089話 協力戦
「ぎぃえええええええええええええええっ!?」
魔物の大咆哮に負けず劣らずの絶叫が起き上がったマシュロの口から迸る。
体長約四メートルの全身漆黒の体皮はまるで鎧のように光沢を放ち、鳥のように尖った口先、捻曲した細い二角、鋭利な顔面は不気味さを駆り立てる。二本の腕と二本の脚には刺突でもされようものなら貫通するのではないかと予期させる鋭角な指が。細身の体はまるで人間のようでありながら、ごつごつと岩のように体組織が構成されている。
何より身体を覆い隠せるほど巨大な翼が背部から二翼生えており、見慣れた魔物が可愛く見えるほどの異次元の魔物であることを誰しもが直感として受け取った。
「……っ、ガー、ゴイル……」
シュリアの双眸が細く剣呑さを帯びる。
絶望に次ぐ絶望に、遂に意識の糸を断線させた商人の男は全身から力が抜け、背負うシュリアが僅かによろける。攻防を制限されたシュリアを護る為ルカが矢面に立ち、ポアロがルカに続いた。
「さっきから消えなかったのはコイツの気配か……」
「僕もずっと気配探っててんけど、大分上空におったみたいやな。えらい高度落としてきたもんで、狙われてるんかと思って落としてもうた。堪忍な」
「気にするな。恐らく戦闘は避けられなかった」
目の前の脅威に恐怖を持たないルカと、幻獣で異質の怪物を見慣れているポアロが冷静に会話を交わす。そんな様子に手を微動させ、口をあんぐりと開いていたマシュロはルカの背後につく。
「ルカさんまさか戦うつもりですか……?」
「逃げられる雰囲気でもないしな。何かまずいのか?」
「この魔物はゲトス山地の主、鎧小竜『ガーゴイル』です……絶対数は少ないですが、ガーゴイルに襲われて命を落とした戦士は数多いです。知能も高く、これまでの魔物とは次元が違います……」
ゲトス山地での戦死者の大半は鎧小竜ガーゴイルによる被害である。主に夜間の被害が甚だしく、その原因も漆黒の体皮を暗黒の世界に隠秘させ、暗殺者の如く一瞬で葬り去るからだ。ルカが感じ取れなかったように上空にて油断と混乱を誘い、機を見計らい蹂躙する知能を持つ。
知識として持つマシュロはそれでも察知出来なかったことに悔悟を抱き、同時に奇襲が為される前に喰い止めたポアロに少々驚倒を覚えていた。
「シュリアにやらせて」
商人の男を岩に預けたシュリアは、魔力を巻き上げて重力に抗うガーゴイルを睥睨しながら前に出る。
「ガーゴイルの襲撃を契機にラグロックは破滅への道に追い込まれたの。気付いた時には逃げられてて、同個体か別個体かはわからないけど、そいつはラグロックの仇なのよ。多くの戦死者の弔い合戦をシュリアにさせて」
シュリアのその毅然とした表情は恍惚でもなく楽観でもない。ただただ静かな憤激だ。波紋剣の柄に手を添えるシュリアの手や兎耳はマシュロ同様、いやそれ以上に震えていた。ガーゴイルのおぞましさ、脅威を知っているからこその震えだろう。
そんなシュリアの切望をルカは。
「駄目だ」
許可しなかった。
「……どうして?」
「どう見ても君は憔悴しきってる。回復薬を使ったとは言え、話を聞く限り強敵のガーゴイルとまともに戦えるようには見えない」
「…………」
シュリアの意思を尊重しても良かった。きっとシュリアが自分で討伐することで戦死者達の無念も晴れる事だろう。けれどルカがそうしなかったのは疲弊したシュリア自身を守る事、そして憤怒感情に囚われたシュリアの心の芯を曲げさせないためでもあった。
「それに君が護らないとなると商人の人は誰が護るんだ? 俺達の誰かが護って、仮に護り切れなかった時、君は自分を責めずにいられるか? 犠牲の元にガーゴイルを討ち取ったとして君は満足か?」
目先の感情に支配され全てが上手くいけば万々歳だ。しかし多様な起こり得る可能性を鑑みなければ、目的を達成したところで新たな傷を増やしてしまう事も考えられる。出会って時間など碌に経っていないが、商人の男を背負う背負わない問題で聞き及んだシュリアの騎士道をルカは何よりも守ってあげたかった。
「だからその弔い合戦は俺達に任せてくれないか」
そんなルカの思いが通じたのか、シュリアは踵を返して商人の元へと帰っていく。
ぶすーっ、っと唇を尖らせた、十割不満気な表情を引き連れて。
「露骨やなぁ」
「でも話を聞いてくれるほど冷静で良かったよ」
ポアロの呟きが落ち、ルカが一安心だと微かに微笑む。
納得はしていないが理解はしてくれたようで、シュリアは商人の男を再び背負う。魔物の奇襲に対応可能な位置取りでむくれながらルカ達を凝視していた。
「僕の能力共闘向きやないねんけど……奴さんもそろそろ重力が魔力に反応するって勘付いてんなぁ」
重力場に魔力を一切練らずに佇むルカ、ポアロ、マシュロを見習うように、ガーゴイルは魔力を消失させていく。
警戒しながらもルカ達がやり取りをしている間、膨大な魔力を注ぎ込んでも突破が叶わなかった重力の特性を高い知能は見抜いているようで、重力によって硬直していた身体の自由を手に入れつつある。
戦闘の幕開けが近付いている趨勢に、ルカは尻込み気味なマシュロを横目で一瞥。
「怖かったらマシュロもシュリアの近くで――」
「いえ、大丈夫です。私もルカさんの戦力に数えさせて下さい」
震えは、なかった。
シュリアの疲弊していながらも勇敢に立ち向かう姿。全てを掌握するルカの姿に感化されたマシュロには既に恐怖などなかった。
キッ、と標的を睨めつける矮小な少女に確たる戦意を感じ、ルカは正面を見据える。
「……わかった。行くぞ!」
「重力解除すんでー」
戦いの火蓋が開けられた。
どうせ突破されるのならばとポアロが広範囲にわたる重力を解除し、戦端を切り拓こうと翠眼を灯したルカが突貫していく。重力の消失に伴い完全に自由を手に入れたガーゴイルは眼前に突っ込んでくる少年を叩き飛ばそうと細くも強靭な左腕を振り払う。
しかし直撃寸前、ルカは加速と同時に身体を沈み込ませ、振り払われた腕の陰に隠れることでガーゴイルの背後を取る。
『グアァッ!?』
「ふぅッ!!」
巨体を逆手に取った回避に、ルカが消えたかのような錯覚を起こすガーゴイル。
未だ巨翼に紛れ位置を知られていない背中合わせのルカは一撃必殺を狙い紫紺眼を解放、急停止と同時に右手に剣身三メートルの黒剣を創造した。遠心力を味方につけ反転一閃、ガーゴイルの翼へと叩き込むも、キィンッと。
金属同士の打ち合いのように火花を散らし、刃が血を巻き上げる光景は実現されなかった。
背後からの強い衝撃に大翼を振り払い返報。無傷で反撃に転じたガーゴイルに難を示し、ルカは即座左手に顕現させた小盾で防御を敢行する。
「うぐっ……!?」
「ルカりん!」
入れ替わりで前方から攻めに転じたポアロが疾呼するが、ルカは踵で土を押し退けながら擦過し耐え忍ぶ。腕に痺れを伝播させる衝撃に眉を潜めるが、大事には至らない。
一方ポアロはガーゴイルの攻撃を受け流し射程距離の長い槍で脚を狙うも、ルカ同様に鎧に弾かれていく。数度の交わりで効果が見込めないと判断したポアロは一度バックステップで距離を取った。
その間隙を縫うかのように蒼閃光が夜闇を切り裂きながらガーゴイルへと肉薄する。マシュロの日傘、特殊電磁銃による電磁砲だ。
間断の無い連撃に回避が叶わないと察知したガーゴイルは左翼を体に巻き付けるようにして覆う。
一条の電磁砲がガーゴイルに直撃した。
しかし。
「効いてませんっ!?」
十全の魔力を込めた攻撃ではないにしろ、電磁砲を無傷で凌ぐ防御力は凄まじいほどの脅威。己の攻撃が無であることにマシュロが驚倒の声を張った。
マシュロの魔力がガーゴイルを取り巻き霧散していく中、ルカは僅かな変化を感じ取っていた。ポアロに目配せをしたルカは再度突撃。マシュロの反対側から距離を詰めたルカは懐に侵入し、漆黒の散弾電磁銃を構えた。
「これならどうだ?」
左右時間差連続斉射。四発の銃声、都合三十二発の電磁砲が連続して轟き、ガーゴイルを魔力の渦中に閉じ込めた。反撃に備えて距離を取るルカがポアロの真横に付け、ガーゴイルの付近には無人となり。
「僕等の予想、きっと当たっとる筈や」
ポアロが二本指をクイっと真下へスライドし、やや小規模な重力場が追加でガーゴイルを襲う。
過激な銃砲による爆煙が揺蕩い、ガーゴイルの姿が露わになる。その姿は左翼と同じように右翼で身体を覆った無傷のガーゴイル。
「魔力による防御やんな」
「あぁ、許容範囲外の攻撃に対してはどうやら魔力で防御するみたいだ、っな!」
弓矢を創造したルカは、魔力消失で重力解放へと目掛けるガーゴイルへと一射。黒線を引き連れて翼と翼の空隙に侵入した巨矢に、ガーゴイルは消失しかけた魔力を全身へ展開。高音を奏でた弓矢はガーゴイルを傷一つ付けることなく地へと横たわった。
「私の絶対防御に似てますね」
二人の元へと駆け付けたマシュロは己と類似した性能を持つガーゴイルを見据えながらそう談じた。
鎧小竜、別称『要塞小竜』と呼ばれるガーゴイルの脅威は元の防御力に加え、魔力による防御性能が魔物全体を見ても秀でている。暗殺者の如く夜闇に乗じて滅する機動力、万が一仕留めきれず交戦となっても通らぬ防御力。
小熊猫の異端児であるマシュロがもし、他都市で小熊猫としての正道を往く別未来があったとしたのならば理想形であったその存在に。
マシュロは羨望など抱かない。微塵も。
ゼノンとクゥラの城『タルタロス』にて、マシュロとラウニーの戦闘を事細かに聞き及んでいたルカとポアロも類似の事実を認めた。
「僕の重力に反応してるとこ見ると間違いあらへんな」
ポアロの重力は魔力に反応し圧潰するという特性を持つ。ポアロが「共闘向きじゃない」と溢したのは、マシュロを巻き込んでしまったように、無差別で反応してしまう欠点があるのだ。もし交戦中に能力を発動させようものなら味方を劣勢にしてしまう可能性も否めない。
もう一つの欠点は魔力を持たない、魔力を練っていない者には効果が皆無だと言う事。更に処置法としては魔力を解除すれば拘束は解ける為、知識ある者に対してはさほどの効果が見込めないと言うのが強力な重力の難点である。
そして敵方の動きを停止させたとしても本人以外が近付くには能力を解除する必要がある。遠距離から仕留めることも可能ではあるが、魔力の塊である電磁砲等は重力の影響を受けるため狙いが困難と化す。
故に魔力を口火にしたルカの物体である弓矢は影響を受けなかったものの、仕留め切るには威力が足らなかった。
「元が攻撃を弾く体皮だってのに更に魔力防御か。厄介極まりない……けど、斬撃より弓矢や元々の威力が高い電磁砲――点の攻撃を嫌ってるみたいに見えるな。マシュロ、奴が魔力を消失させ切って、重力下から抜け出した瞬間二人で特大の電磁砲を打ち込むぞ」
「はいっ! ルカさんの仰せのままに!」
追撃が来ないと判断したガーゴイルは重力下で魔力濃度を希薄にしていく。
再度解放に発向し始めた光景を他所に、ルカはマシュロと並び漆黒の特殊電磁銃の銃口に魔力を収斂していく。青白い発光が周囲に煌めき発射準備を終える中、ガーゴイルが重力を打ち破った。
しかし、二人の特殊電磁銃から電磁砲が発射されることは無く。
『――――ゴァアアアアアアッッッ!』
戦場に凶悪的な金切声が響動む。
「っっ!?」
「ぅぐぅっ!?」
「耳、がっぁ……!?」
電磁砲の斉射など実行出来たものではない。魔力を乱されたルカの特殊電磁銃が消滅、マシュロも傘を地に落とし、三人一様に耳を塞ぐ。遠方で商人を背負い待機しているシュリアでさえも、白く長い兎耳を折り畳み同様に苦しんでいた。
鼓膜を突き破るような怪音波。大気中を鳴動させた咆哮は聴覚と機動力を奪う。
空を仰ぎ撫でるように発せられた怪音波に当然の如く曝け出してしまう隙。咆哮の終了と同時にガーゴイルは地を捲り上げ、水平に三人へと飛翔する。
「避けろっ!」
翼を大きく広げた広範囲の攻撃に三者が別々へと散開するが、機動力で劣るマシュロは一歩逃げ遅れ翼に掠められてしまう。
「ぁぐっ!?」
「マシュロ!?」
「大丈夫、で、す……?」
微かに地を転がり、気丈に上体を起こそうとするもガクッ、と。膝を着き、立ち上がることが困難なマシュロ。
マシュロの異変に駆け付けようとしたルカ、そしてポアロは。
ふらっ、と。脳と脚に異変を感じ視界が捻じ曲がる。
「何やこれっ……?」
「平衡感覚が……っ!?」
怪音波による平衡阻害。どこまでも敵を葬る事に特化したガーゴイルの狡猾な能力の一つだ。
体勢を崩し、それでも尚マシュロの元へ駆けつけようとするルカの姿勢に、ガーゴイルは飛翔先の岩山で強引な停止を遂げ、反転振り返る。
『――――ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』
先程よりもけたたましい二度目の咆哮を見舞った。
「あっ!? うっっ……!? ああああ……っ」
蹲り、白に近い水耳を抑えるマシュロ。ルカとポアロも耳を塞ぐが、特に人族よりも優れた聴覚を有する獣人であるマシュロはその被害が著しい。
三者の距離が開けている状況、ルカが咆哮を凌いでいると。
ギロッ、とガーゴイルの赤眼が重い効果を受けているマシュロへと向くのを見た。
(マズイっ!)
地に伏した小さな少女、得物は回避前の地に置き去りにされている。次に突撃されれば回避も防御も叶わずガーゴイルに殺戮されてしまう危険性が十二分にあった。
とはいえ怪音波が響き渡る状況で移動は困難、平衡感覚は奪われ、咆哮後に翠眼や創造を駆使したところで遅きに失する可能性の方が有力である。
八方塞りだった。
だからルカは苦渋に歪む表情をスッと消し、一時瞑目。黄眼を解放してその場を駆け出した。
『ッッ!?』
その僅かな出足の速さはガーゴイルの動揺を誘い、焦燥を駆り立てた。岩山を崩壊させながらマシュロへ最速で飛翔するガーゴイルだったが。
「タッチ差で俺の方が速い」
翠眼による身体強化の解放によって加速を得たルカが僅差でマシュロを拾い上げ、上空へと跳び逃げた。真下を一過するガーゴイルに、状況が読み取れず抱えられたマシュロは苦悶に顔を歪めながら困惑。
「ルカりん、マシロん大丈夫か!?」
「アポロ、マシュロを任せた。少し休んだら援護頼む!」
「ちょ、ルカりん!?」
着地したなりにポアロへマシュロを託したルカはその脚でガーゴイルへと肉薄する。上空を滑空し地上へと舞い降りたガーゴイルは突貫してくるルカを見据え、交戦へと踏みきった。
「まずは咆哮が無力だと植え付ける」
翠眼で懐を動き回るルカへ苛立ちを覚えたガーゴイルは、即座に勝負を付けられる間合いで再三咆哮を発する。
『――――ゴァア……』
ビクッと震えるマシュロと自身を顧みずマシュロの耳に手を添えるポアロ。しかしそんな二人の予定調和を裏切るようにルカは再度黄眼を解放、次いで紫紺眼で散弾電磁銃を形成すると、咆哮で無防備となったガーゴイルへ撃ち放った。
『……ガアアアアッ!?』
翼の脆弱箇所に風穴を開け、身体に火傷を与える。絶命には届かないが、確実なダメージを付与する事に成功しルカは得心を漏らしながら連射した。ルカの散弾銃を厄介と受け取ったガーゴイルは尖鋭な全身で猛攻に繰り出す。
「ルカさんどうしてあの怪音波が効いてないんですか……?」
「さー、何でやろな。ルカりんやからちゃうか?」
遠目で二人がルカの鮮明な動きに難色を呈する。
ルカの黄眼。効果は『無力化』。先日ラウニーとの戦闘にて格上の相手に策略勝ちを果たし、マシュロの救出に成功したルカの【喜び】の能力。感情の顕現により新たな能力の目覚めを自覚していたルカは、ガーゴイルの怪音波自体の効果を、後に弊害として現れる平衡感覚の乱調を無効化していたのだ。
故にマシュロを救い出す一歩目の速さを得、今もルカの策略内であるガーゴイルの奥の手がルカには無駄――決定打を貰い受ける隙となる――との意識を植え付けるのが狙いだった。
二人に効果があっても、一人に効果はない。単なる隙を晒すだけに留まる殺傷能力のない咆哮は、ルカの一手によって完全に封殺されたのだ。
「はっ! はっっ……! はあああッッ!!」
とは言えども魔力は当然消費する。シュリアを救うための武器巨大化の連発、翠眼と紫紺眼の頻繁な切替、ガーゴイルに効果的な散弾の連発。後先を考えないルカの限界は確実に近付いていた。
「ルカりん頑張ってんなぁー」
「何を暢気にしてるんですかっ!?」
「ちゃうちゃう。ルカりん頑張ってるから、しゃーないし僕もやる気出すしかないかぁーって」
「……何か手があるんですね?」
「そ。僕の奥の手、魔力を突き破れるんよ。けど魔力が張り巡らされてないと刺さりすらせん。やからマシロんにも協力して貰わないかんけど」
「……やります。ルカさんのお陰で体も大分動くようになりましたし、これ以上ご迷惑をおかけ出来ません」
「よっしゃ。手筈はこうや」
マシュロは打倒ガーゴイルの手順をポアロから聞く。眼前でルカが耐え忍んでいる様に、心がきゅっと焦燥に焦がれながらも確実な討伐計画を頭に叩き込む。
相手の行動が予測出来ない面がある為、若干決め手には欠ける気がしたが、手段を選んでいられない状況にマシュロは渾身の魔力を練り始める。
「ほな、行こか」
ポアロの掛け声に伴いマシュロはその場を迂回し始め、ポアロはガーゴイルの元へと向かっていく。
『ガアッ!! アアアアッッッ!!』
獰猛な勇み声を上げながら腕を、翼を振るう嚇怒したガーゴイルにルカは攻めあぐねていた。時折散弾銃で反撃を試みるも、一度受けたダメージを知覚したガーゴイルは片翼の魔力防御によって無へと転じる。
全身に魔力を張り巡らせないのもポアロの重力を警戒しているのだろう。学習能力が高い魔物との交戦にルカはどうしたものかと策を張り巡らせていると。
「ルカりんすまんな、遅なったわ」
「アポロ、大丈夫か?」
「僕は大丈夫、マシロんも無理はしてるみたいやけど大丈夫そうやで」
救援に駆け付けたポアロが射程距離を活かした重槍で、ルカに向けられたガーゴイルの攻撃を往なしていく。微かに余裕が生まれたルカは翠眼を駆使しながら攻撃を回避し、魔力消費を抑えた小型の電磁銃で牽制をいれながらポアロとの作戦会議に勤しむ。
「ガーゴイル討伐の策で一つ提案があるんやけど」
「それで行こう」
「即決かいな!? まだ何も話してへんのやけど!?」
「今一番の有効打はそれなんだろ? だったら迷う必要は皆無だろ」
「何か見透かされてる感が嫌やなぁー。ま、その通りなんやが、奴さんに全身魔力を練ってもらう必要があるんや。頼めるか?」
「任せえ」
「言葉、移ってるで」
短い軍評定をと諧謔を交わし、ポアロがその場を一時離脱する。再びルカがガーゴイルの攻撃を担い受け、回避に回避を重ねていくが。
「出し惜しは無しだ」
翠眼、散弾電磁銃を交互に切り替えながら怒涛の猛攻撃に転じた。四方八方へと駆け回り、懐に侵入しては散弾を撃ち込まれるガーゴイルは、堪らず両翼に魔力を開通させて防御へと断行する。
そんな交戦中のルカの元へ、強大な魔力を蓄えながら『アストラス』を回収して迂回を重ねたマシュロが詰め寄り。
「ルカさん上へっ!」
「……なるほど、了解!」
マシュロの跳躍にルカは手を貸し、上空へと放り投げた。翠眼の身体強化で付与された跳躍はガーゴイルの十五メートル上部を位置取り、マシュロは銃口に練り込んだ全てを全て捧げる。
「ぶっ放せマシュロ!!」
「はいっ!!」
豪砲。
上空から発せられる凶悪な魔力に反応を示したガーゴイルは翼を上部へと掲げ、防御の体勢を決め込んだ。
しかし。
「いいのかよ。上ばっかりに気にしてて」
『ッ!?』
岩と岩の間、一人では持ちきれない巨大な弓幹を岩を支点にして豪快に引くルカ。引き切った矢の直径、およそ一メートル。マシュロを放り投げた直後から確実に仕留めるための準備を着々と進めていたのだ。
ルカが執拗なまでにガーゴイルへと張り付いていたのは、ガーゴイルの逃亡を阻止するため――『付近に居る』と思わせる為であった。ルカがずっと懐に張り付いていたため、ガーゴイルは逃亡の時機を失ったのだ。
上空からは既に迫り来る特大電磁砲、側面から放たれた極太矢。まるで呪縛のように奪われた退避行動に、ガーゴイルは魔力を全身へ伝播させ防御を行う事しか出来なかった。
そう、仕向けられたのだ。
「【兇刃なる戦槍よ魔の縅を穿て――ランボルスッ!!】」
ガーゴイルの背後を位置取ったポアロが中距離から吠え、若葉色の魔力を携えた重槍を投擲した。羽衣が風に靡き、一直線にガーゴイルへと飛来する。
逃げ場はない。上部から降り注ぐ雷光、次いで前面から飛来する弾丸をガーゴイルは魔力によって撃ち落とし。
『ガアアアアアッ――――ァァァァァ……』
背後より急迫した貫通力抜群の重槍に貫かれ、身体に大きな風穴を開けた。
そしてズゥン……と。膝から頽れたガーゴイルは横たわり、ピクリとも動かない骸へと相成った。
「――とってもワンダーだわ」
都市を滅ぼす契機となった憎き魔物。先人達の悔恨を携えた魔物の結末に、シュリアは少し心が晴れた気がした。
誰も犠牲を孕まず、誰も更なる傷を生まず終結した戦闘に、ルカが言った言葉が正しかったのだと不満を嚥下した。
上空へ放り上げられたマシュロを着地間一髪のところで受け止めたルカと、血に塗れた重槍を回収するポアロ。強敵を前に驚愕的な連携を見せた三人の様子を、遠目に見ていたシュリアは一人独白を漏らすのだった。




