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名前の価値


この物語はフィクションです。


ホテルの最上階。



シロウは目の前の重厚なドアを三回、ノックした。



「ただいま戻りました」



ドアを開ける。



飛び込んできたのは、白い紙飛行機。



「あ、おかえりなさい」



アカリが慌てて立ち上がる。



「……灯シ人様。これは――」



シロウは足元に落ちた紙飛行機を拾いあげた。



「部屋にあったメモ用紙で、折り紙してたんです……」



アカリが駆け寄る。



「……折り紙……」



翼の部分に、金色のホテルのエンブレムの箔押し。



「……だめ、でしたか?」



シロウはローテーブルへと視線を移す。


同じ紙で作られた――


鶴。

箱。

ハート。


無造作に並べられていた。



「いえ、問題ないかと――ところで……」



それよりも気になったのは、



「――灯シ人様。その子は……いったい……」



シロウは、アカリの足にしがみつくクロエを見る。



「その子じゃない! クロエはクロエ!」



小さな片手を上げて、言い張る。



「……クロエ?」



シロウは眉根を寄せる。



「うん! アカリにもらった!」



クロエは大きく頷いた。



「もらった……とは?」



「えぇと……どこかからか、ついて来ちゃったみたいで」



「ついて来たって……」



思わず声を荒げかけた――が、


はっとして、



「失礼、取り乱しました」



咳払いを一つ。


そっとアカリの耳元へ顔を寄せる。



「それで、この少女はどこのどなたなのですか?」



小声で問われ、アカリの肩が小さく跳ねた。



「えぇっと……色々聞いたんですが、全部わからないって……言われてしまって……」



困ったように笑う。



「羽月君に相談しようと思ったんですけど……」



「……なるほど」



口元に手をあて、シロウはクロエを観察する。



燃え尽きた灰のような肌。


袖のない、簡素な黒いワンピース。


飾りのない黒い靴。


身長をわずかに超えて伸びた、無造作な黒髪。


大きく丸い赤い瞳。


小柄な少女。



そして――



アカリに向ける、無邪気な笑顔。



足元にまとわりつきながら、歌うように、



「クロエ! クロエ! クロエ!」



自分の名前を繰り返している。



一先ず、害はなさそうだ。


シロウは静かに息を吐いた。



「先程、名前をもらったと仰っていましたが……」



「……あ、その。名前を聞いたら――ないって言われて……」



「欲しくなったから、アカリにお願いしたの!」



「……と、いうわけです」



「――そうですか」



シロウの声が、わずかに沈んだ。



重たい沈黙が落ちる。



しばしの後――



「あ、あのね、羽月君!」



アカリは服の上から、お守りを握り締めた。



「――はい」



返事がわずかに遅れる。



「どうかなさいましたか?」



柔らかく問い返す。



アカリの声は、固い。



「……えっとね……」



顔を伏せて口ごもる。



――が、



意を決したように、勢いよく顔を上げた。



「シ……シロウ君って呼んでもいい、かな?」



いまさらなんだけど――と、小さく付け加える。



一瞬の驚き。



しかしシロウは、穏やかに微笑んだ。



「はい。


 灯シ人様がそう望むのであれば」



胸に手をあて、恭しく了承する。



やっぱり――。



義務的な所作と返答。



わかっていたはずなのに、


胸が、少しだけ沈む。



「……あぁ……そっか」



なんとか言葉を絞り出す。



「うん、ありがとう」



「はい」



シロウは小さく礼をした。



「ご要件は以上ですか? でしたら――」



「あ、あとね!?」



咄嗟に声を上げる。



視線がぶつかる。



「灯シ人様じゃなくて……私のこと、名前で呼んでほしいって思うんだけど……」



勢いのまま続けるが、



語尾は小さくなり、視線も落ちる。



「……名前」



シロウがぼそりと呟く。



「名前が無理なら苗字の鈴木でも!?


 その……灯シ人様じゃなくて……えっと……」



言い募るアカリ。



「……」



シロウは口を開きかけて――


閉じる。



そして。



「灯シ人様――という呼び名は、


 ただの名称ではありません」



低く、静かに告げる。



「灯シ人」



ばっと両腕を広げる。



「それは僕らの世界をお救い下さるお方」



大仰に、声を張り上げた。



「存在。


 希望。


 唯一無二。


 貴いアナタを指し示すものです」



芝居がかった動作。


妖しく輝く青い瞳。



アカリはいつかの夜を思い出す。



思わずビクリと震えた。



「そして僕は、そのアナタを導き護る従者」



姿勢を正す。



「――立場が違うのです」



薄く微笑む。



「たとえ望みであっても、


 真名を呼ぶ権利は、僕にはありません。


 どうかご容赦下さい」



腰を曲げ、深く頭を下げた。



沈黙。



アカリは立ちすくむ。



不安。


焦燥。


疑問。



様々な思いが駆け巡る。



断られた?


嫌だった?


言わなければよかった?



どうしたらいい――


どう答えたらいい――



お守りを握ろうとした、その時。



「……アカリィ」



スカートの裾を、きゅっと掴まれる。



「クロエ?」



不安そうな赤い瞳。



そっと身を寄せられる。



アカリは――


ほんの一瞬だけ、迷って。



それでも、



お守りから手を離した。



クロエの小さな頭に、そっと触れる。



「……アカリ?」



優しく撫でる。



ふっと、微笑んだ。



――大丈夫。



深呼吸。



「――シロウ君って呼ぶのは、許してくれるんだよね?」



「……はい。どうぞ、お好きなように」



「……クラスメートだけど、そのかしこまった感じはなくせない……んだよね?」



「……はい。申し訳ありません」



「私がこうやって話すのは?」



「はい、それはもう」



ほっと胸をなでおろす。



きっと彼は――



無視もしない。


舌打ちもしない。


嫌な態度も取らない。



話せば、ちゃんと返してくれる。



だって――そういう人だと思うから。



回りくどくてもいい。



対話して、



不安を消していけば――


大丈夫。



クロエへ視線を向ける。



正体不明の少女。



それでも――



頼られている。



せめて、



この子を帰すまで、



守らなければ。



「――うん。わかった」



思わずシロウは顔を上げた。



「じゃあ、シロウ君は――」



息を吸い、



「そのままで、大丈夫だよ」



やわらかく笑う。



シロウは目を見開いた。



突き放されたのではなく、



受け入れられた。



――認められた?



顔を伏せたままで良かった。



込み上げるものに、


思わず口元が緩みそうになる。



だが、



役割を思い出すと、



途端に溢れ出そうだったものは萎んでいった。



静かに息を吐いて、



アカリと向き合う。



「――では、灯シ人様。


 そちらの少女は……」



「クロエっ!」



小さな拳を突き上げる。



一瞬、シロウの笑顔が固まる。



アカリが苦笑した。



気を取り直して――



「……クロエさんは、いかがいたしましょうか?」



アカリは考える。



「迷子なら、交番に預けなきゃ……だけど……」



「いーやっ!


 アカリと一緒がいいっ!」



強くしがみつく。



「一緒! 一緒がいいのっ!」



本気の駄々。



「……だそうです」



あっさり敗北。



「かしこまりました」



途端にクロエが明るくなる。



「では、宿泊人数の変更を伝えてまいります」



「あ、おねがいします」



「はい、では」



シロウは踵を返す。



「やったぁー! 一緒、一緒!」



「そうだね、一緒だね」



賑やかな声を背に、ドアを開け廊下へ出た。



コツ。


コツ。


コツ。



静寂の中に靴音が響く。



――ふと、立ち止まる。



「……そうか」



ぽつりと呟く。



「あの子は……名前をもらえたんだ……」



目を伏せる。



「……いいなぁ」



欲しかったもの。



願うことすらできなかったもの。



だから――



自分で自分に、与えた。



皮肉な笑み。



再び歩き出し、



エレベーターのボタンを押した。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


名前をもらえた少女。

密かに羨む少年。


そして――


守る者を得た少女。

――世界が、静かに動き出す。


次回

『決められたコト』


次回更新予定:

5月10日(日)21:00頃(予定)

※変更になる場合があります

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