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『平凡な俺が異世界で最強の二人と国を造る』 ~武力も知略もないけれど、出会いだけには恵まれているようです~  作者: ダイヤマ


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第3話 スライムにも勝てない


 ぷるん。


 青い半透明の身体が、道の真ん中で小さく跳ねた。


 タローは木の枝を両手で構え、その姿をじっと見つめていた。


「よし……」


 相手はスライム。


 異世界初心者の登竜門。


 ゲームなら最初の村の周辺に出てきて、適当に攻撃していれば倒せるような相手だ。


 少なくとも、タローの知識ではそうだった。


「職業《生物》でも、さすがにいけるやろ」


 自分に言い聞かせる。


 筋力十二。


 耐久十一。


 敏捷十三。


 それがこの世界でどの程度なのかは分からない。


 だが身体は二十歳まで若返っている。


 相手は剣を持った盗賊でも、巨大なドラゴンでもない。


 ぷるぷるしているだけのスライムだ。


「これ倒してレベル上げたらええねん」


 タローの頭の中に希望が戻ってきた。


 そうだ。


 今が弱いなら、レベルを上げればいい。


 この世界にはレベルがある。


 職業だってランクアップする可能性が――。


「……《生物》ってランクアップするんかな」


 一瞬、不安になった。


 生物の次は何になるのだろう。


「……高等生物?」


 嫌すぎる。


「まあええ!」


 今考えても仕方ない。


 まずはレベル一から脱出することだ。


「いくで!」


 タローが地面を蹴った。


「うおおおおっ!」


 木の枝を大きく振り上げる。


 狙いは完璧。


 少なくとも本人はそう思った。


 スライムめがけて一気に振り下ろす。


 ――バシッ!


「おっ!」


 命中した。


 青い身体が大きく潰れる。


「いけるやん!」


 しかし。


 ぷるん。


「……ん?」


 スライムは何事もなかったように元の形へ戻った。


「効いてない?」


 ぷるん。


「いやいや」


 タローは木の枝を握り直した。


「もう一発!」


 バシッ!


 ぷるん。


「もう一発!」


 バシッ!


 ぷるん。


「なんでや!」


 まるで効いている様子がない。


 むしろ木の枝の方が怪しくなってきた。


「スライムって物理攻撃効きにくいタイプなん!?」


 そんなこと、神様は一言も説明していない。


「世界観の説明くらいしてから送り出せや!」


 神様への文句を叫んだ、その瞬間だった。


 スライムの身体が大きく縮む。


「ん?」


 次の瞬間。


 ボンッ!


「うわっ!?」


 青い塊が凄まじい勢いで飛んできた。


 咄嗟に木の枝を前へ出す。


 ドンッ!


「ぐえっ!」


 想像以上の衝撃だった。


 タローの身体が後ろへ弾き飛ばされる。


 尻から地面に落ちた。


「いったぁ……!」


 両腕が痺れている。


「ちょっと待て!」


 慌てて立ち上がる。


「スライムってこんな強いん!?」


 ぷるん。


 スライムがこちらを向いている。


 顔がないので、本当に向いているかは分からない。


 だが。


 なんとなく――。


 馬鹿にされている気がした。


「……腹立つな」


 タローは再び枝を構えた。


「今のは油断しただけや」


 相手の攻撃方法は分かった。


 身体を縮めてから突進。


 なら、その瞬間に避ければいい。


「俺には敏捷十三がある!」


 その数字が高いのか低いのかは知らない。


 スライムが縮む。


「来た!」


 タローは横へ飛んだ。


 ボンッ!


「よし!」


 避けた。


 スライムが横を通過する。


「もらった!」


 着地したスライムへ木の枝を振り下ろす。


 バシッ!


 やはり潰れる。


「今度こそ!」


 ぷるん。


「ですよね!」


 元に戻った。


 そして。


 ボンッ!


「早っ――」


 ドンッ!


「ぐほっ!」


 今度は腹に直撃した。


 タローの身体が地面を転がる。


「いっ……た……」


 腹を押さえながら起き上がる。


 普通に痛い。


 というか、かなり痛い。


「これ……」


 タローの表情から笑みが消えた。


「もしかして俺、負ける?」


 目の前にいるのはスライムである。


 ドラゴンではない。


 魔王でもない。


 名前すら分からない、ただの青いスライム。


「いやいやいや!」


 タローは首を振った。


「それはあかん!」


 異世界に来た。


 チートはなかった。


 職業は《生物》。


 スキルは《相づち》と《聞き上手》。


 魔力ゼロ。


 ここまでは耐えた。


「スライムに負ける主人公はあかんやろ!」


 誰に言っているのか分からない。


 しかし、タローにとっては重大な問題だった。


「考えろ……」


 木の枝でダメなら別の方法。


 周囲を見る。


 石。


 草。


 木。


「石!」


 タローは手頃な石を拾った。


「柔らかい身体なら、これを――」


 投げる。


「食らえ!」


 石が飛ぶ。


 スライムの横を通り過ぎた。


「…………」


 タローは自分の手を見た。


「器用十六ちゃうんかい」


 ぷるん。


「いや、待て」


 スライムが縮む。


「ちょっと待って」


 さらに縮む。


「今のなし!」


 ボンッ!


「うわあああ!」


 タローは全力で横へ走った。


 スライムが背後を通過する。


「危なっ!」


 振り返る。


 スライムはすぐにこちらへ向きを変えた。


「しつこいな!」


 ぷるん。


「もうええって!」


 ボンッ!


「うおっ!」


 避ける。


 また縮む。


「待て待て待て!」


 ボンッ!


「休憩ないんか!」


 タローは走った。


 攻撃する余裕などなくなっていた。


 右へ。


 左へ。


 必死に逃げる。


 だが、身体能力は平凡。


 すぐに息が切れてくる。


「はぁ……はぁ……」


 一方。


 スライムは元気いっぱいだった。


 ぷるん。


「なんでお前疲れてへんねん……」


 ぷるん。


「その動き腹立つわぁ……」


 また縮む。


「来い!」


 タローは構えた。


 今度こそ避ける。


 ボンッ!


 タローは右へ飛んだ。


 しかし。


「え?」


 スライムが空中で軌道をわずかに変えた。


「曲がるん!?」


 ドンッ!


「ぐあっ!」


 肩に直撃。


 タローの身体が吹き飛ぶ。


 木の枝が手から離れた。


 地面へ倒れる。


「……痛ぁ」


 立ち上がろうとする。


 だが、肩が痛い。


 腹も痛い。


 足も震えている。


「これ……マジであかんやつや」


 ようやく理解した。


 これはゲームではない。


 攻撃を受ければ普通に痛い。


 体力がゼロになったらどうなるのか。


 そんなこと試す必要もない。


 死ぬ。


「…………」


 スライムがこちらへ近づいてくる。


 ぷるん。


 ぷるん。


「…………」


 タローはゆっくり立ち上がった。


 戦うか。


 逃げるか。


 プライドを取るか。


 命を取るか。


 答えは――。


「逃げる!」


 即決だった。


 タローは踵を返した。


「うおおおおお!」


 全力疾走。


 後ろなど見ない。


 異世界に来て初めての戦闘。


 その結果。


 田中太郎――改めタローは。


 スライム一匹から全力で逃走していた。


「誰が最弱モンスターやねん!」


 走る。


「めちゃくちゃ強いやないか!」


 走る。


「神様聞いてるか!?」


 走る。


「せめて剣くらいくれええええ!」


 当然、神から返事はない。


 背後から、


 ぷるん。


 という音が聞こえた。


「まだ来てる!?」


 振り返る。


 スライムが追ってきている。


「なんでや!」


 タローは必死に走った。


 道を外れ、草むらへ飛び込む。


 枝が顔に当たる。


 それでも止まらない。


「はぁ! はぁ!」


 しばらく走ったところで、小さな斜面が見えた。


「うわっ!」


 足を滑らせる。


 そのまま斜面を転がり落ちた。


「痛い痛い痛い!」


 ゴロゴロと転がり、最後は茂みへ突っ込んだ。


「…………」


 動けない。


 全身が痛い。


 タローは茂みの中で息を殺した。


 しばらく待つ。


 ぷるん。


 遠くで音がした。


「…………」


 ぷるん。


 少しずつ遠ざかっていく。


 さらに数分。


 完全に音が聞こえなくなった。


「……助かった?」


 タローは恐る恐る顔を出した。


 スライムはいない。


「…………」


 身体から一気に力が抜けた。


「死ぬかと思った……」


 仰向けになる。


 空が見える。


 青くて綺麗な空だった。


「異世界……怖っ」


 数時間前までの自分を殴りたい。


 剣。


 魔法。


 冒険。


 英雄。


 何が英雄だ。


 スライムにすら勝てなかった。


「俺……」


 タローは自分の手を見る。


「ほんまに弱いやん」


 笑えなかった。


 職業《生物》。


 魔力ゼロ。


 戦闘スキルなし。


 それでも心のどこかでは思っていた。


 いざ戦えば何とかなる。


 異世界へ来た人間なのだから、何か特別なものがあるはずだ。


 しかし。


 何もなかった。


「チートなしって……こういうことか」


 初めて実感した。


 この世界では、自分は特別ではない。


 むしろ何も知らない分、この世界の普通の人間より弱い可能性すらある。


「これからどうすんねん……」


 金もない。


 家もない。


 知り合いもいない。


 戦う力もない。


 スライムすら倒せない。


 急に心細くなった。


「……帰れるんかな」


 小さく呟く。


 神様は何も言っていなかった。


 帰る方法があるのか。


 そもそも元の世界で自分がどうなっているのか。


 それすら分からない。


「…………」


 しばらく黙っていた。


 だが。


 腹が鳴った。


 ぐぅぅぅ。


「……腹減った」


 どれだけ絶望しても腹は減る。


 タローは苦笑した。


「生物やもんな」


 またそれか。


 自分で自分に突っ込みながら、ゆっくり立ち上がる。


 肩は痛むが動かせる。


 足にも大きな怪我はなさそうだ。


「とにかく、人がおるところ探さんと」


 今度はモンスターを見つけても絶対に近づかない。


 スライムでも逃げる。


「経験値とか後回しや」


 命の方が大事だ。


 タローは斜面を登った。


 先ほどの道へ戻ろうとしたが、走り回ったせいで方向が分からない。


「……迷った?」


 周囲を見る。


 森。


 草原。


 遠くの山。


「最悪や……」


 しかし、高い場所まで登って周囲を見渡した時だった。


「あれ?」


 遠く。


 地平線の向こう。


 何かが見えた。


 細い煙。


 一つではない。


 いくつもの煙が空へ上がっている。


「煙……」


 自然に発生したものには見えない。


「人がおる!」


 タローの表情が明るくなる。


 煙の方向へ目を凝らす。


 かなり遠い。


 だが、道らしきものもそちらへ続いている。


「町か村か分からんけど……」


 ようやく希望が見えた。


「行くしかないな」


 タローは歩き始めた。


 足は痛い。


 腹も減っている。


 喉も渇いている。


 それでも、さっきまでより足取りは軽かった。


 人がいる。


 それだけで安心する。


「待ってろ異世界」


 タローは遠くの煙を見ながら呟いた。


「俺はまだ諦めてへんぞ」


 スライムには負けた。


 盛大に負けた。


 だが、まだ初日だ。


「ここからや」


 そう自分に言い聞かせ、歩き続ける。


 やがて夕方。


 空が赤く染まり始めた頃。


 タローは小高い丘へ辿り着いた。


「おお……!」


 その向こうに見えた。


 石造りの壁。


 門。


 その奥には、いくつもの建物が並んでいる。


 間違いない。


 人の住む場所だ。


「やっと着いた……!」


 タローは思わず拳を握った。


 門の上では、一枚の旗が風になびいている。


 もちろんタローはまだ知らない。


 その場所が――。


 世界でも有数の弱小国家。


 スキルと職業に恵まれない者たちが多く暮らし、優秀な人材が次々と国外へ流出している国。


 《スギルヨワ王国》。


 そして。


 この国との出会いが、自分の人生を大きく変えることを。


「飯……」


 そんな壮大な未来など知る由もなく。


 タローの頭にあるのは、一つだけだった。


「とにかく飯食いたい……」


 スライムに敗北した異世界生活初日。


 タローは命からがら、スギルヨワ王国へと辿り着いた。

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