路地裏の再会
この物語はフィクションです。
クロエから離れたアカリは、すぐに路地裏に駆け込んだ。
走って、走って――蹲る男の背中が見えて――
「……あ、あの!」
アカリは声を掛けて、止まった。
振り向く男のすぐ近くで、膝に両手をついて、息を整える。
「お前は――」
男はそれだけ言って、すぐに立ち上がる。
踵を返そうとした――しかし。
「……あ、あの魔法陣は、シロウくんっていう男の子が、描いたものなんです」
アカリの言葉に、男の足が止まる。
「あなたの言う、うさぎのぬいぐるみは知らないけど……」
一つ大きく息を吐いて、
「それだけ、伝えたかったので……」
アカリは小さく笑った。
男は一度口を開きかけて――
「···そうか」と小さく呟き、ローブを翻す。
しかし――
「……ぐっ」
男の身体がぐらりと傾く。
胸元を抑え、その場に膝を付いた。
「だ、大丈夫ですか?!」
「触るな……」
思わず肩に触れようとするアカリを、静かに制する。
「……っ」
一瞬、揺れるアカリの目を見て、男は気まずそうに目を逸らした。
「……触ら、ないでくれ。その――」
ローブの上から、自身の手首をそっと掴む。
「……そっちは、触られると痛むんだ」
「あ……ご、ごめんなさい」
「……いや」
袖から覗く男の手に絡み付くように、無数の黒い茨のような痣が見える。
(なんだろう……入れ墨のような)
思わずアカリが見つめていると、その痣が血管のように浮き出て、小さく脈打った。
「……っ?」
アカリは息を呑む。
(今、動いた?)
「お前は···灯シ人、なのか?」
背を向けたままの男が、低く問いかける。
「···そう、みたいです」
アカリは一瞬迷って、曖昧に笑ってみせた。
「――みたい?」
男は振り向き、顔を顰めた。
「随分曖昧な言い方だな。……頼まれたんじゃないのか?」
『僕らの世界を救う。灯シ人になって――』と。
妹が消えたきっかけ。
その言葉を、思い出す。
「なんというか···気が付いたらこの世界にいて、たまたま私がその証しを持ってただけっていうか···その流れでというか……」
男は思わず言葉を失う。
「……そうか」
頬を掻きながら力なく笑うアカリに、それしか言いようがなかった。
少し落ち着いたようで、男はゆっくりと立ち上がった。
「···メノウは、オレの妹だ」
「――え?あ、前に魘されていた時の」
「この世界では――」
アカリの思考を、男は遮る。
「灯シ人サマと呼ばれていた」
ひたり、と切れ長の鋭い視線が、アカリを見据える。
「……え」
驚くアカリと、男の琥珀色の瞳が交差する。
「メノウの前に、ある日突然現れた。
生きた――白いうさぎのぬいぐるみだ」
「生きた、白いうさぎのぬいぐるみ?」
そのワードが、どうにも引っかかる。
しかし、目の前の男は至極真面目に続けた。
「妹は、そいつに――頼まれ、請け負った。
過去の灯シ人だ」
「メノウさんが……過去の灯シ人?」
呟くアカリを、男は一瞥する。
「……この世界には裏がある」
低く唸るように、男は告げる。
「オレはそれを暴いて、必ず妹を――メノウを取り返す···そのために」
猛禽のような、鋭い眼差しをアカリに向ける。
「オレは、お前を利用する」
はっきりと、男は言い切った。
二人の間に――沈黙が落ちる。
(利用……)
言葉の意味が、すぐに理解できずにいると、
「じゃあな」
解れたローブの裾を翻して、男は立ち去ろうと背を向ける。
「あ、あの…」
思わず、アカリは呼び止めてしまった。
「……」
立ち止まり、怪訝な顔を向けられる。
焦ったアカリは――
「えぇと、そう!名前」
思いつくままに叫んだ。
「……名前?」
「そう……あなたの……」
訝しむ男に言いかけて、少しだけ言葉に詰まる。
「えぇーと……」
「……」
「あ、言いたくなければ……」
「――コハク」
わずかに視線を逸らして、男は告げた。
(……教えて、くれた)
ほんの少しだけ、嬉しく思う。
その顔を見て、一瞬男――コハクは目を見開いた。
「あ……」
「わ、私は――アカリ、です」
わずかに緊張が解けたアカリの顔を見つめ、
「アカリ……そうか」
それだけ言って、男――コハクは去って行った。
コハクが去って、アカリはすぐにクロエのもとへと戻った。
路地を抜けて、すぐにその姿を見つける。
「クロエー」
駆け寄るアカリに、クロエが抱きつく。
「ごめんね、お待たせ」
アカリの言葉に、クロエは首を横に振る。
「お話し、できた?」
「うん。名前も聞けたよ」
見上げる赤い瞳に、アカリは頷く。
「コハク――さんって言うんだって、大事な妹さんを探してるって言ってたの」
「コ…ハク?」
その名前に、クロエの目が大きく見開かれる。
「知ってるの?」
アカリが問いかける。
「ううん」
首を横に振った。
しかし――
「クロエは、知らない」
胸の真ん中あたりに手を添える。
「でも――お迎え?」
ぽつりと零した。
「クロエ?」
アカリが首を傾げる。
するとクロエは、ぱっと笑顔になった。
「お迎え、来てくれた!嬉しい、アカリ行こう!」
手を取って、すぐに歩き出す。
「え?ちょっと、クロエ?」
(やっぱり、待ってる間、不安だったのかな?)
アカリにとっては少しの時間だったのかもしれない。
でも知らない場所で一人待つクロエにとっては、とても長く感じたのかもしれない。
(クロエが大丈夫って言っていたから、行っちゃったけど……)
よく考えたら、コハクの印象はよくない人だった。
そう思い直すと、随分と無茶をしたものだとアカリは苦笑する。
クロエと手を繋ぎ、二人は並んで帰路についた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
男の名前はコハク。
過去、アカリと同じ灯シ人になった少女の兄。
彼は妹を探して、彷徨う者となった――
次回
『浴室前、攻防戦』
次回更新予定:
9月6日(日)21:00頃(予定)
※変更になる場合があります




