守るべき笑顔
「皆さんで、楽しい犯人探しゲームをしましょう」
リリアーナの言葉に、会場がざわめいた。
「犯人探しゲーム?」
「何それ……」
「でも……あの子たちを怒らせたくないし……」
あちこちから小さな戸惑いの声が漏れる。
リリアーナはちらりとセドリックたちを見た。
顔色を変え、明らかに動揺している。
(セドリック……このまま何もなく無事帰れるなんて思わないことね)
リリアーナは腕を組み、セドリックを真っ直ぐ見据えた。
その時だった。
(あっ……)
セドリックと目が合う。
次の瞬間、セドリックは、鋭い目でリリアーナを睨みつけた。
リリアーナは口元に小さな笑みを浮かべた。
(もう二度と私の前で、そんなふざけた真似はさせないから)
リリアーナは小さく鼻を鳴らすように、顔を逸らした。
そして――。
リリアーナはゆっくりと口を開いた。
「さて……皆さまの貴重な意見を聞いていきましょう」
リリアーナは会場をゆっくりと見渡した。
「これだけ多くの方が集まる場で起きたことです。必ず犯行を見た人がいるはずです」
静まり返る場内。
そして、リリアーナは続けた。
「この選ばれた者たちが集う会で、このようなことが起きるなど、決して許されることではありません。これは私たち一人ひとりの品格に関わる問題です。何か見た方がいるのでしたら、正直に話してください」
リリアーナは静かに会場全体を見渡した。
(『選ばれた』『品格』。貴族ならこの言葉には弱いでしょう)
(本当はこんな言葉を使いたくなかったけど……)
「誰か、見た方いませんか?」
静かな会場に、リリアーナの声が響き渡る。
その時――。
一人の女の子が小さく手を挙げた。
「あの……私、見ました。あの人たちが席を離れている間に二人のテーブルに来て、お菓子や食事を手づかみで食べていました……」
目線を下げ、身を小さくしながらも、震える指でその先をそっと指した。
その指の先にいたのは――セドリックたちだった。
皆の視線が、セドリックと、二人の取り巻きへ集中した。
「おいっ!」
セドリックが声を荒らげた。
その声は、穏やかなこの場には、あまりにも不釣り合いな怒声だった。
セドリックは、自分を指さした女の子をギロリと睨んだ。
女の子は、肩を大きく上下させた。
「勝手なこというなよな!俺はコイツらとここにいたんだ。なぁ……」
セドリックは隣に居る取り巻きへ視線を向けると、二人は大きく頷いた。
「はい、セドリック様とずっとここにいました。皆さんも見てましたよね?」
二人は同じテーブルの子どもたちを見回し、同意を求めた。
問いかけられた子どもたちは身を縮こませ、視線を伏せたまま小さく答えた。
「はい……」
「ここにいたと思います……」
(最低……。皆、怯えてるじゃん)
セドリックは剣を習っており、同年代の中でも体格がいい。
自分より爵位の低い相手には、露骨に威圧し、恐怖で従わせてきた。
(まさに、この世界のいじめっ子ね)
勇気を出して証言した女の子は、小さく肩を震わせていた。
リリアーナは小さく息を吐く。
(可哀想に……)
(だけど、このままじゃすまさないわよ――)
「では逆に、彼らがこの子たちのテーブルへ近づくところや、このような行為を見た方は、他にいますか?」
会場は静まり返った。
誰も手を挙げない。
だが、一部の子どもたちは、目を伏せ、小さく身を丸めていた。
きっと、セドリックたちの犯行を見ていたのだろう。
一方、セドリックたちはふんぞり返り、鼻を鳴らしていた。
リリアーナはゆっくりと歩き出した。
静まり返った会場に、リリアーナの足音だけが響いた。
そしてセドリックの前で足を止めると、リリアーナはにこりと微笑んだ。
「な、なんだよ……」
セドリックは、自分を見下ろすリリアーナに戸惑いの表情を浮かべた。
リリアーナとは一度、剣を交えたことがある。
セドリックに挑まれた勝負。勝ったのはリリアーナだった。
そのことを、セドリックも忘れていないのだろう。リリアーナを見る目が、わずかに揺らいだ。
「どうしたんですか?セドリック様……」
不思議そうに、取り巻きの一人が尋ねた。
「う、うるさいっ!」
転生前のリリアーナに対しても、セドリックはいつもちょっかいをかけてくる相手だった。
自分より弱いと見れば威張り散らし、見下すような態度で威圧していた。
そんなセドリックが、明らかに動揺している。
取り巻きたちが不思議に思うのも無理はなかった。
「……セドリック、あなたたちのテーブル、とても綺麗ね。まだ食事に手をつけていないの?」
リリアーナは、そっとテーブルを覗き込んだ。
ティーカップには、まだ紅茶も注がれていない。
並べられた食事やお菓子も、そのままの状態だった。
スプーンもフォークも、鏡のように輝いていた。
間違いなく、このテーブルで食事をした形跡はなかった。
セドリックは、戸惑いを滲ませながら答えた。
「あ、あぁ……。まだ手をつけていない。食事はこれからだ」
「ふ――ん。そう……」
リリアーナは顎に手を添え、考え込むように目を伏せた。
「っ……なんだよっ!」
セドリックは苛立ちを隠せず、声を荒らげた。
「ちょっと不思議に思って。あなたたち、ケーキを食べてるわよね?」
「はっ?まだ食べていないって言ってるだろ!」
セドリックは思わず声張り上げた。
「いえ……食べてるはずよ。だってあなたの口の端にクリームがついてるもの」
「え?」
セドリックは慌てて右手の甲で口を拭った。
リリアーナの口元に、ふっと笑みが浮かんだ。
(バカね。もうその行動だけでも、「食べました」って言ってるようなものなのに……)
セドリックは拭った右手を見る。
その手には、わずかだが確かにクリームがついていた。
(しかも本当にクリームまでついてるんだから、救いようがないわよね)
セドリックの顔色は、みるみるうちに青ざめていった。
「せ、セドリック様……」
不安げな眼差しでセドリックを見る二人の取り巻き。
「お前たち!なんでクリームがついていること言わなかったんだよ!」
セドリックは強く二人を睨みつけた。
(おそらくこの二人も、セドリックが怖くて言えなかったのね……)
(いつも一緒にいるけど、セドリックが力で従わせていた関係だったものね)
「セドリック……認めるわよね?あなた達があの子たちの食事に手をつけたこと――」
「……っ!」
セドリックは何も答えない。
ただ視線を落とし、拳を強く握りしめたまま座っていた。
(しかたないわね……)
「みなさーん!」
リリアーナはセドリックたちに背を向け、会場全体を見渡した。
「私たち貴族は、いつも誇りある行動をし、誰かのお手本にならなければいけません。これから正直に証言してくれた方の中で、最も勇気ある証言をしてくれた方に――私、リリアーナ・アルティア・クラウンから、ご褒美を差し上げます」
周囲が一気にざわめいた。
背後からセドリックたちの声が聞こえたが、リリアーナは完全にそれを無視した。
そして――。
「はい!私見ました!この三人が食べていました!」
「私も見ました!男爵家が上の者に話しかけるなんて生意気だと言っていました」
「私も!」
「見ました!」
次々と出てくる証言に、セドリックたちは言葉なく呆然と肩を落としていた。
(ふふ。いい気味よ)
犯人探しゲームは、無事に幕を閉じた。
リリアーナの提示したご褒美もあり、次々と証言が飛び出し、会場は大きな盛り上がりを見せた。
サジーとリオのテーブルには、再び同じ食事が用意された。
弟・リオもすっかり元気を取り戻し、姉弟は明るい笑顔を見せていた。
セドリックと二人の取り巻きたちは、いつの間にか姿を消していた。
あれだけの証言が集まり、自分たちの行いが明るみに出たのだ。
その場に居続けることなど、できなかったのだろう。
そして今回の犯人ゲーム。
ご褒美を手にしたのは、最初に勇気を出して証言してくれたあの女の子だった。
女の子が受け取ったご褒美は――。
アルディア家が誇る最高のシェフが作った、艶やかなチョコレートケーキだった。
(本当は夜の食事にいただくの楽しみにしていたけど、こればっかりはしかたないわよね。あの子も喜んでくれたし)
そう――。
あのチョコレートケーキは、リリアーナの大好物でもあったのだ。
それでも、あの姉弟の笑顔が見られた――。
それだけで十分だった。
リリアーナの心は、晴れ晴れとしていた。




