら凍傷にもなる。


 なのにフィナは平然としている。


 それどころか。


 触れている間だけ、

暴れ続けていた魔力が驚くほど静かだった。


 ルシアンは、

初めてそこで確信した。


(使える)


 政治的にも。


 実務的にも。


 そして何より。


(……眠れる)


 ここ数年、

まともに眠れた記憶がない。


 氷魔力は夜ほど不安定になる。


 だからいつも、

意識を張っていた。


 だが今。


 フィナへ触れているだけで、

頭痛すら薄れていく。


 静かに息を吐いたルシアンへ、

フィナはおそるおそる口を開く。


「あの、私……何かお役に立てるのでしょうか」


 期待と不安が混じった声。


 ルシアンは視線を上げる。


 そこにいたのは、

痩せた少女だった。


 髪はぼさぼさ。


 服も地味。


 けれど、

怯えながらも真っ直ぐこちらを見る瞳だけは、

妙に強い。


 その時。


 コンコン、と扉が鳴った。


「ルシアン、入ってもいいかしらぁ?」


 間延びした女性の声。


 ルシアンが小さく眉を寄せる。


「姉上……」


 扉が開く。


 入ってきた女性を見て、

フィナは思わず息を呑んだ。


 銀に近い淡い髪。


 柔らかな笑み。


 ふわりとした空気を纏う美女。


 なのに。


 入った瞬間、

空気が少しだけ張り詰めた。


 強い。


 本能的にそう分かる。


「まあ」


 女性――シエナは、

フィナを見るなり目を丸くした。


「この子が例の?」


「……話が早いですね」


「副官くんが慌ててたものぉ」


 シエナはふふっと笑うと、

フィナの前へしゃがみ込む。


「こんばんは、フィナちゃん」


「は、はい……!」


「私はシエナ。ルシアンの姉よぉ」


 柔らかい声。


 けれどその瞳は、

一瞬でフィナの手荒れや痩せた身体を見抜いていた。


 そして。


 にこにこしたまま、

弟を見る。


「……ルシアン」


「なんです」


「まずはご飯、かしらね」


「姉上、まだ何も決まっていません」


「あら、決める気はあるんでしょう?」


 沈黙。


 フィナだけが状況についていけない。


 そんな中。


 ルシアンは静かにフィナを見る。


「……フィナ」


「は、はい」


「お前に提案がある」

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