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分岐点


この物語はフィクションです。

※加筆修正しました。



大勢の職人たちの輪から、アカリが逃げるように立ち去って、アーケード街を抜けた頃――


「灯シ人様、いかがなさいましたか?」


早歩きのアカリに、シロウがようやく問いかける。


「……」


速度を落として、アカリは立ち止まった。


「あ……」


ふと、右手に目を向ける。


「ごめんね、クロエ。引っ張っちゃってたね」


「んーん、だいじょうぶ――アカリ、どうしたの?」


クロエは首を横に振り、心配そうに見上げる。


「……っ」


赤い瞳に見つめられ、アカリは言葉に詰まった。


隣に立ち、シロウは静かにアカリの言葉を待つ。


少しの間の後――


「――なんか、なんかね」


アカリはようやく口を開く。


「あの場に、いたくないなって思っちゃって……」


辿々しく、言葉を紡ぐ。


思い浮かぶのは――


血の気が引いた――レンティスの顔。


両手いっぱいの買い物袋を持ったまま、呆然と立ち尽くしていたその姿。


そして――


そんな彼に見向きもせず、利益と欲に走る、周囲の職人たちの姿。


それを見ていたら――


「なんか……うまく、言えないんだけど」


段々と、呼吸が浅くなっていき、アカリは片手で口元を押さえる。


「――失礼」


シロウがその背にそっと触れる。


「大丈夫。大丈夫ですよ」


優しく、何度もさする。


「思ったことを、思った通りに吐き出してみて下さい――大丈夫ですから」


「シ……ロウくん?」


アカリはシロウを見上げ、そして、わずかに安堵した。


(ああやっぱり、シロウ君は私の言葉を待っていてくれる)


その手の動きに合わせ、アカリは呼吸を整えていく。


少し落ち着いた頃。


「あの……ね」


きゅっと、クロエの手を握る。


「例えば……この人たちになら、嫌われてもいいやって思ったら――」


「もう、身体が動いていたの」


言葉で伝えられないから、思わず行動で示した。


初めての、拒絶。


「なるべく波風を立てないように、嫌われないように――そう思っていたのに……」


視線が足元へ落ちる。


二人は、ただ静かに寄り添っていた。


□□□■■


女王の居城「ネアンティアラ城」を一望できる庭園。


その奥のベンチに、アカリとクロエは腰を下ろす。


「少し、落ち着きましたか?」


「あ……うん……」


気まずそうにするアカリに、シロウが飲み物を差し出す。


「この街の名物なんですよ。いかがです?」


「……ありがとう」


「クロエも飲むー」


「はい、どうぞ」


笑顔でそれぞれ手渡され、同時にストローに口をつける。


「うわ、酸っぱい!?」


二人は、ぎゅっと目を閉じた。


その様子に、シロウがくっくと笑う。


「あ、でもサッパリしてて美味しいかも」


カップの中で氷が揺れる。


「クロエは大丈夫? 飲める?」


「ん~~……」


顔を顰めたまま少しずつストローを吸っている。


一応、大丈夫らしい。


笑いを収めて、シロウは問いかける。


「やはり、気になりますか?」


「え?」


「下っ端職人の、彼の事」


「あ……」


アカリは顔を上げた。


「うん……ちょっと、ね」


曖昧に笑うアカリに、シロウは「やれやれ」といった様子で息を吐く。


「そう悲観的なことばかりでは、ないかもしれませんよ」


「え?」


「お隣、座っても?」


「あ、うん」


少し横にずれると、シロウは腰を下ろした。


「彼が店を構えることは決定事項です。これはもう覆らない」


軽く膝の上で手を組む。


「そのための協力を、この街の住民がすることもね」


「それは――シロウ君がそうするように言ったから?」


「はい」


きっぱりと頷く。


「近々、あのアーケード街に相応しい立派なお店が建つでしょう」


一度、言葉を切る。


「僕がそうするよう、皆さんに“おねがい”しましたからね。

後は彼次第、ということです」


アカリの方へ顔を向ける。


「で、でも……あの職人さんたちの空気というか、雰囲気は……」


カップを握る手に力がこもる。


みんな、納得できない。

そんな空気だった。


「――そうですね」


シロウは口元に手を添える。


「もし彼があのまま、流されるように店を構えたら――彼の未来は、あまり明るくならないでしょうね」


続ける。


「彼は今、別れ道に立っている――いえ、

無理矢理、立たされているとも言えます」


シロウは苦笑する。


「ですが――もし彼が少しでも変われたら?

少しでも明るい方へ進めるのではないか。

そうは思いませんか?」


「――何かって?」


「そうですね……例えば――」


考えるシロウに、アカリは探るように視線を向け、じっと言葉を待つ。


何か、そういう特別な策があるのではないかとほんの少しだけ期待して――


そして。


「世話になる人たちに、

明るく謙虚に協力を“おねがい”するとかでしょうか」


「……えー」


思わずアカリは拍子抜けする。


だが、シロウは真剣だった。


「とても大事なことですよ」


人さし指を立てる。


「"自分を卑下するばかりで、何も言えない者"と


"不器用でも、感謝を伝えようとする者"


灯シ人様なら、どちらに手を貸したいと思いますか?」


「……そりゃあ、後者だけど……」


眉をひそめ渋々答えるアカリに、シロウが小さく笑う。


「彼はあまり積極的ではありません――ですが」


じっと見つめる。


「きっかけがあれば、変われるかもしれないという事は、灯シ人様も――すでに知っているのでは?」


「――あ」


アカリは息を呑む。


隣のクロエを見る。


目が合った。


「アカリ?」


きょとんとする、赤い瞳。


最初は、この子のためにと思って動いた。


――自分より小さい存在だったから、私がなんとかしなくちゃって。


(でも、それだけじゃなくて)


今度はシロウを見る。


モノクルの奥の青い瞳が、柔らかく細められた。


(シロウ君が、私にイヤな態度をとらないって、信じさせてくれるから)


少し前までの自分では、考えられないくらい。

積極的に意見を言い、行動することが出来る――その事に、改めて気づいた


「――そう、だったね」


自然に、納得出来て、言葉が出る。


「はい――」


二人は笑い合った。


「もし灯シ人様がお望みなら――僕がもう少し、職人たちに“おはなし”してくることもできますが」


シロウが、にっこりと微笑む。


「え?」


その笑顔に――


なんだか不穏なものを感じて、思わずアカリの口が引きつる。


「――いや、それは……大丈夫です」


「そうですか」


シロウは立ち上がり、銀時計を取り出した。


その背を、アカリは眩しそうに見つめる。


「では、女王の元へ向かいましょうか」


時刻を確認して、蓋を閉じた。


「……うん」


アカリとクロエは揃って立ち上がった。


□□■■■


白い外壁。


いくつもの塔の先端に乗った赤、青、黄色の屋根。


まるでテーマパークのような可愛らしい城。


その城門が――


ギギギィ――


重たい音をたてて開かれる。


「お城の兵隊さんも、おもちゃなんだね」


門を潜り、歩きながらアカリは振り返る。


街の外で見たものとは違う。


アカリの腰元までの高さの、磨き上げられたブリキの兵隊たち。


「はい。ここネアンティアラ城は、特別階級の職人たちが作ったモノしか従事できません」


少し先を歩くシロウが説明する。


「特別階級の職人……」


呟くアカリの視界に、作業着を着たクマの人形たちが映る。


何体も並び、庭木に向き合いハサミを同じリズムで開閉させる。


チ、チ、チ、チ。


枝が落ちる。


葉が揃う。


形が、揃う。


左右対称。


寸分違わず。


木々も、花々も。


「全部そうなの?じゃあ人間は?」


まるで写し鏡のように、整えられていく庭。


アカリはそれを横目に眺める。


「いませんよ」


シロウの足がピタリと止まった。


「この城に人間は、いません」


城の大扉が開いた。


「……っ」


その先にズラリとならぶ、動物の人形たち。


種族はバラバラ。

しかし、お辞儀の角度は寸分違わない。

揃いのメイド服を着てのお出迎えに、アカリは言葉が出ない。


「……」


無言の出迎えに、思わず、アカリは一歩後退る。


――その時


奥から、一つの影が現れた。


すらりとした、執事服を着た猫の人形。


静かに歩み寄り、シロウたちの目の前で止まる。


恭しく、一礼。


(この子も……人形?)


そう思いながら見つめていると、目が合った。

アーモンド型の両目を、細めて猫の人形は笑う。


「え?」


アカリが驚いていると、シロウはそれを一瞥して、振り向いた。


「ここからは、彼が案内致します。では、後ほど」


そう言って一礼をし、シロウは去って行く。


シロウの背中が見えなくなると、執事の人形は先を促した。




――さきほど、シロウは言った。


「ここに人間はいない」と。


磨き上げられた、静かな廊下。


カタカタ。


カチカチ。


カチャンカチャン。


やけに響く、おもちゃたちの動く音。


目の前を歩くのは――無機質な、猫の執事の人形。


人間のように滑らかに動き、長いしっぽがゆらゆらと揺れている。


アカリはわずかに、不気味さを覚えていた。


一方、クロエは――


「おー」


すれ違う人形や、おもちゃたちを忙しそうに目で追っている。


臆せず、興味津々な様子に、アカリは思わず吹き出した。


「楽しい?クロエ」


クロエは、首を傾げる。


「楽しい……んー」


胸に手をあてる。


「クロエの中、ドキドキとソワソワとワクワクがケンカしてる」


「……それって、緊張してるってこと?」


「んーと。あのねーー」


クロエはキョロキョロと辺りを見回した。


「……ここに来たことがあるんだって」


「え?」


――その時。


執事の人形が、大きな扉の前で立ち止まった。


豪奢な装飾の施された扉。


そこが、女王の謁見の間だとわかる。


執事の人形は、決められた通りに扉を開いた。


「あ、ちょっと待って……」


心の準備が出来ないまま開かれていく扉。


突然のきらびやかな光に、アカリは目を細める。


ガコォォン。


重たい音をたてて、扉は明け放たれた。


静寂。


間――次の瞬間。


パチパチパチパチ――


突然の拍手。


そこに集まった――

ヒトの動きを模した、おもちゃたち。


整然と並び。


それらが一斉に、手を打ち鳴らしている。


同じ速度。

同じ動き。


だが――音だけが違う。


素材の差だ。


軽い音。

重い音。

金属のような硬質な音。


ばらばらの音が重なり――


"歓迎する為の拍手"を形作っていた。


その異様な光景の中――


執事の人形が、歩き出す。


仕方なく、アカリとクロエも、後に続いた。


通路の先に、階段。


その脇に――


(あ……シロウ君だ)


そして、その頂に――玉座。


(じゃあ、あの人が)


光を受けて、白いドレスがきらめく。


流れるような、金色の髪。

その頭上に、ティアラ。


この世界の女王が、玉座に腰掛け、微笑んでいた。


女王がすっと手を上げると、ピタリと拍手が止んだ。


静寂。


執事の人形は、決められた位置で止まった。


つられるように、アカリたちも足を止める。


一礼。


一拍遅れて、アカリとクロエも頭を下げた。


(お辞儀だけでいいのかな?)


今度は、シロウがすっと片手を上げる。


すると執事の人形は、その役目を終えたかのようにその場を離れ――


おもちゃの列の中へ、静かに戻って行った。


「ようこそ、灯シ人様。

ワタシたちの世界を救ってくださる、尊い魂(かた)」


少女のような声が、静かに歩み寄る。


「そんなにかしこまらないで、さぁお顔を見せてちょうだい」


ゆっくりと、アカリは顔を上げる。


(綺麗な女性《ヒト》)


素直にそう思った。


しかし。


「どうして……?」


女王が、小さく呟いた。


「え……?」


女王の目が、みるみるうちに見開かれていく。


――一瞬。


アカリの呼吸が止まる。


「……ひっ」


女王は短く悲鳴を上げて、大きく仰け反り、そのまま倒れ込んだ。


「女王!?」


すぐにシロウが駆けつける。


「どうしたんですか?いったい、何が……」


女王を支えたまま、シロウはアカリに顔を向けた。


「あ……」


一瞬、言葉に詰まる。


訝しむ、シロウの目。


はじめて向けられる、その視線に――

どっと不安が押し寄せる。


しかし――


「違うのっ!」


女王が叫ぶ。


「違うの、アカリじゃないの!アカリじゃなくて――」


女王の視線が、ゆるゆると動く。


アカリとシロウは、同時にそれを追った。


その先に――


「クロエ……?」


クロエが、静かに佇んでいた。


瞬きひとつ、せずに。


じっと、女王を見つめている。


赤い瞳が、何か問いかけるように、わずかに揺らいだ。


――そんな気がした。


「やだやだ、見ないで……」


「っ、ヴィー?」


シロウが、思わず叫ぶ。


(ヴィー?)


「その目で……その"目"でワタシを見ないでよぉぉ!」


女王が、クロエへと掴みかかる。


「だめ!」


「……っ」


――ほとんど同時だった。


アカリが咄嗟に、クロエを庇ったのも。

シロウが女王の腕を強く引いて止めたのも。


「……いっ」


鋭い痛みが走る。


女王の爪が、アカリの頬をわずかに掠めた。


「アカリ!?」


弾かれたように、クロエが叫ぶ。


「落ち着いて下さい!……ねぇ、いったいどうしたの?」


暴れる女王を抑える、シロウの口調が崩れる。


「っ、命令よ!」


女王はシロウへ鋭い視線を向けた。


「今すぐ、あの赤い目の子をどこかへ追い出してっ!」


ヒステリックに叫び、肩で荒く息をする。


苛立ちと、焦り。


――何が、女王をここまで追い詰めさせるのか。


「ヴィー?」


シロウは、ただただ困惑する。


「待って下さい!いくらなんでも酷い――」


アカリの抗議を遮るように、女王はクロエを指差した。


「早く!ワタシのことを、なんだか……とってもいやな気分にさせる、その子を――ここから追い出してぇぇ!」


静まり返った謁見の間に女王の悲痛な叫びが響く。


髪も、顔も、涙でぐしゃぐしゃにして。

女王は、子供のように癇癪をおこす。


シロウは即座に考える。


クロエを追い出すことは、出来ない。

灯シ人であるアカリが――それを望まない。


なら――丁重に退場させる。


「……くっ」


シロウがわずかに顔を顰め、


パチン。


指を鳴らした。


すると。


どこからともなく、さっきよりも少し小さめのメイド人形たちが現れた。


神輿のように二人掛けのソファを担いで、アカリとクロエを取り囲む。


驚く間もなく――


「あの、ちょっと」


「うわぁ!?」


ポス。ポス。


まるで重さを感じさせない手際の良さで、二人はソファに置かれた。


深い緑色のベルベット。

ダークブラウンの木目が美しい上等なソファ。


二人を乗せたまま、人形たちがソファを持ち上げた。


予備動作のない動き。


「うわぁっ!?」


突然の揺れに、アカリとクロエはそれぞれ、肘掛けにしがみつく。

 

「シロウくん?!」


背もたれからアカリが顔を出す。


「申し訳ありません」


取り乱したままの女王を支えたまま、頭を下げるシロウの姿が遠ざかっていく。


「後で必ず伺います。今は――」


一呼吸置いて、


「お二人を迎賓室へ。大切なお客様です。

丁重に運び、もてなすように」


短いながらも、鋭い命令を人形たちへと飛ばした。


揺れるソファの上。


アカリは、もう一度振り返る。


「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて、ヴィー」


なおも取り乱したままの女王を、シロウはあやすように宥めていた。


――ヴィーって、女王様の名前?


それに――


「シロウくんも、いつものシロウくんとは違うような……」


アカリたちが謁見の間を出ると、女王の悲鳴を遮るように――


扉が、ひとりでに閉まった。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


人間の代わり従事するのは、たくさんのおもちゃたち――

そのお城に君臨する女王陛下。

彼女の身にいったい何が起こったのか――


一方、動物を模したメイド姿の人形たちに運ばれたアカリとクロエは――



次回

『不規則なモノ』

※この物語は改稿版です

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