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言えない言葉


この物語はフィクションです。


静まり返った廊下に、靴音が響く。


いつもより少し大きい歩幅で、辺りを見回しながら、シロウは歩いていた。


女王が自らこの城を出ることは――ない。


行く先は限られている。


大丈夫。


「――あれは……」


ふと、シロウは足を止めた。


前方の廊下に転がっていたのは――


「……靴?」


歩み寄って、拾い上げる。


わずかに踵の高い、真っ白な靴。


「あ……」


そこから数メートル先。


謁見の間――その扉の前に、その片割れが無造作に転がっていた。


「……」


すぐに持ち主に思い当たる。


拾い集めると、シロウはその扉を開けた。


広間に入る。


そして――


「……いた」


シロウの視線の先。


輝く玉座に、小さく蹲る女王の姿があった。


「女王陛下……」


静かに呼びかける。


しかし――返事はない。


「大丈夫ですか。どこか気分でも……」


話しかけながら、シロウは女王へと近付いていく。


短い階段を上り、やがて玉座へと辿り着いた。


「……女王?」


シロウの呼びかけに、身動ぎひとつしない。


顔は完全に伏せられていた。


「……ヴィー?」


ぴくり。


シロウが静かに名を呼ぶと、女王の肩がかすかに揺れた。


シロウは小さく息を吐く。


ポケットから白いクレヨンを取り出し、床へとその先を近付ける。


すると――青白い光が左右に伸び、大きな正方形を形作った。


慣れた手つきで円を描き、その内側に、うさぎの頭のシルエットを一筆で刻む。


描き終えると、今度はシロウ自身がその中へと入る。


そして――


『姿を変えよう(ヴェルクト・ヴェイル)』


青白い光が溢れ、シロウの身体を優しく包む。


光に包まれた身体が、みるみる縮んでいき――


光が弾けた瞬間。


そこにいたのは――


ふわふわの真っ白な手足に、長い耳。


ビー玉のような青い丸い瞳に、銀縁のモノクル。


黒と紺を基調にした執事服を纏った、うさぎのぬいぐるみだった。


「……ヴィー?」


幼い少年のような声で、シロウは再び呼びかける。


そっと、白い毛に覆われた女王の手に触れた。


すると――


「――あぁ……」


ゆっくりと顔を上げた女王陛下――ヴィーが、安堵の息をつく。


その途端。


がばっと、彼女はシロウへと抱きついた。


「えぇっ!? ちょっと!?」


思い切り慌てるシロウに、彼女はくすくすと笑う。


「やっぱりワタシ。他の子と遊んでるときのアナタより、こっちのアナタのほうがいいわ!」


「言い方……」


戸惑いとともに、長い耳が垂れた。


ほんの一瞬、躊躇ったあと、シロウはふわふわの両手を彼女の背へと回した。


彼女は玉座に座り直すと、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。


「え、えぇー……」


シロウは露骨に渋い顔を作る。


「いいじゃない! 久しぶりにワタシのところに戻ってきたんだから」


さらに強く、彼女は膝を叩く。


仕方なく、シロウはそれに従った。


ひょいと持ち上げられ、彼女の膝の上へ。


背中から、ぎゅうと抱きしめられる。


もはや抵抗する気にもならない。


「なんだっけ? アナタが作った役名?」


「――導き手のこと?」


「そう、それ!」


女王はぷくっと頬を膨らませる。


「その、ミチビキテ? の時のアナタは、姿も声も、なにもかもが違ってて、まるで別人みたいなんだもの〜」


「つまんな〜い」と、口を尖らせた。


「いたたたた」


ぐりぐりと顎を擦り付けられ、シロウは堪らず悲鳴をあげる。


(……仕方ないじゃないか……)


「……そうでもしないと――僕は……」


ポツリと呟き、肩越しに振り向く。


「どうしたの?」


女王の目と合った。


シロウは何か言いかけて――


「――なんでもない」


目を逸らして、やめた。


特に気にすることもなく、女王はシロウの手を握ったり、ほっぺを伸ばしてみたりする。


抵抗する気にもなれず、シロウは女王のされるがままになっていた。


久しぶりのふわふわの感触に、女王はご機嫌だ。


思わず、鼻歌も弾む。


――相変わらず酷いものだけど。


シロウは女王の身体に背を預け、深く息を吐いて沈み込む。


しばらく長い耳を傾けていた。


――ぴたりと、鼻歌が止まった。


そして。


「……アナタは、ワタシの味方よね?」


女王がぽつりと呟く。


「少なくとも……僕らの世界に、敵と呼ぶものはなかったと思うけど……」


シロウはボタンのような鼻をひくつかせる。


「そう、そうよね!」


途端に、女王の顔が明るくなった。


「ワタシは、悪くないわよねっ!」


頭上から、女王はシロウの顔を覗き込む。


念を押すように――


「……ヴィー?」


その様子に、シロウは女王へと顔を向ける。


目が合った。


「だって――」


しかし、女王はすぐに顔をあげる。


「いいよって、快く引き受けてくれたのに――ちゃんとおもてなしも、お礼もしたのに……」


「……え?」


女王はさらに不満を口にする。


「全部受け取った後に、ワタシだけを責めるなんて、酷いと思わない?」


「ちょ、ちょっと待って」


シロウは慌てて手足を動かす。


「――いったい、なんの話をしてるの?」


「何って――」


困惑するシロウに、女王はさらに口を尖らせる。


「あの赤い目の子たちよ。アカリと一緒にいた」


「赤い目の子――たち?」


すぐにシロウは、クロエの姿を思い浮かべる。


小さな一人の少女。


それなのに――どうして……。


「アナタはなんともないんでしょう? なのに――どうしてワタシだけ……」


女王はシロウの長い耳と耳の間に顔を埋めた。


どういうことだろう?


シロウは口元に短くなった手をあて、考える。


しかし――どれだけ考えても、女王の言っている意味が、わからない。


「ねぇ、どういうことか――ちゃんと説明……」


「今回は……そう、ちょっと失敗しちゃったかもしれないけど……」


シロウの問いかけは、女王の項垂れた声にかき消されてしまった。


「アカリは、他の子たちとは違うわよね?」


女王の瞳が、不安に揺れる。


「違うって……」


「ワタシたちを――裏切ったりしないわよねっ!?」


女王は突然叫び、立ち上がった。


シロウは危うく転げ落ちそうになり、なんとか床に着地する。


「う、裏切るって……」


「ワタシたちのお願いを、快く引き受けてくれたんでしょう!?」


シロウの身体が、びくりと震える。


その瞬間――


「……それは――」


シロウの脳裏に、たくさんの声が響き渡る。


「いいよ!」

「任せて!」


だって――それだけのことなんでしょう?


今まで灯シ人の役目を引き受けてくれた子たちは、口々にそう言った。


特別な儀式なんて、必要ない。


祈りの形式も、決まっていない。


ただ、口にするだけでもいい。


この小さな世界を歩いて、


最終地点の神殿で平和を願い、祈る。


それで――オシマイ。


アカリの場合は――快く、というよりは、


むしろ――


「みーんな、笑って引き受けてくれたのにっ!」


女王の癇癪に、シロウの思考が途切れる。


「ワタシたちの世界を救ってくれる子なのよ。

だから、うんと優しくしてあげてねって、この世界の人たちには伝えているのに――」


「ヴィー……」


シロウはそっと手を伸ばす――


しかし。


「どうしてっ!?どうしてっ!?今さらになってみんなでワタシを責めてくるの?」


女王の嘆きは止まらない。


「――ヴィー……あの――」


言いかけて、きゅっと引き結ぶ。


(わからない……この子がどうしてこんなになってるのか……)


掛ける言葉が見つからず、伸ばしかけたその手を、シロウはゆっくりとおろしていく。


「……ヴィー?」


名前を呼んでみる。


しかし――


シロウのその声は女王の泣く声に掻き消されてしまった。


もはや、声さえも届かない。


シロウはただ呆然と立ち尽くすことしか出来ずにいた。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


二人の声は、言葉はすれ違い――

やがて広間に溶けて、消えていく――。


次回

『二人でお出かけ』


次回更新予定:

8月7日(日)21:00頃(予定)

※変更になる場合があります

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