諦めと幕引き
この物語はフィクションです。
賑やかな遊園地区を通り過ぎると、三人は寂れた商店街通りに入った。
昨日、アカリとクロエが訪れた、ゴドム地区。
「昨日も思ったんだけど、ここは随分あっちとは雰囲気が違うんだね」
歩きながら、アカリは後方の遊園地区を振り返る。
シロウ「そうですね――」
シロウは立ち止まった。
つられるように、二人も足を止める。
「こちらはおもちゃ職人を夢見て移住し、そしてその夢に破れ、諦めた人たちが流れ着き、自然と集まって出来上がった自治区なんです」
「そう……だったんだ」
アカリとクロエは改めて、ゴドム地区を見やる。
「この街で使われている生活設備は、おもちゃ職人たちによる“作品“で出来ています」
「え?あの街灯とか――噴水とかも?」
「はい。遊園地区の乗り物もそうです。
電気ガス水道……その他あらゆるものが、何代も前の職人たちの作品なのです」
遊園地区から聞こえてくる賑やかな声に、シロウは目を細めた。
「職人たちは認められたランクによって、任される領域と収入が変わります。ですが、確かな実力と信頼さええられれば、まさに“一生金には困らない“といわれる職業なのです」
そう言い切ったシロウのモノクルのフチが、きらりと光った。
「あ、もしかして――下っ端職人とか店持ちって――」
「職人たちのランク名ですね。ちなみに一昨日の彼は、一気に三つほどランクが上がりましたよ」
下っ端職人。
見習い。
まとめ役そして――店持ち。
「それは――すごいことだけど……」
アカリは一昨日の出来事を思い出す。
アカリが何気なく手にとったスノードームの作者。
おどおどしていて、頼りなくて――アカリ自身と重なる。
(シロウくんには、そこからどう動き、何を選ぶかで未来は変わる。
経緯はどうあれ、彼はただチャンスを得ただけ――と言われたけど)
もし突然「明日からあなたがこのお店の店長ね」と言われても、きっと戸惑うことしか出来ない――あの、下っ端職人の彼のように。
複雑な気持ちで、職人街の方角を眺めていると、手を引っ張られた。
「あ……」
いつまで経っても動こうとしないアカリたちに焦れて、むくれた顔のクロエと目が合った。
「行きましょうか」
「そうだね」
苦笑するシロウにつられ、アカリも笑みをこぼす。
二人に笑われて、納得の出来ないクロエの頬がさらに膨らんだ。
「昨日は、ここまで足を伸ばしていたのですね」
ゴドム地区の通りを歩きながら、シロウが尋ねた。
「歩いてたら、いつの間にかね。そうそう、昨日ここでご飯を食べたんだけど、お料理がすっごく美味しくって――」
ちょうど、知り合った店主の店の前に差し掛かる。
しかし――
「あれ?」
店の扉と窓は固く閉ざされていた。
メニューの書かれた立て看板もなくなっている。
「大きい看板もなーい」
クロエが屋根を指差す。
「ほんとだ」
昨日までそこにあったはずの店の看板がなくなっていた。
「……お休み、なのかな?」
アカリとクロエは薄暗い店内を覗き込む。
中はもぬけの殻だった。
「どうしたんだろう……」
「ねー?」
「あー……そこの店主?今朝、出て行ったよ」
三人が立ち止まって店を眺めていると、中年の男性が話しかけてきた。
「え?……出て行ったって」
男はアカリたちにゆっくりと歩み寄り、閉まった店へと目を向ける。
「やっと踏ん切りがついたから、故郷に帰るってさ」
それは今朝のこと――
すっかり片付け、空き家となった店を、店主は煙草を咥えたまま見つめていた。
「お、なんだ。お前も出て行くのか」
自分の店の準備をはじめようと外に出ていた男は、苦笑しながら歩み寄る。
「あー……まぁなぁー」
店主はぼんやりと答え、煙を燻らせた。
しばらく二人で店を眺め――
「これから、どうすんだ?」
男は口を開く。
「……そうだなぁー……故郷に帰ろうと思ってる」
「へぇー。おもちゃ職人になるって大みえ切って出てきたから、帰るに帰れねーって言ってたのに?いったいどういう心境だ?」
「……どうもしやしねーよ。――ただ」
店主は一度言葉を切り、口から煙草を外した。
「最高の客が来たから、最高な気分のまま終わらせられた。それだけだ――じゃあな」
軽く手を振って店主は去って行った。
話を終えた中年の男性は、ふと職人街の方へと目を向ける。
「この街の職人共は、基礎こそめちゃくちゃ丁寧に教えてくれるんだが、そこから先は“技術は見て盗め“だからなー。そりゃあ、ガキの頃から職人たちの背中を見て育った奴とはアドバンテージが違うってもんさ」
アカリたちの視線に気づき、
「かく言うオレも、そのうちの一人だ」と、中年の男性は苦笑する。
「でも、アイツ――」
男はアカリとクロエを順番に見る。
――ああ、もしかしたら。この子たちが、その“最高の客“だったのかもしれない。
ふっと口元を綻ばせた。
「妙に清々しい顔してやがったなぁ」
どこか羨ましそうに呟いた。
事情を教えてくれた男に礼を言って、アカリたちは再び歩き出した。
ゴドム地区を抜けると、一本の街道へと繋がっていた。
「ここからサイゴの村までは一本道になっています……灯シ人様?」
隣で何か考えこむアカリの顔を、シロウは覗き込む。
「……さっきの話」
しばらく黙っていたアカリが、ぽつりとこぼす。
「さっきの……ああ、知り合った店主のことですか?」
アカリはこくりと頷く。
「店主さんは、目指していたおもちゃ職人になれなくて、故郷に帰った――でも、暗い気持ちで諦めたってわけじゃないんだよね?」
ひとつひとつ確認するように、アカリは言葉を紡ぐ。
「――そうですね……」
シロウは顎に手をあて、言葉を選んで答える。
「いうなれば……自分で幕を下ろした、といったところでしょうか?」
「幕引き……?」
アカリの頭に、薄暗い舞台でお辞儀をする役者の姿が思い浮かんだ。
「職人たちの“見て盗め“という暗黙のルールによって、若い世代が育ちにくいという話は、僕もよく耳にします」
「いじわるなの?」
クロエの言葉に、シロウは一瞬目をまるくする。
「いえ、基礎は本当に長い期間じっくり教え込んでいるようなので、ある意味――そこからどれくらい熱心に取り組み、技術を自分のモノにしていくのかを試しているような……」
「……がんばったのに、できなかったってこと?」
クロエは小さく首を傾げた。
「……そうかもしれませんね……さきほども言いましたが、あのゴドム地区はそういった者たちが自然と集まって出来た地区です」
そこでシロウは言葉を切り、アカリへと顔を向ける。
「これは僕の主観ですが。事情を教えてくれたあの男性は、ゴドム地区に残ることを選んだ者。
一方で、灯シ人様と出会った店主は、自分の夢にひとつの区切りを付け、新たな道を選んだ者――といったところでしょうか」
シロウはモノクルの縁にそっと手を添える。
「いずれにしても、悲観的な選択ではない――と思いますよ」
ふっと、その青いビー玉のような瞳を細めた。
「そっか……そうだったらいいな」
昨日知り合ったばかりの人の、新たな旅立ち。
そう思ったら、なんとなく心が軽くなった気がして――
アカリは小さく笑った。
シロウはわずかに振り返る。
「……自ら終わらせることも、また選択のひとつ――か……」
ぽつりと呟いた。
「シロウくん?」
呼ばれてすぐに笑顔を向ける。
ふと浮かんだ考えを振り払うように、シロウは小さく首を横に振った。
その様子を、クロエの赤い瞳がじっと見ていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
店主の話を聞いたアカリは、諦めの中に様々な事情があることを改めて知る。
一方で、シロウは自ら終わらせるということに引っかかりを覚えて――
次回
『一本道の街道で』
次回更新予定:
10月24日(日)21:00頃(予定)
※変更になる場合があります




