外伝 コハク――それは突然現れた
この物語はフィクションです。
それは突然、現れた。
「――え?」
作業に没頭していたメノウの目と、ビー玉のような青い瞳がかち合う。
メノウは瞬きを繰り返し、勢いよく立ち上がった。
「うさぎぃ?の…ぬいぐるみぃぃ?」
その勢いのまま――
「あ、わぁぁぁぁ」
ガタァァァン!
盛大に、イスごとひっくり返った。
その衝撃で、床に建設されていた書物の塔がいくつか崩れる。
「いったたた」
「だ、大丈夫ですか?」
机の上から、少年のような声が降ってくる。
「あ〜まぁ、なんとか?」
打ち付けた腰元をさすりながら、メノウはゆっくりと立ち上がる。
「それよりも!」
「うわぁっ!?」
目の前の、白くてふわふわで一抱えできるその存在を、がっしりとメノウは掴む。
「と、突然なにを……」
「おー……動いて喋るうさぎのぬいぐるみ……誰が作ったのかしら」
ひょいと持ち上げて、全身をくまなく調べ始めた。
「ちょ、ちょっとぉぉー」
黒と紺を基調にした執事のような服。
銀縁のモノクル。
メノウの手からジタバタと暴れて逃れようと藻掻いていている。
「や、やめてよぉぉ」
うさぎのぬいぐるみから発せられる抗議の声を、メノウはひとまず無視することにした。
メノウは、掴んだままのそれを無遠慮に触って、撫でて、めくって――散々いじくり回した後、再びその顔をじっと見つめる。
「誰が作ったんだろう……」
「……」
ぐったりとしたそれは、メノウを睨みつけていた。
しかし。
「……もしかして、お兄ちゃん?」
――制作者の顔を想像して、すぐに噴き出す。
「……似合わなすぎ」
ケタケタとメノウは笑う。
「····あのぉ〜」
両脇を掴まれたままのそれが、わずかに両手を動かす。
「ああ!もしかして」
「うわぁっ!?」
メノウが何か思い当ったようで――急にパッと両手を離した。
「あ、危なかったぁ」
うさぎのぬいぐるみは、なんとか机の上に着地する。
一息ついて、見上げた先で――口元に手をあて、彼女は真剣な顔で思考を巡らせている。
「メアリーナさんの使い魔?……もしかして新しい依頼かな?
それか、ルヴェルに頼まれた調合薬について?いやあれは――まだ大分先で良かったハズ?」
「……」
ぬいぐるみの彼は、その様子をただ静かに見つめていた。
「あっ!まさかハミィ?あの子、またなんかやらかした?」
一通り思考を垂れ流し終えたメノウは、直接ぬいぐるみの彼に問い掛けた。
再び目が合う。
白うさぎのぬいぐるみ――ここからは便宜上"彼"と呼ぶことにしよう――彼は、ボタンのような小さな鼻を引くつかせた。
メノウという少女は、どうやらとても頼りにされているようだった。
彼女が抱えるものは、一つや二つではないらしく。
次々に口から飛び出た「頼まれ事」の数々が、それらを物語っていた。
内容は、よくわからない。
けれど、かなり忙しい日々を送っているようだ。
でも。
――大丈夫だ。
この子なら、きっと、
僕らの「頼み」も、
ひとつくらいなら、きいてくれる。
今までの子たちと同じように、
きっと"そういう優しい子"なんだ。
彼女の様子をじっと見つめていた彼は、そう確信した。
「あれ?違った?じゃあ――」
彼からの返事がないことに、さっさと見切りを付けて、乱暴に頭を掻いた。
「――残念ながら、キミの頭の中に、答えはナイよ」
「――は?」
緩く首を振る彼に、メノウは怪訝そうな顔を向ける。
「それって、どういう――」
「僕は、僕らの世界を救ってくれる――キミを探してここに辿りついたんだ」
可愛らしい、見た目。
あどけない、少年のような声で告げられ、メノウは眉をひそめる。
「……ア、アタシを?」
「そうさ」
間髪入れずに頷く彼に、メノウは自ら近付く。
「なんでアタシ?それに僕らの世界って···」
「ここではない、きっと言っても信じない。
誰も知らない、僕らの世界のことだよ」
(何言ってんの、コイツ)
思い切り顔を顰めるメノウに、彼は白い毛で覆われた短い両手を伸ばす。
「石を持ってるでしょう?真っ赤な輝きのない――キレイな石」
「――石?」
「そう。それこそが、僕らの世界を救う、救世主――灯シ人様の証なんだ」
厳かに告げる彼の言葉が、部屋の中にやけに響いた。
しばしの沈黙の後――
「·····石、って···」
戸惑いつつも、メノウは口を開く。
「どれのコト?」
「え?」
ポリポリと頬をかきながら、メノウは部屋の中をキョロキョロと見回した。
床に広がる、さきほど崩れて山となった分厚い本たち。
まだ無事な塔がいくつか残っている。
「あー……」
彼は足元へと目を向けた。
彼のいる机の上には、書き損じて丸めた紙や、書類が散らばっている。
そのさらに上に散乱する、食べかけのお菓子の箱や袋で――もう、ぐちゃぐちゃだ。
材料や道具の蓋は豪快に開けっ放し。
棚や本棚も適当に物が突っ込まれていて、今にも雪崩が起きそうだ。
とても年頃の女子の部屋とは思えない。
驚きの汚さだ。
彼はキョロキョロと部屋を見回して、再びメノウへと視線を戻した。
「てへ♥」
笑って誤魔化そうとする彼女を見て、
「はぁーーーーー……」
彼はがっくりと肩を落とし、長いため息を吐いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
突然、メノウの前に現れた。
まるで生きているように動く、うさぎのぬいぐるみ。
彼の目的とは――
次回
『外伝 コハク――彼女は――』
次回更新予定:
9月20日(日)21:00頃(予定)
※変更になる場合があります




