076話(幕間)研鑽と称賛
三日。
ルカが下界を離れて経過した日数だ。
ほんの僅かに見慣れ始めていた亜人族達の世界から帰還したルカの周りには人族、人族、人族。
夕暮れ時、嫌悪の視線も明確な敵対の気配も感じない日常へと舞い戻ったルカは、道草を食うこともなく自宅の前に辿り付いていた。
人の往来が止まない大通りの一角に面した綺麗な借家。たった数日帰らなかっただけとは言え、妙に心落ち着く安堵感がルカを包み込んだ――が、扉に手をかけ己だけの空間へと踏み込んだ瞬間、その安らぎは瞬く間に霧散することとなった。
「お帰りなさいませご主人様ぁ」
「……スゥー……何となく、若干だけど、そんな気はしてたが一応聞こう。何でラヴィが俺の家にいるんだ……?」
「異体同心の境地にようこそご主人様ぁ」
「それを言うなら一心同体……いや、間違ってないな。違う、同心じゃないからそもそもが間違いだ」
帰宅したルカを待ち受けていたのはラヴィリア・ミィルだ。フローリングに正座で座するラヴィは亭主と女房のような立場を具現化している。何より問題なのが普段の私服――白のキャミソールと丈の短いスカートは間違いなく着用しているものの、可愛らしい黄色のエプロンをしているせいで少々際どい格好に見えつつあることだ。
何がしたいのかさっぱり理解できないルカは閉めた扉の前で固まってしまう。そんな困惑のルカの様子にラヴィは立ち上がり、トテトテとルカとの距離を詰めた。
「なーんてっ。別に悪巧みなんてしてないよぉ。サキノに料理を教えてって言われちゃあ、無下には出来ないからねぇ」
「だからって何で俺の家!? 選択肢の幅狭すぎだろ!?」
ルカの腕を取り入室を促すラヴィに、ルカはツッコミながら先導に付き従う。
もしかして魔界にいる間ずっといたんじゃないだろうな、と勘繰るも不毛な質問になることは明確だった為、言葉を渋々呑み込んだ。
「いーじゃんいーじゃん、美少女二人に囲まれて始める新婚生活! 夜道には気をつけてねっ」
「三人いる時点で新婚生活じゃないんだわ。そもそもそれくらいで刺されてたら、世の中の男は滅亡まっしぐらだわ」
「他の奴等の前でそれくらいって絶対言うなよ。マジで刺されるぞ」
「SHARE HOUSE!? なんでアランも当たり前のようにいるんだよ!? 三人どころか四人いて早速新婚生活味が破綻してるぞ!?」
まるで自宅のように先行するラヴィと共にリビングへと入ると、これまた自室のようにソファで寛ぐアランの姿にルカは頭を抱えた。
脳内処理が追い付かないルカのツッコミにケラケラとラヴィが笑い、アランも豪快に大口を開ける。
そんな中、隣接するキッチンの下でゴンッ、という音が鳴りラヴィが駆け寄っていく。
「サキノ何で隠れてるのさぁ!」
「だ、だって料理下手なの見られるの恥ずかし……」
「え、ルカの家にいる時点でもう詰んでるよ?」
惨酷な現実を叩きつけられ、サキノの口から苦鳴のような音が漏れた。
主が居ぬ間に大侵略されている家の現状を確認しようとルカが二人の元へと進みキッチンを覗き込む。
「ひやあ……見ないで……」
己の醜態を見られサキノは赤面し、顔を腕で覆う乙女の仕草にズギュン! とラヴィの心臓が穿たれた。
しかしルカはサキノの行為を目にする前に、キッチンで堂々と鎮座している超大量の料理が目に留まり顔を引き攣らせた。
「うっわ……すっげえ料理。これ絶対四人分じゃないだろ」
「むふふ~、ちょっと興が乗っちゃって。……じゃなくて、ルカ! ちゃんとサキノを見てあげて! 今サキノがすっごいレアな照れ顔してたんだから!」
「え? あ、ごめん。もう一回頼むわ」
「見なくていいからぁー!!」
強引にルカを回れ右させたサキノは絶対に、絶対に振り向かせないように背中を押し、一番遠くのソファに座らせた。
そんな二人の様子にラヴィは上機嫌で料理の仕上げを行っていき、アランが手際よくテーブルへと並べていく。
用意されてしまったものは仕方がないと、安らぎの空間を一時放棄したルカが「俺も手伝うよ」と立ち上がるも。
「ルカは座ってて!」
「ご主人様のお手は煩わせません!」
「ルカの部屋借りてんだから、その他は俺等に任せろよ」
各々に制止の声を上げられ、サキノには背後から強制的に着席を執行された。
「一体全体何なんだ……」
自身に気遣ってくれているのは理解出来ているが、急遽宴会が開かれる理由もわからずにルカは難色を抱えた。しかし着々と進められていく宴会の準備に、ラヴィもアランもどこか楽しそうな表情を浮かべており、ルカは悩むのを止めることにした。
そんな懊悩の気配が消えたルカに、サキノはこっそりと近寄り小声で告げる。
「ルカ、頑張ったね。おめでとう」
「……何の話?」
死闘を見られていたとは露とも知らないルカは背後を顧みるが、相好を崩したサキノは既にそっぽを向いており。
「なーんでーもなーいでーす」
少し頬を染めながらラヴィとアランの元へと帰っていった。それは果たして余熱か、照れか、呆れか。それとも――。
眉間を寄せて首を傾げるルカを置き去りに、三人は見事な連携で早々に全ての支度を終えた。
「さっ、パーティ始めちゃうよぉーっ!」
ラヴィの元気な声がルカ邸に木霊した。
三人がグラス片手にルカを誘い、ルカも輪へと向かう。
少しくらいは日常を満喫してもいいだろうか。
死と隣り合わせの非日常に入り浸った感覚を、この時ばかりは解放してもいいだろうか。
騒がしいが嫌いじゃない。
親友達とこれから始まる宴会に微かな期待を寄せ。
ルカ・ローハートは鎧の薄れた笑顔を綻ばせた。




