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074話 空の越冬

 天空の上階でギャーギャーと騒ぎ立て階下へと脚が急く大勢の気配を尻目に、三人へと歩を寄せたキャメルは力尽きたルカへ労いの笑みを向けた。



「はっ……気を失ったか。格上相手にあの激戦だ、無理もない。礼は持ち越しだな」



 左腕の応急処置を終え、マシュロの膝元で眠るルカの顔色は元に戻りつつあった。激痛に鈍ろうとする思考と行動を叱咤し、一瞬も気の抜けない死闘に脂汗を垂らしていた少年はもういない。今はゆっくり眠れ、とキャメルの強者の血も空気を読まずに騒ぎ出しはしなかった。

 久々に善戦を見たと満足感に駆られるキャメルに、しかしマシュロは余裕が生まれたからか、改めて安堵と申し訳なさが去来した。



「だ、だんちょ……本当に生きてて良かったです……あの時私が動けなかったばかりに……」



 子供達の保護の依頼を受け、ラウニーと衝突することとなった事件の夜。マシュロは自身がラウニーに気圧され、脚が竦み動けなかったことを悔悟する。

 己の無力さを自覚しているマシュロは視線を彷徨わせるが、キャメルはあっけらかんと掌を空へと向けた。



「なに、部下を守るのは上の者の責務だ、お前が気に病む必要はない。それにラウニーにやられ重篤だった私が生きているのは、お前が子供達を必死に守り続け、リッタの無茶な要求――幻の薬草、円月花(パンセレーノン)による特効薬の開発を成し遂げてくれたおかげだ。結果、お前が私の命を救ってくれたんだ、礼を言うぞ」



『俺だぢだっで! 姉ぢゃんのぢがらになりだいんだ!』

『……一人でっ、頑張るお姉ちゃんのこと、私達も助けたい……』


 マシュロの脳裏にゼノンとクゥラの願望が記憶回帰(フラッシュバック)する。

 禁足地を生き延びたマシュロは当時二人の言葉の真意が、生活費の収入をマシュロの依頼に頼りっきりにしている事への引け目が全てだと思っていた。しかしキャメル生存が明らかになった今、子供達が身を張ってまで円月花(パンセレーノン)を採取しに向かったのは、コラリエッタから依頼を受けていたキャメル蘇生のための特効薬調合に必要な素材だったからだと理解に至る。

 姉の単なる肉体的負荷の軽減ではなく、マシュロの未来の精神的負荷を軽減させるために。

 幼いながらの子供達の先を眺望する優渥に、改めてマシュロは畏敬と尊厳を覚えた。



「……そういうことだよ、お姉ちゃん」

「リッタさんからの秘密裏の依頼、黙ってて悪かったな……」

「貴方達いつから!?」



 すっと背後に現れた子供達にマシュロは声を張る。「クゥラ様は私達と共に、ゼノン様は戦いの決着が着く少々前からですわ」と少々委縮した彼等の代弁を務めたのはコラリエッタ。

 子供達が姿を隠蔽出来ていたのは気配遮断という彼等の持ち味と、何より膨大な魔力が充溢する戦場で感知されないほどの魔力故だった。



円月花(パンセレーノン)の存在自体も危ういのに、団長さんの生存を知らせて、もし俺達が調薬に失敗でもしたら余計に傷負わせちまうかと思って……言えなかった。ごめん……」

「あ、え……と。一言、言ってくれれば――」



 と、そこまで言葉を排してマシュロは、違うなと。



「――いえ、貴方達の気遣いだったのでしょう? ありがとう。諦めずに団長を救ってくれて」



 子供達の配慮に一言も二言もないだろう。もし団長の生存を知ったならば、子供達を止める事も無く三人で禁足地へと向かったことだろう。もしかしたら一人だったかもしれない。

 果たしてその結末に誰も命を落とさない未来はあっただろうか。全てが順調に進んでくれただろうか。

 結果は結果でしかないが、想像するだけでも身震いが襲いそうだった。


 そして何より上手く事が運んだとしても、調薬に期待してしまうだろう。

 腕が立つ子供達だが、人の命が懸かったプレッシャーは半端ではない筈だ。実際何も知らされていなくとも何度も失敗していたのだ。過度なプレッシャーはパフォーマンスの抑制に繋がる。

 様々な事を考慮すれば子供達の判断は正解ではなくとも、最善を走っていたのかもしれない。



「本当にありがとう」



 だからマシュロは子供達に頭を下げ、屈託のない『笑顔』を向けた。



「姉ちゃん……!」

「……お姉ちゃんっ」



 マシュロの心からの感謝を貰い受け、待ち望んでいた姉の笑顔を目の当たりに。

 いたいけなゼノンとクゥラは顔を見合わせ、面映ゆそうに破顔一笑した。



「では(わたくし)からも深謝を述べさせて頂きましょう。ゼノン様、クゥラ様、私の無理難題を叶えて頂き、誠にありがとうございます。製薬の腕前、確と見させて頂きました。今後のご活躍を期待しておりますわ。そしてシロ様――いえ、マシュロ様。長らくの護衛依頼、誠にありがとうございます。私が定期的に水下都市(アンダーマーケット)へ足を運んでいたのは、キャメル様の治療に必要な円月花(パンセレーノン)を探し求めていたからです。ですので、これにて依頼は完遂、貴方様も『日常』へ戻れますね」



 深々とお辞儀をするコラリエッタに、最初から己の正体が看破されていたことにマシュロは目を見張る。外套で濁す正体不明の人物、日常から弾き出された理由、攻撃面で不安が残る一人の戦士、全てを理解した上でコラリエッタは護衛を任せてくれていたのだ。

 子供達然り、コラリエッタ然り、どこまで人に恵まれているのだろうか。恨んだ筈の世界は、いつのまにこんなにも温かい人情(ひかり)を射し込んでくれるようになっていたのか。

 これを気付かせてくれたのは紛れもなく、今も膝で眠る少年だ。

 人と人を繋ぎ、命を繋ぎ、こうして話す機会を与えてくれたからこそ、人々の真意の理解に至る。

 すぅすぅと寝息を立てるルカの髪を優しく撫でると、胸がキュッと締まり愛おしく感じた。



「コラリ、エッタさん……本当にお世話になりました。こちらこそありがとうございました」



 自覚した恋心による赤面を察知されないように、悟られないように、マシュロは自然を装いながら同様に頭を下げる。

 そして非日常の区切りのように、半年間得られなかった仲間達の声が地上へと舞い降りてくる。



「団長ー!」

「エメラ!!」

「マシュロー!!」



 ラウニーの顛末を知る【夜光騎士団】団員達は、若干の困惑と寂寥を紛らわすように二人の帰還を喜びながら駆け付ける。



「マシュロ良かった……良かったよホントに……」

「私達、心配してたんだからね……」



 行方不明だったマシュロを取り囲むように集結した【夜光騎士団】達。その中の男小熊猫(ヒーレスパンディア)のクレアと、女小熊猫(シーレスパンディア)のチコが胸を撫で下ろしながら安堵の言葉を口にした。



「わ、わっ……(わたくし)より団長の生存を喜ぶべきでわっ!?」



 心の底から己に憂慮を抱いてくれていたことを表情から読み取るマシュロは嬉々が沸き上がるも、既に亡き者とされていた団長の生存を祝福するべきだと、己の優先順位を下げた。

 そんなどこまでも謙虚なマシュロに、赤いマフラーを靡かせるキャメルは腕を組み本拠を一瞥する。



「私は昨夜本拠を襲撃したからな。団員達は私の生存を既知だ」

「……え、ええっ!? しゅ、襲撃でうか!?」



 二重の衝撃発言に呂律も上手く回らない。周囲を見渡し団員の反応を窺うも、首を重力に逆らわず縦に振るだけで皆一様の仕草を取った。

 


「そうなのよね……予期しない夜襲、それも恐ろしく強い侵入者に私達も心慌意乱で……正体を明かされた時には私達も酷く驚いたわ」

「撹乱するだけした後に正体を明かして、それも黙っていてくれ、だなんてどういう魂胆だったんですか? っていうか俺……黙っていてくれって言われてたので副団長に尋ねられた時、その人族……が襲撃したって嘘ついちゃいましたよ……」

「クレアさん何してくれてるんですかッッ!?」

「ぅわっ、何だよ!? マシュロ何をそんなに怒ってるんだ!? 顔凄いことになってるぞ!?」

「誰が般若ですか!? 怒ってないですよ!!」

(((どう見ても怒ってる……)))



 団長の奇行をチコとクレアが所懐を加えながら補足するが、クレアの余計な一言――事後報告がマシュロの逆鱗に触れた。尽く己を救ってくれた英雄(おんじん)が身に覚えのない罪を着せられ、ラウニーの矛先が向いたのだ。ルカにむず痒い好意を持つ少女としては簡単に看過することは出来なかった。



「般若なんて言ってねえ!? そもそもマシュロが工業地帯に逃げ潜んでる時にチコと一緒に彼と出くわしたんだが、いきなり逃げ出したんだよ……だから敵かと思って、彼なら罪をなすりつけてもいいかって……言い訳にしかならないよな……まさかマシュロを守ってくれてたなんて……彼が目覚めたら謝るよ……」



 反省するクレアに若干引け目を感じつつも頬を膨らませ納得のいかないマシュロは、己もルカと初対面の際、濡れ衣を着せたことは忘却の彼方だった。

 ルカに意識があれば確実に突っ込まれているであろう状況に、マシュロは知らずに命拾いをしていた。

 うぅぅ~と唸るマシュロと宥めるチコの姿に釣られ、自然と零れる団員達の吐息に温かな空気が吹き込む。



「やれやれ……私が蒔いた種でもある。その時は私も謝罪しよう。……話を戻すが、私が本拠を襲撃した目的は一つ、ラウニーの狙いをマシュロから逸らすためだ」

「副団長の狙いを……?」



 話の脱線を引き戻すためにキャメルが場を統括する。この場にいる者の視線が会し、クレアのやまびこにキャメルは続く。



「昨夜ラウニーがマシュロの元へ向かうよう仕向けたのはリッタだ」

「えっ……ええっ!? コラリエッタさんが!?」



 何故ラウニーが己の依頼先を知っているのかが気懸りであったマシュロは、味方だと思っていたコラリエッタの差し金に吃驚を露わにする。



「はい、その通りですわ。今日事態が終点を迎えると団員様の『御告げ』が詠まれましたので、団員様達を経由して情報屋のバウム様へ、マシュロ様の依頼内容、依頼先、日程がお耳に入るよう先手を打たせて頂きましたの。当然ラウニー様まで情報は行き届きますので現地へ向かって頂く算段を立てましたわ」

「しかしマシュロとラウニーが正対すれば奴の思い通りに事は進むだろう。そうならないために私が騎士団へ侵入し、攪乱を行った。奴が天下だと取り仕切る騎士団に何かあれば困るのは奴だ、嫌でも帰還するだろう。必然的にラウニー賛同派の者は報告のために騎士団から離れる。残る者もいるかもしれんがそこは賭けだったな」

「ちょ、ちょっと待って下さい!?」



 淡々と説明をこなしていくコラリエッタとキャメルだったが、クレアが二人の奇矯な行動の矛盾点を抗議するべく数歩距離を詰めた。



「副団長の狙いをマシュロから逸らすために団長の奇襲があったのはわかりました。ですがその元凶であるリッタさんが情報を漏らした目的がわかりません! どうして一度接触させ、また遠ざけるなんて回りくどいやり方を!? 復帰した団長が出張るわけにはいかなかったんですか?」



 ごもっともな抗議にチコを含めた団員達は頷きを共にする。

 マシュロに至っては一度命の危機に瀕しており、心を許したばかりのコラリエッタへ猜疑心を孕み始めていた。しかしその疑いは、コラリエッタとキャメルによって覆されることとなる。



「ゼノン様、クゥラ様の決断の為ですわ」

「?」

「その子供達は『ノルベール家』失踪中の御子息だ」

「「「…………えええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!?」」」



 遠くで梟の鳴き声が飛び交う暗澹とした夜闇の中、キャメルの爆弾発言に【夜光騎士団】団員達の大絶叫が迸った。

 当の本人であるゼノンとクゥラは猫の耳を折り畳み、更に手で蓋をするほどの声量にルカはビクともしない。



「子供達は自分達の家出が災いし、マシュロの平穏を奪ったことに心が呵責されていたらしい。私を救うための円月花(パンセレーノン)の製薬で償いをと考えていたようだが、マシュロとの居心地に甘え、踏ん切りがつかないでいた。だから彼等が家と和解するきっかけのために、マシュロの決死の覚悟が必要だったのだ」

「マシュロ様と共に逃亡生活をする必要はありませんし、覚悟さえお決めになれば宙城で快適な製薬も行えますわ。しかし理解していながらも離れられないと、ゼノン様達からお伺いしておりましたのよ」

「私が力で全てを抑え込んだところで子供達は何も変わらないだろう。だから危険な賭けではあったが必要だったのだ」



 齢十二、まだまだ甘えたい年頃(こども)だ。それも親元を離れ、暗殺の対象として命を狙われ、頼れる人のいない状況、覚悟を持てと言う方が酷だろう。

 葛藤に呑まれる子供達の覚悟を動かせるのは一番身近で、苦楽を共に過ごしている姉の存在以外にはありえない。姉の覚悟を察知する慧眼は所持していると子供達の正体を看破していたコラリエッタは、キャメル復帰以前から様々な策を弄していたのだった。


 結果的に策は全て上手く進み、コラリエッタの思い描く結末を迎えたのだ。

 しかしそんな策士――謀士の手腕など今は眼中に無い者が一人。まるで金魚のように口をパクパクと開閉をしていたマシュロは、じわじわと現実味が出てきたのか、



「王子様ッ! 王女様ッッ!!」



 ラウニーに負けないほどの速度を持って土下座で頭を垂れた。

 そしてゴッ、と地上へ落ちる何か。



「あっ!? ルカさんごめんなさいごめんなさいッッ!!」



 頭部に衝撃を与えられようと屍もかくやの眠りに落ちているルカに謝罪を入れながら、慌てて再び抱きかかえるマシュロ。

 普段は大人ぶって大人しいが、どこか疎い少女の狼狽に団員達にくすっと笑みが開く。



「ったく……そんな他人行儀みたいなのやめてくれよ。キモイぞ姉ちゃん」

「……うん、そんなお姉ちゃんキモチワルイ」



 辛辣な意見がマシュロへ高速の矢となって突き刺さる。

 こふっ、と何かを吐き出しそうになるものの、眼下に横たわっている少年がいるので何とか耐えてみせた。



「き、きもっ!? で、でも貴方達が王子王女だなんて知らなかったし、今までの御無礼を何とお詫びしたらよいか……」

「別に韜晦(とうかい)してたわけじゃねぇよ。最初に家名は言ったし」

「……私達の名前は?」



 小首を傾げ左横に流れる視線。数瞬の空白の後、マシュロは疑問げに記憶を絞り出す。



「ゼノン・ウェシル……ノル、ベール……? クゥラ・アセト・ノルベール……? い、い、い、一緒だわ……」

「ギャハハ! 相変わらずポンコツだな姉ちゃん!」



 ゼノンとクゥラへ視線を戻すマシュロの戦々恐々とした声音に、親しみの罵倒を込めてゼノンは哄笑した。しかしその笑いも一瞬で、凛然とした面持ちへと移行し淡く微笑む。



「……だけど自分の平穏を犠牲にしても俺達を護ってくれたことには違いない。そんな()()姉ちゃんが俺達は大好きだし、そのまま、ありのままの姉ちゃんでいて欲しい」

「……だめ、かな?」



 まるで本当の弟妹のように甘えた懇願に。

 身分など関係なくこれからも繋がりを求めるように。

 これまでの関係性が仮初ではなかったと証明するかのように。



「……ゼノンとクゥラがそう仰るのなら」



 マシュロはもう一度、()()()()優しく微笑んだ。

 その眼前、ゼノンとクゥラは跪き。



「「この身御護り頂き本当に、本当に感謝致します。この御恩や必ず」」



 本物の第一王子として、第二王女として、ゼノンとクゥラは王族に恥じぬよう敬意を込めて感謝を述べたのだった。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




 ルカを背負ったコラリエッタが治療院へと足を運び、子供達がルカの治療薬を取りに住処へと向かう。ルカが心配で付き添いを思案するも、子供達だけでは夜道は危険だと判断したマシュロは泣く泣くルカを断念し護衛のため立ち上がろうとする。しかしラウニーに打ちのめされた身体は想像以上に痛手を負っていたようでうまく操縦が出来ない。



「私が子供達に着いて行く。お前は騎士団本拠で休め」

「え? あ、と……」

「大丈夫だ、心配するな。子供達の用事が終わればここに連れてくる。お前も、子供達も、もう逃げ隠れしなくていいのだからな」

「は、はいっ。ありがとうございます」



 ラウニーとの決戦をルカへ譲ったキャメルが「身体を動かす目的もある」と述べマシュロを説得した。マシュロと帰路を共に出来るとそわそわしていた子供達は少し落ち込んでいたが、これほどに心強い護衛はいないと開き直る。用事を済ませればまた姉と会えることに得心を呈し、その場はキャメルの提案に従うことに決めた。

 騎士団の屋根にも都市門の上部にも既に視線は無く、各々が行動を開始する中、膝の温もりが消えたマシュロへ声が一つかけられた。



「お帰り、マシュロ」

「チコさん……ご心配、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」



 立ち上がったマシュロはチコの優しい声音に頭を垂れる。

 謝罪も引け目もいらないとばかりにチコはマシュロを宥めるが、迷惑をかけた事には変わりがない。団長キャメルの亡命情報の錯誤を正さずに逃走の一手を取っていたことが、団員達の疑心の拍車をかける要因となっていたも。

 団長殺傷及び暗殺犯の疑惑をかけられ申し訳なさそうにする団員(マシュロ)に、しかしクレアはくすくすと笑う。その様子にマシュロは双眸をぱちくりと開き、不思議そうな表情を取る。



「そもそもマシュロ、団長を殺害の容疑で追われていると思っていたのか? お前が団長を殺せるわけないじゃないか」



 片や騎士団の一団員、片や騎士団の頂点。クレアの言い分に、キャメルとの実力が雲泥の差であることはマシュロもわかっている。



「それはそうなのですけど……何かの拍子に――」

「そうじゃなくて」

「?」



 あるとすれば事故。マシュロは一欠片の最悪の噛み合わせの可能性を示唆するも、クレアは言葉を遮り、



()()()()()()()お前が団長を殺傷するのは不可能だって話だよ」



 如実な正論を口にした。



「あ……」



 口をあんぐりと開け、抜け落ちていた歯車が噛み合う。

 マシュロの傘『アストラス』は刺突の用途では用いることも可能だが、基本的には特殊電磁銃(エネルギアオヴィス)だ。マシュロの能力が『絶対防御』であるが故に日傘としての機能も搭載されているが、クレアの言うように切傷を行う攻撃は不可能である。

 団長が眼前で葬られる姿を目撃していながら、自身の得物の特性を理解せず、影迹無端(えいせきむたん)の事実だけを鵜呑みにしていたことにマシュロは落胆した。



「全く……それを証明できるのはお前だけなんだ。バウムの奴は副団長から直々に指令を受けてたみたいだが、俺達は話を聞こうと思って追いかけていたのに見つかりもしない。二日前か? 団員が都市内でお前を見つけたって時も、あの少年が護っていて取り合ってもくれない」

「ご、ごめんなさい……」

「やっぱりお前はポンコツだよ。ポンコツ過ぎて、ポンコツ過ぎて――だから俺達はお前の罪を疑えた。どうかこれからも良いポンコツであってくれ」



 侮蔑、罵倒の言葉だと思っていたポンコツという単語。褒められた言葉ではないのは確かだろう。しかし己が積み重ねてきた印象は、確かに団員達を繋ぎ止めていた。第一級犯罪者として都市から追われていようとも一蹴し敵対するのではなく、確かな事実を追い求めてくれていたのだ。

 その温かさにマシュロは、すっと団員達の背後から昏い影が取り除かれるのを感じた。


(ああ、私は恐れていたんですね……この方々は最初から私の事を認知してくれていた……)


 希少種で仲間として見られていないのではないかという恐怖。

 恩恵すら使用できない無力故に、邪魔者扱いされているのではないかという曲解。

 騎士団という枠組みに属していながらも感じ続けた孤独。

 それらは己の妄想だったのだと。そう感じている者はいるかもしれないが、全ての者がそうではないのだと。

 自分の無力を理由に仲間達を疑っていたことをマシュロはようやく自覚した。


 (よろい)が溶ける。

 足元に水溜まりだけを残して。

 閉塞していた心が晴れた今は、世界がとても明るく見えた。太陽は完全に眠り、夜が訪れているのに団員達の顔も良く見える。霞がかっていた真っ暗な空間も綺麗さっぱりと。

 身体は重いが、心は軽い。

 マシュロはくすっと笑い、仲間達に向けて微笑んだ。



「ふふっ、良いポンコツって意味が分かりませんよっ。マシュロ・エメラただいま帰りました」


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