075話 芽吹き
「くそっ! 糞がァッ!! 雑魚の癖に根こそぎ魔力を奪っていきやがってッッ!!」
激動の夜が幕を下ろし、時刻は午前二時。高級なソファの上でぐったりとしたラウニーは手当たり次第に周囲の備品を蹴飛ばし、慷慨していた。
自力で佇立し老人の空間転移をくぐったものの限界はとうに超えていたのだ。威勢よく戦闘を継続しようとしていたが、別の魔力の栓を閉じれば猛烈な疲労感が身体を襲い立つことすらままならずに崩れ落ちた。
紳士が手を貸そうと伸ばしたがそれすらも払いのけ、やれやれと言った様子で女と紳士は放置を決め込みその場を後にしたのだ。
回復が遅い。遅すぎる。六時間程度時間が経過しているにも関わらず、微量の魔力回復しか得られていない。仮眠を取れば優秀な戦士は幾分かの魔力を生成可能な筈だが、それにしても遅すぎた。まるで蛇口が蝋で固められ、一定時間のみでしか雫が落ちないかのように。
戦闘を含め何もかもが裏を衝かれる己の無様さにラウニーは何よりも苛立っていた。
「誰彼構わず雑魚と言うのはやめなさいな。惨めに見えますよ?」
ふわぁ、と欠伸をしながらぺちぺちと己の口を扇子で叩く女は、周囲の惨劇を目の当たりにし辟易していた。荒れた獣を目の前にしても一切の危機を持たない女の軽率さに、脳に熱を覚えたラウニーは全力で睨み付ける。
「雑魚に雑魚と言って何が悪ィ」
「言葉選びは貴方の自由ですが、今回のように辛酸を舐めることになると惨めだと言ってますのよ」
「チッ! 万に一度の偶然だろうがッ!」
悪態を衝くラウニーへ、容赦なく現実を叩きつける女。身の振り方を正さなければ笑い者に成り下がると忠告を下すも、あくまで今回の敗戦は一発限りだと豪語する。
「戦士としてあるまじき現実逃避ですね。相手に殺意があれば貴方死んでますよ?」
「そりゃお互い様だろ。俺様だって一度は奴を殺せてる」
『傲慢』。他の事は一切認めない傲りと慢心の化身。相手にするだけ疲れるだけだと、何を言っても聞かないと判断した女は白い目でラウニーを見下し溜息をつく。
「……まぁ良いでしょう、貴方と言い合うつもりは毛頭ありませんので。話は変わりますが、貴方は禁足地ヒンドス樹道へ赴いたことはありますか?」
「あァ? ねェよ。書籍と話にしか聞いたことねェが、あんな所に行く奴の気が知れねェよ」
「貴方が危惧するのは危険だという意味でですか?」
「さっきから何が言いてェ?」
要領を得ない質問責めの末、女はラウニーの膝元へポンっと一部の新聞を放り投げた。
女の怪訝な行動に、震える手でラウニーが新聞を開くと円月花に関する記事、そして新薬の開発の成功が記載されていた。
キャメルが子供達の護衛を行いながら事情聴取、商売繁盛の未来を考え、号外的に周知させるに至らせたのだ。
「貴方が殺害依頼を受けていた子供達が禁足地へ侵入。『ひとたび足を踏み入れたのなら命は既にないと思え』と言われるヒンドス樹道に彼の少年は救出へ向かい、円月花を回収して誰も失わずに生還したそうです。それも『魔物達の夜祭』時に」
「…………」
「生存不可避の禁足地へ侵入し見事生還した少年を、貴方はまだ雑魚と見下しますか?」
ラウニーに逡巡が襲う。
文献や話程度にしか聞いていなかった禁足地ヒンドス樹道だったが、決して近寄ろうとはしていなかった。所詮魔物程度であれば一蹴出来る自信はあるが、いわば未知の世界だ。自ら危地に飛び込む無謀な行為をしないというのは道理である。
しかし開発という枠組みで強者を査定した際に、挑戦しないという判断は大きな損失だ。強者とは能力にしろ、土地にしろ、あらゆる方面の新規性を発掘する生物であるとラウニーは捉えている。力が伴うからこそ偉大な功績を残せるのだから。
それをルカはやり遂げた。いかなる事情があったにしろ、見事な功績であることは疑いようもない。新聞にはルカの事は取り上げられていないが子供達の立役者であり、裏で暗躍したことを子供達の生存によって証明している。
誰もが嫌煙する禁足地、己でさえ侵入しようとは思わず成し遂げられていた偉業に、いつの間にか憤激が収まっていることにラウニーは驚愕した。
「雑魚は雑魚だろ」
ラウニーの言葉に覇気は無かった。ビリビリッ、と新聞を不快な心とともに破り捨てる。
だが。
「……名は?」
「はい?」
「奴の名前は何だって聞いてんだよ!」
少年の名を問う。
認めはしない。だが敵とは認定しよう。
身体が回復したら真っ先に殺しに行ってやる。己の実力が奴よりも遥かに凌駕しているということを証明させるために。
だから名前くらいは覚えておいてやろうと、ラウニーはぞんざいに尋ねた。
そんな微かに改心したであろうラウニーの問いに女は。
「我が知る筈ないでしょう?」
けろっと不知の旨を告白した。
肩透かしを喰らったラウニーは口をピクピクと歪め、頭の血管が破裂する感覚を覚えて。
「だったら話に上げてんじゃねェえええええええええええええええ!!」
今日一番の大絶叫で憤懣を解放したのだった。
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白を基調とした巨大な建物に、頂点まで上った太陽の陽がじりじりと照り付ける。
床を敷き詰めるタイルには騎士団の徽章である十字架の上に立つ馬の紋様が大きく描かれており、広大な景色が眺望できる圧巻の景観だ。
【ワルキューレ騎士団】治療院、その屋上。高所に吹く心地良く清涼な風を浴びにちらほらと患者らしき人物達が姿を見せていた。その中の数あるベンチの一つに目を覚ましたルカとマシュロの姿もあった。
「ルカさん体の具合はどうですか?」
ルカの隣に座るマシュロが憂いを帯びた声をかける。自身のいざこざに巻き込み、傷付かなくてもいいルカが重傷を負ってしまったことに責任を感じるマシュロは騎士団で少し体を休めた後、太陽が眼を覚ます前に治療院へ足を運んだ。
コラリエッタの治癒魔法とゼノンとクゥラの投薬用源薬もあり、粉砕骨折した左腕及び体力魔力の回復も早く、既に退院の手続きも完了していた。
「全然問題ないってリッタさんも言ってたな。皆には感謝しかないよ」
「感謝しかないのはこちらです。子供達も逃亡生活から脱し平穏を取り戻すことが出来そうですし、私と子供達を守って貰えたからこそ子供達の真意を知ることが出来ました。団員の仲間達を堂々と見ることが出来るようにも。ルカさん、重ね重ね本当にありがとうございます」
可愛らしい笑顔を向けるマシュロの表情に、降り積もっていた負が解消されたのだと悟るルカ。
「マシュロが笑えるようになったことが何よりだよ。そうだ、先に――」
「駄目です」
「まだ何も言ってないんだが!?」
「ルカさんのことです。お礼は要らないとか言うおつもりなのでしょうが、時間がかかっても必ずさせて頂きますので! なんなら私の一生を捧げても御恩を返させて頂きます!」
図星を衝かれ、うっ、と言葉に詰まるがマシュロの頬を染めた重大宣言に冷静さを取り戻す。
「そこまでの覚悟は要らないなぁ。マシュロの人生だ、マシュロの好きに使ってくれればそれで満足だ」
「……………………はい」
「あれ、何でそんな沈んでんの……」
一世一代の伝わり辛い宣言を行った返答を一蹴されたマシュロは首もろとも肩を落とす。
マシュロの好意など露ほども知らない、寧ろ人の好意に鈍感なルカは気を遣い返答したつもりが傷を作る羽目になった原因すらも理解できない。
けれどマシュロは、そんなお人好しのルカだったから信じることが出来たのだと確信を得ていた。
小さく笑い「ごめんなさい」と謝罪を入れたマシュロは戯れる患者達を視界に入れる。
「少し、私の話を聞いてくれますか?」
「あぁ、勿論」
いつの日かルカが言った約束を果たすために、マシュロはルカの時間を貰い受ける。
ルカの快諾に、マシュロは風に髪を梳かされてポツポツと経歴を話し始めた。
「ありがとうございます。……私はこの地、リフリアで生まれたわけではありません。別の土地で生まれた私は、各国で暗殺業を請け持っている小熊猫と同じく育てられました。ですが希少種で『夜昇』の恩恵を持たず機動力の無い私に出来ることなど何もありません。そんな私は両親に早々と見限られて義断、幼馴染達には命が惜しいだけの卑怯者だと縁を切られ、故郷を出ました。そして辿り着いたのがリフリアでした」
暗殺業を請け持っているという初耳の情報にルカは瞑目したが、バウムやラウニーの戦闘力を考えれば極当然のようにも思えた。各地でそれぞれの文化があり、歴史があり、簡単に口や手を出せる問題ではないことも分かり切っていることだ。
しかしそれ故に能力を持たないマシュロが地を追われたと言うのは頂けない。同じ種族、同じ亜人族でありながら冷遇を強要する種族に、ただならぬ確執を感じた。
「路頭に迷っているところに声をかけて下さったのが団長です。同じ小熊猫が多く属する騎士団だから安心すると良い、と。ですが故郷の仲間達とのこともあり、私は誰も信用出来ていませんでした。自分の無力が原因なのは認めていますし、同じ騎士団に居ながら私だけ任務に出掛けられないこともざらでした。そんな中で時が立ち、故郷の一族達が打ち首に遭ったと聞かされました。滅亡の危機でありながら助けも求められない、私は誰からも必要とされていないのだと、その時孤独に囁かれたのです」
きゃっきゃとはしゃぐ子供の患者がマシュロに手を振り、マシュロは笑顔で手を振り返した。
希少種が珍しいのか、やけにはしゃぐ子供は嬉々として眼を輝かせながら親に談じる。その姿を見たマシュロが綻ぶ笑顔を漏らし、ルカはマシュロがこれまでいかに必要とされたいのにされずに苦しんできたかを理解した。
「そして都市内での任務、子供達の保護が発令され私にも役に立てる時が来たと、そう思っていました。結果は副団長に謀られ散々だったのですが、子供達と逃亡生活を続けている内に私が護ってあげないと、と思うようになりました。誰も認めてくれない、誰も必要としてくれない、そんな心の重荷を軽くしてくれたのはルカさんの言葉でした。ルカさんが私に護る力があると言ってくれたおかげで私は救われたのです」
当時の不安げでありながらもどこか期待しているようなマシュロの表情を覚えている。期待してはいけない身でありながら、認めてくれる者がいた現実を噛み締めるような儚げな表情を。
ルカは自分が送った言葉が間違いではなかったのだと、知らずの内に新たな感覚を覚える。この感覚は歴とした実力差のあるラウニーを出し抜き仕留めた際にも押し寄せた感情に似ていた。巨大で堅牢な壁を前に、自らの意志で屈さずに乗り越えた達成感。
脳内に充溢するハテナ。心理がわからない頬の緩みという現象を、マシュロに察知されないようムニムニと解す。
「こんな私にでも護れる人がいるのだと、大切だと思える人達がいるのだと気付くことが出来ました。私はそんな人達を増やしていきたい。歩幅を合わせて歩んでいきたい。私程度に出来ることなど微々たるものかもしれませんが、種族に囚われずに誰もが笑える世界を目指していきたいと思っています」
奇しくもゼノンが都市の頂点に言い放った言葉と似通った意志をマシュロは宣言した。そこには弱く、臆病で卑屈な少女などいない。確かな覚悟と理想を秘めた少女は唐突に立ち上がり数歩前へ。踵を返してルカの正面に立ち、何度目とも知れないお辞儀を為した。
「貴方と出逢うことが出来て、私は本当に幸運でした。繰り返しになりますが、マシュロ・エメラ心より感謝致します」
「どういたしまして」
伏せていた顔を上げたマシュロに昼の恩恵が射し込む。
雲の如く白い耳、天空が霞むほどに透き通るような空色の波打つ髪、太陽のように耀く黄金の瞳。小熊猫でありながら、まるで昼を象徴するかの如く輝かしい容姿に、ルカは対抗する大空を見上げる。
ルカの挙動に釣られて頭上を見上げるマシュロは大きく丸い瞳を更に見開いた。
「こんなに……空は綺麗だったんですね……」
人目を憚り、俯き、隠れ、下ばかり向いて進んできたマシュロにとって、見上げる大空は初めて見る空のような絶景で。
数多くの苦悩を養分に、マシュロ・エメラは満開の大輪を花開かせたのだった。
これにて第三章『空の芽吹き編』幕間を残して終幕でございます。
ルカとマシュロの物語はいかがでしたでしょうか。ラウニーの傲慢があってこその勝利ですが、ルカの隠された武器が明確に出た章でした。
楽しんで頂けましたらブクマや評価での応援よろしくお願いします。
四章からは【水曜日】【土曜日】の週二回の更新となります。引き続きイラスト挿絵付きでお送りいたしますので、見に来て頂けましたら光栄です。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。
今後ともよろしくお願い致します。




