一本道の街道で
この物語はフィクションです。
おもちゃ職人の街を出ると、一本の街道に繋がっていた。
背の高い木々と草花に挟まれた、馬車が余裕ですれ違えるほどの広い街道。
しかし今は、すれ違う人もなく、人の気配は感じられない。
「静かだね……」
アカリが歩きながらぽつりと言う。
「ねー」
手を繋いでいたクロエが、辺りを見回しながら相槌を打った。
「ここは、あまり使われていませんからね」
二人を案内するように、わずかに先を歩いていたシロウが振り返った。
「そうなの?」
「ええ。ここを使うのは、これから行くサイゴの村の住人たちだけです。物資の運搬用に使われてはいますが、その頻度は多くありません」
どこまでも続く道の先へと、シロウは顔を向けた。
「この先は一本道です。サイゴの村まで繋がっています」
「……サイゴ」
村の名前を聞いたアカリが、ふと立ち止まった。
「……」
繋いだ手に引かれるように、クロエも足を止め、アカリを見上げる。
「どうかしましたか?」
シロウが立ち止まって、振り返る。
アカリはわずかに言い淀んだ後、小さく口を開いた。
「私が――世界の平和を願ったら、この空が、晴れるんだよね」
そう言って、頭上に広がる歪んだ色の空を見上げる。
「――そうですね」
アカリと同じように、シロウも空を見上げる。
「今はこのような、不気味な色をしていますが――」
わずかに間を置いて、シロウは一度目を伏せる。
「元々の僕らの世界は、とても美しい世界なんですよ」
アカリに向き直り、静かに笑いかけた。
「そう……なんだ」
アカリはシロウをじっと見つめて、短く応えた。
「虹が出るんだよね?」
唐突に、クロエが口を挟んだ。
アカリとシロウが揃ってクロエへと視線を向ける。
「役目を終えた灯シ人は、虹の橋を渡って帰る――そうなんでしょ?」
そう言って、クロエはシロウを見つめた。
「……その話をどこで?」
「あ、さっき店を閉めて故郷に帰った店主さんがね、教えてくれたの。――童話らしいんだけど――」
シロウの問いかけには、アカリが答えた。
「この世界の誰もが知ってるって、店主さんが言ってたから、シロウくんも知ってるんだよね?」
アカリは答えながら、シロウの様子を窺う。
「――ええ、まぁ」
シロウはわずかに視線を逸らした。
――あ、やっぱり。
シロウはこの手の話になると、歯切れが悪くなる。
――何か、隠している。
そう思ったアカリだったが、何かが壊れてしまいそうな気がして、それ以上踏み込めなかった。
「行きましょうか」
「あ、うん」
アカリが返事をすると、シロウは再び歩き出した。
(シロウくんは――優しい)
前を歩くシロウの背中を、アカリは見つめる。
(シロウくんは、いつもゆっくり歩いてくれるんだよね……)
歩幅を合わせてくれている――そのことに、アカリは気付いていた。
(私が話すまで待っていてくれるし、私のことを気遣ってくれる――でも、それは……)
クロエと繋いだ手に、少しだけ力が籠る。
(私が――灯シ人だから?)
その考えに至ったアカリは、小さく首を振った。
三人はしばらく無言で歩いていた。
歩きながら、シロウは懐中時計を取り出す。
蓋を開いて、目を落とした。
「村までは、まだ距離があります。今日はここで休むことにしましょう」
「……ここで?」
道の途中で、三人は立ち止まった。
アカリは脇に広がる森の中へと目を向ける。
(もしかして、野営するってことかな?)
「ご安心ください」
シロウは自信と少しの期待を込めて、アカリに告げる。
「この何もない場所でも、快適に過ごせることを、お約束いたしますよ」
街道から逸れて、森の中へと入っていく。
「え?快適にって――」
アカリはガラス細工の丘でのことを思い出す。
シロウの魔法で作り出された、素敵な部屋。
(もしあれ以上のものを創られたら、また私、シロウくんに何するかわからない!?)
「あ、あんまり豪華にしなくて、大丈夫だよー」
アカリは慌てて、張り切るシロウに呼び掛けた。
アカリの声が届いたのか――
シロウが創りだしたのは、小さなロッジだった。
「ご要望の通り、今回は色々と控えさせていただきました」
シロウは入り口のドアを開ける。
リビングがひとつ、寝泊まりできる部屋が二つだけの簡単な間取り。
しかし、家具や設備は充実しているようだった。
「全部、木でできているんだね」
部屋の壁にアカリはそっと触れる。
「はい。なにせ今回は、材料には事欠きませんでしたので」
部屋を見回すアカリに、以前のような勢いはない。
それでも目を輝かせて、シロウの創ったものにひとつひとつ丁寧に触れていく。
その様子を見ているだけで、シロウは心が満たされていくのを感じていた。
間もなく夜が訪れた。
夕食を済ませて、部屋に戻っていたアカリは、ふと窓の外へと目を向ける。
「アカリ?どうしたの?」
ソファに座ったアカリの膝の上で、クロエが首を傾げる。
「え?あぁ……」
アカリはためらった末に、クロエには話すことにした。
「おもちゃ職人の街で、コハクさんって人に会ったの、覚えてる?」
クロエはコクリと頷いた。
「あの時、コハクさんに言われたこと思い出しちゃって――」
『オレはオレの目的の為に、お前を利用する』
ゴドム地区の路地裏で、コハクはアカリにそう言い放った。
「それが、どうしたの?」
「――具体的に、どうするのかなって、気になっちゃって」
クロエの赤い瞳が、大きく見開かれる。
「近くにいないと、私を利用することはできないよね?ここまでは一本道だったし、もしかして私たちの後をついて来てたりするのかな?って思ったの」
「……」
「……クロエ?」
アカリが呼びかけると――
「気になるなら、行ってみればいいんだよ」
クロエはアカリの膝の上から飛び降りる。
「え、でも――」
戸惑うアカリを残して、クロエは部屋の入り口へ向かって歩きだす。
「きっと、必要なことだと思うから」
カチャリ――
クロエは静かにドアを開けた。
「必要なことって、どういうこと?」
クロエが振り向く。
アカリの問いかけには答えず、ただ静かに微笑んでいる。
(いつものクロエと違う?)
そう思ったアカリは、思わず息を飲んだ。
「あ、じゃあ……」
しかし、どうにも「やっぱりやめた」とは言えない雰囲気なので――
「……ちょっとだけ、外の様子見てくるね」
アカリはぎこちなく立ち上がり、部屋の外へ向かって歩きだす。
「うん、行ってらっしゃい」
通りすぎる際、クロエはアカリに見送りの言葉を掛ける。
アカリが部屋を出ると、クロエはゆっくりとドアを閉めた。
一人きりになった部屋。
クロエは、窓の外へと目を向ける。
その眼差しは何かを期待し、何かを待っているようだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
"クロエ"は、ずっとその時がくるのを待っていた――
次回
『シロウとクロエ』
次回更新予定:
11月1日(日)21:00頃(予定)
※変更になる場合があります




