096話(幕間) スノードロップ
「紫電重閃」
小気味よい納刀の音と共に薔薇の花弁のような爆発が咲き誇る。幻獣や宙、見境なく記された斬撃痕は若紫色の発光を伴いながら追加斬撃となり幻獣を絶命へと追い込んでいく。
断末魔さえ呑み込むほどの爆音を轟かせながら、サキノはマントのような白髪を背後へと靡かせ戦場の趨勢を見守る。
幻獣を挟んで対角には漆黒の少年。半身の体勢で特殊電磁銃を掲げて狙いを定めていた。
砂煙と黒煙の中でズウン……と何かが沈む音を耳にし、やがて視界は晴れていく。その中には大量の創痍を浴びた一体の幻獣の骸が横たわっていた。
身体の色素が透明化していく様を確認した両者は戦闘態勢を解除し、安堵を浮かべながら近寄る。
「ありがとう、ルカ。ルカが上手い事誘導してくれたおかげで紫電重閃を楽に仕掛けることが出来たよ」
「サキノが素早く指示してくれたおかげだよ。俺はそれに従ってただけだ」
「ルカの力量があってこそ、だよ? 大型の幻獣の動きを制限させるなんて、普通は出来ないもの」
互いの功績を褒め合いながら、石造りの建物が林立する都市の一角で勝利を祝う。
ほんの前までは決して有り得る事のなかった共闘を既にサキノは無意識に認めており、その分負担も限りなく減少している。仲間の有難みを実感しながら臨む戦闘は、余裕も戦略の幅もパフォーマンスも天と地の差と言えるほどに見違えていた。
戦場でありながら討伐後には笑顔が垣間見えるほどに心は安らか。
だから日常の中に潜む非日常で事なきを得る事がどれだけ幸せな事かと、サキノは安全意識を蝕まれていた。
決して今が平穏と言う訳ではない。平穏と言う訳ではないが、一人で戦っていた時のように危険が付き纏う戦闘、そしてミュウとの死闘。ヒンドス樹道の救出劇やルカの様々な無茶を知るサキノは『ルカと共闘して安全に幻獣を討伐出来る』こんな平穏が続けばいいと思ってしまった。
そうは問屋が卸さない事も、神様がいるとすれば見逃す筈がないことも知らず。
――――オオオオォォォォォォォォ――……
凱旋の途中、雑談に興じながら下界へ戻るための妖精門を探していた時。
隣を歩くルカの脚が止まった。
「…………」
「ルカ?」
眉根を寄せて困惑の表情を浮かべるルカへ何事かを尋ねるが反応はない。
「ルカどうしたの? まさかまた幻獣?」
連続出現など過去に例を見ない。しかしこれまでの常識が常識だと認識する事は危険に相応すると知っているサキノは、刀の柄を握り締めて周囲を四顧する。
しかしルカはキョロキョロと地を見渡すだけで、秘境に何かがある訳ではないと迂遠に訴えていた。
「違う……サキノには聞こえないのか……?」
「聞こえない……? 私には何も……」
「物凄い叫び声……苦しんでいるような……何か、何か嫌な予感がする」
ルカはこの久遠の慟哭のような音に既視感があった。
そう、これは眼前に屹立する天衝く幸樹だ。数日前に感じた、あの違和感と同等のもの。
(幸樹まで行くか……? いや、この感覚は近くのものじゃない……なんだ? 一体全体何が……)
憂い気に覗き込むサキノを隣に、一人懊悩するルカの感覚に一条の雷鳴が迸った。
「魔界だ……! サキノ魔界に行こう!!」
「ちょ、ちょっとルカ!?」
「急ごう、サキノ!」
目の前に口を開いていた光柱の妖精門へと疾走を始めたルカの様子は只事ではない。
ルカに何が聞こえていて、何が起こっているのか判然としないサキノは戸惑いながら制止をかける。しかしルカは焦燥に駆られているようで脚を止める事はない。
だからサキノはすぐさま事実をルカへと告げるしか手立てが無かった。
「それは下界行きの門だよ!」
「……何が違うのかさっぱりなんだけど!?」
飛び込もうとしていたルカの脚が急制動をかけて、すんでのところで光柱から身を回避した。蹈鞴を踏むルカは苦笑を浮かべ「こっち!」と先導を始めたサキノの後を追い、二人は魔界行きの妖精門へと辿り着いた。
隘路に潜んだ妖精門へと躊躇なく飛び込み、仄かな温かさに身を包まれ意識が回帰。
魔界の特徴である石畳の街道や、見たことのない徽章、建物の造りを眼に留めながらサキノと共に路地裏を脱する。
亜人族達の悲鳴。蹲り萎れた尾と耳、声を失い青ざめ絶望する姿。
大勢いる亜人族達が恐怖に悲嘆する目も当てられない光景に、二人は彼等の視線を追う。
そこには目を疑いたくなるほどの絶景が都市の中央に広がっていた。
常の色彩豊かな幸樹の面影などまるでない。噴火のように降り注ぐのは宝玉の白光粒子の数々。遠目から見れば真っ白な粒子が延々と立ち込める光景はまるで降り積もる事の無い豪雪。
その光景にサキノは思考も停止し固まってしまう。
「沫雪……」
どこか心では絵空事のように思っていた。
下界リフリアでは幸せの具現化と謳われる現象が、魔界では忌避される現象なのだから。
片や欲望を実現に導く秘力を有していながら、片や凶悪な幻獣が人の住む地に産み落とされる現象なのだから。
だからサキノは信じられなかった。
いかに下界での生活が、平和に浸かり切っているのかを。




