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『平凡な俺が異世界で最強の二人と国を造る』 ~武力も知略もないけれど、出会いだけには恵まれているようです~  作者: ダイヤマ


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第4話 最弱の国、スギルヨワ


「……でかいな」


 タローは門の前までやって来ると、思わず足を止めた。


 遠くから見えていた石壁は、近づいてみると想像以上に高い。


 高さは五、六メートルほどだろうか。


 頑丈そうな石を積み上げ、その上には槍を持った兵士が立っている。


「ちゃんと異世界の町や……」


 疲れているはずなのに、少しだけテンションが上がった。


 門の前には人の列ができていた。


 荷物を背負った旅人。


 荷車を引く商人。


 剣を腰に差した男。


 獣の耳を生やした女性までいる。


「獣耳……!」


 思わず二度見した。


 頭の上にある耳が、ぴくりと動く。


 作り物には見えない。


「獣人ってやつか……」


 異世界に来た実感が一気に増した。


 さらに列の先には、小柄ながら横幅のある男が立っている。


 立派な髭。


 背中には大きな槌。


「あれは……ドワーフ?」


 見たことのない人々。


 見たことのない服。


 見たことのない武器。


 さっきスライムに追い回された恐怖を、一瞬だけ忘れる。


「すげぇ……」


 タローは周囲を見回しながら列の最後尾に並んだ。


 少しずつ順番が進む。


 門では二人の兵士が入国者を確認していた。


「次!」


「はい」


「身分証は?」


「これを」


「よし。通れ」


 そんなやり取りが続いている。


 タローの顔から笑みが消えた。


「……身分証?」


 当然、そんなものはない。


 財布には運転免許証が入っている。


 だが日本の免許証を見せたところで通用するとは思えない。


「やばない?」


 金もない。


 身分証もない。


 このまま門前払いされたら、今日は野宿だ。


 そして野宿中にスライムでも出てきたら――。


「死ぬ」


 割と本気である。


「どうする……」


 列から離れることも考えた。


 だが、他に行く場所などない。


「まあ……聞くだけ聞いてみるか」


 営業時代から、分からないことがあればまず話す。


 ダメならその時考える。


「次!」


 ついにタローの番になった。


 兵士がこちらを見る。


「身分証を」


「ないです」


「……何?」


 兵士の眉が動いた。


「なくしたのか?」


「いや、元から持ってなくて」


「どこの村の者だ?」


「それが……」


 答えに詰まる。


 まさか、


『日本から異世界転移してきました』


 と言うわけにもいかない。


 そもそも信じてもらえるのかすら分からない。


「遠いところから来まして」


「どこだ?」


「めちゃくちゃ遠いところです」


「国名は?」


「…………」


「どうした?」


 タローは笑った。


「ちょっと説明が難しいところでして」


「怪しいな、お前」


「ですよね」


「自覚があるのか」


 兵士が呆れた顔をする。


 隣の兵士もこちらを見た。


「荷物は?」


「これだけです」


 タローは財布やスマホを見せた。


「なんだ、それは?」


「スマ……」


 危ない。


「……板です」


「板?」


「はい」


「何に使う?」


「今は何にも使えません」


「ますます怪しいぞ」


「俺もそう思います」


 兵士が頭を抱えた。


「名前は?」


「タローです」


「家族は?」


「ここにはいません」


「職業は?」


「…………」


 来た。


 一番答えたくない質問が来た。


「職業」


「……言わなあきません?」


「なぜ嫌がる?」


「いや、ちょっと事情が」


「言え」


「…………生物です」


「何?」


「生物」


「…………」


 兵士二人が顔を見合わせた。


「そんな職業があるのか?」


「俺が聞きたいです」


 しばらく沈黙が流れた。


 後ろに並んでいる商人が笑いを堪えている。


「とりあえずステータスを確認させてもらう」


「え?」


「犯罪系スキルなどがないか見るだけだ」


 タローは少し迷った。


 しかし拒否すれば余計に怪しまれる。


「……どうぞ」


 兵士が小さな板のような道具を取り出した。


 タローの前へかざす。


 淡い光が身体を包む。


 数秒後。


 兵士が板を見る。


「名前、タロー。ヒト族。二十歳……」


 そして止まった。


「職業……」


「…………」


「《生物》」


「だから言ったやん」


「本当にあるのか……」


 兵士が驚いている。


 タローの方が驚きたい。


「スキル、《相づち》《聞き上手》」


「読み上げんでええから!」


 後ろから笑い声が聞こえた。


「魔法適性……なし」


「もうやめて!」


 異世界に来て初日。


 知らない人々の前でステータスを公開処刑されている。


 兵士は笑いを堪えながら板をしまった。


「犯罪系スキルはないな」


「あるわけないやろ……」


「身分証がない場合、通常なら入国税が必要なんだが」


「金もないです」


「…………」


「ほんますいません」


 兵士が大きくため息をついた。


「どうする?」


 もう一人の兵士が聞く。


「どうすると言われてもな……」


 最初の兵士がタローを見る。


 ボロボロの服。


 泥だらけの身体。


 疲れ切った顔。


 そして職業《生物》。


「……まあ、危険人物には見えんな」


「でしょうね」


「威張ることじゃない」


 兵士は少し考えてから言った。


「今回は特例で通してやる」


「マジで!?」


「ただし、町で問題を起こすなよ」


「ありがとうございます!」


 タローは勢いよく頭を下げた。


「助かったぁ……」


「それと」


「はい?」


「ここはメイジンだ」


「メイジン?」


「知らずに来たのか?」


「まあ……はい」


 兵士が怪訝そうな顔をした。


「スギルヨワ王国南部の町、メイジン。小さい町だが宿も食堂もある」


「スギルヨワ……」


 タローはその名前を頭の中で繰り返した。


「スギルヨワ王国?」


「そうだ」


「…………」


「なんだ?」


「いや」


 タローは少しだけ考えた。


「変わった名前やなと思って」


「そうか?」


「気にせんといてください」


 弱すぎる。


 どうしてもそう聞こえる。


「まさかな……」


 タローは苦笑しながら門をくぐった。



     ◇



「おお……!」


 門を抜けた瞬間、タローの目の前に異世界の町が広がった。


 石造りと木造の建物。


 舗装されていない道。


 荷車を引く馬。


 露店では見たことのない果物や肉が並べられている。


「ほんまに異世界や……」


 何度目か分からない感想が口から漏れた。


「焼きたてだよ!」


「ポーションはいらないか!」


「今日入ったばかりの魔石だ!」


 あちこちから声が飛び交う。


 タローは完全に観光客になっていた。


「ポーション!」


 思わず露店へ近づく。


 赤や青の液体が瓶に入っている。


「兄ちゃん、一本どうだ?」


「これ何?」


「赤は傷薬、青は魔力回復だ」


「おお……!」


 テンションが上がる。


「いくら?」


「赤なら銅貨八枚だ」


「…………」


 タローは財布を開いた。


 千円札。


 五百円玉。


 百円玉。


「これ使える?」


「なんだそれ?」


「ですよね」


 静かに財布を閉じた。


 異世界の現実は厳しい。


 腹が鳴る。


 ぐぅぅ。


「腹減った……」


 道の向こうから、肉を焼くいい匂いがする。


 見ると串焼きの屋台があった。


「兄ちゃん、一本どうだ?」


「……いくら?」


「銅貨二枚」


「これしかない」


 百円玉を見せる。


「いらん」


「ですよねぇ……」


 タローは肩を落とした。


 目の前に食べ物があるのに買えない。


 元の世界なら財布には数千円入っている。


 だがここではただの金属と紙だ。


「働くしかないか」


 タローは町を歩きながら周囲を見る。


 何か仕事を探さなければならない。


 すると広場に大きな掲示板があった。


 何枚もの紙が貼られている。


「求人?」


 近づいて読む。


【荷物運搬募集】


【農作業手伝い】


【ゴブリン討伐】


【薬草採取】


【護衛募集】


「おお、仕事あるやん!」


 希望が見えた。


 しかし条件を読む。


【荷物運搬――戦士系職業推奨】


「生物」


 次。


【農作業――体力二十以上推奨】


「耐久十一」


 次。


【ゴブリン討伐――戦闘職限定】


「生物」


 次。


【薬草採取――採取系スキル保有者優遇】


「相づち」


 次。


【護衛――レベル十五以上】


「レベル一」


「…………」


 タローは掲示板の前で固まった。


「俺、何ができるん?」


 異世界に来て二度目の絶望だった。


 いや、三度目かもしれない。


 職業。


 ステータス。


 スライム。


 そして就職難。


「異世界まで来て仕事探しで苦労するとは思わんかった……」


 タローは広場の端にある石段へ腰を下ろした。


 夕方になり、人通りが少しずつ減っていく。


「宿代もない」


 食事代もない。


 仕事もない。


「今日どこで寝よ……」


 頭を抱える。


 その時。


 近くを通った二人の男の会話が耳に入った。


「また北へ行くのか?」


「ああ。この国にいたって仕方ないだろ」


「騎士王国か?」


「向こうなら俺の《剣士》を高く買ってくれるらしい」


「いいなぁ。俺も上級職だったら出ていくんだけどな」


 二人は笑いながら歩いていった。


 タローは何気なくその背中を見る。


 すると今度は、近くの商人たちの声が聞こえた。


「また若い奴が国外へ出たらしいぞ」


「仕方ない。この国じゃ優秀な職業持ちに払える金がない」


「軍も人手不足だって話だ」


「スギルヨワも、あと何年持つかねぇ」


「縁起でもないこと言うな」


 タローは眉を上げた。


「……ほんまに弱いん?」


 名前だけではなかったらしい。


 町を改めて見る。


 異世界へ来た興奮で最初は気づかなかった。


 石壁はところどころ補修されている。


 兵士の装備も、よく見れば古い。


 店はあるが、閉まっている場所も多い。


 通りにも活気がないわけではない。


 だが、どこか寂れている。


「スギルヨワ王国……か」


 世界のことなど何も知らない。


 この国がどれほど弱いのかも分からない。


 それでも。


「俺にはちょうどええかもな」


 タローは苦笑した。


「俺も弱いし」


 スライムにすら勝てない男。


 そして、弱小と呼ばれる国。


「弱い者同士やな」


 そんなことを考えていると。


「おい」


 声がした。


 タローは顔を上げる。


 三人の男が立っていた。


 見るからに柄が悪い。


 一人は大柄。


 一人は細身。


 もう一人は頬に傷がある。


「……俺?」


「他に誰がいる」


 大柄な男がニヤニヤ笑っている。


「見ない顔だな」


「今日来たばっかりです」


「へぇ」


 男の視線がタローの服へ向く。


「変な格好してんな」


「よく言われます」


「どこから来た?」


「めちゃくちゃ遠いところ」


「金持ってるか?」


「ないです」


 即答した。


「…………」


「ほんまにないです」


 男たちが顔を見合わせる。


「じゃあ、その変な板はなんだ?」


 細身の男がタローのポケットを指差した。


 スマホが少し見えている。


「ああ、これ?」


 タローが取り出す。


 三人の目が変わった。


「見たことねぇな」


「珍しい物か?」


「まあ、この世界にはないと思いますけど」


「よこせ」


「嫌です」


 タローは即答した。


 男の顔から笑みが消える。


「今なんて?」


「嫌です」


「お前、状況分かってんのか?」


 三人がタローを囲む。


「…………」


 タローは考えた。


 まずい。


 非常にまずい。


 相手は三人。


 こちらは一人。


 しかも今日、スライムに負けたばかりである。


「話し合いません?」


「あ?」


「ほら、暴力って何も生まんやないですか」


「何言ってんだこいつ」


「俺、話聞くの得意ですよ」


「知らねぇよ!」


「相づちもレベル三あります」


「もっと知らねぇよ!」


 駄目だ。


 《聞き上手》も《相づち》も、相手が話をする気にならなければ意味がないらしい。


「スマホ置いて消えろ」


「それは困るなぁ」


「なら痛い目見るか?」


 大柄な男が拳を鳴らした。


 タローは一歩下がった。


「いやいや……」


 今日はもう十分痛い目を見ている。


 スライムに吹き飛ばされ、斜面を転がり落ちた。


「ほんま勘弁してほしいんやけど」


「だったら――」


 男がタローの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした。


 その時だった。


「三人で一人を囲むとは」


 低い声。


 男たちの動きが止まった。


「誰だ?」


 全員が振り返る。


 通りの向こう。


 一人の青年が立っていた。


 年齢はタローと同じくらいに見える。


 粗末な服。


 腰には武器すらない。


 黒い髪は無造作に伸び、身体つきは引き締まっている。


 だが、それ以上に。


「…………」


 タローは青年を見た瞬間、不思議な感覚を覚えた。


 何だろう。


 普通の人間に見える。


 なのに。


 何かが違う。


「なんだてめぇ」


 大柄な男が青年を睨んだ。


「関係ねぇ奴は引っ込んでろ」


「そうか」


 青年は淡々と答えた。


「ならば俺には関係ない」


「だったら消えろ」


「ああ」


 青年は本当に立ち去ろうとした。


「ちょちょちょ!」


 タローが叫んだ。


 青年が止まる。


「助けてくれる流れちゃうん!?」


「関係ないと言われた」


「素直すぎるやろ!」


 男たちが笑い出した。


「なんだこいつら」


「馬鹿じゃねぇのか」


 タローは青年を見る。


「お願い! ちょっとだけ関係あることにして!」


「なぜだ?」


「俺が困ってるから!」


「…………」


 青年は少し考えた。


「分かった」


「分かるんや!?」


 青年がこちらへ戻ってくる。


 大柄な男が舌打ちした。


「面倒くせぇ。こいつもやっちまえ」


 三人が青年へ向き直る。


 タローは慌てた。


「待って! 三人おるで!」


「見れば分かる」


「武器も持ってないやん!」


「必要ない」


「いやいやいや――」


 その瞬間。


 大柄な男が青年へ殴りかかった。


「死ね!」


 拳が迫る。


 青年は避けなかった。


 ただ。


 片手を上げた。


 パシッ。


「……え?」


 大柄な男の拳が止まった。


 青年が片手で受け止めている。


「なっ……」


 男が腕を引こうとする。


 動かない。


「離せ!」


「…………」


 青年は男の拳を握ったまま、首を傾げた。


「弱いな」


「は?」


 次の瞬間。


 青年が腕を軽く振った。


「うおっ!?」


 大柄な男の身体が宙に浮いた。


「え?」


 タローの口が開く。


 成人男性一人が。


 まるで袋でも投げるように。


 飛んだ。


 ドンッ!


「ぐあっ!」


 男は数メートル先の地面へ転がった。


「…………」


 残り二人が固まる。


 タローも固まる。


 青年だけが平然としていた。


「次は?」


 静かな一言。


 二人の男が後ずさる。


「こ、こいつ……!」


「なんなんだよ!」


 タローも同じことを思っていた。


 なんなんだ、この男。


 その時。


 青年の身体から、一瞬だけ何かが揺らめいた。


 空気が震える。


 目には見えない。


 だが。


 タローの本能が告げていた。


 スライムと戦った時とは比較にならない。


 目の前にいる青年は――。


 とんでもなく強い。


 タローはまだ知らない。


 この出会いが偶然ではないことを。


 そして。


 名すら思い出せないこの青年が、かつて別の世界で――。


 人々から最強の武人の一人として恐れられた魂を持つことを。

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