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不規則なもの


この物語はフィクションです。

※加筆修正しました



コンコンコン。


控えめなノック。


「シロウです」


「あ、どうぞー」


返事を待ってシロウはドアを開けた。


「失礼いたします」


ガッ!


ドアが何かに引っ掛かった。


半分ほど開けたドアの目の前。

不自然に置かれた二人掛けのソファ。


その裏側を見て、シロウは「あぁ」と気が付く。


「――申し訳ありません。すぐに片付けさせますね」


「あ、待って」


待機しているメイド人形たちに指示を飛ばそうとするシロウに、アカリが声を掛ける。


ソファの背もたれ越しに、慌てた様子のアカリが顔を覗かせた。


シロウはソファを周り込み――


「なるほど」と納得する。


アカリの膝を枕にして、クロエが眠っていた。


「いつの間にか――ね」


苦笑するアカリが、クロエの頭を撫でる。


クロエが大きく身動ぎする。

アカリの腰にしがみつき――そのまま寝付いてしまった。


その様子にアカリとシロウは顔を見合わせ、小さく吹き出す。


「しばらく、このままでもいいかな?」


「かしこまりました。では――起き次第、撤去ということで」


シロウがすっと片手を上げる。


待機中のメイド人形たちがピクリと動き、すぐに列を成して退室していった。


パタン――と静かにドアが閉まると、シロウは手に持った小瓶の存在を思い出した。


「そうそう。薬をお持ちしましたので、こちら、お使いください」


「くすり?」


シロウが小さなガラスの小瓶を差し出す。


「その……顔の傷」


「――あ」


言われてアカリは思い出し、頬に指で触れる。


取り乱した女王の爪が掠めた場所。


(忘れてた……)


「大丈夫、かすり傷――」


シロウに正面からじっと見つめられ、アカリは言葉に詰まる。


笑顔なのに――

底知れない圧を感じる。


しばらく見合って――


「……あ、ありがとう。後で使わせてもらうね」


観念したアカリは、小瓶を受け取った。


「……それより、女王様は、大丈夫だったの?」

 

話題を変える。


「はい、なんとか……落ち着かれました」


「そっか」


アカリはほっと胸をなで下ろす。


「申し訳ございませんでした」


「え!? いやいや!」


突然頭を下げられ、アカリは慌てて手を振る。


「シロウくんが謝る必要なんて――その」


シロウとアカリの視線が、眠ったままのクロエへと、同時に落ちる。


「やっぱり、女王様がああなってしまったのって……」


ぽつりとアカリが呟いた後、シロウは小さく頷いた。


「……何者、なのでしょうか?」


「シロウくんにもわからないの?」


「――はい」


「そう、なんだ……」


これまでもシロウは、幾人もの灯シ人を導いてきた。


立ち寄った場所で言葉を交わし、知り合いになることは稀にあった――けれど。


『一緒に行きたい』


そう申し出ようとする者は現れなかった。


『"トモシビトサマ"の役目を邪魔してはいけない』とかたく禁じられていたから――


というよりは、どちらかと言うと、


『"トモシビトサマ"の役目の邪魔をして、その恩恵が受けられなくなったら困る』が正しいかもしれない。


けれどクロエは「一緒がいい」と駄々をこね、灯シ人であるアカリがそれを快く許した。


だからシロウは、クロエに関する色々なことに目を瞑っていたのだが――


「ただの迷子にしては、気になること……結構あったよね?」


最初の出会いは、いつの間にかクロエが隣にいたこと。


(「名前がない」って言っていたし……)


アカリは思い返す。


「そういえば」


ふと、シロウに顔を向ける。


「私とクロエって、ここに来るの初めて――だよね?」


シロウが訝しげに眉を寄せる。


「――それは、どういう事でしょうか?」


「さっきクロエがね。

"私たち"はここに来たことがある――みたいなこと言ってて……」


シロウはわずかに目を伏せ、考える。


「この城に入れるのは女王に従事する人形の製作者――"特級職人"と……」


アカリへと視線を向ける。


「特別に招待された"灯シ人様"だけとなっています」


「え?それだけなの?」


「はい。他の世界と違って、国ごとに分かれての交流は必要ありませんので」


世界=国。

それが"ヴィラブド"


「……女王様以外の、王族同士の繋がりがないってこと?」


「その通りです」


最初に見せてもらった地図を思い起こす。


周囲を海で囲まれた、小さな陸地。

アカリにはそう思えた。


シロウはそれを「僕らの世界」と呼んでいた。


「女王様に、親とか兄弟って……」


「いませんよ」


それが当然であるかのように、シロウは淡々と答えた。


「そう……なんだ」


その異質さに、アカリの声がかすかに途切れる。


この城に人間はいない。


在るのは――


数多くの人形や、おもちゃたち。

そして――

その頂点に君臨する、女王陛下ただ一人。


(あれ?でも、それって……)


「ねぇ、シロウくん……」


思い当たって、アカリは声をかける。


しかし――


「職人の子であれば、親と一緒に登城した――という可能性も、なくはありませんが……」


思案するシロウは、気づかない。


「……」


アカリは伸ばしかけていた手を――静かに下ろした。


「それにしては……妙ですね」


やはりシロウは、視線をクロエへと落とす。


――本当に、今回は不規則なことばかりが起こるな。


小さく息を吐き、シロウはちらりと窓の外へ目を向けた。


相変わらず、絵の具を無造作に混ぜたような歪んだ空が広がっている。


薄暗くなり始めたことで、間もなく夜が訪れることがわかるくらいだ。


本来なら――今頃。


女王のお気に入りの、あの庭で。

温かな湯気をたてる紅茶と、甘いお菓子の香りに包まれながら感謝と労いの、

“お茶会”が開かれていたはずだった。


それなのに――。


今だ起きる気配のない少女に目を向ける。


クロエの介入で、なにもかもが変わってしまった。

予定も、女王の様子も。


そして何より――


そこでシロウは、アカリへと視線を向ける。


ただ流されるだけだった、アカリの心の内すらも――


シロウは一度短く息を吸い込んだ。


「女王は、灯シ人様とのお茶会を望んでおられましたが……」


一度、言葉を切る。


「晩餐会へ変更するとのことですが――よろしいでしょうか?」


「え……それは構わないけど……」


少し戸惑いながら、


「えぇと、クロエは……?」


控えめに尋ねる。


「同席の許可はいただいております」


あっさり告げられた。


「え? それって……大丈夫なの?」


思わず大きくなった声。

アカリは慌てて口元を押さえた。


その様子に、シロウは小さく笑みを零す。


「お気遣い、ありがとうございます」


「いや……そんな」


「ですが、女王が"そう"おっしゃっていましたので」


シロウは胸に手を当てる。


「また後ほど、お迎えに上がりますね――それと」


不自然な場所に置かれたソファへと目を向ける。


「こちらも、なんとかしないといけませんから」


シロウは狭くなった入り口へと視線を移し、困ったように眉を寄せた。


□□■■■


コン、コン、コン。


控え目にノックをする。


「――どうぞ〜」


少し間を置いて、中から気怠げな声が返ってきた。


「失礼いたします」


シロウはすっと部屋へと入り、扉を閉めた。


白を基調とした家具や調度品に囲まれた部屋――女王の自室。


「気分は、いかがですか?」


シロウは、真っ白な天蓋付きのベッドへと歩み寄る。


「んぅ〜……さいあくぅ〜」


その上に仰向けになったままの女王が、不機嫌そうに唸る。


「灯シ人様に、晩餐会の件をお伝えしてまいりました」


「んー……」


女王はゆっくりと身体を起こす。


長い金の髪が、真っ白なシーツの上に流れ落ちた。

謁見の間での出来事を思い起こして、女王は顔を顰める。


シロウが人形たちに命じて、アカリたちを半ば強引に退出させた後――


ようやく落ち着いた女王は、シロウに支えられながらなんとか自室まで辿り着き、そのままベッドへと倒れ込んだ。


「……お茶会から――晩餐会にするわぁ〜」


うつ伏せになったまま、


「デザートは、うんと豪華にしてちょうだい――あとは、アナタに任せるわ」


くぐもった声でそう告げると、そのまま意識を手放した。


眠った――というよりは、ほとんど気絶に近い落ち方だった。


「……かしこまりました」


女王から丸投げされたシロウは、女王の身体に薄地の布団をかける。


静かに退出し、シロウはその旨をアカリに伝え――そして、たった今戻ってきたのだった。


女王は緩慢な動作でベッドの縁へとにじり寄る。


「ん……」


シロウを見上げて、ベッドをぽんぽんと叩く。


「――……」


一度見下ろして、シロウはため息を吐き、そこに腰を下ろした。


「……それで?いったい、何があったのですか?」


「……わかんないぃぃ」


女王は倒れ込み、そのままシロウの膝に頭を乗せる。


見上げた先のシロウと目を合わせたまま、ぽつりと、零した。


「……あの目、あの赤い目の子」


「……クロエ、ですか?」


「それがあの子の、名前なの?」


「はい」


シロウは頷く。


「ふぅん」と女王は眉間に皺を寄せた。


「あの子の目を見た瞬間ね。

ワタシの中に、何かが一気に押し寄せてきたの」


女王の言葉に、今度はシロウが眉根を寄せる。


「どういうことですか?」


「んーと……」


女王はゆっくりと身体を起こす。


「いいことも、よくないことも……全部まとめてぶつけられた感じ?」


「それは……なんとも」


言い表しようのない気持ちで、シロウは複雑そうに口を噤む。


少し間を置いて。


「……ねぇ」


女王は、シロウへと顔を向ける。


「今まで、ワタシたちの世界を救ってくれた子の中に――あの子はいた?」


シロウは思わず目を見開く。


「――それは……どういうこと、でしょうか?」


「あの時、"祈りの間"が見えたのよ」


クロエと目が合った、その瞬間。

女王の頭に、混ざり合った感情と、さまざまな光景が映像になって流れ込んできた。


知っているものよりも、圧倒的に知らないものの方が多い。


まるで、様々な角度から切り取られた写真のように。

断片的な光景が、次々と脳裏をかすめていく。


その中には、見覚えのあるものがいくつも混じっていた。


"祈りの間"の光景は、その中の一つだった。


「祈りの間は、ワタシとアナタと――灯シ人しか立ち入ることがない場所」


「……」


「……知らないならいいわ」


すっかり黙り込んでしまったシロウから顔を背け、女王はするりとベッドから下りた。


「それより、晩餐会の準備ね!」


両手を上げて、大きく伸びをする。


「アカリは了承してくれたのよね?」


弾かれたように、シロウは顔を上げた。


「はい。クロエの同席を女王が承諾したと伝えたところ、とても喜んでいらっしゃいました」


シロウは立ち上がり、しれっと言ってのけた。


「――は?」


間髪入れず、女王がシロウに詰め寄る。


「ちょっと! ワタシがいつ“いいよ”って言ったのよ!」


怒りを露わに、叫ぶ。


「ですが……灯シ人様には、僕らの世界を気に入っていただかなければなりません」


動じることなく、シロウは淡々と続ける。


「灯シ人様は、あの子の存在をとても大切にされています。もし、女王があの子の存在を少しでも拒んでしまったら――」


「――アカリの心を曇らせることになる」


「そういうことです」


大きくため息をつき、女王は項垂れた。


「アカリには、ワタシたちの世界を“好き”でいてもらわなきゃいけない」


「……」


「曇りのない――心からの、純粋な祈りでなければ……意味がない。

それを見越して――のことってわけね」


「その通りです」


シロウは、静かに頷いた。


「あぁ〜……」


ふらふらと女王は手近なソファへと向かい、そのまま勢いよく身を沈めた。


「……なんで、アナタは平気なの?」


恨みのこもった視線をシロウへ向ける。


「僕、ですか?」


女王はふんぞり返り、腕を組む。


「ずっとあの子と一緒にいたんでしょ?何ともなかったの?」


問われて、シロウは考え込む。


しかし――


「特には……。ただ、今までにない事態で、少々戸惑いはしましたが」


「なによそれー……」


女王は力が抜けたように、だらりと背もたれに身体を預けた。


「ワタシの方がアナタより強いのにぃ! なんでなのよー」


悔しそうに、頬を膨らませる。


「それで、いかがなさいますか?」


しれっと問いかけるシロウを、女王はじっと睨みつける。


「そうねぇ〜……」


しばらく、天井を見つめる。


「……今までの子たちは――みんな優しかったのよね〜」


「では、やはりクロエの同席は拒否なさいますか?」


「……うーん」


「今までの方々同様。きっと、事情を話せばわかってもらえますよ」


「それは、わかってるの――だって」


女王はゆっくりと身を起こす。


「あの石は、“そういう子たち”を選ぶから」


そう言うと、女王は立ち上がった。


テーブルに置かれたベルを手に取り、鳴らす。


チリン、と澄んだ音が響いた――と同時に、ノックもなく、すぐに扉が開いた。


キツネのメイド人形が、命令を待つ。


「今すぐ晩餐の準備を。支度に何人か寄越してちょうだい」


ペコリと一礼し、すぐに扉が閉められた。


「……よろしいのですね?」


「……仕方ないでしょ」


深くため息をつき、女王はシロウへと歩み寄る。


「その代わり!」


人差し指を、シロウの胸元に突きつけた。


「明日一日、ワタシに付き合ってもらうわよ」


女王は、にぃっと口の端を吊り上げる。


その顔を見て、


――逆らうことはできない。


もはや諦めたシロウは、


「……かしこまりました」


その心と裏腹な笑顔で応えた。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


新たな灯シ人が現れるたびに行われていた

「お茶会」

それがはじめ晩餐会へと変更されることに――

それは全て、

「灯シ人の祈り」のために――


次回

『晩餐会――白い庭にて』

※この物語は改稿版です

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