第32話 強くするにも金がいる
翌朝。
王城の訓練場には、数百人の兵士たちが集められていた。
ネオセカンド王国との戦いを生き延びた者もいれば、王都の守備についていたため戦場へ出なかった者もいる。
その全員の前に立っているのは、ソニルだった。
「今日から訓練方法を変える」
兵士たちの間に緊張が走る。
ネオセカンド軍との戦いで、ソニルが何をしたのか。
すでに王都の兵士で知らない者はいない。
敵将バルガスを倒し、数百人の敵兵の中へ一人で突入。最後には敵本陣の軍旗まで叩き落とした。
そんな男が自分たちを鍛えるというのだ。
「安心しろ」
ソニルが言った。
「今日は軽めにする」
兵士たちの表情が少しだけ緩んだ。
「よ、よかった……」
「初日だからな」
「さすがにいきなり無茶はさせないか」
その二時間後。
「…………」
「…………」
「もう……無理だ……」
訓練場には、大量の兵士が転がっていた。
「立て」
ソニルだけが平然としている。
「まだ半分だ」
「半分!?」
「嘘だろ……」
「これで軽めなのか……?」
兵士たちの顔から絶望が広がった。
◇
「おーい、ソニル」
そこへタローがやって来た。
昨日見つけた鍛冶師、ガンドも一緒だった。
「訓練どう?」
「順調だ」
「そうなん?」
タローが訓練場を見る。
そして足を止めた。
兵士が転がっている。
あっちにも。
こっちにも。
壁際では、一人の兵士が完全に燃え尽きた顔で空を見ていた。
「…………」
タローがソニルを見る。
「何人死んだ?」
「誰も死んでいない」
「そこ確認せなあかん訓練やめろ!」
「軽めにした」
「これで!?」
「ああ」
「お前の軽めを普通の人間に適用したらあかんねん!」
ソニルは少し不思議そうだった。
「これくらいならできるだろう」
「お前はできるやろな!」
タローが兵士たちを見る。
「みんな大丈夫?」
「タ、タロー様……」
一人の兵士が震える手を上げた。
「助けてください……」
「何されたん?」
「走って……武器を振って……また走って……盾持って走って……」
「休憩は?」
「一度……」
「何分?」
「五分……」
タローがゆっくりソニルを見る。
「鬼やん」
「戦場では待ってもらえない」
「それはそうやけど!」
そこへアフラもやって来た。
「何を騒いでいる?」
「見て!」
タローが地面に転がっている兵士たちを指差す。
「ソニル式訓練の結果!」
アフラは周囲を見渡した。
「なるほど」
「なるほどちゃうやろ!」
「ソニル」
「何だ?」
「お前を基準にするな」
ソニルが黙った。
「俺を?」
「ああ。お前にできることが、普通の兵士にもできると思うな」
「…………」
前世の記憶を取り戻したことで、ソニルの戦闘技術は飛躍的に上がった。
しかし、それによって別の問題も生まれていた。
呂布として戦っていた頃の感覚が戻ったせいで、自分と普通の兵士との能力差が以前より分かりにくくなっている。
「では、どうすればいい?」
ソニルが聞く。
アフラは少し考えた。
「全員を同じ方法で鍛える必要はない」
「どういうことだ?」
「職業が違う」
アフラは兵士たちを見る。
「剣士、槍士、騎士、弓使い。さらにレベルもスキルも違う。それを同じ訓練に放り込んでどうする」
「…………」
「剣士には剣士の役割がある。槍士には槍士の役割がある。それぞれに必要な能力を伸ばせばいい」
ソニルはしばらく考えた。
「なるほど」
そして地面に転がる兵士たちを見る。
「では、もう一度やる」
「今日は休ませたって!」
◇
その日の午後。
兵士たちの職業、レベル、得意武器、スキルが調べられた。
ソニルはそれを見ながら部隊を分けていく。
「剣士はこっちだ」
「はい!」
「槍士は向こう」
「はい!」
「騎士は盾を持って集まれ」
午前中とは違う。
全員へ同じ訓練を課すのではなく、それぞれの職業に合った訓練を考えていく。
剣士には攻撃と回避。
槍士には間合いの維持と集団戦。
騎士には盾を使った防御と隊列。
弓使いには射撃だけでなく、距離を保ちながら移動する訓練。
ソニル自身に兵士を育てた経験が豊富にあるわけではない。
それでも、戦うことについての知識と経験は圧倒的だった。
「剣を振る時、力を入れすぎるな」
「ですが、強く振らないと威力が……」
「必要なのは当てることだ。外れれば威力など意味がない」
「なるほど……」
別の場所では。
「槍を短く持つな」
「はい!」
「お前の強みは剣より遠くから攻撃できることだ。自分からその利点を捨てるな」
「はい!」
少しずつ。
ソニル自身も変わり始めていた。
自分が敵を倒すのではない。
どうすれば、この兵士が敵を倒せるようになるのか。
今までとは違うことを考え始めている。
その様子をタローが眺めていた。
「なんか先生っぽくなってきたな」
アフラが頷く。
「あいつに必要なのは、自分より弱い者の感覚を知ることなのかもしれない」
「それ一番難しそうやな」
「ああ」
◇
そして、もう一人。
兵士たちを熱心に観察している男がいた。
ガンドだ。
「…………」
一人の剣士を見る。
「おい」
「は、はい!」
「剣を見せろ」
兵士が剣を渡す。
ガンドは確認すると、すぐに言った。
「重い」
「そうですか?」
「お前にはな。刃を少し削って重心を手元へ寄せた方がいい」
「分かるんですか?」
「見れば分かる」
次の兵士。
「お前」
「はい!」
「槍を貸せ」
少し確認する。
「柄をもう少し長くしろ」
「ですが、今でも十分長いですが」
「お前は背が高い。それに腕も長い。もう少し伸ばした方が間合いを取れる」
さらに騎士の盾を見る。
「これは駄目だ」
「えっ?」
「重心が外側へ寄りすぎている。長時間構えたら腕が死ぬ」
次々と問題点を指摘していく。
タローは横で見ながら感心していた。
「やっぱこいつ連れてきて正解やったんちゃう?」
「間違いない」
アフラも同意する。
ソニルが兵士の戦い方を変える。
ガンドが、その兵士に合わせて武器を変える。
その二つが噛み合えば、王国軍は今までとはまったく違う軍になるかもしれない。
「これなら強くなりそうやな」
タローが言った。
だがアフラの表情は明るくなかった。
「問題がある」
「何?」
「金だ」
「あー……」
タローも現実に戻された。
◇
その日の夕方。
三人とガンドは、王城の倉庫へ向かった。
目的は一つ。
昨日ガンドが話していた、魔物の素材について調べるためだ。
倉庫には今回の戦い以前から集められていた様々な物資が保管されている。
「魔物の素材は?」
アフラが役人へ尋ねる。
「こちらです」
案内された場所には、いくつもの箱が積まれていた。
魔物の牙。
角。
骨。
甲殻。
皮。
そして魔石。
「結構あるやん」
タローが箱の中を見る。
「これ売ったら金になるんちゃう?」
「一部は売っています」
役人が答える。
「一部?」
「魔石や状態の良い皮などは商人へ売っています。ただ、牙や骨などはあまり値がつきません」
「これは?」
ガンドが大きな角を持ち上げた。
「それは処分する予定です」
「処分?」
「あまり使い道がありませんので」
ガンドの眉が動いた。
「馬鹿か」
「え?」
「これを捨てるのか?」
「は、はい」
「なんで?」
「この国では加工できる職人がほとんどいません」
ガンドは角を確認する。
「魔力が残っている。槍の穂先に使える」
「これが?」
タローも覗き込む。
「普通の鉄よりいいの?」
「加工次第ではな」
次にガンドは魔物の甲殻を手に取った。
「これは盾に使える」
牙を見る。
「短剣か矢尻」
骨を見る。
「こっちは杖にも使える」
役人が驚いている。
「そんな使い道が……」
「知らなかったのか?」
「この国には、魔物素材を専門的に加工できる職人がほとんどおりませんので……」
タローが嫌な予感を覚えた。
「ちょっと聞いていい?」
「はい」
「こういう素材、今までどうしてたん?」
「価値があるものだけ安値で商人へ売り、残りは処分しています」
「…………」
「どうされました?」
タローはゆっくりアフラを見る。
「俺ら、金ないんやんな?」
「ああ」
「金になるかもしれん物、捨ててたん?」
「そうなるな」
「…………」
タローが頭を抱えた。
「やっぱヨワスギルやん!」
「スギルヨワ王国です」
役人が訂正する。
「そこはもうええねん!」
◇
アフラはすぐに調査を始めた。
王都の商人から過去の取引記録を集め、周辺国でどのような魔物素材が取引されているのかを確認する。
結果。
ガンドの話は正しかった。
スギルヨワ王国では価値が低いと思われていた素材の中に、国外では高値で取引されているものがいくつもあった。
「これ、普通に売ればええんちゃう?」
タローが言う。
「それでも今よりは金になる」
アフラが答える。
「ただし、それでは利益が少ない」
「じゃあどうするん?」
「加工する」
ガンドを見る。
「できるか?」
「物による」
「この角は?」
「できる」
「甲殻は?」
「できる」
「牙は?」
「問題ない」
「全部できるやん」
タローが笑う。
アフラは一本の角を手に取った。
「素材のまま国外へ売るのではなく、この国で武器や防具に加工する」
「その方が高く売れる?」
「当然だ」
ガンドが答える。
「なるほどな」
タローも理解した。
これまで捨てていた魔物素材。
それをガンドたちが加工する。
優れた物は王国軍へ。
余った物は国外へ売る。
軍備を強化しながら金も稼げる。
「めっちゃええやん!」
タローが喜ぶ。
「これで国庫問題解決?」
「そんな簡単ではない」
アフラが即答する。
「え?」
「作った商品を誰が売る?」
「…………」
「どの国へ、いくらで、どの道を使って運ぶ?」
「…………」
「商人との交渉は?」
「…………」
「税は?」
「待って待って」
タローが手を上げた。
「急に難しくなった」
「だから必要なんだ」
「何が?」
「商売に詳しい人間が」
嫌な予感がした。
アフラがタローを見る。
「タロー」
「なんで俺見るん?」
「商人を探してくれ」
「また人探し!?」
「お前が一番向いている」
「いやいや、ガンドはたまたまやって!」
「そのたまたまをもう一度やってこい」
「無茶苦茶言うな!」
しかし他に適任者もいない。
翌日。
タローは再び王都へ出ることになった。
◇
「商人って言われてもなぁ」
王都の市場。
タローは一人で歩いていた。
周囲には無数の店が並び、野菜、肉、衣服、武器、雑貨など様々な商品が売られている。
「普通に店やってる人に声かけたらええんかな」
しかし。
ガンドの時とは違う。
今回は商売に詳しいだけでは足りない。
国外との取引まで考えられる人物が必要になる。
「そんな都合ええ人おる?」
その時だった。
「だから言ってんだろ! それ全部売れ!」
市場の奥から大きな声が聞こえた。
「何?」
人だかりができている。
タローも近づいてみる。
中心には、一人の男がいた。
二十代後半くらい。
商人らしい服装をしているが、周囲の商人たちから睨まれている。
「馬鹿を言うな!」
一人の商人が怒鳴った。
「これは今、一番値が上がっている商品だぞ!」
「だから売れって言ってんだよ」
男が面倒そうに答える。
「三日後には値崩れする」
「何を根拠に!」
「北から同じ商品を積んだ商隊が来てる。明日には王都へ着く」
「そんな話、聞いていないぞ!」
「そりゃお前が情報集めてないからだろ」
「なんだと!」
周囲がざわつく。
男は別の商品を指差した。
「それより今買うならこっちだ」
「こんなもの?」
「ああ。数日後には倍近くなる」
「だから何を根拠に言っている!」
「南の街道で魔物が出た。輸送が止まり始めてる。このままなら王都への入荷量が減る」
「…………」
「そんなことも分からず商売してんのか?」
「貴様!」
商人が顔を真っ赤にする。
タローは少し離れた場所から、そのやり取りを見ていた。
「…………」
商売の話はよく分からない。
ただ、一つだけ分かる。
男の言い方が、とにかく悪い。
「なんであんな喧嘩売るような言い方すんねん」
その時。
男がこちらを見た。
「何見てんだ?」
「いや」
「文句あるなら言え」
「…………」
タローは昨日のことを思い出した。
客の注文を勝手に変えて、店を潰しかけていた鍛冶師。
そして今日。
今度は市場の真ん中で、商人たち全員を敵に回している男。
「また変なんおる……」
タローは小さく呟いた。




