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097話 自覚と計らい★

挿絵(By みてみん)

5章表紙です

 蒼白。

 絶望に色という概念があるのならば、きっとこんな色を言うのだろう。

 悲鳴。

 かつてない程に随所から迸る声々は、塵埃の欠片も感動を内包しない。

 悪夢。

 過去に大惨事を巻き起こした恐怖は、民の平穏という良質な夢を奪う。

 そう。

 これは魔界独自の悪夢の再来であり、決して逃れられぬ厄災の濫觴だ。


 玲瓏な白光粒子が爛漫と魔界リフリア中心から都市全体へと降り注ぐ。

 麗姿、華美、清雅、佳景、壮観。

 そんな正感情が民達の心に潜り込む間隙などありはしない。

 下界であれば祝福される大ニュースだが、現実は無情に。

 鬼哭啾啾たる様相がルカとサキノの眼前に広がっていた。



沫、雪(スノー、ドロップ)……嘘、でしょ……」



 サキノの呟きが再三零れた。

 時間にして一分。幸樹は白い魔力を吐き出し尽したかのように、常の多彩な光へと回帰する。

 未だ蹲り涙する女猫人(シーキャット)や頭を抱える男犬人(ヒーペルロ)が散見される中、ルカはサキノの横顔へと唇を開いた。



「下界では幸福の象徴だけど……サキノが以前言ってた都市に()()()()()()()()()()()()前触れか?」

「うん……都市の様子から見て幻獣が即出現ってわけではないみたいだけれど……私は一度騎士団に行くよ」

「俺も行くよ。俺に何が出来るかなんてわからないけど……」

「うん、ありがとう。行こう」



 二人は顔を見合わせて、北北西に位置する【クロユリ騎士団】へと早足に脚を動かし始めた。

 下界住みの二人が極稀有な厄災の時代に際会したのは完全なる不幸と言えよう。魔界に興味の無い者に二つの世界を往還出来る権利があったとすれば、異なる世界の出来事だと見て見ぬ振りをし、己の命を最優先に考え、下界で平穏に身を委ねると言う選択肢も悪だと叱責される謂れはない筈だ。

 しかし二人は看過できない。責任感の強いサキノは勿論、サキノの母の遺志、そしてサキノ自身の意志を肯定するルカが見捨てられる筈がなかった。例え当方(まかい)は何とかするから「下界に戻れ」と言われたとしても。


 そんなサキノの稟性は、二年間騎士団で娘のように監護してきた【クロユリ騎士団】団長のソアラは理解しているつもりだ。もし沫雪(スノードロップ)をサキノが目撃していたならば必ず指示を仰ぎにくるだろうし、目撃していなくとも都市の違和感を聡く感知したサキノに隠し通せるとは思っていない。

 故にソアラは、いてもたってもいられないであろうサキノへ任務を言い渡す準備を整えていた。


 それはリフリアの利益を最優先に考えた上での決断。

 又は沫雪という荒唐無稽な厄災の帰結を隠蔽するための。

 コンコン、というノックの音が執務室に響き、ソアラは入室の許可を下す。



「失礼します、団長っ」



 早速お出ましかと想定通りの帰趨にソアラは灰髪の編み込みを撫でた。

 鳥瞰すれば都市は大混乱に陥り、厄災レベルの大事件。しかし正義感の強い少女が思っていたよりも冷静であることにソアラは軽い驚きを覚えるが、背後に連れ従える少年の姿を眼に留めると得心を落とした。



「ローハートも一緒か。だがサキノ、お前が一緒とは言え、幹部以上の許可なしに本拠へ騎士団以外の者を入れるのは感心せんな」

「あ……すみません……」



 幾ら顔馴染みのある人物とは言え、決定権を持つ幹部以上の者の招来又は認可がなければ騎士団内部へ通す事は避けるべきだ。というのも、抜け穴の視察、秘蔵データの盗難、奇襲等、様々な危険を呼び込む可能性を考慮した上での防犯と言う意味でだ。騎士団の保持、存続を徹底管理しなければならない立場としては、サキノの安易な行動は戒飭(かいちょく)するべきだ。

 沫雪(スノードロップ)という稀なる出来事に門番ですら席を外していた失態に、そこまで気が回らなかったサキノは肩を落としながら謝罪を述べる。



「まぁいいだろう。丁度いい、ローハートお前に話がある。サキノからシュリア・ワンダーガーデン護衛任務受諾の報告を受けたが間違いないな?」

「はい、間違いありません」

「シュリアが何故お前を見込んだのかは正直よくわからんが、お前はこの任務の重大さを理解しているか?」



 叱責によって先の言葉を失ってしまったサキノに代わり、ソアラはルカへと話の矛先を向ける。

 魔界リフリアに在住しているのならラグロック民を支配下に置ける利点を正しく理解し、任務の規模を察する事が出来る筈だ。しかし依頼先は下界住みのルカである。ソアラにとっても不測の事態、お遊び感覚とは言わないが、ルカが受動的に任務を承諾したのであれば認識を改めさせなければならない。

 シュリアとの隔壁を考慮するのであればルカが辞退してくれることが一番であるのだが、サキノの手前、横柄に任務を取り消させるわけにはいかない。少々誇張気味に言って聞かせ、双国にとって()()()であるルカへ辞退を促すのもありかもしれないとソアラは思惑を巡らせていた。



「重大さなら重々。要は二国間のパイプ役という事ですよね? ラグロックの姫という立場を全身全霊で御護りする事は勿論、危機に瀕しているラグロック民の()()()()()()()()を検討している中で、姫の身に万が一があった場合リフリアへの多大な損害が生じる。欲を言えば機嫌も損なわせるな。つまり無傷且つ真摯に送り届けろ、そんなところでしょうか」



 的確に、それも【クロユリ騎士団】の上層部しか知り得ないような情報を折り混ぜ、意図を汲み取るルカにソアラは目を見張る。



「どうしてお前がラグロック民の移住計画を知っている?」

「ゲトス山地? でシュリアが自分で話してましたよ。ラグロックの現状や今後の方針、今回シュリアがリフリアまで来た理由とか色々」



 飄々と事実を羅列するルカに、ソアラは口を引き結ぶ。助けられた恩義はあるのかもしれないが、自国の現状を話すことは自国が弱っていると宣言するようなものだ。確かに危険地帯へ飛び込む命知らずな少年であることから悪人ではないと予測は出来るが、万が一奸智が働く人物だとすればラグロックは崩壊の一途を辿るしかないだろう。

 シュリアがそこまで迂闊に話をするだろうか、と思慮深く懊悩するソアラだったが、観察眼も含めての一国の姫かと自決した。

 同時にラグロックとリフリアの関係性を掌握し、今後の見通しを真っ当な仮定として叩き出していたルカに驚愕を呑みこんだ。そして「順応力化物(モンスター)だな」と心の中で盛大に罵倒(しょうさん)した。



「なるほど、そこまで理解しておきながら、下界住みのローハートが自ら任務を請け持つ覚悟なのだな?」

「下界住みだろうが何だろうが、俺を指名するってことは少なからず信用して貰えてるって事でしょう? それに俺が断るとシュリアの不興を買うんじゃないです?」



 己が指名される理由、そして断ることによってリフリアへの不利益が生じる事になる可能性までもを弾き出していたルカに、ソアラはとうとう辞退の示唆を諦めた。



「いいだろう、リフリアの運命を背負うのは気が重いだろうが、民の為、都市の為によろしく頼む」



 短い首肯の言葉を継げたルカにソアラは目礼した。



「あの、団長……沫雪(スノードロップ)が……」



 話の一区切りに、口を閉ざしていたサキノがようやく執務室へと駆け付けた理由を口にした。

 しかしソアラは想定内とでも言うかのようにサキノと視線を交わし淡く笑む。



「慌てるなサキノ、沫雪(スノードロップ)とは言わば警告だ。以前大厄災に二度見舞われたが、当時の手記によれば幻獣出現に一か月程度の猶予期間があったそうだ。何もこの数日の間にと言う事はあるまい」

「そうなんですか……? 都市の人達の様子から今日明日の話ではないと思ってはいたのですが……」



 沫雪に伴う幻獣の魔界リフリア侵攻は、幸か不幸か焦眉の急と言う訳ではないらしい。

 約三百年前、二度目の事例によれば沫雪発生から約一月の空白期間があり、その間に様々な対策を講じていたという。

 それを可能にしていたのがその更に前例、今よりおよそ四百年前に初めての沫雪が起こったからだ。当時は幸樹の佳景に人々は見惚れていた。幸福の樹木と通った名もあり、人々は何かいいことが起こる前兆なのではないかと期待した。

 しかしとある占い師はそれを良しとしなかった。沫雪は厄災の前兆、一月後に大惨事が巻き起こる、と予言したのだ。当然期待に身を寄せる民達は聞く耳を持たず、占い師を哄笑しながら非難した。

 結果は果たして。


 無知の恐ろしさを実感した生存者達は未来へ事象の詳細を繋ぐ。その甲斐もあり、前回の厄災では死者百名超、重軽傷者千名という、比較的戦禍の少ない結果となった。

 そして三百年の時を経て、悪夢は再来を迎えようとしている。

 だがこの三百年、何も変化なく人々がぬるま湯に浸かっていた筈も無く。



「案ずるな。騎士団対抗戦用に開発が進められた地下空間に、幻獣の討伐が完了するまで住民を避難させることが出来る。都市の被害は免れんだろうが民の命には代えられん。住民が避難している内に力ある戦士が幻獣を討伐すれば良いだけだ。とかく、幻獣出現時期の近くになれば民達の誘導や物資調達など手を借りる事は多々あるだろうが、今のお前に出来る事はない」

「わかり、ました」



 都市の人達が絶望に暮れている中で自分に出来る事はないかと指示を仰ぎにきたサキノだったが、団長直々に出来る事は無いと断言される。

 避難空間がある事に安堵を抱く反面、サキノは無力な己を歯痒く思う。

 少々悄然としたサキノの様子をいじらしく、また誇りに思うソアラは言葉を繋ぐ。



「だからお前には別の任務を与える。ローハートと先にシュリア護衛任務の話をしたのもこのためだ」

「……?」



 ソアラがルカへ護衛依頼の話を挺したのは、決してサキノを叱責していたからではない。

 ルカが護衛任務を引き受けるのであれば好都合、辞退するのであればそれもまた良し。サキノのモチベーションにも繋がるであろう主導者の決定。それが先にルカへ話をつけた所以だ。

 思い描いていた状況にソアラは団長として、部下へと命を下す。



「ローハートと共にシュリア・ワンダーガーデンの護衛任務に当たれ」

「……っ!」

「これは歴としたAランク任務。【クロユリ騎士団】と都市リフリアの責任を背負う重大な任務だ。騎士団に与している以上、ローハートよりも責任は重い。やれるか?」

「はいっ!!」



 一切の迷いなく溌剌と意志を示したサキノにソアラは再度微笑んだ。



「良い返事だ。貴き存在の護衛に当たる覚悟を努々忘れるなよ。明日シュリアとの交渉の場を設けてやる、二人で詳細を通してこい」



 サキノ・アローゼ。シュリア・ワンダーガーデン護衛任務加入決定。


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