なんのための自由なのか1
ブックマーク3桁………。
読者様ありがとうございます。
身体は為すすべもなく馬車に揺らされている。
帝都とは違い地方に行けば行くほど整備されていない悪路が続くことになる。
男爵家の貴族用高性能の馬車は使うことは出来なかった。家紋がありありと側面を飾り、身分を隠すなど到底無理だとは判断したからだ。あちらはスプリングも座椅子も質が違う。だから急拵えで用意した馬車は乗り心地は当然よろしくない。
天音は日頃から田畑での労働などで令嬢らしからぬ体幹を得ている。
そのお陰なのだろう。過酷な馬車の長旅には耐えている。
問題は侍女達であった。
「うぅ………。申し訳ありません………」
「天音様………いけませんッ…………雑事は私達が………」
うら若き乙女達が苦しむ姿を見ることに天音の胸が痛む。
予定外の逃避行なのだ。
彼女達の同行を想定していなかったことは言い訳にならない。
快適さなどかなぐり捨てて強行突破したつけが、か弱い乙女に負担を強いてしまったのだ。
「主従は関係ないの。
元気な者が立ち回るのが当たり前なのよ?
私が倒れた時にはよろしくね?」
馬車の振動は慣れない者には内臓や骨に響く衝撃がある。
気分が落ち着く香を炊いたり、彼女達が来ていた下女用の呉服を締め付けの緩いワンピース服に着替えさせたりしたけれど限界のようだ。
天音の膝を枕にしてぐったりする年下の少女達の頭を撫でる。
「天音様………」
「面目ありません………」
「ッ…………ッ…………二人はいつも頑張っているわ?
こんな時くらい甘えて?!」
天音が叫ぶと二人は涙に潤む瞳で見上げる。
(んんッ…………。かわいらしいッ…………。
私が守るからねッ…………綾乃、琴乃ッ…………)
不謹慎だけど。天音は侍女二人の健気な様子に身悶えていた。
あと二日馬車に揺られれば目的地に着くのだけど。
彼女達の身体を思うなら手前の領地にしばらく滞在したほうが賢明みたいだ。
(うん………。私やっぱり身体が丈夫なんだわ………。
私の体力と普通の乙女達を一緒にしたのがそもそもの誤算ね………)
天音は馬車の窓を開けて並走する護衛に声をかける。
カズールの私設部隊副団長のオレグは馬車の中の状況が一目でわかったらしい。
後方に控えていたのに天音が窓を開ける瞬間には馬を並走させていた。
目で手薄になった背後に部下を配置させていた。
さすが有能な騎士である。
天音が言葉を紡がなくても部下に早馬をさせ近場の宿屋を探しに行かせた。
「急の護衛業務。申し訳ありません………。オレグ様。
わたくしの事前の調査より治安が悪くなっているのが盲点でした。」
「なに。我らも祖国に帰るためには道筋は同じなのです。
御婦人を守るのは騎士の務め」
彼は朗らかに笑う。
天音は結局手負いのカズールを置いて旅を再開した。
旅立つ時に別れの挨拶をしにカズールの部屋を訪れた。
彼は拍子抜けするほどの笑顔で天音を送り出した。
残ってくれた彼の部下や村の薬師に薬や処置の説明をして看病の引き継ぎを済ませた。その間も天音を見つめる視線になるべく目を合わさないようにした。
項が焼け付くほどとはこのことかと思った。
それなのに。
カズールは天音の旅立ちを阻止も説得もしなかった。
そっとため息をつくとオレグ副団長と目がかち合う。
彼の瞳は黒いのに朗らかで快活な皺を称えている。
「わたくしは貴方の主君を置いていった薄情な女。
その警護を引き受けてくださり感謝しております。
貴方様こそ主君の身を案じ居ても立っても居られないはず。
次の街に護衛の斡旋場がありましたら開放致します。
そこまでよろしくお願い致します」
天音が頭を下げるとオレグ副団長は笑いながら口元を隠した。真面目に謝罪をしたつもりの天音は面食らう。
ひとしきり笑ったオレグ副団長は顎に手をやりながらニヤニヤしだした。
「天音嬢………。貴女は人が良すぎます。
はあ………。隊長が心配するはずですね………。
隊長を置いていったのは『英断』ですよ。我等は弱き者を守る騎士。貴女様を警護するのは当たり前のこと。
主君のことがなくとも道中貴女様一行を見かけたら同じことを致しました」
オレグ副団長は爽やかすぎるほどの笑顔で天音に応えた。騎士としては満点回答だ。
「………主君を足手まといと見捨てました女ですよ?」
「見捨てた?あれが?それだけで貴方様の心が清らかなのがありありと………」
「ヒイズ人は婦人を褒めそやすのは標準装備ですか?」
「おや。顔が赤い。
いけませんな………。その顔を私等に見せては。私めがドルジ隊長に殺されますよ。貴女は褒めそやされ馴れていらっしゃらない………?何処かの塔にでも閉じ込められていましたか?」
(仕事と屋敷の往復という意味では世間知らずは間違っていないのだけど………?)
膝からも「天音様は素晴らしいのにいくら言っても信じてくださらない………」「褒めても称えてもお世辞とおもうんですの………。そこも奥ゆかしい………」と力ない声がする。
「侍女達も言っている通りですよ。
天音嬢は優しいからこそ|ドルジ隊長を切り捨てた《・・・・・・・・・・・》。
手負いの者があれ以上無理をしたら命も危うい。
傭兵なら自身の怪我は死だ。
金で雇った護衛ならなおさら。
主君の命を危険に晒したものに治療はおろか、給金も薬も寝ずの看病もなさりませんよ?
あと。わざと辛辣にしましたね?
顔は常に気遣わしげなのに、隊長への言葉は辛辣さを装ってました」
「ッ…………ッ…………」
(それ。察しられている時点で駄目じゃない………。
治療しなければ良かった?でも命の恩人よ?薬は私の配合が一番効きが良かったもの。
辛辣?普段通り淡々と事務的に熟しただけのはずなのに)
「あれは………。ドルジ隊長惚れ直しちゃったろうな………。
悶えていたもんな………?好いた女に看病もされ。命の心配をされ。あの屈強な恐れ知らずの完全無敵ドルジ隊長がですよ?惚けた顔してたもんな………。
部下達なんか幽霊みるような信じられない光景に出会したと青ざめてましたもん」
「だから。危険なのよ」
天音がオレグ副団長を見上げる。
「その完全無敵のドルジ隊長が私のために負傷した。あり得ないことが起きた。常軌を逸しているの。
あの方は私が過去見た限りで一番武芸に恵まれた人だわ。
隙など。油断など。ましてや子供の攻撃よ?
あの人は私のせいで『判断を誤った』のよ」
オレグ副団長は呆気にとられている。
「武芸の知見も?」と問うから「父が武人の家門で騎士も抱えていましたから」と天音が言うと納得したらしい。
「確かにあの方の武人としての力は一個小隊レベルです」とオレグは言う。
「大事な人を守りたい気持ちを『判断を誤った』で簡単に片付けてしまうので?その危うさ不可解さも愛なのでは?」
「わたくし達はお金の関係のはずだったの。
ただの護衛。
私はただ雇っただけ。
道中快適に良好な関係を望んだわ?それが………。あの方が怪我をするほど油断させるなんて思わず。
私もあの方が最初から舞姫のわたくしを信奉して浮ついている殿方と知っていたら。護衛などさせないわ」
「浮ついている。確かにその表現は正しかった。
あの方は確かに浮ついていた。あれは射貫かれていた」
「そうですわ?射抜かれたんです。避けもせず」
「避けずに射貫かれにいった節もありますな?」
オレグ副団長も思うところがあったらしい。深刻そうに唸りだした。
「貴女様の心配は『ドルジ隊長が自分を顧みず命を投げ出す所を見たくない』からですよね?
そこに貴女の身の安全への危惧はないのですね?」
「え………?当たり前よ。あの矢は避けられたはずなの。命に関わるのよ?あんなことは二度とご免だわ」
「普通は自分を勝手に好いている殿方が、身分を隠して寄ってきた所に、憤りや不信を感じるものでは?
自分に無体を働く恐怖を感じたから遠ざけたのではなさそうですね………?」
「舞姫信奉とはげに恐ろしいとは思いましたわ?
こんな醜女でも神々しくみえるのだもの。ある意味………宗教とは魔法なのだわ」
オレグ副団長はますます面白いといった顔をする。
「ドルジ隊長は舞姫ではなく。ただの天音嬢を好いているのですよ?」
天音が今度は唖然とする番だ。
「好いている………?ドルジ隊長は舞姫信奉者ですよね?
この可愛らしい侍女たちならともかく。
わたくしは醜女です。わたくしに無体………?そんな物好きは女に困る野盗くらいなものでしょう。
ドルジ隊長は見目麗しい方。おなごにお困りの獣ではないのでしょう?紳士でしたわ?侍女に無体を働きませんもの。そこはここ四日間の旅での動向で信用しております」
「そっちの信用されちゃったんだあ………。いや。信用されるのは嬉しい限りだろうさ。でもな………?うわ………?
あんなに分かりやすいのに鈍感なの?純粋培養なの?
無防備にも程があるな………?
貴女は大変魅力的な方だ。そんなに卑下なさいますな」
「世間知らずは承知しております」
「これだけは信じてもらえますか?」
オレグ副団長は天音を真剣に覗き込んだ。
「ドルジ隊長は最後まで『ただの傭兵』を貫く気だった。
あの方は自身の役目の信用よりも貴女の身の安全をとった。
それほど命の危機を感じたのでしょう。貴女を守りきれないと悟った。だから我等を招集号令した。痛みの中あの一声さえ辛いはずだったのですから。
それだけ貴方様に惚れ込んでいるんです」
天音もあの時のカズールの一声を思い出した。
象や獅子を倒すほどの猛毒だ。
即死レベルの痛みを伴いもの。
その痛みの中カズールは腹の底から「敵襲!」と叫んだ。
あれはカズールの命を守るための号令ではなかった。
カズール亡き後天音を守るための号令。
そんなことはわかっていた。
騎士達の動きが天音を守ることを最優先に動いた隊列だった。
あれが一番怖かったのだ。
カズールが命を懸けたことをありありと感じたのだから。
天音を守ろうと傷つけられた侍女や侍従達の姿が脳裏をかすめた。
それなら天音自身に伴う苦痛のほうがましだった。
「あの方の真心も覚悟を信じてしまったから。わたくしはあの方を遠ざけます。
わたくしはもう誰も愛せないし応えられない。
なら………責任もとれない真心は受け取れません。あの方のためです」
「天音嬢………」
「ごめんなさい。貴方の大事な主君の気持ちを無下にすることに変わりはないわ。
次の街でお別れにしましょうね?貴方達の真心も忘れないわ。ありがとう………。主君の大事なものを守ろうとする心意気に敬意を。
ちゃんと手当は払いますからね?よろしくね?」
「ッ…………天音嬢………そんな………」
馬車の窓を閉じる。ついでにカーテンも締めた。
オレグ副団長の目が悲しそうで見ていられなかった。
天音の自由のために悲しみ傷つく人を最小限にしたいのに。
この逃避行自体罪深く感じてきた。
(馬鹿みたい。幼名を晒すほどの『真実の愛』を誓った相手にすら捨てられた女よ?
和家様。あれ以来幼名で呼ぶことは赦してはくれなかったもの。端ないと。婚姻の儀式を済ませたらだとおっしゃっていた。
あの記憶をないものにしたかったのだわ………?そんな女が魅力的?誰が愛してくれるっていうの?)
天音は眠る侍女達の頬をなでた。
しっかりしなければならない。自分の周りの人を守るには痛みを一身に受けるだけでは駄目なのだ。
それで誇りも神事も汚されて逃げてきたのだから。
天音が権力を得なければならない。
天音は決意を新たにした。
「確か………。次の街は『琶里』だったかしら………?」
なのに彼は次の街『琶里』にいたのだ。
ブックマーク、いいね、評価ありがとうございます。
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