小さな変化
リリアーナの目覚めを確認した後、しばらく静かに休んだ方がいいと、皆、部屋から出ていった。
「ふぅ……」
先ほどとは違い、誰もいない静かな部屋で、リリアーナは小さく息をついた。
(さっきのお兄様の顔……本気で怒ってた。お父様やお母様も……あんな辛い顔をさせてしまった……)
リリアーナは家族の顔を思い出した。
胸が締めつけられるように苦しかった。
自分が正しいと思ってやったこと――。
だがそれは、皆を騙すことになり、結果的につらい思いをさせてしまった。
「……ごめんなさい」
リリアーナは寝具の裾をつかみ、ぽつりと呟いた。
そして――。
ふと気づく。
モルルは――?
守ってくれたモルルがいない――。
リリアーナは反射的に重い体を起こした。
「モルル?」
視線だけを動かす。
リリアーナはモルルがいないか、部屋中を見回した。
だが、モルルの姿は見当たらない。
(あの時、元気になったと思ったけど、まさか夢?もしかして、あのままモルルは……)
静けさが、よりリリアーナを不安にさせた。
リリアーナは表情を固くする。
「っ……モルルっ!」
リリアーナは声を張り上げ、モルルの名を呼んだ。
すると――。
リリアーナの足もとで、寝具が小さくモゾモゾと動いた。
リリアーナはすぐに、寝具を捲った。
すると――。
キュウ。
大きく見開からかれたつぶらな瞳が、リリアーナを見ている。
モルルは少し首を傾げて、不思議そうにリリアーナを見ていた。
「モルルっ!」
リリアーナは、寝具の中のモルルを抱き上げた。
柔らかい温もり。
ふわふわとした真っ白の体毛が、リリアーナの顔に触れる。
(生きてるっ!)
リリアーナは抱きしめたその手に、力を込めた。
モルルの胸に顔を寄せると、確かに小さな鼓動が規則正しく脈打っていた。
「よかったぁ――」
リリアーナは、安堵の息を漏らした。
そしてモルルの顔に、自分の頬を擦り寄せた。
キュウっ!
抱きしめる力が強すぎたのか、モルルは目を吊り上げ、抗議するように鳴いた。
リリアーナははっと我に返り、顔を遠ざけ手を緩めた。
「ごめん、ごめん」
キュウゥ!
目の前でリリアーナを見つめ、目を吊り上げながら鳴くモルルは、間違いなく生きている。
リリアーナは自然と感情が込み上げ、目を潤ませた。
(モルルは生きてる。よかった……)
そして、そっとモルルの頭に手を置いて、優しく撫でた。
モルルは目を細め、気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
「モルル……守ってくれて、ありがとうね」
あの時、モルルがいなかったら私は助からなかった。
セレスティーヌも助けることはできなかった。
モルルがいたから……。
(あれ?)
ふとリリアーナの頭にある疑問が浮かんだ。
(ブラックヴァルグは、どうやって倒したんだっけ……?)
魔獣ブラックヴァルグと対峙したことを思い出す。
あの時は絶体絶命だった。
体力もなくなり、地べたに倒れ、死も覚悟した。
だが、復活したモルルがリリアーナの前に立ち――。
リリアーナは、その時の記憶を必死に呼び起こした。
意識が遠ざかりながらも、リリアーナが最後に見たもの。それは――。
「そうだ!」
リリアーナの目が、ぱっと見開く。
リリアーナは、やや乱暴にモルルの身体をがっちり掴んだ。
「あなた、光ってたよね?」
リリアーナはまっすぐにモルルを見つめた。
「それに大きくなってた」
突然、モルルが黄金に輝きだし、その光に包まれたモルルは、数倍の大きさになった。
そして――。
「あなた……ブラックヴァルグを……食べたよね」
魔獣ブラックヴァルグよりも遥かに大きな身体になったモルルは、大きな口を開いて、一口で食べてしまったのだ。
そして、目が覚めたら自分のベッドにいた。
意識を失う前に見た景色。
それでもあまりの衝撃だったから、覚えている。
リリアーナは、モルルの顎を強く掴んだ。
そして、小さなモルルの口を無理やりこじ開けた。
ウヴァ……
モルルは苦しそうに小さな声を漏らした。
モルルの鋭い犬歯がキラリと光る。
リリアーナは口の中を覗き込むように、隅々まで見た。
特におかしなところは見当たらない。
口の中は、綺麗なピンク色をしている。
「何もないわね」
リリアーナは小さく呟くと、その手を緩めた。
モルルはすぐにその手から離れ、
プギャー!
と、まるで文句を言うように毛を逆立てて鳴いた。
「あっ、ごめんね、モルル」
嫌がるモルルに、リリアーナは謝った。
モルルはぷいと首を横に向けた。
モルルに変わったところはなかった。
大きさも、前と変わらない。
ただ――。
「やっぱり、少し光ってるよね?」
モルルの体毛は、雪のようにまっさらな白だ。
だが、よく見ると、その毛一本一本が、薄い黄金のベールを纏ったかのように輝いている。
そしてもう一つ変わったこと。
それは、モルルを近くで見ている人でないと分からないような小さな変化。
以前は、魔獣ラピフェルらしい鋭さがあった。
可愛らしい見た目でも、瞳の奥には、飼い猫とは違う暗い獰猛さが見えた。
だが今は、その瞳は宝石のように輝き、以前のような暗さはなく、澄んでいる。
鋭い爪と牙は、変わらない。
だが、まるで魔獣の要素が消えてしまったかのように、今はただ純粋に可愛らしいと思った。
「しかもなんだろ? なんだか神々しいような……」
姿形は以前のモルルなのに、印象がまるで違って見えた。
「一体、あなたに何があったの? それに……」
リリアーナはじっとモルルを見つめる。
「そのちっちゃい身体に、あの巨大なブラックヴァルグはどこにいったのよ――!」
リリアーナは思わず叫んだ。
モルルはただ、きょとんとしたまま、つぶらな目でリリアーナを見つめていた。




