聖なる光
リリアーナの身体は、淡い黄金色の光に包まれていた。
(お願い、モルル……死なないで)
(絶対、私が助けるから……)
リリアーナの全身には、じっとりと汗が滲んでいた。
呼吸も次第に荒くなっていく。
(苦しい……)
自分に残された力が、あとわずかしかないことを、リリアーナ自身も分かっていた。
(あと少し……。モルルを助けるまで、持って……私の力……)
リリアーナは必死にモルルの回復を願いながら、かざした手に力を込めた。
眩いばかりの光がモルルを包み込み、やがて少しずつ、その傷が癒えていく。
「すごい……」
背後にいるセレスティーヌが、思わず声を漏らした。
だが、その声はリリアーナの耳には届かなかった。
絶対助ける――。
今は、その想いだけだった。
ハァ、ハァ……。
リリアーナは荒い息を繰り返しながら、モルルの治癒に全力を注いだ。
限界が近づいている――。
(お願い! モルルを助けたいの……)
全身に滲んだ汗は、やがて大粒の雫となり、頬を伝っていく。
(誰か……私に力を貸して――)
そして――。
リリアーナは無意識に、その名を口にした。
「モルル――っ!」
リリアーナは大声で叫んだ。
すると、次の瞬間――。
首にかけていた水晶のペンダントが、ふわりと宙に浮いた。
水晶から、強い光が放たれる。
「くっ……」
あまりの眩しさに、リリアーナは思わず目を閉じた。
(何が起きたの――?)
一瞬、リリアーナの身体から、すべての力が抜けた。
腕を怪我し、力を限界まで使い果たし、あれほど重く感じていた身体。
それがまるで、羽根が生えたかのように、一瞬で軽くなった。
(何っ……?)
リリアーナはゆっくりと目を開けた。
すると、信じられない光景が目の前に広がっていた。
光は消え、目の前の景色が次第にクリアになっていく。
キュウ――。
目の前の小さな生物が、輝く瞳で小さく鳴いた。
モルルだ――。
傷は、すっかり治っていた。
純白のふかふかな毛並み。
丸みを帯びた愛らしいシルエット。
瞳には確かな生命力が宿り、小さな身体は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。
「モル……ル……?」
リリアーナが問いかけると、モルルは嬉しそうにリリアーナに向かって大きく跳ね上がった。
「わぁっ」
体当たりするかのような勢いに、リリアーナは思わず声を漏らした。
モルルは、ふかふかの毛並みをリリアーナの身体にぐいぐいと擦りつける。
「ちょっ……モルルっ、くすぐったいわよ」
リリアーナは笑顔を浮かべながら、モルルを見つめた。
(モルルが……生きてる……)
嬉しさが、胸の奥から込み上げてきた。
「よかった……」
リリアーナの口から、安堵の息が漏れた。
先ほどまで瀕死の状態にあったとは思えないほどの回復ぶりだった。
(モルルを助けられて、本当によかった……)
だけど――。
リリアーナは首を傾げた。
(何か……違うような……?)
ふわふわの体毛。
雪のように滑らかな毛並み。
猫のように丸みを帯びた身体。
兎のような長い耳。
そして、つぶらな瞳。
それは、間違いなくモルルだ。
だが、リリアーナは言葉にできない違和感を覚えていた。
モルルをじっくりと眺める。
上から下まで。
耳の先から、しっぽの先まで。
「モルル……太った?」
心なしか、一回り大きくなったように感じる。
(それに……なんかモルルの周り、キラキラしてない?)
すると――。
キュウ――っ!
モルルは突然、大きな声で鳴いた。
そして、目を吊り上げてリリアーナを見上げる。
「あはは……ごめん、ごめん」
モルルの元気な姿に、リリアーナは笑顔を浮かべた。
(よかった……モルルが元気になって……)
リリアーナは、ほっと息をついた。
だが、次の瞬間――。
リリアーナの身体から力が抜け、ガクッとその場に崩れ落ちた。
「リリアーナ様っ!」
仰向けに地面に倒れているリリアーナ。
セレスティーヌの叫ぶ声も、どこか遠くに感じた。
(あぁ……もう限界……。指を動かす力も残っていないわ……)
すると――。
ドンっ!
ドーン!
先ほどから、岩壁の向こうで激しくぶつかるような音が聞こえていた。
リリアーナは視線だけを動かし、岩壁を見る。
そして、ようやく状況を理解した。
モルルを助けることに必死で、すっかり気を取られていたが、魔獣ブラックヴァルグはまだ生きているのだ。
岩壁を作って時間を稼いだが、それもそろそろ限界だった。
ブラックヴァルグが岩壁に激しくぶつかり、その振動で岩壁からパラパラと小さな石や砂が落ちている。
(そうだった……。また戦いの途中だったわ)
だけど――。
(もう、戦える力は残ってない……)
リリアーナは揺れる岩壁を見つめながら、自分が今、最大の危機に陥っているのだと悟った。
行方不明だったセレスティーヌを、見つけることができた。
モルルの怪我も治した。
(これからなのに……)
だがもう、力は残っていない。
脱出する力も、敵を倒す力も、リリアーナには残っていなかった。
リリアーナは地面に倒れたまま、静かに目を閉じた。
(私――また死ぬの?)
(一度目は神様のミスで殺されて……今度はゲームの世界で魔獣に殺される……)
(結局、私は死ぬ運命なの――?)
その時――。
ド――ンっ!!
岩壁が大きく崩れた。
砂埃が舞い、前が見えなくなる。
ただ、これだけはわかった。
岩壁は、破壊されたのだ――。
絶望が、リリアーナの胸を覆った。
グォォォ――!
岩壁が無くなり、ブラックヴァルグの雄叫びが、はっきりと近くなった。
(あぁ……ここまでだわ)
ブラックヴァルグの息遣いが、次第に近づいてくる。
(まだ、強くなりたかったのに……)
リリアーナは覚悟を決めるように、目を閉じた。
ブラックヴァルグはリリアーナの前まで来ると、大きく口を開き、鋭い牙を露わにした。
リリアーナの顔に、ブラックヴァルグの荒い息がかかる。
「きゃあああ――!」
セレスティーヌが叫んだ。
そして、すぐに――。
ばたっ――。
背後で、倒れる音がした。
恐怖のあまり、セレスティーヌが気絶して倒れたのだ。
リリアーナは、ちらりと片目を開いた。
すぐ後ろで、セレスティーヌが地面に倒れている姿が見える。
(ごめんね。あなたを助けられなくて……)




