聖獣、聖女の目覚め
「私の記憶違い……? モルルがいつもと違うように見えるのも、気のせいかしら?」
リリアーナはしばらくの間、モルルをじっと見つめた。
(印象の変化は、思い違いだってこともある。それにあの時、私、死にかけてたし……)
(全部覚えていたつもりだったけど……記憶違い?)
モルルはきゅるんとした大きな瞳で、リリアーナを見上げていた。
(まぁ……確かなことは……)
「ほんっと可愛すぎるんですけど――っ!」
リリアーナは興奮気味にモルルを両手で抱き上げ、やや強めに撫でながら、顔を擦り寄せた。
温かい……。
そして、マシュマロのような心地よい弾力。
まるで純白の雪原のような、ふわりとした真っ白な体毛。
(たまらないっ!)
リリアーナは思う存分モルルに触れ、その温もりと弾力を心から堪能した。
モルルも目を細め、満更ではなさそうだ。
「あれ?」
リリアーナは、モルルの異変に気づいた。
モルルの頭上に、見覚えのある小さな三角形のボタン。
「えっ……」
リリアーナは困惑した。
「今までこんなの、なかったよね……?」
これまで、モルルにこの三角のボタンが現れたことは一度もない。
この三角のボタンを、リリアーナはよく知っている。
それを押せば、ステータスが開き、自分の強さやレベルなどが数字として表示される――いわゆるステータスボタンだ。
「なんでモルルに……?」
まるで押せと言わんばかりに、突如現れた三角の小さなボタン。
リリアーナは警戒しながらも、ボタンに人差し指を伸ばした。
そして意識を集中させ、そっと触れる。
モルルのステータスが開いた。
「え……」
リリアーナは驚きのあまり、思わず声を漏らした。
そこに映し出された文字。
それは――。
【聖獣 ラフェリア】
「――は?」
リリアーナは、思わず口を大きく開いたまま、固まった。
周りから見たら、なんて間抜けな顔をしているんだ、と思われそうなほど、気の抜けた表情。
それでも、そんなことを気にする余裕などないくらいの、驚きと衝撃だった。
「モルル……あなた……」
リリアーナは、腕の中のモルルに視線を向けた。
キュウ――
モルルはただ嬉しそうに、甲高く一声鳴いた。
(いやいや……キュウじゃないんですけどっ――!)
「モルルっ!あなたっ……」
リリアーナは目を見開いたまま、モルルを真っ直ぐに見据えた。
キュル。
モルルは大きな瞳を輝かせて、不思議そうに首を傾げている。
(これは一体どういうこと?)
(モルルは、魔獣じゃないの?)
しかも、種族の名前が、『ラピフェル』から『ラフェリア』に変化していた。
もう一度、ステータス画面に目を移し、確認する。
【聖獣 ラフェリア】
(うん……間違い……じゃない)
そして――。
「あれ……?」
リリアーナは、その下に小さな文字が表示されていることに気づいた。
「これ、なんだろう……」
リリアーナは、その小さな文字に意識を集中させ、見やすいように文字を拡大した。
すると――。
《数百年前、呪いによって聖獣から魔獣へと姿を変えられていたが、聖女の誕生と、その力によって本来の姿を取り戻した。》
「……は?」
リリアーナは、しばらくその画面を見つめたまま動けなかった。
(意味が、分からない……)
頭が混乱していた。
そして――。
ようやく画面から目を離した。
リリアーナは、モルルの宝石のように澄んだ大きな瞳に、自分の姿が映るほど顔を近づけた。
そして一言――。
「モルル……あなた、聖獣だったのね……」
小さく呟いた。
キュー。
モルルは微笑むように、目を細めた。
まだ頭が混乱している。だが、新たにわかったことがある。
――モルルは、魔獣ではなかった。
数百年前に、なんらかの呪いを受け、魔獣の姿へと変えられていたのだ。
(だから……)
リリアーナは、モルルとの今までのことを思い出していた。
人に懐いたこと。
愛嬌があること。
そして――。
リリアーナは、アグリア王国の皇太子・カイリウスの言葉を思い出していた。
「ラピフェルは、下位魔獣のはずだが、なかなか強い」
カイリウスは、確かにそう言っていた。
その時は多少驚きはしたが、そんなに気にしていなかった。
(だけど――)
(これが魔獣ラピフェルではなく、聖獣ラフェリアだから、違っていたというの――?)
「はは……。魔獣じゃなかったんだ……」
そう零すと、リリアーナは思わず小さな笑みを浮かべた。
例え魔獣だとしても、リリアーナはモルルを大切に思っていた。
けれど、魔獣ではなかった。
「……みんなの受ける印象も、これで変わるよね?」
魔獣というだけで、人間からは恐れられ、嫌われてきた。
それが、魔獣ではなく、聖獣だったとしたら――。
リリアーナは、モルルを両手で高く持ち上げた。
「これで堂々と連れて行けるし、みんなもっとモルルのことが好きになるよね」
リリアーナは嬉しかった。
自然と笑顔が零れる。
モルルは、そんなリリアーナにつられるように、嬉しそうな表情を浮かべた。
今までは、城の中だけでしか行動することが許されていなかったモルル。
(これからは、一緒に連れていける!)
モルルと一緒にやりたいことを考えると、リリアーナは嬉しくて仕方がなかった。
だが――。
(待って……)
リリアーナの表情から、笑顔が消える。
持ち上げたモルルをゆっくりと下ろし、膝の上に乗せた。
(聖女の力って書いてあった。聖女誕生って……)
リリアーナは、再び思考を巡らせた。
(あの時、私とセレスティーヌ以外、誰もいなかった)
(セレスティーヌは、ショックで意識を失っていた。そして私は、瀕死のモルルに共鳴魔法を注ぎ込んで……)
リリアーナは、何かに気づいたように、勢いよく頭を持ち上げた。
(もしかして……)
ある一つの結論に、リリアーナはたどり着いた。
「聖女って……私なの――っっ?!」
リリアーナとモルル以外、誰もいない寝室で、リリアーナの叫びに近い絶叫が響き渡った。




