外伝 コハク――彼女は――
この物語はフィクションです。
彼女は――片付けがとても苦手だった。
「やぁー、悪いねぇー手伝ってもらっちゃって」
「…………いいよ、これくらい」
ちっとも悪びれていないメノウを尻目に、彼は、手に持った袋にお菓子の空き箱や袋を次々と入れていく。
彼の言う「赤くて輝きのない石」に、メノウは心当たりがあった。
数日前――
妙に気になって、道端で拾ったのは確かだ。
しかし。
拾ってから、どうしたのか。
そこから先の記憶が途絶えている。
どこかに置いたか、しまい込んだか、
まぎれたのか――
「よく思い出して!」と、彼に迫られたが、思い出せず――
二人は、この散らかった部屋の捜索及び掃除をすることにした。
「……あの石をなくすなんて――信じられない」
「あははー、ごめーん」
机の上の散らばった書類を束にしていくメノウに、彼は呆れて大きなため息をついた。
「というか、あの石を辿ってここに来たって言ってたよね?キミこそわからないの?」
床に座り込み、メノウは必要な書類と不要な書類を仕分けし始める。
「――一応、この石が呼びあってはいるんだけど……」
彼は一通りのゴミを拾い終えて、袋の口をきゅっと結び、ポケットから赤い石を取り出す。
「この家の中……としか」
「なるほどー」
メノウは彼に歩み寄り、その手元を覗き込む。赤い絵の具をベターっと塗っただけの、それ以外に特に特徴のない石。
「……キミみたいな子がいるってわかったから、ピンポイントで石の在り処がわかるように、改良してみようかな」
彼は赤い石を再びポケットにしまいこむと、メノウの方をじろりと睨んだ。
「今まで、石を無くす子なんていなかったのになぁ」
呟いて、適当に物が突っ込まれた本棚の前に置かれた台の上に飛び乗る。
「今までって……」
「あ!なんで五巻と六巻の間に二十一と三十が挟まってるんだ!?」
彼はぶつぶつと文句を言いながら、本を正しい順番に並べ直していく。
「……ま、いっか」
苦笑して、メノウは再び仕分け作業に戻った。
彼の身体は小さく、手足はぬいぐるみそのもの。
だが、その動きはテキパキとしている。
――なんだか、妙に手慣れているような。
そう思ったメノウは、彼に声をかけた。
「もしかして君。実は片付け得意?」
メノウが言って――パチンと指を鳴らす。
すると袋の中に詰められていた不要な書類の束が一瞬でバラバラに裂かれた。
その光景に彼は、思わず作業の手を止める。
「今の、なに?」
「え?日常魔法、アタシのオリジナル」
今度は開きっぱなしの引き出しに向けて指を鳴らす。
散らばっていた全てのペンや筆が空中で揃い、空っぽになった引き出しへと収まる。
そして、引き出しが勝手に閉まった。
「すごい」
感心する彼に、メノウは苦笑する。
「そう?でも精度はイマイチで、たまーに変な物もしまっちゃうんだよねー」
それで結局探すはめになって、あの有様になるらしい。
「……この世界には、魔法があるんだね」
彼は改めて部屋の中を見回した。
飾られている物、置いてある道具や材料の数々は、彼が今まで見たことがない物で溢れていた。
「キミの世界には、魔法はないの?」
メノウは床に脱ぎ捨てられていた衣服を拾い集める。
「……日常的に使われるものはないよ。僕が、それっぽいのが使えるけど――いいなぁ、とっても便利そうだ」
「片付け、得意なのに?」
苦笑するメノウに、彼は――少しだけ迷って。
「……僕の大好きな子が、いつもすぐに散らかすんだ」
ポツリ、と呟いた。
「……そうなんだ」
彼の垂れ下がった長い耳を、メノウは見つめる。
「それは――困っちゃうね?」
メノウはベッドに向って、抱えた衣服を放り投げた。
「……キミも大概だと思うけど?」
「言えてるぅ〜」
間髪入れずに彼はジトリと睨むも、メノウのケタケタという彼女特有の笑い飛ばされる。
「まったくもう……」
呆れたように、ため息を吐く。
しかし、肩の力が少し抜けたようで、彼は小さく笑みを零した。
メノウと彼は、しばらく互いの作業に集中していた。
時々他愛のない話をして、メノウのいい加減さに彼が怒り、呆れる。
――ようやく終わりが見えてきた頃。
階下から、鍵の開けられる音が微かに聞こえてきた。
ドアの開く音に続いて――
「メノウ、いるか?」
低く、だがよく通る声がメノウの部屋まで届いた。
「あ、おかえりなさーい」
メノウが大声で返す。
「……誰?」
すぐに緊張が走った彼の声が、わずかに固くなる。
「お兄ちゃん」
しかし、メノウはあっけらかんと答えた。
兄――コハクは、ゆっくりと階段を上がって来る。
「お前に頼まれてた例の物。ルイとファルクに渡しておいたぞ」
言いながら、部屋の入り口に大柄な男が現れた。
開けっ放しのメノウの部屋。
「おかえりー。
ありがとー。何か言ってた?」
メノウはすぐにコハクへと歩み寄った。
「いや。ただ、これからはオレの妹に頼らず、自分たちで何とかしろ……と釘は差しておいた」
「もう……お兄ちゃんは」
メノウは口をへの字に曲げる。
「アタシだって、ダメそうな時はちゃんと断ってるもん!」
「しかしだな――」
頬を膨らませる妹と宥めようとした、コハクの視線が――ふと、下へと向けられる。
「……床が……見える」
「なにさ」
「あ、いや」
メノウに睨まれ、コハクは慌てた。
「····今まで何を言っても、片付けなかったのに、何かあったのかと……」
メノウはおもむろに目を逸らす。
「あ〜まぁ、そこは――
この子のおかげっていうかぁ〜」
言われて、コハクはいつの間にかメノウの足元にいる、彼の存在に気がついた。
「はじめまして」
彼は一歩進み出てペコリ、と小さなお辞儀をする。
「……」
唐突に、コハクはしゃがみ込んだ。
――またもみくちゃにされる!
内心そう警戒する彼だったが、コハクはまじまじと彼をみつめるだけだった。
思わずほっとした息を吐く。
「自立型のぬいぐるみ?……お前が作ったのか?」
見上げてくる兄に、メノウはフルフルと首を横に振った。
「ううん。なんか急に現れた」
「急に?」
「うん」
コハクの切れ長の目が鋭くなる。
しかしメノウはどこ吹く風で頷いた。
「あぁ、そういえば。結局見つからなかったね、石」
メノウは彼へと視線を向ける。
「·····石?」
ゆっくりとコハクは立ち上がった。
「そう。アタシたち、それを探しててさー。
お兄ちゃん見てなーい?これくらいのサイズで、赤いやつ」
「……」
コハクは無言で、ズボンのポケットに手を入れる。
「一週間くらい前に拾ってきて……どっかやっちゃったっぽくて」
「これのことか?」
コハクの手の上で、ころんと赤い石が転がった。
メノウはひょいと摘み上げ、すぐに彼に見せる。
すると――
「それですぅぅ」
彼は飛び上がって叫んだ。
「間違いない!これこそ灯シ人様の証!」
ガッシと、石を持ったメノウの手を彼は掴んだ。
「あぁぁぁ、この石のことかぁー」
メノウもようやく思い出したようで、彼と一緒になって叫んだ。
『どこにあったのぉ?』
「……っ」
息の合った二人に詰められ、コハクの口が引きつる。
真剣な二人の様子に、わずかに怯みながらもコハクは答えた。
「――キッチンの···ポットの脇に、放置されてた」
――沈黙。
やがて――
「うわ、マジかっ!?」
メノウは顔に手を当てて天を仰ぐ。
「あー……そういや、なくさないようにしなきゃって保管場所考えながら、コーヒー淹れてた気がするー」
当時の様子が、少しずつだが蘇ってくる。
「結局放置してるじゃないか!大切な証をそんなに粗末にして……」
「ごめんてー、道端に落ちてた、ただの石だったからぁ」
猛抗議する彼に、メノウは両手を合わせて謝った。
「だとしても、この石は僕らの世界にとって大切な――」
「待て!」
言い合うメノウと彼の間に、コハクの一喝が割り込んだ。
二人はピタリと動きを止める。
「なに?」
「……」
コハクは怪訝な顔を向ける妹にではなく、その隣にいる彼を静かに睨みつける。
「····"証"と言ったな。
そもそも、お前はいったい何者なんだ?」
頭上からの猛禽のような鋭い視線。
それを受けた彼の、青いビー玉のような瞳が、キラリと輝いた。
彼はぴょんと跳ねて、片付いたばかりの机の上へと着地する。
「……」
コハクの視線は彼を捕らえたまま動かない。
「え、えーと」
一方で、メノウはコハクと彼を交互に見ている。
キレイに片付いたメノウの机の上で、彼は居住まいを正す。
「僕は、僕らの世界を救ってくださる救世主――灯シ人様を求めて、別の世界からこの世界にやってきました」
フワフワの身体を器用に使い深く、お辞儀をする。
「灯シ人《救世主》?」
メノウが小さく問いかける。
「はい」
「……」
短く、しかし力強く彼は頷く。
それを見て、コハクは一瞬、表情を固くする。
しかし彼はお構いなしに話を続ける。
「僕らの世界は今、とても危うい状態にあります。このままでは、近いうちに黒く染まって壊れてしまう」
その視線が、ゆっくりとメノウへ向けられた。
「しかし、灯シ人様であるアナタの力があれば、僕らの世界は、平和な世界を続けさせることが出来るのです!」
「……アタシの?」
「はい」
メノウが自分を指差すと、再び彼は大きく頷いた。
「だから、どうかお願いします。
僕と一緒に来てください。
そうして、僕らの大事な灯シ人様になって――」
「だめだ!」
コハクの声が、二人の間に無理矢理割り込んだ。
空気が一瞬でピタリと止まる。
同時に、二人の視線がコハクへと向けられた。
机の上で、彼は静かに佇む。
青いビー玉のような目でコハクを見つめる。
「····お兄···ちゃん?」
突然の兄の乱入に、メノウはわずかに戸惑う。
コハクは大股で彼に近づき、敵意の籠もった目で彼を見下ろした。
「おい、お前はいったい何を企んでいるんだ?」
目の前の存在を睨みつける。
「企むなんてそんな……人聞きが悪いなー。
僕はただ――お願いをしに来ただけだよ」
ふうと息を吐いて、彼は続けた。
「このままだと、僕らの世界は本当に壊れちゃうんだ。
もうそんなに時間も残っていないし―それに」
一つ間をおいて、彼はひどく悲しそうに顔を伏せた。
「……あの子の悲しむ顔は、もう、見たくないんだ……」
(……あの子?)
メノウはすぐに思い当たった。
コハクが帰ってくる前。
部屋の掃除の最中。
会話の中で、彼が言っていた――
「片付けが下手なあの子」のことだと。
「……ね、ねぇ」
「知るか」
メノウが一歩進み出るよりも先に、コハクが冷たく突き放した。
「それはお前達の問題であって、オレ達には関係ない。わかったらさっさと出て行け!」
静かに強く、コハクは言い放つ。
「で、でも!」
「……」
縋る彼に、コハクはただ、冷たい視線を向けるだけだった。
もはやとりつく島もない。
そう思った彼は――そっと手を伸ばしかけて、静かに下ろした。
「……灯シ人様が祈ってくれないと……僕らの世界は……」
彼は服の裾をぎゅっと握り絞めた。
静かな部屋に、弱々しい声が落ちていく。
「……」
コハクは彼を一瞥し、深くため息を吐く。
もう話は終った――そう思った時だった。
「え?祈るだけでいいの?」
実にあっけらかんとした声が、コハクの背後から飛んできた。
弾かれたようにコハクは振り向くと同時に、彼もまた両耳をピンと立てて顔を上げた。
二人の視線が一気に集中し、さすがのメノウも肩をびくりと揺らす。
「おい!」
すぐにコハクが大股で近付き、メノウの両肩を掴んだ。
――いやな予感がする。
「メノウ!」
眉間に皺を寄せたままコハクが叫んだ。
しかし――
「え?だって――」
何てことはないとでも言うように、メノウは口を開く。
「"それだけ"なんでしょ?」
その言葉と声色に、コハクは愕然とした。
「あのな、メノウ――」
「ねぇ、そうなんでしょ?」
もはやコハクは、頭を抱えたくなった。
コハクの手からするりとメノウは抜け出て、そのまま机の上の彼に歩み寄る。
「は、はい、はい!」
彼ははっとして、何度も頷く。
「僕らの世界を旅していただいて、最後に平和と安寧を祈って、それでオシマイです」
屈んで目線を合わせるメノウに、彼は嬉々として話す。
「え、旅って徒歩で?それはちょーっとめんどうだなぁ」
メノウが渋ると、慌てて彼は顔を横に振る。
「だ、大丈夫!僕らの世界はとっても小さいから、すぐに回り切れるさ!
お菓子の街とか、ガラス細工で出来た丘とかあってね――」
「え、何それ!楽しそう」
「おい!」
自分の世界の見所を語り出す彼。
それに興味を持ち始めたメノウ。
二人の間に、コハクは割って入ろうとする。
――しかし。
「後から追加で条件とかってない?」
「そんなのないよ!本当に、キミが目的地まで歩いて、祈りを捧げてオシマイなんだ」
「メノウ!」
二人の会話はどんどん進んでいき――
「ちゃんと、帰ってこれる?」
「はい!」
「ん――――――――」
彼に即答され、メノウは両腕を組んで、きつく目を閉じて唸った。
長い沈黙。
「おい、メノウ」
「わかった」
一言、そう告げるメノウの肩にコハクが手を置いたのは、ほぼ同時。
そして、コハクの顔からさーっと血の気が引き、かける言葉を失った。
唇を噛み締め、静かにその手を下ろした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
散らかった部屋を一緒に片付けをする中で、
メノウはしろうさぎのぬいぐるみとの距離を縮めていき――警戒心すらも薄れていった
次回
『外伝 コハク――いいよ――』
次回更新予定:
9月27日(日)21:00頃(予定)
※変更になる場合があります




