第7話 騙される二人
「こっちだ」
身なりのいい男に案内され、タローとソニルはメイジンの大通りから細い路地へ入っていった。
「倉庫って町の外なんやろ?」
「ああ。荷物を受け取ってから向かってもらう」
「なるほど」
タローは何の疑いもなく頷いた。
その隣では、ソニルも無言で歩いている。
「銀貨五枚かぁ」
タローは上機嫌だった。
「なあソニル」
「なんだ?」
「銀貨五枚あったら何できる?」
「宿なら十日以上は泊まれる」
「そんなに!?」
「ああ」
「飯は?」
「贅沢しなければ、それなりに」
「最高やん!」
昨日まで一文無しだったタローにとっては大金だ。
荷物を運ぶだけ。
しかもソニルがいる。
筋力∞。
重い荷物であろうと何の問題もない。
「俺らにピッタリの仕事やな」
「俺が運ぶのか?」
「…………」
「タロー?」
「いや、二人で頑張ろうや」
「俺が運ぶのか?」
「たぶんほとんどお前になる」
「そうか」
「嫌じゃないん?」
「別に」
「ほんまええ奴やな」
前を歩く男が、ちらりと振り返った。
二人の会話を聞いて、口元を緩める。
やがて。
「ここだ」
一行は古びた建物の前で止まった。
「ここ?」
「ああ」
タローが建物を見上げる。
大通りからかなり離れている。
周囲には人も少ない。
倉庫というより、使われなくなった商店のようにも見える。
「荷物は中にある。入ってくれ」
「はい」
タローが扉へ向かう。
その時だった。
「待て」
後ろから声がした。
「ん?」
タローが振り返る。
少し離れた場所に、一人の青年が立っていた。
細身。
粗末な服。
手には古びた本を持っている。
第六話の最後。
タローたちを遠くから見ていた青年だった。
「誰?」
タローが首を傾げる。
男の表情が変わった。
「……お前」
青年は男を見ている。
「その二人をどこへ連れていくつもりだ?」
「お前には関係ない」
「そうか」
青年は淡々と答える。
「なら、その二人に聞こう」
視線がタローへ向く。
「その仕事の内容は?」
「荷物運び」
「どこまで?」
「町の外の倉庫」
「報酬は?」
「銀貨五枚」
青年が小さく息を吐いた。
「やはりか」
「何が?」
「騙されている」
「…………」
タローは固まった。
「誰が?」
「お前たちが」
「…………」
ソニルを見る。
「俺たちか?」
「ああ」
二人は顔を見合わせた。
そして男を見る。
「俺ら騙されてるん?」
「馬鹿を言うな!」
男が声を荒らげた。
「そいつの言うことを信じるのか?」
「いや……」
タローは困った。
どちらも今日初めて会った人間だ。
「どっち信じたらええん?」
「俺に聞くな」
「お前も考えて!」
「分からん」
「役に立たんなぁ!」
「お前もだろう」
「それはそうやけど!」
青年は呆れたように二人を見る。
「……本当に騙しやすそうだな」
「聞こえてるで!」
「聞こえるように言った」
「なんやこいつ!」
青年は気にせず、男へ視線を戻した。
「この男は以前にも同じことをしている」
「何を?」
「仕事を探している人間に高額な報酬を提示する。荷物を運ぶだけだと言って町の外へ連れ出す」
タローの表情が少しずつ変わる。
「それで?」
「運ばされる荷物は盗品だ」
「…………」
「盗品?」
「ああ」
男が叫んだ。
「でたらめだ!」
青年は無視した。
「そして町の外へ出たところで衛兵が現れる」
「ちょっと待って」
タローが手を上げる。
「なんで衛兵が来るん?」
「通報するからだ」
「誰が?」
「こいつらの仲間が」
「…………」
タローの顔が引きつる。
「自分たちで?」
「ああ」
「なんのために?」
「捕まるのは荷物を運んでいる人間だからだ」
「…………」
理解するまで数秒かかった。
「俺らやん!」
「そうだ」
「じゃあこいつは!?」
「荷物を渡した後は消える」
「最悪やん!」
タローは男を見る。
「ほんまなん!?」
「違う! そいつの作り話だ!」
男は必死に否定する。
「なら」
青年が建物を指差した。
「中を確認すればいい」
「…………」
男が黙る。
「荷物の中身を見せろ」
「それは……」
「依頼人なら説明できるはずだ」
「…………」
沈黙。
タローが男を見る。
「荷物、何なん?」
「……商品だ」
「何の商品?」
「それは」
「どこから仕入れたん?」
「…………」
「証明できるものある?」
男の額から汗が流れた。
タローもさすがに気づいた。
「怪しいな」
「最初から怪しい」
青年が言う。
「いや、俺は今気づいた」
「遅い」
「しゃあないやろ!」
すると。
男が舌打ちした。
「……面倒なことしやがって」
態度が変わった。
「え?」
「せっかく馬鹿が二匹釣れたと思ったのによ」
「二匹言うな!」
タローが怒る。
男は懐から短剣を抜いた。
「お前さえ来なけりゃ、うまくいったんだ」
青年へ刃先を向ける。
「消えろ」
「断る」
「なら――」
男が踏み込もうとする。
その瞬間。
「やめておいた方がいい」
青年が静かに言った。
「なんだと?」
「そこの男」
青年が指差す。
ソニルだった。
「…………俺か?」
「ああ」
青年はソニルをじっと見る。
「お前では勝てない」
「は?」
「武器を抜いたところで結果は同じだ」
男が笑った。
「こいつが?」
ソニルを見る。
粗末な服。
武器もない。
見た目だけなら普通の青年。
「こんな奴が怖いって?」
「怖いとは言っていない」
青年は淡々と答えた。
「勝てないと言った」
「ふざけるな!」
男がソニルへ向かって短剣を振る。
「あ」
タローが声を漏らした。
昨日と同じだ。
「ソニル!」
「ああ」
ソニルは短剣を持つ腕を掴んだ。
「なっ――」
男の動きが止まる。
「離せ!」
びくともしない。
「ぐっ……!」
男が全力で腕を引く。
ソニルは不思議そうに見ている。
「どうする?」
「どうするって?」
タローが聞き返す。
「投げるのか?」
「待て待て!」
昨日の光景が頭をよぎる。
「町中やから優しくな!」
「分かった」
「ほんまに優しくやで!」
「ああ」
ソニルが男の腕を軽く捻る。
「いだだだだ!」
短剣が地面へ落ちた。
そのまま男を押す。
「うわっ!」
男は尻餅をついた。
「…………」
タローは感心した。
「ちゃんと加減できるやん」
「言われたからな」
「偉い」
「子供扱いするな」
男は地面に座ったまま後ずさる。
「なんなんだよ、お前……」
ソニルは答えない。
代わりに青年が男へ言った。
「衛兵を呼ばれる前に消えた方がいい」
「くそっ……!」
男は立ち上がり、走り去った。
「…………」
タローはその背中を見送った。
「また逃がしてええん?」
「衛兵に突き出しても証拠が足りない」
青年が答える。
「中に盗品あるんちゃう?」
「今頃、仲間が裏口から持ち出しているだろう」
「え?」
タローが建物を見る。
「ほんま?」
「おそらく」
「めっちゃ用意周到やん」
「だから何度も同じことができる」
「なるほどなぁ……」
タローは感心する。
そして。
「…………」
青年を見る。
「お前、頭ええな」
「普通だ」
「いやいや」
タローは指を立てた。
「俺ら二人、完全に信じてたで」
「それはお前たちが――」
「馬鹿って言うなよ」
「素直すぎるだけだ」
「言い換えただけやん」
ソニルが頷く。
「確かに俺たちは素直だ」
「お前は納得すんな!」
青年が初めて少し笑った。
「変な二人だな」
「よく言われる」
「俺は初めて言われた」
「昨日会ったばっかりやからな」
タローは青年へ近づいた。
「でも助かったわ。ありがとう」
「別にいい」
「俺タロー」
「…………」
「こっちはソニル」
「ソニルだ」
「見れば分かる」
「何が?」
「いや、何でもない」
青年はソニルをじっと見ていた。
先ほどの動き。
短剣を持った成人男性を、まるで子供のように制圧した。
明らかに普通ではない。
しかし青年が気になったのは、それだけではなかった。
「……お前」
「なんだ?」
「戦闘職か?」
「戦士だ」
「ランクは?」
「基本職」
「レベルは?」
「一」
「…………」
青年が黙った。
タローは嬉しくなった。
「やっぱそうなるよな!」
「本当にレベル一なのか?」
「ああ」
「ステータスは?」
「見せようか?」
「いや」
青年は首を振った。
「他人のステータスを不用意に見るものではない」
「そうなん?」
タローが聞く。
「普通はな」
「昨日ソニル普通に見せてくれたで」
「こいつが気にしていないだけだ」
「そうなのか?」
ソニル本人が首を傾げる。
「お前、ほんま何も知らんな」
「お前に言われたくない」
「確かに」
青年は二人を見て、小さくため息をついた。
「……危なっかしいな」
「それ昨日からめっちゃ言われる」
「誰に?」
「俺自身に」
「そうか」
再び沈黙。
タローは青年を見る。
細身。
ソニルのような圧倒的な強さは感じない。
だが。
さっきの詐欺を一瞬で見抜いた。
話し方も落ち着いている。
「なあ」
「なんだ?」
「お前、この辺の人?」
青年の動きが止まった。
「…………」
「どうした?」
「分からない」
「…………」
タローは首を傾げた。
「何が?」
「自分がどこの出身なのか」
「え?」
嫌な予感がした。
タローがソニルを見る。
ソニルも青年を見る。
「まさか」
タローが恐る恐る聞く。
「記憶喪失?」
「全部ではない」
青年は静かに答えた。
「この国のことも、文字も、商売の仕組みも覚えている。自分が何を学んできたかも、ある程度は分かる」
「でも?」
「最近、自分自身に関する記憶だけが所々抜け落ちている」
「…………」
タローとソニルが顔を見合わせる。
「ソニル」
「なんだ?」
「お前と一緒やん」
「ああ」
青年の眉が動いた。
「お前もなのか?」
「名前を思い出せない」
「…………」
「だから俺がつけた」
タローが胸を張る。
「ソニルって」
「なぜお前が胸を張る?」
「名付け親やから」
「そういうものなのか?」
「知らん」
青年は呆れたように二人を見る。
「では、あなたの名前は?」
ソニルが尋ねる。
「…………」
青年は答えない。
「まさか」
タローが目を輝かせた。
「名前も?」
「……思い出せない」
「来た!」
「何が来たんだ」
「俺の出番や!」
「なぜ嬉しそうなんだ?」
青年が一歩下がる。
タローは腕を組んだ。
「名前ないんやろ?」
「そうだが」
「不便やろ?」
「多少は」
「ほな俺がつけたる」
「待て」
「大丈夫大丈夫」
「何が大丈夫なんだ」
「ソニルも俺がつけた」
「それが不安なんだ」
「失礼やな!」
タローは考える。
「うーん……」
ソニルの時は、元の世界の保険会社から名前を取った。
なら。
「保険会社……保険会社……」
「何を呟いている?」
「ちょっと待って」
タローの頭の中に、昔の記憶が浮かぶ。
保険営業をしていた頃。
何度も耳にした会社名。
「確か……アフ○ック……」
青年が怪訝そうな顔をする。
「アフ……」
タローは青年を見る。
「アフラ」
「…………」
「どう?」
「何が?」
「名前」
「今決めたのか?」
「うん」
「…………」
青年は額を押さえた。
「もう少し考えてもいいのではないか?」
「嫌?」
「…………」
青年はしばらく考える。
「アフラ……」
小さく口にする。
「悪くはない」
「やろ!」
「由来は?」
「俺が前いたところにあった保険会社」
「保険会社?」
ソニルが反応する。
「俺と同じか」
「そう!」
「同じなのか……」
アフラは何とも言えない顔をした。
「なんか三人揃った感じするやろ?」
「何が揃ったんだ」
「知らんけど」
「適当すぎる」
アフラがため息をつく。
だが。
その口元には、ほんの少し笑みがあった。
「では……しばらくアフラと名乗ろう」
「決まり!」
タローが手を差し出す。
「よろしく、アフラ」
アフラはその手を見る。
「…………」
「握手」
「知っている」
「ソニルも最初同じこと言ってたわ」
「そうなのか?」
「ああ」
アフラは苦笑しながら手を握った。
「よろしく」
「おう!」
タロー。
ソニル。
そして、アフラ。
三人が初めて揃った瞬間だった。
だが――。
タローはまだ知らない。
自分が適当につけた二つの名前。
その片方に宿るのは、常識では測れないほどの武。
そしてもう片方に宿るのは――。
いずれ国家すら動かすほどの知略。
武力もない。
魔法もない。
職業は《生物》。
そんなタローの周囲に。
世界の常識から外れた二人が、偶然とは思えない形で集まり始めていた。




