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出発――橋の上で踏み出す一歩


この物語はフィクションです。


そのころ、アカリたちは――

緑の生い茂った森の道を、並んで歩いていた。


「いい人たちだったな」


アカリは、呟いた。


昨日の様子を思い出す。


料理に飲み物。

ありとあらゆる準備に、村人全員が取りかかっていた。


声を掛け合って、協力し合って。

アカリの座っていた位置からは、それがよく見えていた。


多分――本当は、とても迷惑な事だったと思う。

なにせ、突然の訪問だ。


なのに――


あんなに歓迎してくれて。

誰もが笑顔で接してくれて。

可愛らしい部屋まで用意してくれた。


今朝は、温かい朝食まで用意されていた。


今まで受け取った事のない温かな気持ちに、

思わずアカリの頬が緩む。


「楽しそうですね」


隣を歩くシロウが、優しく声をかけた。


「え? あ、はい……とっても嬉しかった……ので」


とっさに襟元を手で押さえたまま、アカリは照れくさそうに笑った。


「それはそれは」


シロウは目を細める。


「アナタが楽しそうで――なによりです」


静かに微笑んだ。


□□■■■


村を出て、森を抜けた先にあったのは――


「……これが、村の人たちが言っていた。

 大穴――ですか?」


その縁に辿り着き、アカリはシロウに尋ねた。


大地を裂くように広がる裂け目。


分厚い紙を何層にも重ね、それを引き裂いたかのような空隙。


覗き込めば吸い込まれそうな、どこまでも暗く――深い穴。


「……すごい、ですね」


時折吹き上げてくる風に、アカリは髪を押さえた。


「なんでもその昔、この世界を創った女神が、

 誤って破いてしまってできた大穴、だとか」


暗い大穴を見つめ、シロウが言う。


「村の方たちが言っていました。

 迂回しても、五日はかかるって……」


見送りの際の会話を、アカリは思い出す。


「村外れの大穴――どうにかならないかねー」

「トモシビト様には、一刻も早くお役目を務めてもらいたいのだけど――」

「すまないねぇ、あればっかりは、わしらじゃどうにもならなくてねー」


「あ、いえ……なんだか、すみません」


頭を下げる村人たちに、申し訳なさを感じて謝った。


「ご心配には及びません」


シロウがにっこりと笑う。


制服のポケットから、なにかを取り出して見せた。


「それって……チョーク、ですか?」


「いえ、クレヨンです。白の」


間近で見せてもらう。


シロウの手のひらに置かれていたのは、

使い込まれた白いクレヨンだった。


英字新聞のような紙片が、帯のように巻きつけられている。


文字列はちぐはぐで、

元の意味を読み取ることは難しい。


そもそも、それはアカリの世界の文字ですらなさそうだった。


まじまじと見つめるアカリに、

シロウの口元が、わずかに緩む。


シロウは大穴に向かい、片膝をついた。


背後から、アカリは手元を覗き込む。


その様子に、シロウは小さく笑った。


クレヨンを地面へと近づける。


すると――

その先の大地が、まるで透明な紙のように質感を変えた。


アカリは小さく息を飲む。


さらに、クレヨンを起点に左右へ淡い光が伸びていく。


無造作ではない。

何かを描くのにちょうどいい大きさで、ぴたりと止まった。


「……画用紙?」


呟きを背中で聞きながら、

シロウはクレヨンを滑らせる。


青白い光をまといながら、大きな円を一つ。


その内側に――

一筆で、うさぎの頭のシルエットを描き込んだ。


「えぇ!?」


意外な絵に、アカリは思わず声を上げる。


完成したシルシに、シロウが手をかざし――言葉を放った。


橋を作ろう(ブリラ·ヴェイル)


声が響く。


一拍――


次の瞬間。


穴の縁に沿って、大地が震えた。


小石や岩が浮き上がる。


シルシを起点に――


空中で、形が組み上がっていく。


崩れた大地の欠片や石塊が引き寄せられ、

寸分の狂いもなく噛み合いながら――


青白い光の橋が、巨大な穴に架けられた。


そして――


パァァァン。


光が弾ける。


白い大理石で出来た、立派な橋が完成した。


「こんなモノでしょうか」


何事もなかったかのように、シロウは立ち上がる。


「では、参りましょう」


ゆっくりと振り返る。


「…………」


アカリは、ぼう然としていた。


「……灯シ人、様?」


気遣う声。


――次の瞬間。


「……す、すごいすごい! すごいよ羽月君!」


途端に、目が輝き出す。


「も、もしかして今の……羽月君の……ま、魔法なのかな?」


「魔法」という単語に、少しだけ羞恥する。


「地面に描いてた可愛いマーク、あれってもしかして魔法陣?」


矢継ぎ早に言葉が飛び出す。


未だかつてないほどの饒舌さに、

シロウは思わず目を瞬かせた。


一歩。


アカリは興奮したまま、近付く。


気付けば――

息遣いが頬をかすめるほどの距離。


その無邪気な姿が、一瞬――「あの子」と重なる。


眩しい、と感じた。


視界が、わずかに白む。


「と、灯シ人様!?」


あと十センチ。


シロウはそっと、胸の前まで両手を上げた。


「……少々、はしゃぎ過ぎでは?」


静かに、やんわりと制する。


途端――


我に返ったアカリの顔が、さっと青ざめた。


「ご、ごめんなさい……!」


慌てて飛び退き、うつむく。


「いえ」


短く返す。


「灯シ人様が楽しそうで、なによりです」


言葉が、するりと零れた。


気まずい沈黙。


――落ち着け。


モノクルに指を添え、視界を整える。


そうでもしなければ、しまいこんだものが漏れ出しそうだった。


「では、参りましょうか?」


気を取り直して告げる。


「……あ……はい」


小さな返事。


二人は橋を渡り始めた。


橋の上を進みながらも、アカリの口は止まらない。


ただし、今度は小声だ。


「……すごい。さっきまでただの石だったのに……

 白い大理石みたいになってる……」


手すりに触れ、足元を覗き込む。


「タイルの模様……時々あのマークが入ってる……あ、ここにも」


無骨な岩だったはずのそれは、

磨き上げられた白い石畳へと変わっていた。


その様子を、シロウは静かに眺めていた。


視線に気付き、アカリは萎縮する。


「……あ、すみません。うるさかった……ですよね?」


「いえ。楽しそうで何よりです。それに」


モノクル越しに、やわらかく微笑む。


「アナタの紡ぐ言葉はどれも、

 褒められているようで、気分がいい」


「……っ」


アカリはほっと息をつき、少しだけ笑った。


しばしの沈黙。


やがて、ぽつりと口を開く。


「私……昔から、あんまり上手く話せなくて。


自分の思った事とか、その……説明とか。


どう話せばいいのか、いっぱい考えちゃって――


そうすると、言葉が……出てこなくなっちゃうんです……」


ちら、とシロウの方を見る。


少しだけ様子をうかがってから、続ける。


「……せっかく話しかけてもらっても、嬉しいのに、

 話したいのに……なぜか、詰まっちゃって


そのまま……気付いたら、相手がいなくなってて……」


一瞬、言葉が止まる。


「……私、一人だけ、取り残されてて」


小さく息を吐く。


「それの、繰り返しで……」


一瞬だけ、シロウの方を見る――が、

すぐに視線を落とす。


「こんな自分がいる意味ってあるのかな、とか。

 価値ってあるのかな、とか……」


言い切らず、少し濁す。


しばしの沈黙。


「……でも」


アカリは小さく息を吸った。


「羽月君に、今回の事を頼まれて……

 すごくびっくりしたけど」


今度は、少しだけしっかりとシロウを見る。


「こんな私にも、出来ることがあるんだって思えたら……

 なんだか、嬉しくて」


照れくさそうに笑う。


「だから……やってみようって、思ったんです」


「……そう、ですか」


シロウは柔らかく微笑んだ。


「……まさか自分が、異世界に来ることになるとは、思っていませんでしたけど――」


辿々しくも、思いを語る。


シロウはそれを聞きながら、相槌を打つ。


そして、再びモノクルに指を添えた。


――あの時も、そうだった。


『シロウが考えたマーク、可愛くて好き。

 なんだか、ぜーんぶうまくいっちゃいそう』


無邪気な声が、蘇る。


青いビー玉のような目を閉じて、ゆっくりと開く。


「今のアナタは、少し前のアナタからは想像出来ないほど――

 くるくると表情が変わり、こうして僕とも会話が出来ている」


ピタリ、と立ち止まる。


アカリも足を止めた。


「――少しずつではありますが、

 成長しているのではないですか?」


向き合い、微笑む。


アカリは目を見開いた。


一度俯き、考える。


「……そう、なのかな?」


ゆっくり顔を上げる。


「……そう、だったら……いいな」


小さく笑いかけた。


「ええ。そうですね」


シロウも頷く。


二人は、再び歩き出した。


照れくさそうに笑うアカリを見つめながら――シロウは思う。


そうでなくては困ります。


アナタの心が満たされ、豊かになればなるほど――


僕らの願いは、強く叶うのだから。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「成長しているのではないですか?」


シロウのその一言に、

背中をほんの少し押されたアカリは――

灯シ人としての、一歩を踏み出した。


次回

『お菓子の街』


次回更新予定:4月12日(日)21:00頃(予定)

※変更になる場合があります

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