どうして――
この物語はフィクションです。
※加筆修正しました。
カタン。
カチ、カチ。
カチャン――
何もかもが整えられた庭園に、ふと訪れた沈黙。
その中に――
人形たちの駆動音と、食器が触れ合う音だけが規則正しく響いている。
気遣うように、アカリとシロウは女王を見つめる。
しかし女王は――
「だ、大丈夫って――?何が? どうしたの?」
無理矢理口を動かし、取り繕うように笑う。
ぎこちない笑顔で、女王はアカリと、背後に控えるシロウを交互に見る。
「ねぇ、アカリ?」
「え、えぇと」
女王に顔を向けられ、アカリは一瞬言葉を詰まらせる。
逃げるように視線を逸らすと――
小さくパンを千切って食べるクロエの姿が目に入る。
その瞬間――
アカリは思い返す。
さきほどクロエは、「帰りたい」と寝言を言っていた。
夢に見るほど――その願いは強いのかもしれない。
(ここで逃げたら、手掛かりがなくなっちゃうかもしれない)
アカリはテーブルの下で小さく手を握り、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……ずっと――怯えているように見えたから……」
ぽつりとアカリは零す。
名前は出さずに、視線をクロエへと向ける。
「――――え?」
つられるようにアカリの視線を辿ろうとして、女王は止めた。
「ワ、ワタシが? あの子を?」
どうして――
そう、言いかけて女王は口の端を引き結ぶ。
「どうしてなのかなって――ずっと、気になっていたんです……」
アカリと目が合い、女王の肩がびくりと震えた。
「き、気になってたって……」
身を縮こませ、女王は思わず視線を逸らす。
「――あ」
逸らした先に――クロエの赤い瞳。
「……ひっ」
視線がぶつかった。
それだけで、女王は小さく悲鳴を上げて大きく仰け反る。
その途端――
ぐらりと椅子が傾く。
アカリとシロウが「あ」と思う間もなく――
ガタァァーン!
そのまま椅子ごと床に倒れ込んだ。
「じょ、女王!?」「女王様っ!?」
すぐにシロウが駆けつけ、思わずアカリも立ち上がる。
「大丈夫ですか? お怪我は……」
「……だ、大丈夫よ…」
膝をついて、気遣うシロウの手をとり、女王はゆっくりと立ち上がる。
「だ、大丈夫ですか?」
「――えぇ……」
心配するアカリに笑いかける。
しかし、すぐに目を逸らした。
(あ……しまった)
深く、踏み込み過ぎてしまったかもしれない。
「あ、あの!」
「あのね……少し、疲れちゃったみたい」
弁解しようと焦るアカリの声を、女王は静かに遮る。
「――後は、アナタに任せるから」
アカリの方は見向きもせず、シロウの肩に手を置化、ぐっと力を込める。
「――え?」
誰の返事も待たず。
それだけ告げると、女王は足早に去って行った。
「ちょっと――」
シロウが反射的に踏み出しかけて、すぐに踏みとどまった。
ぎりと、奥歯を噛みしめ、
「お待ち下さいっ!女王――」
去って行く背に向かって叫んだ。
しかし女王は一度も振り返らず。
まるで逃げるように、庭園の向こうへ姿を消した。
静かな廊下を、靴音を鳴らして、女王はひた走る。
はぁ……
はぁ……――
じわりと、その目に涙が浮かぶ。
『――どうして……っ?』
今から数時間前――
初めてアカリと対面したあの謁見の間。
ふと隣のクロエを視界に捉えた瞬間。
女王の頭の中に、その声が響き渡った。
それも――一人二人ではない。
幾重にも重なり、
一つに束ねられた――声の群。
荒れ狂う波が激しい勢いで迫り――
一瞬で飲み込まれたような、衝撃。
あの時からずっと――
そして今も。
『どうして?どうして、どうして――』
その言葉が女王の頭の中で響き渡っている。
一度は、クロエから離れたことで、時間の経過と共に、その声たちは徐々に収まっていった。
――大丈夫だと、思ったのに。
走りながら、女王は乱暴に涙を拭う。
完全に消えたわけではなかった。
声たちは鳴りを潜め、遠くで小さな波となって残っていただけだった。
だが――
晩餐会の時間。
再び、クロエの小さな姿が視界に入った瞬間。
それだけで――
声たちは水面を激しく揺らして、じわじわと押し寄せてきた。
だから、女王はアカリに話し続けた。
言葉は切らさず、間を埋めるように。
その声たちから逃げるように、早く。
打ち消すように、明るく。
何でもないように振る舞い続ける。
そうでないと、あっという間にあの声たちに囚われてしまうから。
バターンッ!
女王が勢いよく扉を開けた先は、謁見の間。
ゆっくりと、ひきずるように歩く。
裸足。
ここに来るまでの間に、靴はどこかへ行ってしまった。
やがて玉座へたどり着くと――
どさりと女王は腰を下ろし、背もたれに全身を預ける。
「……ふー」
深く息を吐いた。
荒い呼吸だけが、静かな謁見の間に響く。
しかし、女王の頭の中は相変わらずうるさいままだ。
やがて女王は、ゆっくりと座り直し、両手で顔を覆う。
「……っ」
頭の中で響く「どうして」と――
アカリの何気ない「どうして」が重なった時――
女王は、この声たちの正体に気付いてしまった。
しかし――
「……どうしてぇ」
指の隙間から弱々しく、声が零れ落ちた――
「どうしてよっ!」
次の瞬間。
ドンッ――と腹立たし気に、右手を肘掛けへと強く打ち付ける。
「とっておきの紅茶とお菓子で、もてなしてあげたじゃないっ!」
ドンッ!
「うんと綺麗に飾ったお部屋で、見送ってあげたじゃないっ!」
叫びと共に、強く打ち付けられる拳。
――その動きが、肘掛けの上で止まった。
「……だって、あなたたちは――いいよって言ってくれてたでしょ?だから……」
ぎゅうっと、拳を強く握りしめる。
「――"あの子"だって、貸してあげてたのに」
声が震える。
「どうして、あなたたちは、ワタシをそんなに責め立てるのぉ⋯?」
幾つもの声に向かって、女王は耳を塞いだ。
しかし、声は止まない――
内側から響き、女王に『どうして?』を繰り返す。
もはや威厳などない。
頭を振っていやいやをする女王の姿は、まるで、叱られている子供だ。
けれど――
どうして叱られているのか、女王は本当にわからなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
女王は走り去り、
庭園に気まずい空気が流れる。
アカリは「余計なことを言った」後悔し、
シロウは――
何も言えずに、ただその場に立ち尽くしていた。
次回
『二人のお茶会』
※この物語は改稿版です。




