女王陛下の白い庭
この物語はフィクションです。
※加筆修正しました。
「……では、行ってまいります」
「⋯⋯う、うん。 いってらっしゃい⋯⋯」
アカリが起こした、
「逆壁ドン事件」から数分後。
シロウはいつも以上に、テキパキと行動していた。
まるで、無理矢理気持ちを切り替えるように。
平静を取り繕うように。
アカリは、というと――
「やっちゃったー」
その気まずさが、まだ色濃く残っている。
元々興味があることには一直線だ。
それは自覚していた。
しかし。
――まさか、あそこまで周りが見えなくなるなんて、自分でも思っていなかった。
それも、一度ならず二度までも。
それだけの魅力が、
シロウの"魔法"にはあった。
シロウの後をついて回り、話は聞いている。
とは言うものの――
羞恥心と自己嫌悪。
色々混ざって――
叫び出したい衝動に駆られるのを、
必死に抑え込んでいた。
「夕方までには戻りますので、では」
何事もなかったかのように、シロウは出かけて行った。
少し、アカリはほっとした。
アカリはソファに腰掛けた。
深く、沈み込む。
高い天井。大きな窓。
壁や家具は、白とベージュで揃えられている。
「……もしかして、うちより広い」
自分の家を思い出す。
三人で暮らす家。
だけど、出しっぱなしの玄関の靴の数は常に多い。
廊下のない造り。
ドアを開ければ、すぐにリビングへと繋がる。
アカリが帰宅すると、キッチンに立った母親がいつも――「おかえり」と言ってくれて……
「そう、言ってくれて……」
アカリは言葉を飲み込んだ。
じわりと、涙が滲みそうになる。
天井を見つめ、手の甲を押し当てる。
あまり、考えないようにしていた。
そうしないと――
気持ちが、崩れそうになるから――
「役目が終わったら――うちに、帰れる」
ポツリと呟く。
――本当に、帰れるの?
ふと、疑問がよぎる。
フタをするように、そっと目を閉じた。
「アカリ」
クロエの声。
「ん……どうしたの?」
アカリはゆっくりと身を起こす。
「お腹すいたー」
クロエは、お腹を押さえている。
「そっか、もうお昼なんだ」
壁の時計に目をやる。
「ご飯、食べようか」
「うん」
二人はキッチンへ向かった。
冷蔵庫を開ける。
「ヒエヒエー」
クロエが覗き込む。
ひんやりとした空気が流れ出す。
「……そうだね」
「本当に、本物の冷蔵庫みたい……」
思わず、口元が綻ぶ。
「アカリ?」
「あ、ごめんごめん――えーと」
アカリは箱を取り出した。
カラフルな装飾のランチボックス。
スリーティーで買ったものだ。
「これ」
そう言って、レンジに目を向ける。
「温めるなら、分けた方がいいよね」
ホットドッグを二つ皿に盛り、レンジへ。
「えーと……」
ダイヤル式のタイマーを回し、スタートボタンを押す。
駆動音とともに、庫内が明るくなる。
「おー」
くるくると回るホットドッグに、クロエは釘付けになった。
「おばぁちゃんの家のレンジ、こんな感じだったなぁー」
簡易な作りだけど――
懐かしさが胸に浮かぶ。
ピ―――。
電子音が鳴った。
アカリはホットドッグを取り出し、
それぞれ四等分に切り分けた。
「はい、熱いから気をつけてね」
サラダも添えて、クロエの前に置く。
クロエは待ちきれずに手を伸ばしかけ――はっとする。
「いただき、ますっ」
ぱちん、と手を合わせた。
アカリの動きが、ふと止まる。
「……ちゃんと覚えてたんだね」
優しく頭を撫でる。
「えへへぇ」
くすぐったそうに、クロエは肩を竦めた。
アカリもテーブルに向き直る。
手を合わせる。
「いただきます」
その頭を、クロエがくしゃりと撫でた。
□□■■■
全てが白に染められた庭園。
ご機嫌な女王は、鼻歌を口ずさむ。
音階も音域も、めちゃくちゃなメロディライン。
歪な鼻歌。
白い石畳に、白い花。
煉瓦も柵も――すべてが白。
その中で、木々と土のブラウンが浮かび上がる。
葉や茎の、鮮やかなグリーン。
――あぁ
――なんて、完璧な世界
純白の薔薇に触れる。
そっと顔を寄せ、香りを楽しむ。
女王の鼻歌は、最高潮に達し――
「お呼びでしょうか?」
――ピタリと止んだ。
「女王陛下」
低く静かな声が滑り込む。
創られた美しさの中で、シロウは恭しく一礼した。
白いテーブルとクロス。
その縁に腰掛け、女王は素足をぶらつかせている。
「――ね、お茶しよー」
白いティーカップを、ひょいと持ち上げる。
「お行儀が悪いですよ」
「アナタがいないと、つまらないんだもの」
口を尖らせ、
軽やかにテーブルから降り立つ。
すらりとした長身。
年の頃は、二十代半ばほど。
流れるような金の髪が、背を伝う。
頭上には――やたら豪奢な王冠。
だが、その位置はわずかにズレている。
身に纏うのは白い布。
肩紐だけで支えられた、簡素なドレス。
縁取るように、柔らかなファーの白いマント。
そして足元は――裸足。
「またそのような装いを……」
シロウは呆れて、深く息を吐く。
「いいじゃない! ワタシはこれが一番好きなんだから!」
頬をぷくりと膨らませる。
その仕草は、どこか幼い。
シロウはさらに、短く息を吐いた。
「……そういえば、まだやってるの? その堅苦しい"遊び"」
女王はクッキーをつまみ上げた。
「ええ。お気に召しませんか?」
向かいでシロウは、ソーサーごとカップを持ち上げる。
「んー、別に嫌いじゃないけどー⋯」
クッキーを口に放り込み、腕を組んで目を閉じる。
ガリ、ガリ、と。噛み砕く音だけが、静かに響いた。
ふと、女王は片目を開ける。
シロウはじっと、こちらを見つめていた。
「……はぁー」
女王はため息を吐く。
「まぁ、仕方ないか。 "僕の遊びに口出ししないで"って、 約束だったしね」
今度は、中央に赤いジャムの入ったクッキーを取る。
少しだけ不満げに、ひと口かじった。
「恐れ入ります」
シロウは目を伏せる。
紅茶を一口、口に含んだ。
その仕草だけが、やけに整っていた。
「なんだっけ?
今は "シロウ"で遊んでるんだっけ?」
女王の明るい声。
一瞬――シロウの手が止まる。
「……はい」
返事も待たずに、 女王は齧りかけのクッキーを口に放り込んだ。
紅茶で流し込む。
女王は空になったカップの持ち手に、指に引っかける。
「シロウ、シロウ、シロウ……シロー」
女王は名を転がすように、何度も繰り返す。
「――……」
シロウの目の前で、カップがゆらゆらと揺れている。
規則もなく、ただ気まぐれに。
やがて――
ガチャン。
「うん。気にいったわ!」
乱暴に、カップが置かれた。
シロウは、女王の手元で倒れたカップに視線を落とす。
こぼれた紅茶が、真っ白なテーブルクロスに染みを作る。
じわり、じわりと――静かに広がっていく。
「それは⋯」
シロウは、わずかに笑みを歪める。
「…光栄ですね」
カップに口をつけた。
「名前ってね、とっても大事だと思うの!」
唐突に女王は、両肘をついて乗り出す。
「急に――どうされたのですか?」
何でもない風を装って、シロウは問いかける。
しかし女王は、「ふふふ」と笑うだけで、答えない。
「アナタがくれた、ワタシの名前は宝物なのよ」
女王は自分の胸にそっと両手をあてる。
「だからね」
向けられる、無邪気な笑顔。
「遊びとはいえ、アナタがアナタに与えた名前なんだから――大事にしなくちゃだめよ」
たしなめるような言葉。
だからこそ――
シロウは、口の端を引き結ぶ。
『名前なんて、ただの記号でしょ』
――そう言っていたのは、キミだったのに。
――僕の話しを、聞きやしなかったのに。
――どれだけ時間が経っても、キミは変わらないまま。
――やっぱりキミは――キミのままなんだね。
「アナタが、楽しそうで――なにより、です……」
わずかに、声が震える。
込み上げた何かを――
コクリ、と喉を鳴らして、紅茶と一緒に飲み込んだ。
音を立てず、カップをソーサーへ戻す。
丁寧すぎる仕草。
それは"導き手"という役を演じるために、身についたもの。
「ふふふ」
女王は、満足そうに笑った。
しばらくして。
「あ、そうだった」
女王が手を打つ。
「はい、これ」
ずいっと、シロウの目の前に、白い封筒が差し出された。
金色の封蝋。
「お茶会の招待状。
あの子に渡してちょうだい」
女王のいう"あの子"は、"灯シ人のアカリ"を示している。
シロウは、一瞥する。
じっと、それを見下ろし――
「失礼」
すっと手を伸ばし、奪い取った。
「あっ!?」
ビリリ。
躊躇なく手で、封を切る。
「ちょっと、何すんの!?」
女王の抗議の声は無視して、手早く確認。
「――女王陛下⋯」
シロウの静かな声に、思わず女王の肩がびくりと跳ねた。
「書き直しを、要求します」
笑顔でメッセージカードを突き返した。
真ん中に、ガタガタの文字で一文――
『お茶会するからお城までおいでー』
「えー、ちゃんと書いたのにぃー」
途端に女王は文句をたれる。
どかっと、椅子に深く座り込んだ。
「今のアナタは、この世界の頂点に君臨する、女王なのですよ!」
珍しく声を荒げてシロウは、立ち上がる。
身をテーブルに乗り出す。
メッセージカードを女王の顔へ突きつけ、笑顔で詰め寄った。
「残念ながら、その威厳が一欠片も、感じられません」
きっぱりと言い切る。
「やりなおしを、要求します」
一言一句、丁寧に、低い声で言い含めた。
「え―――」
女王は思い切り顔を顰め、不満げに唇を尖らせた。
静謐で整然と、
なにもかもが整えられていた庭園。
時が止まったかのような、歪な庭。
距離を縮めて、二人の声だけが響いていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
無邪気で、無垢な彼女のことを――
どれだけ踏みにじられても、
それでも、キライになれない。
次回
『琥珀色の襲撃』
※この物語は改稿版です




