神様の誤算
神様は一度深く息を吐くと、ゆっくりと語り出した。
「……前に言うたように、リリアーナという人物はこのアルディアのお姫様で、戦闘能力はほぼ皆無だったんじゃ」
(そうよね……最大レベル10だったもんね……)
リリアーナはベッドで横になりながら、神様の話に耳を傾けた。
「それを、お前さんが無理やりその上限をなくせと言うから……。じゃが、姫様の素質しか持たぬ者じゃから、たとえ上限をなくしたとこで、何も変わらぬとわしは思っとったのじゃ」
(こいつ……最初から無理だと思って、上限なくしたってこと?)
リリアーナは込み上げる怒りを抑えるように、震える手で寝具を強く掴んだ。
「……それで?」
リリアーナは神様を睨みつけた。
「おぉ――怖い怖い。そう睨みなさんなや」
そう言うと、神様はわざとらしく身を捩り、怖がるような仕草を見せた。
(こいつ……ふざけているのかしら)
「この世界はもう決めらとるんじゃ。それは決して変わることはない……はずじゃった。なのに、お前さんがすさまじい努力を見せるから、世界の筋書きはだいぶ変わってしもうた」
神様は、困ったように肩を落とした。
「だいたい、なんで隣国の王子に、これから起きることを話すんじゃ? あやつが亡くなる未来まで変えてしもうた」
カイリウスのことだと、リリアーナはすぐに分かった。
そして、リリアーナは言った。
「だって、親しくしていた人が目の前で死ぬところなんて、見たくないじゃん。それにカイは……いいヤツだったし。言っちゃダメだって言われてないし……」
(確かに、言っていいのかとは迷ったけどね)
「はぁ……普通は、言ったらいかんと分かるじゃろ。決められた運命を変えてはならぬのだ。しかも、なぜお前さんが聖女になっておるのだ?」
神様は呆れたように、息をついた。
聖女――。
その言葉に、リリアーナはピクリと反応した。
(やっぱり、私……聖女になったんだ)
神様の口から聖女という言葉を聞いたことで、その言葉の重みを改めて感じた。
そして、自分が聖女になったのだと確信した。
(でも、分からない)
(なぜ、自分が突然聖女になったのか――)
その疑問に答えるように、神様は続けた。
「お主が知ってるように、この世界に聖女というものは存在せん」
「……じゃあ、なんで私は聖女になったの?」
「それはじゃな……」
神様は、その理由を話し出した。
「お前さんが強くなろうと、頑張りすぎたのじゃ」
「どういうこと?」
「わしは、いくらお前さんが鍛錬しても、そう魔法も剣術も身にならず、レベルもそこそこにしかならぬじゃろうと考えておった。所詮上限はなくしても、姫様じゃからの」
(何度聞いても酷過ぎるわ……)
「だが、お前さんは強くなるために頑張りすぎたのじゃ。結果、身体も強くなり、お前さんの中にある聖女の血が目覚めたのじゃ」
「聖女の血……?」
「あぁ。アルディア・クラウンの一族は、聖女の血を引いとる。元々このアルディアを作ったのは聖女だったからの。もう数百年も前になるが……」
(そうなの?! そんなこと、聞いたことないけど)
「聖女と言っても、その血もかなり薄まっとる。だからその力が表に出てくることは、これまで一度もなかったんじゃ。なのに、お前さんがむやみやたらに鍛えすぎたせいで、目覚めさせてしもうた……」
神様は不貞腐れたように視線を落とし、ブツブツと小さく不満を呟いていた。
(むやみやたらって……。私は強くなるために毎日訓練を積み重ねてきたのよ。言い方ってものがあるでしょ。本当この神様はデリカシーなさすぎ)
リリアーナはぐっと怒りをこらえ、言葉を続けた。
リリアーナにはまだ、神様に聞きたいことがたくさんあった。
「……じゃあ、このいきなりのレベルアップは、聖女になったからなの?」
「そうじゃ。聖女になったことで、全体の能力が上がったんじゃ。そしてこれから先は、ワシもどうなるかわからん」
「どういうこと?」
「元々この世に存在せぬ力が現れたのじゃ。その力は誰にもわからん。ただ、これまで存在していた剣や魔法にも、大きく影響するだろう」
リリアーナは、神様の言葉を静かに受け止めた。
別に聖女になりたいわけではない。
ただ、これで強くなれるのなら聖女も悪くないかもしれない、と、リリアーナは思った。
(その聖女の力っていうのが気になるけど……)
「じゃあモルルは、私が回復させようとモルルの身体に力を注ぎ込んだから聖獣になった、ということ?」
「あぁ。この子は元々初代聖女と一緒にいたんじゃ。それが魔王の呪いにかかり、魔獣になって姿を消していた。じゃが、お前さんに導かれて、この城へ来たようじゃの」
「そうなんだ……って、え?」
リリアーナは目を丸くした。
「モルル、数百年生きてるの?!」
「そうじゃ。こう見えてだいぶ長く生きとる。なぁ?」
そう言って、神様はモルルに顔を近づけたが、モルルは『ふんっ』とでも言わんばかりに、顔を背けた。
「ありゃりゃ……嫌われてしもうた」
神様は頭をポリポリかきながら苦笑いを浮かべた。
リリアーナは、モルルのステータスに「数百年前、呪いによって魔獣になった」と書かれていたことを思い出した。
「そんなに長く、呪いを受けたままだったなんて……」
リリアーナはモルルを見つめた。
モルルはリリアーナの視線に気づくと目を細め、リリアーナにスリスリと体を擦り付けた。
(モルル……)
しかし、感傷に浸る間もなく、神様が言った。
「まったく……この世界に聖女が現れたせいで、これからの未来は全く見えなくなるし、わしは神様会議に呼び出されて、厳重注意を受けたんじゃぞ」
神様は、またブツブツと聞こえないくらいの音量で不満を言っていた。
リリアーナは、わざと神様に向かって、にっこりと微笑んだ。
「よかったじゃないですか。注意してくれる人がいて安心しました」
やることなすことが、全て空回りしているような神様。
莉子を交通事故に遭わせ、転生した莉子は、望んでもいないお姫様になった。
そして、レベルの上限を撤廃したのも、リリアーナがこれ以上強くなる見込みはないと、神様が思っていたからだった。
リリアーナは、今までの鬱憤を全てぶつけるように、笑顔で神様に言った。




