誓いと約束
「カイ……大丈夫?」
そっとカイリウスの髪を撫でる。
細く絹のような白銀の髪が、するりと指の間を滑り落ちた。
リリアーナはカイリウスの客室を訪れていた。
ベッドで横になる彼の傍らに腰を下ろし、その顔を静かに見つめる。
「そんな顔するなよ……」
困ったように、くしゃっと笑うカイリウス。
「でも……」
アルディア城に戻った直後、カイリウスは熱を出した。
診察した医師によれば、外傷は比較的軽いものの、強い衝撃によって筋肉や内臓に負担がかかり、その反応として発熱しているという。
(あれだけ強く打たれたんだもの……まだ幼い体が耐えられるわけないわ)
「……ったく、情けないな……」
そう言うと、カイリウスは赤みを帯びた顔を崩し、苦々しく笑った。
その表情に、胸がきゅっと締めつけられる。
「そんなことないわ!一人で立ち向かって、かっこよかったよ」
カイリウスは、わずかに目を細めた。
「……もっと、強くならないとな」
「カイは十分強いよ!」
思わず言葉がこぼれる。
カイリウスは間違いなく強い。
――ただ、まだ私たちは子どもなだけ。
「ゆっくり休んで。また様子みに来るから」
リリアーナは静かに立ち上がった。
「あぁ……ありがとう」
体は相当つらいはずなのに、カイリウスは無理に笑顔を作ってみせる。
その笑顔が、かえって胸を締めつけた。
(相当しんどいはずなのに、無理して笑って……)
リリアーナはそっと扉を閉めた。
背を預けたまま、その場から動けない。
(なんで……幼いカイが、こんな目に遭わなきゃいけないの?)
ゲームの中では――
彼は大人になることなく、その短い生を終える。
あんなにも美しく、聡明な王子が。
(……いくらなんでも、理不尽じゃない?)
胸の奥から、怒りにも似た感情が込み上げてくる。
(あんなに真っ直ぐで優しいカイリウスに、あんな結末を与えるなんて……)
かつてはただの“物語”だった。
面白いゲームの、ひとつの結末。
けれど――今は違う。
そこに生きる人たちの想いも、痛みも、何も知らなかった。
(ごめんね、カイリウス……)
俯き、視線を落とす。
(このゲームのこと……嫌いになりそうだわ)
――だけど。
リリアーナの中で、ひとつの決意が固まった。
(……決めたわ)
顔を上げ、真っ直ぐに前を見据える。
(私はカイリウスを死なせない。アルディアもアグリアも……守ってみせるわ)
その瞳には、揺るがない決意が宿っていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
翌朝。
「おはよう、リリア」
後ろから声をかけられ、リリアーナの肩がぴくりと動く。
それはとても聞き慣れた声だった。
振り向いた先――そこには、宝石のように輝くブルーの瞳があった。
「カイ!」
そこに立っていたのは、紛れもなくカイリウスだった。
「え……どうして?体は?もう大丈夫なの?」
昨日まで熱で寝込んでいたはずのカイリウスが目の前にいる。
リリアーナは驚きを隠せない。
「もう大丈夫だ。心配かけたな」
にこりと微笑むカイリウス。
「ちょっと……」
リリアーナは靴音を響かせながら、カイリウスへと歩み寄る。
その顔に笑みはない。
「え……?」
カイリウスの正面で足を止める。
「……どうした?」
無言のまま見つめられ、カイリウスはわずかに戸惑った。
やがてリリアーナの手が、すっと額へ伸びる。
ぴくりと体を揺らし、そのまま固まるカイリウス。
「……うん。熱はもうないみたいね」
安堵したように、リリアーナの表情がやわらいだ。
「あぁ。おかげさまでな」
カイリウスもまた、張り詰めていた空気を緩める。
「でも、まだ完全じゃないでしょ。たった一晩しか経っていないじゃない」
「大方は回復したよ。伊達に鍛えてないからな」
「だけど……」
心配そうに見つめるリリアーナ。
「それに、向こうでやらなければいけないことがある。これ以上、長居はできないんだ」
カイリウスは隣国アグリア王国の皇太子。
今は国内の情勢も不安定で、果たすべき役目が沢山あるのだろう。
――それでも。
「本当に……大丈夫なの?」
リリアーナは不安だった。
体のこともそうだが、それ以上に――
アグリアに戻れば、再び命を狙われる可能性が高い。
(また、危険な目にあうかもしれない……)
その気持ちを察したのか、カイリウスはそっとリリアーナの頭に手を置いた。
「大丈夫だ。俺は死なない。アグリアも必ず立て直してみせる」
強い眼差し。
その言葉と熱が、リリアーナの胸を締めつけた。
「うん……」
小さく頷く。
「リリア……」
優しい声に、リリアーナは顔を上げた。
真っ直ぐに見つめるカイリウスの瞳。
その奥に、静かな熱を宿していた。
リリアーナの胸が、大きく跳ねる。
「約束するよ。次のリリアーナの誕生日に、必ず会いに行く。その時は……」
「その時は……?」
吸い込まれそうなほどの青い瞳から、目が離せない。
「昨日の続き……また、俺と一緒に踊ってくれるか?」
花祭り。
本来なら、二曲目で手を取り合い踊るはずだった。
だが――この騒ぎで叶わなかった。
「いいわよ。また一緒に踊りましょう」
カイリウスの瞳が、ふっと輝きを増す。
「約束だ」
「うん、約束」
リリアーナは頷き、二人は固く手を取り合った。




