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終わらせた者


この物語はフィクションです。

話数タイトル変更変更しました。


城を出たアカリとクロエは、昨日の職人街とは反対側の地区にいた。


目の前に滑り込んできた観覧車のゴンドラに、二人は順番に乗り込む。


「街の中に観覧車があるなんて」


「すごいねー」


案内係のお兄さんがゴンドラの扉を閉め、笑顔で手を振る。


アカリとクロエも手を振り返した。


徐々に高くなっていくゴンドラの中から、トイベルの街を眺める。


建物や看板はもちろんのこと。

遊具や仕掛けなど――

そのほとんどがおもちゃのようで。


「街そのものが、巨大なテーマパークみたい」


「楽しいねー」


窓に手をついて、アカリとクロエは目の前に広がる景色を楽しんだ。


しばらくして。


ゴンドラがそろそろ、てっぺんに差し掛かろうとした時だった。


「あれ?」


アカリはふとしたことに気が付く。


「どうしたの?」


向かいに座るクロエが首を傾げる。


「あ、海が見えないなって……」


「海?」


アカリは、街の景色とは反対の方を見る。


「前にシロウくんに地図を見せてもらった時、陸伝いに街がある感じだったから、

てっきりこっち側には海があると思ってたんだけど……」


これだけ高い所に来たのに、

どこまでも、歪んだ空が広がるばかりで――


「――海ならあるよ」


さらりとクロエは言い切った。


「え?」


座ったまま、クロエは床を指差す。


「下に!」


「……した」


つられるように、アカリも下を向く。

ゴンドラの床。


再びクロエに目を向けると――


「あれなんだろう!」と、窓の外を見てはしゃいでいる。


(――まぁ、海の上に陸があるから、間違いではないのかな……)


「そう、なんだね」


応えて、クロエと一緒に窓の外へと目を向ける。


二人を乗せたゴンドラは、ゆっくりと降下を始めた。




観覧車の他にも、メリーゴーランド、コーヒーカップと――

楽しんだアカリとクロエは、とある飲食店の前を通りかかる。


「おや、もしや灯シ人様では?」


その小さな呼びかけに、アカリは警戒する。


店先で、煙草を咥えていた細身の男は、靴の裏で火を揉み消し――


「あっははは」


突然、笑い出した。


アカリは咄嗟にクロエを庇うように立つ。


「あー昨日職人共が騒いでいたなぁ――もしや、何かありました?」


「え、えぇと……」


「昼飯まだなら、食べて行きません?」


「――え?」


戸惑うアカリに、男は親指で店を差す。


「あ、あのー……」


「お代は結構――といいたいところなんですがね。何分こっちも商売なんで、デザートだけおまけってことでいかがでしょう?」


「デザート!?」


クロエがアカリの後ろから顔を出す。


(え?クロエ?)


「では、二名様――ごあんなーい」


男は店の中へと戻って行った。


「アカリ?」


クロエが見上げる。


(クロエが普通にしてるなら……)


「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えようか」


アカリとクロエも店に入って行った。




カウンターに通される。


「狭い店ですみませんね」


「いえ――」


クロエを背の高いスツールに座らせながら、アカリは店内を見回す。


店の片隅に積み上がるダンボール。

テーブルに上げられたままの椅子。


「オムライスでいいですかぃ?」


「あ、はい」


アカリもクロエの隣に腰を下ろす。


男――店主はカウンターの向こうで作業を始める。


卵をボールに割り入れ、手早く調味料と混ぜ合わせる。


しばらく店主の動きを眺めていたアカリは――


「あ、あの!」


店主に声を掛けた。


「どうしましたぁ?」


野菜を洗いながら、店主が応える。


「あ……どうして、普通に接してくれるのかなって思いまして」


自分の質問の内容に――違和感。


(……私、何聞いてるんだろう)


それでも、聞きたいことはある。

アカリは、このまま続けようと試みる。


「それに、私が――その……」


「あー……わかったのかって?」


決定的な言葉は濁して、店主は苦笑する。


「まぁ、勘みたいなもんですわ」


ジュワー……と何かを揚げる音が響く。


(あれ?オムライスって言ってたような……)


「ガキの頃から、うちのばーさまに、過剰な感謝は押し付けになるって言われて育ったもんでね。

ま、そういうことッスわ」


店主は力いっぱいフライパンを振るう。


「あとは、下心はないですよーってアピールみたいな?」


「下心って――」


「お嬢ちゃんに認められれば、さらなる利益を得ることが出来る」


店主の声のトーンが落ちた。


「――っ」


一瞬、強張った顔のアカリを店主は見て――


「なんてね」


ふっと息を吐いた。


「オレは――まぁ今のままで充分って思ってんで」


炒めたケチャップライスを丁寧に盛り付ける。


アカリは、ふと隣のクロエを見る。

クロエはペーパーナプキンを一枚とり、角を合わせて折りたたむ――を繰り返していた。


「……灯シ人って――なんなんだろう?」


「おっと、それをオレに聞くんですかい?」


「あ、すみません」


(独り言のつもりだったんだけどな……)


「いや、オレもね。

この世界の救世主様としか知らなくて――」


卵をフライパンへと流し込む。


「あ、でも。

"幸せの虹"って話しは有名ですね」


「幸せの虹?」


「世界が救われた証に、巨大で鮮やかな消えない虹が掛かるらしいです。


それを見ると、みんなが幸せな気持ちになれるとか――そんな童話があるんすよ」


「童話……」


呟くアカリとクロエの目の前に、大皿が置かれた。


「さ、どうぞー。うちの裏メニュー。

スペシャルお子様ランチです」


仕上げに、ドーム型のオムライスのてっぺんに、旗を刺す。


「すごーい」


クロエが目を輝かせる。


「すごい、豪華」


エビフライにハンバーグ。

瑞々しい野菜が彩りを添えている。

つやつやのデミグラスソースが胃袋を刺激した。


「さ、熱いうちにどーぞ」


カトラリーの入った箱を店主は差し出す。


「え?これ……」


「オムライスです」


――店主は言い切った。


無言で笑顔を向ける店主に、アカリはわずかに怯む。

しかし、スプーンとフォークを二組手にとり、一方をクロエへと渡す。


「いただきます」「いただきまーす」


同時に言って、オムライスを掬って口に運ぶ。


「……美味しい」


小さく感動を漏らすアカリを見て、店主は端っこのスツールに腰を下ろす。


「そいつぁ、なにより」


満足そうに呟いた。




「そういや、導き手様は一緒ではないんで?」


アカリとクロエがゆっくり食べ進めている間。


店主は洗い物に手をつける。


「あ、はい。

シロウくん――導き手様は、今日はお休みなんです。その――ちょっと疲れているようだったので……」


フォークでエビフライを突付く。


「……ふーん」


フライパンの水気を切る。


「気休めですが、元気になるといいですね」


「――はい」


店主の言葉に、アカリは静かに応えた。




「ご馳走様でした」


「ごちそーさまー」


「はいよー」


完食した二人に店主は満足気に頷く。


「えっと……お代は」


テーブルの上のメニュー表が目に入る。

しかし――


(そういえば、裏メニューって言ってたっけ)


「……あ、あぁ、そうですねー」


店主の歯切れが悪い。


「……やべぇ、考えてなかった」


「どうかしましたか?」


「あ?あぁ、いや……えぇーと」


視線を彷徨わせる。


壁に掛けられたランチメニューの看板に目を止める。


「……あーじゃあ、そこのAセットの値段で」


「え?」


アカリは看板の"Aセット"の写真を見る。


ケチャップのかかったオムライス。

小さなサラダ。

スープ。


デザートで食べたプリンは、写っていない。


(――違うメニューだよね)


アカリたちが食べた"お子様ランチ"の方が、品数が多かった。


「でも……」


アカリの言いたいことを察して、店主は小さく笑う。


「食材、あんまり変わらないんで」


(どう見ても釣り合わない気がするけど)


「わかりました。――ありがとうございます」


「いえいえ。また機会があれば、是非」


レジから取り出したお釣りを、優しく手渡す。


「はい。とっても美味しかったです」


「クロエもー」


去って行く二人を見送る店主の顔が、ふと沈む。


「感謝すんのは、こっちの方ですぜ」


この飲食街に来る人はほとんどいない。

手前の遊園地区で、大体の者は引き返していく。


人気のある店や、話題になった店は、みな職人街へと移っていく。


店主も――元はおもちゃ技師を目指して移住してきた。


移住してきた当初は、教科書通りの基本的な技術力は教えてくれた。


丁寧すぎる程に――だ。


けれど大変なのはそこからで――


"技術は見て盗め"

それがこの街の職人たちの口癖だった。


下っ端の仕事をこなしながら、上の者の技術を盗んで成長する。


それがこの街での暗黙のルール。


そして、芽が出なかったものは、諦めて故郷に帰るか、或いは――


「必ずおもちゃ職人になってやる!」そう息巻いて出て来た手前、帰る場所のない者たちが流れ着く。


それがここ、ゴドム地区。

夢破れた者たちがいつの間にか集まり出来た――華やかな街の影の部分。


「――仕方なく食って行く客がほとんどだったが」


知らずにこの地区にやって来る、もしくは興味本位で足を踏み入れる。


そういった客を相手に、細々となんとかやってきた。


いわば、おこぼれで食い繋いできたようなものだ。


だが――


「それも今日で、おしまい」


言い切って、店主は煙草に火を着けた。


深く吸って、ゆっくりと吐き出す。


「最後を飾るには、良い客だったー」


満足げに笑い、軽く伸びをする。


一度、自身の店を眺めて、店主は店の中に戻っていった。




店を出たアカリとクロエは、その後も観光を続けていた。


小さな店がポツリポツリと点在するものの、その数は段々と減っていく。


それと同時に、人の数も減って行き――


(そろそろ、戻ろうかな)


そう思った時だった。


「あの人――」


路地裏の奥。

フラフラと覚束ない足取りで歩く人影に目を止める。


ボロボロの紺のローブに、所々解れた金の刺繍。

引きずるようにして歩くその男には、見覚えがあった。


「あの時の、男の人だ!」


瞬時に、アカリはガラス細工の丘での出来事を思い出す。


突然腕を押さえつけられ、怒鳴られた記憶が蘇り、身体が一瞬で硬直した。


しかし――


(なんだか……具合が悪そう)


男は、時々壁に寄りかかって歩みを止める。


傾きそうになりながらも、それでも前へと進もうとしていた。


『この魔法陣《しるし》を描いた、うさぎのぬいぐるみはどこにいる!』


あの時。


怒ってる――というよりは、なんだかひどく焦っているような、悲痛な叫びだった。


うさぎのぬいぐるみ――はアカリにはわからない。


でも。


(シロウくんのこと、何か知ってるようだった)


聞きたい。

けれど足が竦む。


そうこうしているうちに――


「あ――」


男の姿が角を曲がった。


(行っちゃう)


反射的に足を踏み出そうとして――


「アカリ。あの人が、気になる?」


「え?」


手を繋いだままの、クロエの存在を思い出した。


「あ、えぇと……」


焦るアカリの視線をクロエは辿る。


じっと、男の消えた路地裏を赤い瞳で見つめ、一度目を閉じた。

――それから、ゆっくりと開く。


「――大丈夫だって。行ってきていいよ」


妙に確信めいた言葉。


「え?大丈夫って――」


「ここで待ってるね」


戸惑うアカリの手を、クロエはそっと離した。


離された手を見つめ、流れるようにクロエを見る。


「……じゃ、じゃあ。絶対に、ここにいてね」


「うん」


アカリは駆け出す。


一度止まって、振り向くアカリに、クロエは笑顔で手を振った。



アカリを見送った後。


「だって……悪い人じゃないんでしょ?」


クロエは静かに問いかける。


けれど答える声はない。


ただクロエの胸の真ん中辺りが、仄かに温かくなった――そんな気がした。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


おもちゃ職人の街で出会った料理屋の店主。

彼は自分が一番最高だと思えた瞬間に、終わらせることができた。


一方で、終わらせられずにいる者もいる――


次回

『路地裏の再会』


次回更新予定:

8月30日(日)21:00頃(予定)

※変更になる場合があります

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