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 無自覚なモノ


この物語はフィクションです。



アカリとクロエの二人を見送った後――


シロウは女王の部屋へと向かい、扉の前に立っていた。


ノックをしようと扉へと伸ばした手が、止まり――力なく落ちていく。


「……ヴィー?」


小さな声で呼びかける。


――。


――。


扉は固く閉ざされたまま、返事はない。


――声は、かけた。


シロウは内心で言い訳をすると、靴音を鳴らして離れて行った。


次に向かったのは――


ここ、ネアンティアラ城の奥の奥。


誰も踏み入れることのない、シロウの自室。


重たい音をたてて扉を開くと、籠もった空気に包まれる。


後ろ手で扉を閉め、窓際へと向かう。


明け放つと、すこしひんやりとした風が薄暗い部屋の中に吹き込んできた。


簡易なベッド、テーブルと椅子。


必要な物しか置いていない――殺風景な部屋。


窓から離れたシロウは、ベッドサイドへと向かう。


そこに――


不釣り合いなほど大きな木箱。


鍵を解き、重たい蓋を開ける。


中を覗き込んで――シロウは小さく笑みを浮かべた。


箱の中に身体ごと突っ込んで漁る。


この中には、今までシロウが導き手として世界を巡り歩いて集めた物が詰まっている。


(ヴィーには、ガラクタって笑われたけど……)


しばらく物色して――


「これと――これがそうだったかな」


幾つかの品を抱えて立ち上がり、テーブルへと向かい、その上に品物を並べた。


テーブルの上に並べられたのは――


割れたガラスの欠片。


ペットボトルの蓋。


それから――小銭が数枚……等。


どれもこの世界にはない"物たち"。

すべて、アカリの世界から拝借した物たちだ。


「ふむ」と、シロウは十円玉硬貨をつまみ上げ、ポケットから電源の入らないスマホを取り出した。


「まずは――電源、それから、通話機能……」


呟きながら思い描くのは――


突然スマホが鳴って慌てる、アカリの姿。

そこに映る――自分の番号。


「――あ」


声に出して、顔を覆った。


「しまった……灯シ人様と連絡先の交換は出来ていないんだった……」


アカリが灯シ人様であることは最初からわかっていた。


しかし――あまりにも内向的過ぎるアカリと、上手く関係を、結ぶことが出来なかった。


今まで灯シ人様になってくれた方たちは、

シロウのおねがいを快く受け入れてくれていた。


なのに――


話かけても、警戒するように目を泳がせ、逃げるように去って行く。


そんな彼女の背中を何度見送ったことか――。


そこでシロウはふっと笑みを零す。


あの時、なぜアカリが自分から逃げていたのか。

今ならわかる気がした。


「……この姿が過度に周囲に好意を与えるものだということを、もっと知っておくべきだったな」


シロウが話かけた後、アカリは決まって何人かの女子に囲まれていた。


表面上は、笑顔。


しかし――


逃げ道を塞ぐような動き。

棘の混じる視線、言葉。


――あまりよくない感情を向けられているな。


そう気付くのに、時間がかからなかった。


しかし、だからと言って悠長にしている場合ではない。


シロウにも、急がなければならない事情がある。


一刻も早くアカリと友好関係を結び、おねがいを聞き入れてもらわなければならない。


半ば躍起になっていた。


そして、あの日の放課後。


ガタァァァン!


教室から何かが倒れる音が聞こえた。


続いて、バタバタと走り去る三人の女子生徒を目撃する。


「ねぇ、ヤバくない?」

「え、だって――ちょっと押しただけだよ」

「いいから、早く行こう」


小声で話ながら、逃げるように去って行った。


その足で教室に向かうと――


「……っ」


そこに、椅子や机を薙ぎ倒すようにして、アカリが倒れていた。


「だ、大丈夫ですか!?」


慌てて駆け寄る。


「……う」


――良かった、意識はあるようだ。


ほっとすると同時に、シロウは思った。


今なら、連れて行ける。


同意は――得ていない。


だけど、連れ帰るだけなら出来る。


――灯シ人としての役目も、僕らの世界でなら誰にも邪魔されずに伝えられる。


気を失ったアカリに目を落とし、ゴクリと息飲む。


しかし――。


ポケットから取り出した白いクレヨンを、床に迷いなく滑らせた。


ここまで思い出して――シロウは顔を覆った。


「……結構、やってはいけないこと、してたな」


連絡先の交換が出来てなくて当然だ。


「……むしろ、あの状況でよく受けれてくれたな」


ただ流されているだけのようにも思えた。

それでも――今は、それで良かったとすら思う。


「あぁ……それでか」


シロウはスマホを手にとった。


「少なからず、負い目があるから――だから、喜ばせてあげたいって思うのかな……」


たまたま放課後の教室にいた。


それも――気絶した状態のアカリを、ある意味強引に連れて来た。


しばらく考える――


「――通話機能は、追々考えるとして」


向きを変えて、電源ボタンに目を落とす。


「こっちからなんとかしないと……」


作業に取り掛かりながらも、頭の中では夢が膨らむ。


アカリのスマホに突然電源が入り、見知らぬ番号からの通知を知らせる。


恐る恐る――通話ボタンを押し、


「ど、どちらさまですか?」


アカリが震える声で応える。


――そこまで考えて、シロウは知らず笑みを浮かべた。


最初の一声をどうしようか。

どこから説明しよう

工夫した箇所?

それとも難しかったところ?


だって、きっと――


驚いたその後でキミは必ず、


「"すごいね"って言ってくれる――」


期待に胸を膨らませたシロウの目が、一瞬ある箇所で止まった。


部屋の奥の奥。


暗がりの中に――

ひっそりと隠すように置かれた、分厚い布で覆われた一つのイーゼル。


そこから目を離さないまま、シロウは静かに立ち上がる。


ゆっくりと近づきその前に立ち――


バサァ――と勢いよく布をはずした。


そこに飾られていたのは、一枚の絵。


しかし真っ黒な絵の具に塗りつぶされており、もはやなんの絵かもわからない。


シロウから向かって左の上に、破られたような跡。


見つめていると、黒い絵の具がざわざわと蠢くような気がして――シロウの顔が、曇る。


「灯シ人様は……僕らの世界を巡って、平和を祈る」


視線を右下へと落とし、ぽつりと呟く。


「それで――オシマイです」


それは、サイショの村でアカリに言った言葉。


あの時は簡単に言えたのに今は、口にすると気持ちが沈む。


そっと瞼を伏せた。


目を開き、再び布を掛け、テーブルの上のスマホへと身体を向ける。


「僕が――あの子以外を喜ばせてあげたいって思うのは、おかしいことなのかな?」


あの子――という言葉に、ちくりと胸の奥が痛む。


未だに伏せっていて、顔を見せてくれない――。


今まで通りなら、何度も声をかけて、あの子の気の済むまで側にいられたのに――


「……――この力でなんでも創りだして、あの子を一番喜ばせていた」


けれど。


以前創った「電子レンジ」を思い出す。


真っ先に思い浮かぶのは、その時のアカリの様子だった。


その表情と声と言葉を思い出すと、胸の奥がくすぐったくなる。


しかし――


「――なんでも?」


何かが、引っかかった。


(そういえば――僕は、いつから……)


この力が使えたのだろう。


じっと両手を見つめる。


この世界のあらゆる物質や素材を変質させ、思い描いたモノを創り出す力。


(……そんなの、まるで)


そこまで考えて、シロウははっとした。


なんだかそれ以上は踏み込んではならない気がする。


シロウは息を飲み込み、再びテーブルに向かう。


「ともかく今は、これを――」


椅子に腰を下ろす。


口元をわずかに綻ばせて、再び作業にとりかかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


シロウの抱える無自覚なモノ。

それは過去、現在、未来へと繋がっていく。


次回

『海はあるよ』


次回更新予定:

8月23日(日)21:00頃(予定)

※変更になる場合があります

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