おもちゃ職人の街
この物語はフィクションです。
※加筆修正しました。
シロウから差し出された、女王陛下からの招待状に、アカリの顔が強張った。
「そんなに怖がらないで下さい」
「えぇーでも……」
くすりと笑うシロウに、アカリは眉を下げる。
「僕らの世界を救って下さる灯シ人様に、ただ感謝の思いを伝えたい――そのために開く、お茶会ですから」
にっこりと微笑む。
「ちなみに、このお茶会は、灯シ人様が現れる度に行われている、恒例行事となっています」
「あ、そうなんだ……」
恒例行事と聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
そんなアカリの手元を、クロエはじっと覗き込む。
「お茶会の招待状だって」
「……お茶会」
手にしたメッセージカードを、クロエに寄せる。
クロエはじっとそれを見つめたまま、呟いた。
「あ、クロエも一緒に参加できるのかな?」
アカリの問いかけに、少し間を空けた。
「失念していました――ですが、おそらく、大丈夫かと」
シロウにしては珍しく歯切れが悪い答えが返ってきた。
「なにぶん、今までの灯シ人様には、僕以外の同行者はいなかったもので……」
「あ……もし、無理なら」
深く考え込むシロウに、アカリは遠慮がちに声をかける。
「いえ、そこは……灯シ人様がそう望めば、可能かと」
シロウはそこで一度、言葉を切る。
「わ、私?」
思わずアカリは自身を指差す。
「はい、灯シ人様の心がそれで晴れるのならば」
シロウは当然のように頷く。
「で、でもそれって……我儘にならない?」
アカリが遠慮がちに聞くと、シロウは首を横に振った。
「いえ、ちっとも。
なにせ灯シ人様は、僕らの世界にとって大切な方ですからね。
些細な願いを叶えるのは、当然のことです」
「――そう、なんだ」
きっぱりと言い切られ、アカリはわずかに混乱する。
(……本当にそれでいいの?)
ちらりとクロエを見ると、カップを持ったまま、クロエは小さく首を傾げた。
□□■■■
翌日。
三人は、少し早めの朝食をとった。
仮住まいにしていた風車小屋の外に出る。
パチン。
シロウが指を一つ鳴らすと――
綺麗に整えられていた内部が、音もなく元の
廃墟へと戻った。
「やっぱり、すごいね」
アカリが薄暗い中を覗き込む。
(たった一日くらいだったけど――)
昨日までの居場所があっという間に消えてしまったことへの、驚きと名残り惜しさが滲む。
「ピカピカからボロボロー」
クロエも覗き込んで、少し残念そうに中を見回していた。
昨日同様、クロエにせがまれて――
クロエを挟んで手を繋ぐ。
来た道を一旦戻ることにした。
「この先の別れ道から、次の街に向かいましょう」
シロウの案内で、クロエに合わせて歩く。
ふと、アカリは空を見上げる。
相変わらず、どんよりと重たい色。
所々に薄く光が見えるが、これが晴れなのか、曇りなのか――
(未だに、よくわからないや……)
アカリは小さく息を吐いた。
砕けた硝子の吹き溜まった道を歩いていると、 何人かの人々とすれ違った。
「あ……こんにちは」
「…………」
アカリ小さく挨拶をするも、やはり返事はない。
それどころか、彼らは俯いていて、顔を上げようともしない。
すっかり廃れて寂れてしまった観光名所。
それでも未だに 訪れる者は――いったい何を望んでここに訪れるのか。
――知りたくもない。
ただ暗い表情のまま通り過ぎていく人々を、シロウは一瞥するだけに留めた。
「これも、シロウくんの魔法のおかげ?」
過度な期待と感謝を向けられないことに、アカリは少しほっとする。
「――はい」
声を潜めて問いかけると、シロウは静かに頷いた。
しかし、その横顔がほんの少しだけ誇らしげに見えて――
思わず、アカリは小さく吹き出した。
「と、灯シ人様?」
「ごめん、なんでもない」
(……なんとなく、シロウくんがわかってきたかも)
くっくっと笑うその様子に、 シロウはわずかに眉を顰めた。
□□■■■
気がつけば、足元が整備された石畳に変わっていた。
(さっきまでの景色が嘘みたい……)
ここまでずっと、壊れたステンドグラスが積み上がって、残骸の山のような景色が続いていた。
今は――道の両端には、丁寧に手入れされた花壇が続き――人の通りも、いつの間にか増えている。
「やぁ、お嬢さんたち。こんにちは」
行商の男が、明るい笑顔で通り過ぎていく。
思わず振り返るが、境界らしい境界は見当たらなかった。
人の流れとざわめきだけが、遠くで薄く重なっていた。
前方に、街の門が見えた。
しかし――
「これが、街の入り口?」
アカリは足を止めて、見上げる。
白を基調とした外壁、色とりどりの幾何学模様。
いくつもの小さな塔がくっついて、大小様々な歯車が回っている。
「街の門っていうより、テーマパークの入り口みたい」
左右の扉が大きく開け放たれ、両脇で、何かが動いている。
「――あれって、お人形?」
門の両脇に立っていたのは、ブリキで作られた、おもちゃの兵士だった。
カタカタ、と小さな音を立てながら、
ぎこちなく、忙しなく動いている。
その動きはどこかちぐはぐで――
それでも、確かに“門番”としてそこに立っていた。
「はい、ここが――女王陛下の箱庭。
おもちゃ職人の街トイベルです」
シロウは高らかに告げた。
門を潜ると、巨大なアーケード施設のような空間になっていた。
天井の高い通路には光が満ち、左右には所狭しと店が並んでいる。
「ようこそ」
「ここは、おもちゃ職人の街――トイベル」
看板に腰掛けた少年と少女の人形が、まったく同じ角度で腕を上下させ、交互に規則正しく挨拶を繰り返していた。
その動きは滑らかで、乱れがない。
クロエは人形たちをじっと見つめている。
「前はお菓子職人の街で、ここはおもちゃ職人の街なんだね」
アカリはわずかに声を弾ませ、きょろきょろと辺りを見回す。
「はい、ここトイベルは、一つの巨大な遊園都市として設計されています」
「遊園都市?」
「この街まるごと一つが、灯シ人様の世界でいうテーマパークのようになっているのです」
お店のショーウィンドウにならぶ、たくさんのおもちゃたち。
それを眺めながら前を歩くアカリとクロエを見つめ、シロウは少し考える。
通りを見回し、並ぶ店舗数や、空いている区画がないかを目で追った後、そっとアカリたちに歩み寄った。
「灯シ人様、もし気になったモノがあれば、遠慮なく立ち止まってくださいね」
「いいの?ありがとう」
「クロエも見るー」
二人は手を繋いだまま、足取り軽く歩き出した。
しばらくして――
「これって、スノードームかな?」
アカリは一件のお店の前で立ち止まった。
「そのようですね」
拳ほどの大きさの、丸いスノードームが幾つか店頭に並んでいる。
その中の一つ。
小さな木こりの人形が入ったスノードームを、アカリはそっと手に取った。
しゃがみ込んで、クロエと二人で見つめる。
小さな木の家と、背の低い二本の木だけが、寄り添うように静かに並んでいる。
揺らすと――
さらさらと白い粉が舞い上がり、さっきまでの新緑の景色が、瞬く間に雪景色へと変わっていく。
春と冬が、ひとつのガラスの中で入れ替わる。
永遠に繰り返される、小さな二つの季節。
「……きれいだねー」
「ねー」
キラキラと舞う粉が、小さな世界の中で季節を入れ替えていく。
「……ふむ」
スノードームから目が離せずにいる二人の後ろで、シロウは口元に手をあてる。
そして――
『みーつけた』
シロウが、密かに呟いた。
次の瞬間。
パンッと、何かが小さく弾けた。
音は小さいのに、確かに"何かがきり替わった"感覚だけが残る。
「え?」
アカリは思わず振り返り、シロウを見上げた。
「シロウくん?今の――」
言いかけたところで――
シロウは、何事もなかったかのように微笑んでいる。
その笑みの意味がわからないままでいると――
「おや。もしや、導き手様では?」
一人の職人風の男が、シロウたちに気が付く。
その声を合図にするかのように、周囲の視線が一斉にこちらへ向いた。
(……やっぱり、シロウくんが魔法を解除したんだ)
ガラス細工の丘でかけてもらった、灯シ人と導き手の気配を隠す魔法。
それが、解かれた。
アカリとクロエは急いで立ち上がり、身を寄せ合う。
ざわめきが、波紋のように広がり、人々がわらわらと集まり始めた。
観光客よりも、圧倒的に職人の方が多い。
「こんにちは、導き手様。もしや、そちらのお嬢様が……」
「ええ」
シロウが短く答える。
『おぉぉ、やはり』
途端に、周囲がわっと沸いた。
「あの……」
身を固くするアカリの手元に、視線が集中する。
「あ……」
(スノードーム……持ったままだった)
「こちらへ」
シロウはすっとアカリに両手を差し出した。
「……?」
言われるがまま、アカリはスノードームを手渡す。
「灯シ人様はこちらの商品をいたく気に入ったご様子なのですが――」
シロウの言葉に、空気がすっと静まる。
「こちらのスノードームは、どなたが?」
周囲の視線がざわめきと共に彷徨い、やがて一点へと集まる。
その先に――
丸眼鏡をかけた小柄な少年が、両手に荷物を山のように抱えて立っていた。
「………え?」
少年の声と、周囲の声が重なる。
「ふむ」
シロウは、少年を見据えたまま歩き出す。
「え、シロウくん?」
アカリの呼びかけにシロウは振り返り、にこやかに笑う。
人々は自然と道を開けていき、それが当然であるかのようにシロウは進む――
やがて少年の前で立ち止まり、じっと見下ろした。
「失礼。こちらのスノードームはアナタの作品で、間違いないですか?」
「………え?」
少年の肩が、びくりと跳ねた。
シロウの持つ、木こりのスノードームに目を向ける。
「……あ、はい」
「そうですか」
改めて、シロウは少年の姿を眺める。
ボロボロで、ツギハギだらけのシャツとズボン。
薄汚れが目立つキャップから、ボサボサの赤毛が覗く。
靴はサイズが合っていないのか、明らかにブカブカで――
その足が、じりとわずかに後退った。
「……あのぉ」
少年は遠慮がちにシロウを見上げる。
荷物を抱え直すと、リンゴが一つ転げ落ちた。
「あ!」
シロウのつま先にぶつかり、止まった真っ赤なリンゴ。
それをシロウは、ゆっくりと拾い上げる。
誰もがその一挙手一投足に、目を離せずにいた。
「では」
じっとリンゴを見つめるシロウのその一言で、空気が変わった。
周囲の職人たちが、わずかに息を呑む。
「アナタに"店持ち"の称号を与えましょう」
沈黙が落ちた。
―――。
――え?
その場にいる全員の思考が止まった――かと思えば、
ざわざわ、と徐々に空気が揺れていく。
「まさか……」
「"下っ端レンティス"が……店持ち?」
「うそだろ……」
口々に囁く。
驚きと、不満と、嫉妬とが混ざり合い、小さなざわめきは広がっていく。
「あ、あの……!?」
戸惑う少年――"下っ端"レンティスへは目もくれず、シロウは拾ったリンゴを彼の持つ袋の中へと戻した。
「この区画に、彼の店を構えること」
シロウは告げて、ぐるりと周囲を見回す。
青い瞳に見据えられ、周りの人々がビクリと肩を揺らす。
「いいですね?」
有無を言わせぬシロウの言葉に、人々――特に職人たちはさらにどよめく。
しかし――。
すぐに、渋々といった様子で頷いた。
「……かしこまりました。導き手様」
その場にいる全員が深く頭を下げる中――
「……え?」
レンティスの声が、もう一度落ちる。
話についていけず、その表情のまま固まり、その場に立ち尽くすことしか出来ずにいた。
「待って下さい。ぼくは――」
動揺するレンティスを一人残し、シロウはさっさと踵を返す。
「お待たせいたしました」
すました顔でアカリの元へと戻ってくる。
「だ、大丈夫なんですか?あの人……」
アカリは呟いた。
「もしかして、私のせい……」
――気まぐれに手に取ってしまったから……
「いえ、むしろ“灯シ人様のおかげ”で――出世への足掛かりを得られたのですよ」
シロウはスノードームを元の場所に戻した。
「彼は“下っ端レンティス”と言われていました。ですから職人階級は一番下位だと思われます」
未だ放心状態のレンティスに目を向ける。
「運も実力のうち、と言うでしょう?――ここからどうしていくかは、彼が決めることです」
アカリにふっと笑いかける。
「灯シ人様が責任を感じる必要は、全くありません」
アカリはレンティスへと目を向ける。
こんなに大勢の人が集まっているのに――不自然に空いた空間。
その中に一人、取り残されている。
レンティスを気遣う声も様子もなく、遠巻きに、ひそひそと囁くばかりで――誰も、近づこうとしない。
あまり気持ちの良い光景じゃない。
アカリはわずかに顔を顰めた。
今にも倒れそうなほど、レンティスの顔は青ざめている。
(…あのままじゃ、潰されてしまいそう)
アカリの胸に、不安がよぎる。
「――そう、なのかな?」
「はい」
シロウはただ、頷いた。
けれど、レンティスに視線を向けることはない。
「では、城へ向かいましょう」
シロウはそっとアカリの背中に手を回し、何事もなかったかのように先を促す。
「あ、あの……」
しかしいまいち腑に落ちないアカリは一歩、レンティスへと歩み寄ろうとした。
しかし――
(ここで、私が声をかけて、どうなるの?)
その思考が、アカリをその場に踏みとどまらせる。
アカリが逡巡していると――
「ま、待って下さい!救世主様!」
遠くから声がかかった。
思わずそちらに目を向ける。
「是非、うちの品も見て下さい!」
レンティスとは大分離れた所。
一人の職人が何かを掲げて、自信に満ちた笑顔で、飛び跳ねていた。
アカリが戸惑う間もなく――
「そ、そうだ。オレの作品も……」
ある者は、急いでその場を離れて行く。
「これ見て下さいよー、ここの仕掛けは……!」
ある者は、自慢の品を手に無遠慮にアカリたちに近付く。
みな、レンティスと似たり寄ったりの職人たち。
その様子に、シロウはわずかに顔を顰める。
「アナタたち、灯シ人様に無礼――」
「すみません!」
シロウの一喝を遮るように、アカリは勢いよく頭を下げた。
「え? 救世主……さま?」
職人たちは、笑顔のまま固まる。
シロウまでもが、動きを止めた。
ざわめきが広がる中――
アカリは深く息を吸い込み、顔を上げた。
「すみません、女王様に呼ばれているので……これで、失礼します」
そう言って――
「行こう、クロエ。シロウくん」
アカリは二人の腕を掴むと、さっさと歩き始める。
「……アカリ?」
クロエは少し引っ張られるように、アカリについていく。
シロウも驚いたまま、つられるように足を動かす。
動揺する人だかりをそのまま残し、アカリは足早にそこから立ち去った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
なんだか居た堪れない気持ちになったアカリ。
シロウとクロエの二人を連れて、
足早にそこから立ち去った――
次回
『分岐点』
※この物語は改稿版です。




