虹の石
この物語はフィクションです。
※一部加筆修正しました
ホテルを出発する、少し前のこと。
実は昨日から気になっていることが、アカリにはあった。
「クロエの髪、長すぎないかな?」
「髪……ですか?」
アカリの呟きを、すぐにシロウが拾う。
「え?あぁ……うん。だってね、ほら……」
視線を促すと、クロエが動き回る度に、長い髪が色々な物に触れている。
「確かに……何かまとめられる物がないか、ホテルに」
「あ!それなら昨日、街を観光してる時に見つけたんだけど――」
アカリはポンと手を打った。
「こちらが、その雑貨屋ですか?」
噴水広場の近く。
緑色の屋根と、赤い扉の目立つお店の前に、三人はいた。
「そう、昨日はその、具合悪くなっちゃってたから」
横の小窓から、クロエと一緒に中の様子を伺いながらアカリは苦笑する。
「ここだったら、髪ゴムとかありそうだなーって思って」
「なるほど、では――」
「あ、待って」
早速ドアを開けようとするシロウを、アカリは引き止める。
「いかがなさいましたか?」
「えっと……」
言いにくそうにアカリは口籠る。
「あのね、こんな事言える立場じゃないんだけど――」
シロウは首を傾げる。
「その――お金……」
消え入るようなアカリの声にシロウは「あぁ」と気が付く。
「大丈夫ですよ。ここの店主が理解ある方ならば、気に入った商品を僕たちはただの客として購入するだけです」
「本当に、ごめんなさい」
「いえ、謝るのは……むしろ僕の――」
言いかけて、シロウは止める。
「――シロウくん?」
はっとして、シロウは緩く首を振った。
「心配は無用です。さぁ入りましょう」
カラコロカララーン。
不思議なベルの音を鳴らして、三人は雑貨屋へと入って行った。
狭い店内は薄暗く、大きな物から小さな物まで、商品が所狭しと並べられていた。
しばらく三人は、それぞれ店内を見て回ることに――
シロウは銀細工のブラシと手鏡を手に取った。
「ねぇクロエ、これどうかな?」
アカリが手にしたのは、鮮やかな深紅のリボン。淵には細い金の糸で、繊細な刺繍が施されている。
「……」
「クロエの目と、同じ色なんだけど」
クロエはきょとんと首を傾げる。
しかし、すぐにぱっと明るくなって――
「同じ?……一緒!?」
「うん。一緒だよ」
「一緒!一緒」
「シー、お店の中では……シーだよ」
はしゃぐクロエを、アカリは優しく宥める。
クロエは動きを止めた。
「シー……」
アカリと同じように、自分の口元に人さし指をあてた。
「あの子たちは、姉妹かい?」
二人のやりとりを微笑ましく眺めていた店主は、目の前に立つシロウに尋ねる。
シロウは一瞬、アカリたちの方を見る。
「……そう、見えますか?」
口元がわずか綻んだ。
「……導き手、様でしょう?」
「……はい」
シロウはただ肯定する。
「ということは、あの嬢ちゃんのどちらかが?」
「――頼りないと、思いますか?」
シロウの言葉に、店主は目を見開く。
しかし。
「いや、むしろ。
あんな年端もいかない女の子に、この世界の命運を任せてしまうのが、申し訳なくてなぁー……」
「そうですか」
眩しそうにアカリたちを見つめる店主の前に、手に持った商品をそっと置いた。
店を出た三人は噴水広場に来ていた。
偶然にも座ったのは、昨日アカリがぐったりしていたあのベンチだった。
(こんな事もあるんだー……)
アカリは一人苦笑する。
「アカリ?」
クロエが顔を向ける。すると――
「じっとしていて下さい」
クロエの黒く長い髪を梳かしていたシロウが、頭に手を添えて前を向かせる。
やがて――
「はい、出来ましたよ」
きゅっと、購入したばかりの赤いリボンが結ばれた。
高めの位置で整えられた、ポニーテール。
クロエは不思議そうに鏡を覗き込み、頭を右に、左に振って――
満面の笑顔で、シロウに飛びついた。
珍しく慌てるシロウに、アカリは声を出して笑った。
「はい、アカリも」
「え?」
アカリの目の前に、クロエと同じリボンが差し出される。
思わず受け取りまじまじと見つめる。
「――これ」
「さきほど、商品を購入する際、雑貨屋の店主から頂いたのですよ」
流れるように、シロウはアカリに手鏡を渡す。
「灯シ人様への感謝の気持ち、だそうです」
思わず受け取って、アカリはハッとした。
「いや、私は――」
「どうぞ、灯シ人様」
有無を言わさぬシロウの笑顔。
「え、えぇー……」
(……もしかして、さっき笑ったことちょっと根に持ってる?)
どうするべきか考えていると、ぐいと腕を引っ張られた。
「わわっ」
「はーやーくー」
クロエだ。
ぐいぐい引っ張られ、その勢いのままアカリはベンチへと座らされた。
歩く度に揺れる、二つのポニーテール。
甘いお菓子の香りと、試食を勧める快活な声が遠ざかる。
街を出ると、道はゆるやかな丘へと続いていた。
(普段こんなに高く結んだことないから……すごく気になる)
それに――
ちらりと、手を繋いで歩くクロエを見る。
(こんなに可愛いリボンを付けるなんて、小学校以来だよ)
さらに、少し前を歩くシロウの背中を見て、
(同い年の男の子に髪を結ってもらうの、はじめてで――すごく緊張した)
「うぅ〜……」
アカリが一人で百面相をしていると、不意にクロエの足が止まった。
「クロエ?」
「クロエと同じ……いや?」
俯いたまま、クロエは小さく問いかける。
「どうしましたか?」
シロウも立ち止まって振り返った。
「えぇと……」
「アカリ、さっきからあんまり嬉しそうじゃない!クロエと一緒、いやだった?」
勢いよく顔を上げたクロエと目が合う。
(……あ、そうか)
「アカリも同じにして!」そうシロウにねだったのは、クロエだった。
シロウは快く了承し、対してアカリは戸惑ってばかりだった。
自分のことばかりで、お揃いをねだったクロエの事をちゃんと考えてあげられていなかった。
「う、ううん」
即座にアカリは首を振る。
「すっごく素敵だよ!」
しゃがんで、ぎゅっと、クロエを抱きしめる。
「ありがとう、クロエ」
「――うん!」
小さな手が、アカリの背中を掴む。
クロエの背中越しに、シロウと目が合った。
「シロウ君も、その……ありがとう」
少し照れくさそうに笑うアカリに、シロウは一瞬、言葉に詰まり――
そっとモノクルを押し上げる。
「お気に召したようで、なによりです」
恭しく、お辞儀をした。
しばらくの間、二人の笑い声が辺りに響いていた。
□□■■■
しばらくして――
「灯シ人様」
「なに? シロウ君」
「虹石を貸していただけますか?」
「……コウセキ?」
初めて聞く言葉に、首を傾げる。
「虹の石と書いて“虹石”。
灯シ人様が持っている、その赤い石のことです」
「これが?」
首紐を手繰り寄せ石を取り出す。
麻紐でざっくりと編まれた網の中にすっぽりと収まっている。
網は、祖母に教えてもらってアカリが編んだ。
「はい、このままでも大丈夫?」
「問題ありません」
アカリから装飾ごと石を受け取り、シロウは頷く。
「確か、シロウ君の懐中時計にもくっついてるって……」
「この石は、先代の灯シ人様が――役目を果たした証なのです」
懐中時計を取り出し、はめ込まれた石へと目を落とす。
「あのね――」
クロエが口を開いた。
「灯シ人が祈ると空が晴れて、
虹の橋がかかるの。
橋をわたって灯シ人はかえれるんだって」
「クロエ?」
いつもとは違う、抑揚のない声に、アカリは顔を覗き込む。
すると――
「“みーんな”が言っていたんだよ」
屈託無く笑った。
「みんな……?」
わずかに眉を寄せ、シロウを見る。
「そうですね――」
モノクルにそっと触れる。
「そして目印にもなっているのです」
「……目印?」
「アナタが灯シ人様で僕が導き手であると、この世界の住民に知らせる為の――ね」
白いクレヨンを取り出す。
「……気配といいましょうか?
わかる人にはわかる程度の、灯シ人様の世界でいう……オーラのようなものかと」
あのホテルにいた者たちは、気づかない上に、あろうことか、灯シ人であるアカリを侮辱した。
それは別に構わない。
問題になるのは、それらがアカリの耳に入り、その心を曇らせること。
その危険性があると判断され、あのホテルにいた者たちは、シロウによってキツいお仕置き受けることとなった。
「雑貨屋の店主は、どうやら気づいていたみたいですよ」
シロウは、アカリのリボンに目を向ける。
雑貨屋の店主は、侮辱ではなく感謝を選らんだ。
だからシロウは何もしなかった。
それだけの話だ。
ただ――
「この先の丘を越えた場所は、アナタが灯シ人であると知られると、少々厄介なんですよ」
片膝をつく。
「念には念を……」
呟くシロウの背後から、やはりアカリと――クロエも覗き込む。
白いクレヨンを地面の上に滑らせ、魔法陣を描き上げる。
(使う魔法によって、サイズが変わるのかな?)
今度はどんな魔法だろう――
アカリは興味津々で覗き込む。
シロウはアカリのペンダントと懐中時計をその上にそっと置いた。
そして。
『かくれんぼをしよう』
言葉が放たれる。
魔法陣が一瞬だけ青白く光り、少し間をおいてから――
「どうぞ」
手渡される。
「――え?」
(あ、これで……終わり?)
拍子抜けするアカリの表情。
「……ご期待に添えず、申し訳ありません」
何かを読み取ったらしいシロウは、困ったように笑った。
「あ!?いえ……」
慌ててアカリはペンダントを受け取る。
「えぇと……今のは?」
首に掛けながらアカリは尋ねる。
「透明なヴェールで、それぞれ、灯シ人様と導き手としての――気配だけを隠した、といったところでしょうか」
懐中時計をしまいながらシロウは立ち上がる。
「気配を隠す……」
「僕ら自身が周りから見えなくなったわけではありませんよ」
両手をまじまじと見つめるアカリに、シロウは補足する。
「あくまで、僕らの纏う特殊なオーラ《気配》のみに作用し、一時的に“見つからない状態”にしただけです」
「――そうなんだ」
シロウの説明に呟き、服の上からそっと触れた。
「さて、行きましょうか?」
「あ、うん……」
シロウが歩き出し、アカリも続こうとして――
わずかに引き戻された。
それまで黙っていたクロエが、繋いだ手にきゅっと力を込める。
「どうしたの?」
クロエは、答えない。
ただ一点を見つめたまま、動かない。
(どうしたんだろう――)
視線を辿った先には――さきほど、シロウが力を使ったむき出しの地面。
「……そこに、何かあるの?」
「……」
優しく問いかける。
しばしの沈黙のあと――
「……んーん」
ゆっくり、クロエは首を横に振った。
「なんでもない」
ぽつりと呟く。
だが――
その視線は逸れないまま、クロエはしばらく動こうとしなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「役目を終えた灯シ人は、虹の橋を渡ってかえれるよ」
「みーんな」が言っていたというが――
その“みんな”とは、いったい誰を指すのか――
次回
『ガラス細工の丘にて』
次回更新予定:
※この物語は改稿版です




