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粛清と教示


この物語はフィクションです。

「おい、トモシビトサマへの食材品質は最小限におさえろ!」


スイートルームへの案内を終えた支配人は、

ロビーカウンターの裏へ戻るなり、

腹いせとばかりに部下へ怒鳴り散らした。


思わず、その場にいた全員が控えめに目配せをする。



「……え? そんな事して、大丈夫なんですか?」



一番近くにいたボーイが、

おずおずと聞き返した。



「構わん! どうせ味もわからん小娘だ」



支配人は手近な椅子にどかっと腰を下ろし、

嘲笑って吐き捨てる。



「ただし! 導き手様は最高級食材でもてなせっ!」



語気を荒げ、

指示とともに唾を飛ばす。



「まったく……ただでさえこの街では、

 菓子以外の食材は貴重だというのに……」



ぶつぶつと文句を垂れ続ける。



「わかったら、さっさと厨房に伝えに行け!」



一向に動こうとしない部下たちに、

苛立ちを隠さず怒鳴った。



「――は、はぃぃっ!」



弾かれたように、

部下たちは慌てて駆け出した。



支配人は深く息を吐く。



「くそぉ……『あの』スイートルームは、

 私の最高傑作だというのに……」



机に肘をつき、

苛立たしげに指を動かす。



支配人はここ、スリーティーで生まれ育った。


だが、この街の陽気さと賑やかさが、

どうにも鼻につく。


カラフルでポップな景観も気に入らない。



ホテルの外観と、

他の部屋の内装は――


業績のため、

街との調和を重視した。



しかし。



「あの」スイートルームだけは違う。



上質な素材を余すことなく使い、

モダンで重厚な家具と光を、

計算し尽くして配置する。



シック。


落ち着き。


大人の持つ華やかさ。



それらを、

どこまでも追求して――


完成した「作品」。



選ばれた紳士淑女のみが、

踏み入ることを許された空間。



それを――



「トモシビトサマだというだけで、

 あんな子供に踏み荒らされるとはぁぁ……!」



ドンッ。



「なんと、腹立たしぃっ!!」



机に拳を叩きつけた。



その瞬間――


従業員たちが一斉に顔を青ざめさせる。



「ん?」



視線を追い、

支配人はゆっくりと振り返る。



「……っ」


「……」



背後に――


シロウが立っていた。



ガターン。



支配人は盛大に椅子から転げ落ちた。



本来、

ここは従業員専用の通路からしか入れないはず。


なのに――



当然のように立つシロウを前に、

慌てて立ち上がる。



「こ、これはこれは導き手様。

 ここは従業員以外は立ち入り禁止でして……」



引きつった笑顔。

噴き出す冷や汗。



それでも両手を合わせ、

腰を低くし、

慎重に言葉を選んで対応する。



「……」


「あ、あのぉ~……な、なにかぁ~?」



上目遣いで、

ちらりと様子をうかがう。



ふいに、

シロウがにこりと笑った。



「はい。

 灯シ人様への食事は、

 軽めのものにしていただこうかと伺ったのですが……」



声音は穏やか。



だが――



青い瞳が、

冷ややかに支配人を射抜く。



そして。



一歩。



「ひっ」



支配人は反射的に後ずさる。



「ど、導き手様、わ、私はただ――」



さらに一歩。



シロウは何も言わず、

ゆっくりと距離を詰める。



一歩。


また一歩。



――距離は、変わらない。



「み、導き手さま……?」



背中に硬い感触。



――ロビーカウンターだ。



突然の出来事に、

客と従業員、

すべての視線が一斉に集まる。



「お、お言葉ですがっ!」



ざわめきの中、

支配人は声を張り上げた。



「あのように頼りない少女が、

 本当に救世主であるなどと、

 我々は疑わずにはいられんのです!」



シロウは、

思わず瞬きをする。



「……我々?」



ぽつりと呟き、

ゆっくりと見回す。



向けられる視線。



疑惑。


困惑。



――本当にあんな子が、

 私たちを救うのか?



指を口元に当て、

思案する。



焦った支配人が続ける。



「何か――そう、証拠。

 あの少女が救世主である証拠を見せていただければ……」



「……ああ、いい機会ですから」



静かな声が、

ロビーに響く。



「皆様。

 灯シ人様について、

 少しお勉強いたしましょうか」



「――へ?」



シロウはポケットから、

白いクレヨンを取り出す。



「――導き手、さま?」



支配人の背後、

カウンターへと手を伸ばす。



「なにを……?」



橋を造った時と同じように、

さっと描く。



手のひらサイズの、

小さな“完成”。



――そして。



この場を支配人しよう(エクイラ・ヴェイル)



静かな声が、

波紋のように広がる。



――静寂。



――次の瞬間。



「え?」



理解より早く――


足場が消えた。



全身に触れるのは、水。



「っ、がぼっ」



口から空気が漏れる。



――同じ音が、あちこちで弾けた。



“ある者たちだけ”が――



支配人と同時に、


一斉に手足をばたつかせる。



喉を押さえ、


床を掻き、


息を求めて――藻掻く。



何も起きていない者たちは、

ただ見ていることしかできない。



同じ場所にいるのに。



なぜ彼らだけが苦しむのか――



理解できないままに、

恐怖だけが広がる。



「――ああ、なんということでしょう」



シロウの悲しげな声。



「灯シ人様に、

 心ない言葉を発した方々が……

 こんなにもいらしたなんて」



コツ。


コツ。



静かに歩き出す。



妬み。


蔑み。


侮辱。



それを向けた者だけが――



呼吸を奪われ、


自由を奪われる。



身体が軋む。


内臓が沈む。



肺が悲鳴を上げる。



だが、

息は吸えない。



音が遠のく。



――深海。



光は届かず、

ただ沈む。



抗えない。


動けない。



許されない。



シロウの青い瞳が、

深く沈む。



「灯シ人様とは――」



苦痛。


呻き。


恐怖。



その合間を、

静かに通り過ぎる。



「この世界にとって、

 なくてはならない存在です」



足取りは変わらない。



まるで――


教師のように。



一人。


また一人と。



視線を落とし、

諭していく。



「再び青空を呼び戻し、

平和で穏やかな日々を灯シ人様が願い

祈ってくださるからこそ、得られる恩恵なのです」



コツ。


コツ。



静かに。



穏やかに。



「だからこそあなた方は、

 感謝し、

 心から歓迎しなければならない」



苦しむ声が、

次第に弱まっていく。



「そう、伝えられているはずです」



支配人の前で、

ぴたりと足を止めた。



見えない水に沈みながら、

必死に何かを掴もうとする姿。



膝をつき、

呼吸を求める姿。



それを――



冷たく見下ろす。



「――故に」



低く落ちる声。



「灯シ人様を貶し、

 貶める言動」



ゆっくりと顔を上げる。



「その心を曇らせる行為は、

 もはや重罪に値する」



視線がロビーへ広がる。



「おわかりいただけましたか?」



誰も答えない。



ただ――



もがく。


苦しむ。


怯える。



その様子を、

少しだけ見つめて――



ぱちん。



指を鳴らす。



その瞬間。



苦しんでいた者たちは、

一斉に床へ崩れ落ちた。



まるで今、

水面に顔を出したかのように。



荒く、

必死に空気を吸い込む。



ロビーに響くのは、

激しい咳と呼吸音だけ。



シロウは、

無言でそれを見つめていた。



――やがて。



一歩。



踵を鳴らして踏み出す。



全員が、

びくりと震えた。



「……では――」



静寂。



「みなさん」



穏やかな微笑み。



「これからも。



 ご理解、ご協力、

 よろしくお願いいたします」



深く一礼する。



沈黙。



静寂。



シロウは姿勢を正し、



何事もなかったかのように、

踵を返す。



そして――



ロビーを後にした。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


圧倒的な支配のもと、

シロウはただ淡々と「正しさ」を教える――


それは、灯シ人の心を曇らせないための配慮であり、

導き手としての義務でもあった――


次回

『名前の価値』


次回更新予定:

5月3日(日)21:00頃(予定)

※変更になる場合があります

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