ガラス細工の丘にて
この物語はフィクションです。
※一部加筆修正しました。
丘の頂上に辿り着いた。
アカリは静かに息を吐く。
そこで目にした景色は――
一目でわかるほど、変わり果てていた。
「ここは以前――
ガラス細工の丘、とそう呼ばれていました」
静かにシロウの声が落ちていく。
かつて、この丘では――
一定の範囲に限られてはいたが、
自然界のありとあらゆるものが、
美しく繊細なガラス細工として生み出されていた。
花も、石も、木も、虫や鳥さえも。
風景そのものが、
壊れやすい美でできている場所だった。
――しかし。
「ひとつくらい、持っていってもいいよね?」
そんな身勝手な人間たちの手によって、
今ではその丘は、かつての美しさ失っている。
「ここから持ち出せば、たちまち壊れてしまうというのに――」
シロウは呆れた様子でため息を吐く。
決して侵してはならない場所だった。
一つ崩したら、次々と破綻していく。
ここはそういう「場所」だ。
砕けたガラス片が丘一面に散らばり、
赤や青の破片が、鈍く光る。
まるで、
壊れたステンドグラスの残骸で出来た丘。
アカリはそう思った。
「灯シ人様の祈りがあれば、
また元の美しい丘として復活する。
そう盲信する者たちが多いのです」
シロウは皮肉な笑みを浮かべた。
「なので、隠しておく必要があったのですよ」
アカリは足元を見下ろした。
「特殊なガラスなので、触れても大丈夫ですよ」
鋭く鋭利な切り口に、恐る恐る触れてみる。
「ほんとだ⋯全然切れない」
不思議な感覚だった。
「···なんだか、寂しい場所···だね」
ポツリとアカリは呟いた。
「……ええ、そうですね」
シロウは視線を遠くへ向けた。
カサリ。
不意に背後で小さな音がした。
二人は同時に振り返る。
そこにあったのは――。
「……手紙?」
シロウが屈んで拾い上げる。
「これは…」
真っ白な封筒に、きらきら輝く金色の封蝋。
「あ、シロウ君?」
シロウは躊躇なく封を切った。
取り出したのは、
一枚の真っ白なメッセージカード。
そこには、たった一文。
――退屈だから今すぐ来て!
シロウは眉を露骨に顰めた。
「……シロウ君。それ、なんだったの?」
背後から声をかけられる。
シロウは一呼吸して、
「申し訳ありません」
振り返る。
さっさとカードを封筒に戻し、
制服の内ポケットへしまい込んだ。
「女王陛下から緊急の呼び出しの為、しばらく側を離れます」
恭しく一礼するシロウ。
「……え?」
対してアカリは、目を丸くした。
「女王……陛下?」
聞き慣れない単語。
思わずアカリは大きな声を上げてしまった。
突然の女王からの呼び出し。
シロウは、あたりをぐるりと見回す。
「あれにしましょう」
一軒の壊れた風車小屋が目に入った。
丘の中央。
人が歩ける道が一本だけ残っていた。
かつては観光地として賑わっていた名残で、
道幅は広く、
三人で並んで歩いてもまだゆとりがある。
両端は、
おそらく色彩豊かな花畑だったのだろう。
様々な色のガラス片が無残に混じり合い、
濁った光を放っている。
アカリと手を繋いでいたクロエは、
「シロー」
「え?」
名前を呼んでシロウの指先を掴んだ。
「⋯」
無言でアカリを見る。
「手、繋ぎたいんだって」
アカリが笑い、シロウは戸惑う。
躊躇して――クロエの小さな手を握った。
嬉しさのあまり、クロエはピョンと飛び跳ねた。
「……ぼろぼろー」
「……そうだねー」
丘の先に立つ巨大な風車小屋をクロエとアカリは見上げる。
建物は二階建てで、入口の上には色あせた看板がぶら下がっている。
ガタガタと風に揺れて、今にも外れて落ちそうだ。
窓ガラスも幾つか割れ、
風車の羽根も半分ほど折れて止まっていた。
元は、大型観光施設。
以前は賑わっていたであろうその場所。
今は、見る影もない。
扉の前に吹き溜まった砕けたガラス片。
シロウは躊躇なく風車小屋の中へと入っていく。
「し、シロウ君!?」
アカリが慌てて声をかける。
「少々お待ちを」
中から返事が返ってきた。
中に入るなり、すぐさま内部を調査する。
傾いたテーブルと壊れた椅子。
土産物が所狭しと並べられていたであろう棚は空っぽで、
少し傾いていた。
壁板も何枚か剥がれている。
床板が抜けて穴が空いていた。
人影は、ない。
危険も、見当たらない。
朽ちてはいるが、土台はまだしっかりと残っているようだ。
これなら、なんとかなりそうだ。
シロウは白いクレヨンを取り出した。
なかなか戻らないシロウを、
アカリとクロエはそわそわしながら待っていた。
「えーと⋯シロウ⋯くん?」
恐る恐る入口からそっと覗き込むと――
『秘密基地を作ろう』
シロウの、わずかに弾んだ声が響いた。
――その瞬間。
カッ――!?
一瞬、強い光が小屋の中が満たす。
「うわっ!?」
あまりの眩しさに、二人は思わず目をつぶった。
光が収まると、中からシロウが姿を現した。
「お二人ともどうぞ。お入り下さい」
「うわぁぁぁぁ!」
中に入るなり、アカリとクロエは同時に感嘆の声をあげた。
「キラキラでピカピカー」
「……そうだねー」
呆けたままアカリは返事をする。
クロエが我先にと駆け出した。
ソファによじ登ったり、
キッチンを覗いたり、
好奇心のままに動き回る。
「モデルルームみたい⋯」
アカリはゆっくりと、部屋の真ん中に立った。
外観からは、とても想像がつかない。
十六畳ほどの空間。
ネットに公開されている、リビングダイニングの内覧写真。
それに酷似した、
綺麗で完璧に整えられた部屋。
「ここ、くらーい」
クロエが部屋の奥の奥を覗き込んだ。
「ああ」
シロウがクロエに近付く。
「そこから先は元のままなので、あまり近づかないように」
クロエが足で床を擦る。
じゃりり――と、音が鳴った。
「橋の時も思ったんだけど⋯」
アカリはしゃがみ込んだ。
「シロウ君の魔法ってどういうものなの?」
ツヤツヤの床をそっと撫でる。
「ああ、それは―」
心なしか、声が弾む。
しかし――
「⋯元々ある物の要素を分解して、
僕がイメージする物に組み替えるんです」
「要素を分解して組み立てる?」
「⋯⋯はい」
シロウはキッチンに向かう。
手を置いたのは、
白い窓のついた機械。
「それ、もしかして電子レンジ?」
後を追ったアカリが声を漏らす。
「はい」
シロウは目をわずかに伏せて、笑った。
「ある程度、物の構造や設計
"どうしてそうなるのか"という事を理解しないといけませんが⋯」
シロウは「レンジ」ボタンを押した。
ブゥゥン
駆動音――
数秒の間。
無機質な電子音と共に止まった。
「ちゃんと、使えるようですね」
満足げに笑う。
一方でアカリは――
「ねぇシロウくん。
この世界に私の世界と同じ物質って存在するの?」
「――え?」
アカリの質問に、
シロウは目を瞬かせた。
「――申し訳ありません、質問の意味がよく⋯」
アカリは口元に手をあてた。
「えぇーとね」
視線を彷徨わせる。
「この施設にあった、いろんな物の残骸とかの要素を、一度バラバラにしたってことだよね?」
「⋯⋯はい」
なんだ?
この子はいったい、何を言おうとしてるんだ?
アカリは考え込んでいる。
クロエが真似して腕を組み、うんうん唸っている。
「⋯灯シ人様?何か不手際でも⋯」
「あ、違う違う」
慌ててアカリは否定する。
「⋯⋯ただね」
重たく口を開いた。
「完成された積み木の城をいくら崩しても、積み木は積み木だよなーって」
シロウは眉をひそめた。
「でもね」
構わずアカリは続ける。
「それを組み直しても“別のもの”にはならないはずなんだけど⋯」
「⋯⋯」
確かに――
シロウは目を見開いた。
想像したものを、創造したものに作り変える。
そういうものだと思っていた。
だが――
「⋯⋯別のものには、ならない?」
視線を落とす。
ツヤツヤに磨きあげられた、木の床。
確かに、木片はあった。
では、
それを磨き上げる為の薬剤はどこから――?
ふと湧き出た疑問。
しかし答えは形を取る前に――
思考が、わずかに鈍る。
「あ、そうか」
アカリがはたとした。
「そういうものとして――成立させているんだ」
ポツリと呟く。
「――……」
シロウはゆっくり顔をあげる。
すると――
「すごいよ!シロウくん」
アカリが叫んだ。
「――は?」
一拍遅れて、青い目が大きく見開かれる。
「アカリ?」
驚いたクロエが、アカリを見上げる。
「アニメや漫画。
ゲームのキャラが使う魔法とは全然違う!?」
ずいっとアカリはシロウに近付く。
「組み替え――じゃなくて、
なんていうか、
意味っていうか…役割?
素材が同じでも、
成立させているものが違うってことだよね!?」
「と、灯シ人――様?」
興奮して、早口でまくし立てるアカリ。
シロウは既視感を覚える。
「だから、これは」
そっと、電子レンジに触れる。
「電子レンジであって、電子レンジじゃない!」
「――え?」
「電子レンジとしての機能を備えた、
シロウくんのオリジナルレンジ」
既製品の再現ではなく、
加熱という現象そのものを実現する装置。
それを、シロウは――
あっさりと、やってのけた。
アカリが言いたいのは、そういうこと。
しかし、
上手く伝わらず、
シロウはますます混乱する。
――何か重要な事を言われている。
それはわかる。
なのに、
距離が、近すぎて――
思考が、まとまらない。
「あ、あの⋯」
「ここにあるもの全部――」
アカリが部屋を見回す。
「灯シ人⋯⋯さま?」
「これってすごいことだよ!」
まっすぐな声で、アカリが言う。
一歩、踏み込まれた。
逃げ場が、狭まる。
「⋯⋯っ」
シロウは大きく一歩、後退する。
反射的に、距離をとる。
「シロウくんが成立させたから、
ここに在るんだから」
シロウの肩が、壁に触れた。
「あ、あの――」
逃げ場を探して、背後へ視線を向ける。
壁。
もう、下がれない。
アカリの熱は、止まらない。
「やっぱり、シロウ君はすご――」
「と、灯シ人様っ!?」
思わず、声が出た。
はっとして、
ようやくアカリは止まった。
「⋯⋯」
目の前には、動揺するシロウの顔。
アカリは瞬きを繰り返す。
お互いの鼻先が、触れるか触れないか――
その距離、わずか数センチ。
「⋯⋯っ!?」
いつの間にか、
アカリはシロウを壁際に追い詰めていた。
「ご、ごめんなさっ!」
慌ててシロウの胸を両手で押し、
距離をとる。
さっと背を向けた。
弾みで、シロウはズルズルと崩れ落ちた。
そのまま座り込む。
気まずい沈黙。
音すらも、消えて――
流れる、静寂。
その中で――
「⋯⋯灯シ人⋯⋯さま」
シロウが口を開いた。
背を向けたままのアカリの肩が、跳ねる。
しばしの間の後――
「……しょ、しょうしょう、
はしゃぎすぎ……では?」
苦言を呈したものの、
その声は、とても、とても小さかった。
「よいしょ」
クロエはスツールによじ登る。
キッチンカウンターの向かい側。
ひょこっと顔を出した。
キッチンの奥を覗き込み、
小さく首を傾げる。
「……アカリとシロウ、
赤いの一緒」
クロエは、自分のリボンを指差した。
「っ!?」「っ!?」
思わぬクロエの指摘に、
アカリとシロウの顔がさらに赤く染まった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
かつてあの子はただ、
「すごい」と手を叩いた。
それは確かに、嬉しかった――けれど。
わかってもらえた上での「すごい」が、
こんなにも嬉しいものだったなんて、
彼は知らなかった――
次回
『女王陛下の白い庭』
次回更新予定:
5月31日(日)21:00頃(予定)
※変更になる場合があります




