二人でお出かけ
この物語はフィクションです
翌朝。
洗顔を済ませたクロエは、大きな鏡の前に座る。
「今日も同じ髪でいいの?」
アカリはドレッサーの引き出しを開けて、ブラシを手に取る。
「うん!」
クロエは応えて、左右に身体を揺らす。
「ほら、動かないの」
アカリがクロエの頭を優しく抑え、黒く長い髪を梳かしていた時だった――
ノック音が響く。
「シロウくん?」
返事をするより先に、アカリは来訪者の名前を口にする。
それを合図に、ドアが開いた。
「おはようございます」
シロウがゆっくりと姿を現した。
うさぎのぬいぐるみ――ではなく、アカリの同級生"羽月シロウ"の姿だ。
「おはよう、シロウくん」
「おはよー」
アカリとクロエが揃って声を掛ける。
シロウの左右から、メイド人形たちがすっと現れる。
そのままシロウを通り過ぎ――テーブルに朝食を並べ始めた。
「はい、出来た」
アカリはクロエの髪に赤いリボンをも結び終えると、目の前の小さな両肩を叩いた。
鏡をのぞき込むクロエ。
シロウは変わらない二人の様子に、内心ほっとする。
歩み寄り――
「昨夜は――離席することをお許しいただき、ありがとうございました」
頭を下げた。
アカリは一瞬目をまるくする。
しかし。
「……女王さまの様子は、どう?」
アカリは静かに聞き返す。
「……それは――」
顔を上げ言い淀むシロウの視界に、クロエが映り込む。
「……っ」
思わず小さく肩を揺らす。
シロウの脳裏に、昨日の女王――彼女の姿が思い浮かぶ。
あの謁見の間での出来事。
取り乱す彼女に、シロウは掛ける言葉が見つからず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
どうすることも出来ない――もどかしさ。
思わずシロウは、ズボンの端を掴んでいた。
「シロウくん?」
アカリの声にシロウは、はっとして手を離す。
「どうしたの?」
アカリにのぞき込まれ――
「……いえ」
シロウはモノクルに指を添える。
「女王陛下は、体調を崩されたようで……」
わずかに目を伏せる。
「今も、まだベッドに伏せっていらっしゃいます」
淡々とした声で、業務連絡のようにシロウは応えた。
「……そう、なんだ」
アカリの声が落ち、じっとシロウを見上げる。
……もしかして――。
探るようなアカリの視線に、シロウは逃げるように身体ごと逸らす。
「朝食の用意が出来たようです」
シロウはにこやかに告げ、その後ろのテーブルへと二人を促す。
メイド人形たちによって整えられた朝食が、温かな湯気に包まれている。
「冷めないうちに、どうぞ」
「……あ、うん」
いつものシロウの笑顔。
しかし、その顔に疲労の色が浮かんでいることに、アカリは気付いていた。
(……休んだほうがいいんじゃないかな?)
――でも。
シロウは、言わない。
多分――。
どんなに苦しくても、辛くても、彼の中の弱さを、きっと自分から言うことはない。
(だったら……)
「ね、ねぇ。シロウくん」
アカリの声が、わずかに引きつる。
「はい、なんでしょうか?」
「あのね――」
振り返るシロウに、アカリは一歩、進み出た。
「本当に、よろしいのですか?」
「うん」
城の入り口。
心配そうなシロウに、アカリは頷く。
ここに来るまでに何度も繰り返されたやり取りに、思わずアカリは苦笑する。
「お出かけ、お出かけ〜」
二人の足元で、クロエははしゃいでいた。
ついさきほど、朝食の時――
アカリはシロウに一つの提案をした。
それは――
「今日一日、二人で街を観光してみたい――ですか?」
シロウは紅茶を淹れながら、復唱する。
「そう」
アカリはトーストを一口齧る。
シロウも朝食を一緒に――と誘ったが、やんわりと断られてしまった。
「しかし――」
ティーポットを置き、シロウは言いよどむ。
「クロエとお散歩してこようかなって感じなんだけど……」
アカリはシロウの様子を伺う。
(……やっぱ、だめかな?)
考え込んでしまったシロウを見て、半ば諦めかけた――その時。
「お散歩?」
クロエが食いついた。
「あ……」
「そう!クロエと私でお散歩!」
シロウが何か言うより先に、アカリがクロエに声を掛ける。
「ですが……」
「お散歩!お出かけ!行きたい!」
もはや――その気になってはしゃぐクロエを止めることも出来ず、シロウは首を縦に振るしかなかった。
なし崩し的に決まってしまった、二人の外出。
シロウのいまいち腑に落ちていない様子に、アカリは苦笑するしかない。
"二人のお出かけ"が決まってからずっと――
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
というやり取りをアカリと繰り返していた。
「昨日の職人街には、近付かないようにするね」
城の入り口で、アカリはシロウに向き合う。
「それがよろしいかと」
観念した様子のシロウは、ブレザーのポケットから布製の袋を取り出す。
アカリへと手渡した。
「……これ」
「この世界の通貨です」
袋をのぞき込むアカリに、シロウは続ける。
「アナタは、善意だけをただ受け取ることが、苦手のようですから」
アカリが灯シ人であることが知られれば――
店の者は、きっと商品を捧げたがる。
けれどアカリはそのことを良しとしていない。
それどころか、きっと気疲れしてしまう。
それはアカリにとっては良くないことであると、シロウは知っていた。
「あはは、ありがとう」
しばらく袋の中をのぞき込んでいたアカリが、顔を上げる。
「大事に使わせてもらうね」
苦笑して、袋を制服のポケットにしまい込んだ。
「城門を出て左に行けば、商人地区になります」
シロウは片手で、向って左側を示す。
「職人街とは違うの?」
アカリは示されたシロウの手の先を見やる。
「ええ」
シロウ頷いた。
「職人街は――いわば承認欲求の塊のような地区と言えば、わかるかと……」
「……あー」
この街に到着してすぐに起きた出来事を思い出し、なんとも言えない、複雑な顔をアカリは浮かべた。
「商人地区は――」
一度シロウは切って、
「――"夢が破れ、行き場を失くした者たちが集まった場所"といったところでしょうか」
言葉を選ぶように続ける。
「おそらく、昨日のような騒ぎになることはないと思いますよ」
妙に確信めいたシロウに、アカリは内心、首を傾げた。
――くいっ!
不意に、アカリの手が引っ張られ目を向ける。
「早く行こうよ〜」
痺れをきらしたクロエが、ぷくっと頬を膨らませていた。
「あ、うん」
少し慌てて、アカリはクロエと手を繋ぎ直した。
「じゃあシロウくん、行ってきます」
笑顔で告げるアカリに、一瞬シロウは目を瞠る。
そして――
「はい」
静かに頷き、
「行ってらっしゃいませ」
シロウは笑って送り出す。
一つ息を吐き、踵を返した。
遠ざかる二人の楽しそうな声。
シロウは思わず振り返る。
揺れる二つの赤いリボン。
歪んだ色の空の下なのに――
シロウの目には眩しく映る。
目を細め、しばらくそれを眺めていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
"アカリとクロエだけのお出かけ"
それは――アカリの気遣いと優しさからの提案だった。
しかし、
それを上手く受け取れなかったシロウは――
次回
『無自覚なモノ』
次回更新予定:
8月16日(日)21:00頃(予定)
※変更になる場合があります




