ツクヨミ2
このエピソードからの登場人物
★黄花
逃げたウサギをきっかけにツクヨミと知り合った少女。出会った頃は12歳前後。ツクヨミに人としての感情を思い出させる。
「こんにちは、ツクヨミ様。」
「なぜまた来た?ウサギはここには来ていない。」
「この間、わたしなにか気に障ることを言ってしまったのかと思って。お詫びに来たの。」
「そんなものは必要ない。」
立ち上がりその場から立ち去ろうとすると後ろからふわっと花の首飾りが掛けられた。はるか昔、母と一緒に花を摘んだ、その時の記憶が蘇るような優しい蓮華の香りに包み込まれた。
振り向くと少女はにっこりと笑っていた。
「素敵。やっぱりよくにあう。」
少女は両手を軽く合わせて喜んでいる。一体なにがそんなに嬉しいのか?面白い娘だ。
「お前、名は?」
人とこのように接することなどあってはならないと今まで自分を律してきたのだが、勝手に言葉が口から出ていた。
「黄花。ツクヨミ様、よろしく。」
それから黄花は頻繁に神使に見つからぬように社に顔を見せるようになった。その忍びの技は大したもので、右月と左月は彼女の存在に全く気づいていなかった。
「黄花は俺が怖くないのか?」
「どうして怖いの?」
最近では社の裏にある大木の下で会うことが多くなっていた。ここには神使たちもあまり踏み込まない。黄花と会う時間に刺激を感じていた俺はこの場所を彼女に提案した。
「俺は人間ではない。」
「人間に見えるよ。」
そう言って手を差し出した。彼女の動作があまりに自然だったので俺はそのまま彼女の手に自分の手を重ねた。
「暖かい。ね?わたしと変わらないよ?」
黄花は不思議な娘だった。俺を現人神としてではなく一人の人として接する。彼女と話すと人であった頃の自分を思い出す。もう思い出すことはないと思っていたのに。長い時間を共に過ごすうちに自分が現人神となった経緯を思い出していた。誰にも話したことのない話を黄花に話す。
俺はある親のもとに11がつく元号の年に11番目の子としてこの世に生を受けた。奇しくも11月11日に。その年、現人神となる人物を誰にするかで一族は大いにもめていた。
俺の一族の長が言った。この子が11の年までに早世しなければこの子を現人神の候補者とする。1は俺たちの一族の中でも最も大切な数だ。その数を二つ背負ってこの世に生まれた子なのだから、これは神の思し召しだと。
俺は早世することなく無事に11歳の誕生日を迎えた。その日、両親と別れ現人神となるため既に建てられていた社の中にある一室に監禁された。カナウ様と対面できるといわれている秘室だ。その部屋に入った後の記憶はない。それから約三年、俺は出てこなかったそうだ。
「社の周りに桐の木があるだろ?」
「うん。」
「あれは俺がちょうど秘室に入るときに植樹されたんだ。桐の木が育つ限り、現人神は育っている。木が枯れ始めたら人選を誤ったことになる。だからもう一度選びなおせとな。俺が外に出たときには桐の花が咲き誇っていた。」
現人神として生きたまま転生を果たし、褒めてもらえると両親の顔を見た。しかし彼らはもう息子を見る目ではなく、神を見る目で俺を見ていた。
俺自身の中でも変化はあった。感覚が優れ、自分が人よりも優位な存在となったことがはっきりとわかった。現人神となり一人で社で暮らすうちに人らしい感受性もそのうちなくなり、ますます神としての力をこの身に宿していった。人から離れ孤独であればあるほど自分の中の神格性が高まるように感じた。
「ツクヨミ様?」
「昔話をしてしまったな。」
「大丈夫。一人じゃない。わたしがいるでしょ?」
黄花が優しく微笑みかける。懐かしい感覚に動揺するが、嫌なものではない。自然と同じように微笑み返す。
「そうだな。」
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黄花との秘密の時間はその後も続いた。
そしてあれから二年近くが経っていた。黄花は俺の見た目の年と同じ年になり、美しく成長していた。
そうすると彼女を取り巻く周りの目も変わってくる。美しい彼女の気をひこうとする者も出てきたようだ。黄花はそんなことには一切興味がないようで、出会った頃と変わらずその日あったこと、感じたことを俺に話し続けた。
「これ、受け取って。」
あるとき黄花が一輪の花を持ってきた。それはまだ蕾で緑色のガクが蕾全体を覆っていて何色の花かわからなかった。不思議な花だ。
「いったいなんの花だ?」
彼女の手から花を受け取り見ていると蕾がゆっくりと開き始めた。甘い香りと共に中から色鮮やかな美しい赤い花びらの花が咲いた。
「これは...?なにかのまじないか?」
思議に思って黄花に尋ねると、彼女はとびきりの笑顔で答えた。
「秘密。」
俺は日々黄花の成長を肌で感じる度に複雑な気持ちになった。現人神になって数百年、こんな気持ちになったのは初めてのことだった。俺は現人神となった十四の時のまま時間が止まっている。黄花と一緒に時を刻んでいくことはできない。
「もう、ここには来てはいけない。」
そろそろ潮時だと思っていた。ずっと黄花に伝えなければと思っていた気持ちを話した。
「どうして?わたし、またなにかしてしまった?」
「そうじゃない。ただ...、俺たちは違うから。」
黄花の目を見て言えない。神でありながら俺は嫉妬しているのだ。彼女と一緒に年を重ね、共に過ごせる者たちに。
「もう知らない。」
黄花も二年前の素直なだけの娘ではなくなっていた。俺の言葉に反発して掛け足で去って行った。
その後しばらく黄花が会いに来ることはなかった。
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