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お姫様ですが、勇者になりたいんです― ヒロイン役を降りて、剣を取りました ―  作者: 亜久美 圭


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笑顔の宣戦

席に座ったリリアーナの前には、色とりどりのお菓子が並んでいた。

その中から、目の前にあった苺のタルトを引き寄せる。


宝石のように輝く真っ赤な苺。


(食べなくてもわかる。これは絶対おいしいやつ)


フォークで一口ですくい、ゆっくりと口へ運んだ。


(美味しいっ!)


さくりとした生地になめらかなクリーム。そこへ苺の爽やかな酸味が重なり、口いっぱいに幸せが広がる。

 

(う~ん。やっぱりうちのシェフは天才!)


幸せがじんわりと胸に広がる。

リリアーナはその余韻を味わうように、目を細めた。


(姫になって唯一よかったと思うのは、この美味しい料理やデザートを、いつでも食べられるってことよね)


そう思いながら、紅茶のカップを手に取る。

立ち上る芳醇な香りを楽しみながら、そっと口をつけた。


(それを考えると、私って結構恵まれてるのかも。……ただ、人の何十倍も鍛えないとレベルが上がらないのは、本当に不公平だと思うけどね)


甘い余韻を、紅茶が優しく流していく。


――そのときだった。


「うわぁぁーん!」


子どもの泣き声が、会場中に響き渡った。


「え?何……?」


突然の泣き声に、リリアーナはびくりと肩を震わせた。


あまりに突然の出来事に、会場にいた子どもたちも一斉に声のする方へ視線を向ける。

 

視線の先――会場の一番奥。

そこは男爵家の子どもたちが座る席だった。


この会場では、王族に近いほど高位の貴族が前方に席を構える。

そのため、男爵家の席は自然と後方に設けられている。


一人の男の子が、声を上げて泣いていた。

その隣では、女の子が必死に宥めていた。


(あの子は……)


先ほど挨拶に来ていた、あの姉弟だった。


リリアーナは、傍に控えていた執事を手招きし、小声で尋ねる。


「……何かあったのかしら?」


「すぐ調べてまいります」


執事は一礼すると、そのままあの姉弟のもとへ向かった。


その間も、会場中の視線は泣いている弟と、その傍で必死に宥める姉へと注がれていた。

静まり返った会場に、小さなどよめきが広がる。


リリアーナも、二人の様子を静かに見守った。

 

泣いている弟のリオをどうにか宥めようと、姉のサジーは必死に言葉をかけていた。

それでもリオは泣き止まず、どうしていいのか分からないのか、サジーの視線は落ち着きなく揺れていた。


(大丈夫かしら……)


しばらくすると、執事が戻ってきた。

リリアーナの耳もとへそっと身を寄せ、静かに耳打ちする。


「あの姉弟が席を離れていた間に、お二人の食事に手をつけた者がいるようです」


(えっ!?)


リリアーナの瞳が、大きく見開かれた。


(誰がそんなことを……)


執事は静かに言葉を続けた。


「おそらく、リリアーナ様の従兄弟・セドリック様と、常に行動を共にしている子どもたちかと」


(またアイツかっ?!)

 

リリアーナの脳裏に、二歳年上の従兄弟・セドリックの姿が浮かんだ。

 

転生前のリリアーナに絡んでは、意地悪ばかりしていた。

そして転生後も、剣で勝負を挑んでくるなど、何かと厄介な相手だ。


(まったく……ろくな事しないんだから……)


リリアーナは目を伏せ、小さく息を吐いた。

そして再び、後方の姉弟へと視線を向けた。


少し離れた場所には、セドリックと、その取り巻きの子どもたちがいた。

三人は揃って姉弟を見ながら、嫌な笑みを浮かべていた。


(最悪……。あの顔は間違いなく犯人確定でしょ。相変わらず立場の弱い人ばかり狙うんだから。性格悪すぎ!)


リリアーナは静かに席を立った。


(これ以上目立ちたくない。けれど、このまま放っておけないわ)


リリアーナは、重ねていた。

転生前の自分と、智を――。


(あの子たちを守りたい――)


気づけば、身体は自然と動き出していた。


「リリアーナ様……」


眉を寄せ、執事が声をかけたが、その声はリリアーナには届いていなかった。


二人の姉弟がいるテーブルへ、リリアーナは向かった。

周囲からの視線、ざわめき。

だが、リリアーナは気にならない。

その瞳は、ただ真っ直ぐに姉弟だけを見つめていた。


姉弟の座るテーブルの前。


「――――」


リリアーナは、何も言わず足を止めた。


弟のリオを必死に宥めていたサジーは、ようやく目の前のリリアーナに気づき、動きを止めた。

目を見開き、リリアーナを見上げる。


「リ……リリアーナ様!」


サジーは慌てて椅子から立ち上がった。


「すみませんっ!すぐに弟を静かにさせますからっ!」


慌てて頭を下げると、サジーはリオへと向き直った。

 

サジーが何かを言おうとした、その時――。

リリアーナは、それを制するように静かに口を開いた。


「いいのよ。リオは悪くないから……」


「えっ……?」


サジーははっとしたように振り返り、リリアーナを見つめた。


「大体の事情は聞いたわ。あなたたちの食事が、何者かに食べられてしまったんですって?」


リリアーナは静かに息をつき、込み上げる感情を抑えながら続けた。


「リオはまだ幼いもの。そんなことをされたら、悲しくて悔しいに決まってるわ」


「リリアーナ様……」


リリアーナは、リオの目線まで腰を落とした。

 

泣きじゃくっていたリオは、ふと顔を上げる。

リリアーナと目が合い、一瞬、涙が止まった。

 

リリアーナはふわりと優しく微笑んだ。


「大丈夫よ。また新しい食事を用意するから」


涙で潤んだ大きな瞳が、一瞬きらりと輝いた。

丸く膨らんだ小さな頬にも、次第に赤みが差していった。


リリアーナは、その頬を優しく撫でた。


そして静かに立ち上がった。


(彼らの食事は、また用意するとして……)


リリアーナは、姉弟のテーブルへ目を向けた。

 

半分かじられ、歯型の残るケーキ。

食べかけのサンドイッチ。

くしゃりと形の崩れたナプキン。

乱暴に投げ出されたカトラリー。


(嫌がらせにしても酷すぎる……。それに食べ物にも失礼だわ)


乱された姉弟のテーブルを見て、さらに強い怒りが湧き上がってきた。


(もう知らない――)


その瞬間、リリアーナの中で何かがプチンと弾けた。


そして――。


パンッ。


胸元で両手を合わせる。

会場中の視線が、一斉にリリアーナへ集まった。


「――本日の楽しい催しを思いついたわ」


リリアーナは微笑んでいた。

だが、それは決して喜びから浮かべた笑みではない。

静かな怒りを宿した笑顔だった。


「――皆さんで、楽しい犯人探しゲームをしましょう」



 

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