願いの先に
「酷い言い草じゃのぉ。皆から拝まれ、称えられておるこのわしに、こんな暴言を吐くのは、お前さんくらいじゃぞ」
神様は恨めしそうにリリアーナを睨んだ。
(いやいや……これだけ理不尽なことをされて、神様だから称えよ、とは無理な話でしょ)
「で?私はどうなるの?これからどうしていけばいいの?」
リリアーナは神様の不満には取り合わず、これから先の自分がどうなるのかを尋ねた。
「知らん」
神様はふいっと顔を背け、吐き捨てるように言った。
「は?」
リリアーナは思わず目を見開き、神様の顔を見た。
『知らん』の一言で済ませてしまう神様に、リリアーナは半ば呆れながら顔を見た。
「知らんって……。少しはどうなる、とか、こうした方がいいとか、助言はないの?」
リリアーナが尋ねると、神様は顔を背けたまま口を開いた。
「聖女として目覚め、聖獣まで本来の姿に戻し、死ぬ運命の者まで変えてしもうたんじゃ。これから先のことは誰にも分からんし、知らん。せっかくお前さんには安泰な未来が約束されておったのに、自分で手放してしもうたんじゃ」
――安泰の未来。
それは、本来リリアーナ・アルディア・クラウンが歩むはずだった、姫としての人生。
だけど、私はそんな未来を、最初から望んではいなかった。
ただ強くなりたい。剣も魔法も使って、敵を倒したい。
そう思っていた。
だから――後悔はしていない。
自らが選んだ道なのだから。
だけど……。
「そもそも、神様が最初から私の望みをちゃんと叶えてくれていたら、こうはならなかったはずでしょ?」
リリアーナは、不貞腐れた様子の神様を真っ直ぐに見つめた。
「まぁそうかもしれんが……考えてみぃ。この生死が隣り合わせの世界で、決して戦闘で命を落とすこともなく、生まれた時から美味い飯と良い住まいを与えられとる。それがなんで不満かのぉ」
(そうかもしれないけど……)
「私はこの世界に来ると分かってから、自分らしく強くありたいって思ったの」
リリアーナは、揺るぎない想いを神様に伝えた。
神様はポリポリと頭をかいた。
「……まぁ、本人がそう言うんなら仕方ないが……」
けれど、リリアーナには、ずっと心の奥に秘めていた想いがあった。
それは、莉子の家族への想いだった。
交通事故で命を落とし、リリアーナとして転生してからも、家族を忘れたことは一度もなかった。
ようやく、前世と繋がる神様にまた出会えた。
莉子は意を決したように、小さく息を飲んだ。
「……私の家族は……元気なの?」
神様は顔を上げ、リリアーナを見つめた。
「あぁ。元気にしとるぞい」
その言葉に、家族の顔が浮かんだ。
(お父さん……お母さん……そして、私の大切な弟、智……)
(家族に会いたいっ。そして智に……)
智はいつも姉の莉子の後ろに隠れている、少し臆病な子だった。
泣き虫で、いつも『お姉ちゃん、お姉ちゃん』と呼びながら、莉子の後ろをついて回った。
莉子は、そんな智がとても可愛くてしかたなかった。
(私がいなくなって、智は大丈夫なの……?)
俯いていたリリアーナは顔を上げた。
そして神様に強く懇願した。
「家族に会いたいのっ。お願い……」
それは悲痛な願いだった。
リリアーナの目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。
「う――ん」
神様は困ったように唸ると、ゆっくりと口を開いた。
「……しかたないのぉ。今回だけじゃぞ」
そう言うと、神様は自分の身長を超える長さの杖を天に掲げた。
そして――。
杖を振り下ろし、地面を強く叩いた。
杖を中心に、周囲が一気に光に包まれた。
その光にリリアーナは目を細めた。
すると――。
神様の前に映像が浮かび上がった。
そこに映っていたのは――間違いない。莉子の家族だ。
「お父さん、お母さんっ!」
久しぶりに見る両親の姿。
二人は笑顔を浮かべていた。けれど、以前より頬がこけているように見えた。
(お父さん、少し痩せた?お母さんも……白髪が増えて、少し痩せてる……)
映し出された二人の姿からは、莉子がいなくなってからの時間の経過が感じられた。
そして――。
場面が切り替わり、智の姿が映し出された。
(智っ!)
リリアーナは、智の姿を食い入るように見つめた。
目をそらすことなどできなかった。
(よかった……元気そう。それに少し身長も伸びて、男らしくなったかも……)
そこに映る智の姿は、以前、莉子の後ろに隠れていた弱々しい弟とは違っていた。
「お母さん、ココアの散歩にいってくるね」
(智の声だ……)
智は小さな手でリードを握っていた。
(あれ?そういえば、さっきから犬の鳴き声がする)
莉子が生きていた頃、犬は飼っていなかった。
どうやら、莉子が亡くなってから、飼い始めたようだ。
「智、車に気をつけるのよ」
出かけようとする智に、母が声をかける。
「うん。ぼく、ココアのお兄ちゃんだから。ココアはぼくが守るよ」
智は真剣な眼差しで答えた。
「じゃあ、行ってくるねー」
そう言うと、智は元気よく小さな子犬とともに家を飛び出していった。
再び、映像が切り替わり、莉子の両親の姿が映し出された。
「あなた……智もようやくお兄ちゃんらしくなってきたわ」
そして、莉子の父は言った。
「あぁ、莉子がいなくなって、智も変わろうとしているんだろうな。あいつなりに、莉子の真っ直ぐな正義感を受け継ごうとしているんだろう」
「そうね……」
母の目には、涙が浮かんでいた。
「みんな……」
リリアーナの胸には、熱いものが込み上げてきた。
「みな、次へ進もうとしておるんじゃ」
そして、リリアーナの心に、ある想いが浮かんだ。
家族に、会いたい――。
リリアーナは思わず声を上げた。
「家族に会いたい!みんなに……。ねぇ、神様……家族に会わせて……」
リリアーナは懇願した。
「お願い!神様……」
リリアーナはじっと神様の顔を見つめた。
一度でいいから、会いたい――ただ、その思いだけだった。
だが、神様の口から返ってきたのは、冷たい言葉だった。
「すまぬがそれは無理じゃ。前世と今世を交わらせるようなことはできぬ」
それでも、リリアーナは諦めなかった。
家族に会いたい――その強い想いだけが、彼女を突き動かしていた。
「一度でいいの。一度でいいから、私を家族と会わせて」
リリアーナは縋り付くような目で神様を見つめた。
神様はしばらく黙っていた。
そして、仕方ないとでもいうように、神様はゆっくりと口を開いた。
「……分かった。今回だけじゃからの。一回、一瞬だけ家族と会わせてやろう」




