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お姫様ですが、勇者になりたいんです― ヒロイン役を降りて、剣を取りました ―  作者: 亜久美 圭


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安堵の影

空を仰いだリリアーナ。

陽はまだ高く、日没には少し時間があった。


「まだ明るい時間でよかったわ」


ほっとした表情で言う。


「……だな」


カイリウスもまた、空を見上げ、静かに頷いた。


もし日が落ちていたら――。

リリアーナは胸の中で思う。


(きっと……もっと騒ぎが大きくなっていたかもしれない。明るいうちに帰れてよかった)


「早く戻りましょう。皆がまってるわ」


二人は歩き出した。


ここがどこかは分からない。

だが、遠くから人の声が聞こえてきた。


人の気配のする方へ、足を進めた――そのとき。


「いたぞ!あそこだ!」


大きな声が響いた。


(まさか……)


リリアーナは声のした方へ視線を向けた。カイリウスも同時に振り向いた。


そこにいたのは、アルディア王国の騎士だった。


その騎士はさらに声を張り上げる。


「カイリウス皇太子殿下とリリアーナ王女、発見しました!」


その声を合図に、騎士たちが次々と駆け寄ってくる。

アルディア王国の騎士に加え、アグリアの騎士の姿もあった。


あっという間に取り囲まれ、リリアーナは思わず目を丸くする。


(もう十分、大袈裟になってたみたい……)


内心で苦笑いをするリリアーナ。


「ご無事ですか!お怪我はありませんか?」


慌てた様子で騎士が声をかけた。


リリアーナは自分の姿を見下ろす。

埃にまみれたドレス。乱れた髪。裂けたスカート。


確かに、無事には見えないだろう。

だが、怪我はない。


「私は大丈夫。でも、カイが……」


「カイ?」


突然の呼び方に、騎士は戸惑いを見せた。


「カイリウス皇太子殿下よ」


言い直しながら、視線を向ける。


騎士もはっとしてカイリウスを見る。


そこには、全身を汚し、服を乱したカイリウスが、一歩後ろに立っていた。


彼もまた同様に乱れているが、リリアーナと違い、角材の一撃を受けていた。

 

大の大人が本気で打ち込んだ一撃だ。その衝撃は、軽いはずはない。

 

「皇太子殿下、お怪我はありませんか?」


騎士が問いかける。


「……大丈夫だ」


(あんな一撃くらって、大丈夫なはずないじゃない!)


リリアーナはカイリウスをじっと見据えた。


「カイ……」


にこりと微笑んだ――次の瞬間。


トン。


リリアーナの肘が、カイリウスのみぞおちに入る。


もちろん、力加減はしている。それでもカイリウスはうめき声を漏らし、膝をついた。


「……リリ……ア……」


腹を押さえ、苦しげに呻く。

 

「ほら……全然大丈夫じゃないじゃない。無理するからよ」


「リ、リリアーナ……王女……?」


騎士はそのやり取りを、困惑した様子で見つめていた。


「カイリウス皇太子殿下は怪我をしているわ。戻ったらすぐに医者にみせて」


「は、はい!」


腹を押さえ、うずくまったままのカイリウス。横目でリリアーナを見た。


「リリア……まったく君って人は……」


その声は、絞り出すようにひどく苦しげだ。


(知らなーい。痩せ我慢なんてするからよ)


その様子を見て、リリアーナは小さく笑った。


やがて二人は、それぞれ騎士に支えられながら、その場を後にした。





┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


アルディア城。


城に戻ったリリアーナとカイリウスを、多くの人々が出迎えた。


「リリア!」


父・アルベルトの声が響く。続いて母と兄も名を呼び、真っ直ぐに駆け寄ってきた。


「無事でよかった……」


母・リュシアはその場にしゃがみこみ、リリアーナを強く抱きしめた。

その目には、涙が滲んでいた。


「お母様……」


リリアーナの胸がきゅっとなる。


「心配かけてごめんなさい」


抱きしめる腕が、微かに震えているのが伝わってきた。


「リリア……」


兄・ヴァルターの静かな声に、顔を上げる。


「無事でよかった。お前に……何かあったら俺は……」


その目は赤く充血していた。


(家族に、たくさん心配をかけてしまった……)


「リリア……よく無事で帰ってきてくれた。落ち着いたら話を聞かせてくれるか?」


父の言葉に、リリアーナはしっかりと頷いた。


「はい、お父様」


「皇太子殿下!」


アグリアの官僚たちが声を上げた。


「よくぞご無事で……」


目を潤ませ、安堵の表情を浮かべるアグリアの官僚たち。

 

だが――リリアーナは見逃さなかった。

その中にただ一人。

わずかに、異なる気配を纏う男がいたことを。

 

普通なら気づかなかったかもしれない。

だがリリアーナは、この世界の行く末を知っていた。


ゲームとは細部が違っていても、そこに現れる“危険人物”は、変わらない。

 

『レグナード・ノクス公爵』


最初は気づかなかった。

だが、食事会などで何度か顔を合わせるうちに、違和感は確信へと変わっていった。


レグナード公爵――

彼は、ゲームの中でも現国王に反発する人物の一人として名が挙がっていた。


どこか、周囲とは異なる空気を纏っている。


最初は気のせいだろうと思っていた。


だが――あの目。

 

カイリウスへ向けるあの視線は、明らかに敵意を孕んでいた。


(どうして気づかなかったの……)


リリアーナは、他の官僚の後方に立つレグナードへ視線を向ける。


(カイの無事を、まるで喜んでいないじゃない)


今回の誘拐には関係していなかったのかもしれない。

だけど――。


(このままカイのそばに置いておくのは危険だわ)


「医者だ!早く医者を呼べ!」


負傷したカイリウスは、そのまま運ばれるように部屋へと連れて行かれた。


 


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