決められたコト
この物語はフィクションです。
夕食刻――
料理が部屋に運び込まれた。
「失礼いたします」
給仕係達によって、次々と料理がテーブルに並べられていく。
彩り豊かな野菜。
艶々に仕上がった肉。
まだ湯気の立ちのぼる温かなスープ。
魚に、果物まで揃っている。
「うわぁぁぁ」
豪華な料理を前に、クロエの瞳が一層輝く。
その様子に、アカリはクスリと笑った。
子供用の椅子が用意される。
「クロエはここね」
アカリがクロエの両脇に手を差し込もうとする。
「変わります」
横からシロウの手が伸び、
さっとクロエを持ち上げ座らせた。
「ありがとう、シロウ君」
「いえ」
笑顔を向けて、
隣の椅子を引く。
「灯シ人様、どうぞ」
無駄のない、完璧な紳士の動作。
アカリは一瞬気圧される。
「あ、ありがとう」
小さく礼を言って座った。
「では」
仕事を終えた給仕係達は、
一礼して退室して行った。
「あれ? シロウ君は座らないの?」
シロウは飲み物を注ぐ。
「お気になさらず、僕は――従者ですから」
コップを二つ、テーブルに置く。
アカリは、
向かいの空いた席を見た。
「⋯⋯」
スゥと、鼻から息を吸い込む。
「あの、シロウ君」
アカリは隣に立つシロウを見上げた。
「せっかくだし⋯みんなで、食べよう」
その言葉に、青い目がわずかに見開かれる。
「ですが⋯」
「こんなにたくさん、私とクロエだけじゃ食べ切れないし⋯⋯」
アカリは目の前に並んだ料理を見る。
「一緒に食べたほうが美味しいと思うから」
「ね」と、笑った。
「しかし⋯」
「ねぇ、クロエ?」
シロウが何か言うよりも早く――
「シロウ君も一緒にご飯、食べてもいいかな?」
アカリは隣に座るクロエに話しを振る。
クロエは、じっとシロウを見上げる。
「っ⋯」
シロウは少しだけたじろいだ。
ただクロエに見つめられているだけ。
それだけのはずなのに――
落ち着かない。
理由は、わからない。
思わず視線を反らしそうになる――が。
「いいよー」
クロエが口を開いた。
「決まりだね」
アカリは内心ほっとした。
「じゃあシロウ君は、そっちの席ね」
向かい側を示す。
シロウは一瞬躊躇して、
「かしこまりました。灯シ人様」
ゆっくりと椅子を引き、席についた。
カトラリーを動かす音が、静かな部屋に響く。
「クロエ、顔にソースがついちゃってる」
「んー?」
アカリはクロエの口元を優しく拭う。
ちょっと強引だったかな?
食事をしつつ、
クロエの世話をしつつ、
アカリは、
ちらりとシロウを盗み見ていた。
綺麗な所作で食事をしている。
少なくとも、無理に付き合わされているようには見えなかった。
シロウ君は、
自分の役割を徹底的に貫いている。
アカリはコップを手にとった。
だから私とは、適切な距離をとる。
それはわかってる。
わかっているんだけど――。
アカリは一人、苦笑する。
やはり寂しさは拭えない。
少し、寂しい。
――シロウ君は、そのままでいい。
私が勝手に、動くから――
そう自分で、決めた。
いきなり仲良く出来るとは思っていない。
それこそ、
友達のように――だなんて。
そんな贅沢な事、
望まない。
だけど、もう少し距離を縮めたい。
これは、我儘なのだろうか?
そう思ったアカリは、
料理を水で流し込んだ。
「前からちょっと、思ってたんだけどさ」
静かにコップを置く。
「ねぇシロウ君。必ず行かなくちゃいけない所ってないの?」
アカリの問いに、シロウの手が止まった。
「例えば、祠とか、教会とか?」
シロウは質問の意図を測るように、瞬きを繰り返す。
少し考えてから――
「いえ、そういったものはありませんが……」
ナプキンで丁寧に口元を拭う。
「どうしてそのように思ったのか、質問しても?」
穏やかに笑って返された。
「えぇと⋯」
アカリは言葉に詰まる。
話しを切り出したものの、
じわりと焦りが生まれる。
まとまらず、口を噤んでしまった。
しかし――
「ゆっくりで、構いませんよ」
苛立つでも、
怒るでもなく、
シロウが穏やかに笑う。
その一言で、
アカリの心に、少しだけ余裕が生まれた。
「――えぇとね⋯」
ゆっくりと口を開く。
「えっと、こういう展開のRPGゲームの場合、大体そういう場所で重要なイベントが発生するから、ないのかなーって思って⋯」
「――え?」
シロウの笑顔が固まった。
「ん?」
アカリも気づく。
そして――サーと青ざめた。
――思わず引いてしまった。
この状況を、
"ゲームの世界と同一視"している自分自身に。
――あれ?
この認識は、ちょっとまずいのでは?
どう取り繕おうかと思っていると、
「いべんと?」
クロエがアカリに聞いてきた。
オムライスを食べていた手を止めて、不思議そうに見上げてくる。
「そ、そう!」
アカリは我に返った。
「イベントっていうのはね。
決まった場所で、決められたことをすると起こる……現象? みたいなものでね⋯」
手振り身振りで、アカリは言葉を探す。
「あ、アニメーション……とか、急にキャラクターってわかる?
人物同士の掛け合いがはじまって、
ここは大事なところですよーとか、ゲーム内の物語が大きく動く場面だったりするんだけど……」
「?」
クロエが首を傾げた。
「うぅー、説明むずかしいな〜」
アカリは肩を落とした。
「フフ」
思わずシロウはくすりと笑う。
「うぅ〜シロウ君?」
アカリはシロウに助けを求めた。
「そうですねぇ」
シロウは口元に指を添えた。
「起こるべき出来ごとは、最初からそこに用意されている」
言葉を選びながら続ける。
「でも、
そこに行って見る、もしくは決められた通りに動く―などをして起こった事柄を"イベント"というそうです」
アカリに目を向ける。
「あ、そうそう!」
コクコクと頷いた。
「く、詳しいんだね?」
「いえ、インターネットで得た知識です」
謙遜するシロウに、
アカリは苦笑した。
「灯シ人様は役目を果たす上で、そういった場所はないのか⋯と疑問に思われたのですね?」
「あ、うん⋯そう、なんだけど」
頷いて、
下を向く。
ちゃんと、
わかってもらえた。
思わず、
口元が緩みそうになる。
「祠や教会といったものはありませんが――
灯シ人様が目的地までの道のり、そこに存在する、村や街などがそれにあたるかと」
シロウはテーブルの上で、両手を組んだ。
「訪れた場所で人々から歓迎を受け、僕らの世界を知ってもらう事――これが所謂"イベント"ではありませんか?」
「なるほどー」
アカリは感心した。
思わず小さく拍手を送る。
「ご納得いただけたようで、何よりです。」
シロウは頭を下げた。
一方でクロエは、
「キメラレタ バショ
キメラレタ コト」
低く静かに、繰り返していた。
頭の中にいくつもの声が響いては、消えて行く。
灯シ人様――
さぁ、願って。
祈って。
そうすれば――
虹の橋を渡って――カエレルヨ。
「クロエ?」
呼ばれて、クロエははっとした。
「大丈夫?どうかした?」
アカリがクロエの顔を覗き込む。
瞬きを一度して――
「んーん、なんでもない!」
首を振る。
アカリに笑顔を向けた。
ほっとするアカリ。
シロウは観察するようにクロエを見ていた。
モノクルの奥の目が、
鋭く光っていた。
□□■■■
翌朝。
「色々とお世話になりました」
ホテルの前で、アカリは丁寧に頭を下げた。
クロエも遅れて、ぶんと勢いよく頭を下げる。
手を繋いだアカリの真似らしい。
「い、いえいえ。"あの"灯シ人様に宿泊利用されましたこと。大変栄誉あることです」
揉み手でごまをする支配人。
ちらりと目線を上げ――
「ひっ」
彼女の後ろにある、
冷たい青い瞳と目が合った。
「どうかしましたか?」
小首を傾げるアカリ。
「あ、いえー、そのー」
支配人はしどろもどろになりつつも、精一杯の笑顔を貼り付ける。
その後ろに従業員達のぎこちない笑顔。
「灯シ人様、そろそろ行きましょうか」
シロウが耳うちをする。
「あ、はい――ありがとうございました」
頷いて、アカリはもう一度頭を下げた。
今度はクロエも控え目に頭を下げた。
「では、失礼いたします」
シロウは冷ややかに一瞥する。
「ま、またのお越しをお待ちしております」
支配人の号令。
一同は揃って深々と頭を下げた。
三人の姿が街の雑踏に紛れて消えるまで――
完全に姿が見えなくなった事を確認して。
支配人は――
へなへなと、
その場にへたり込んだ。
『支配人!?』
従業員たちが慌てる。
「あー⋯」
どうやら腰が抜けたらしい。
「……死ぬかと思った」
そこに在たのは、
もはや威厳すら感じられない。
ただの神経質そうな一人の男の姿だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
決められた場所。
決められた事。
あらかじめ用意された出来事。
果たしてそれは奇跡か――それとも⋯
次回
『虹の石』
次回更新予定:
5月17日(日)21:00頃(予定)
※変更になる場合があります




