第31話 潰れかけの鍛冶屋
「また変な奴と出会った気するんやけど」
タローは目の前の男を見ながら呟いた。
三十代くらいの大柄な男で、太い腕にはいくつもの火傷の痕がある。服や顔には煤がつき、地面に落とした荷物の中には金槌や鑿、ヤスリなどの工具が入っていた。
どう見ても鍛冶師だ。
しかも昨日、アフラから言われたばかりだった。
『まず必要なのは、武器や防具を作れる人間だ』
そして今朝、人材を探し始めてまだほとんど時間が経っていない。
その状態で、店を畳もうとしている鍛冶師と道端でぶつかった。
「……偶然やんな?」
「何がだ?」
「いや、こっちの話」
タローは落ちた工具を拾い、男へ渡した。
「ごめんな。俺が前見てへんかった」
「俺もだ」
「ところで、さっき店畳むって言ってたやん?」
「ああ」
「鍛冶屋?」
「ああ」
「なんで畳むん?」
「客が来ない」
「なんで?」
「知らん」
「…………」
会話が終わった。
タローは少し待った。
しかし男は、それ以上何も言わない。
「いや、もうちょいなんかあるやろ」
「何が?」
「客が来なくなった理由とか」
「知らん」
「ほんまに?」
「ああ」
男は工具を袋へ戻し始める。
タローは少し考えた。
「店、見せてもらっていい?」
「なぜ?」
「俺、鍛冶師探してんねん」
男の手が止まった。
「お前が?」
「正確には国が」
「国?」
「まあ色々あってな」
タローは説明しようとしたが、長くなりそうなので途中でやめた。
「とりあえず腕のいい鍛冶師探してる。店畳むんやったら、その前にちょっと見せてよ」
「構わん」
「ええんや」
「ああ」
「その辺は軽いな」
◇
男の名前はガンドだった。
案内された鍛冶屋は、王都の大通りから少し外れた場所にあった。
店構えは古いが、決して汚くはない。
ただし。
「…………」
タローは店の中へ入った瞬間、足を止めた。
剣。
槍。
短剣。
鎧。
盾。
壁や棚には大量の武具が並んでいる。
「めっちゃあるやん」
「ああ」
「これ全部売り物?」
「ああ」
「全然売れてへんの?」
「ああ」
「なんでやねん」
タローは近くにあった剣を手に取った。
武器について詳しいわけではない。
それでも、王国兵が持っていた剣と比べれば違いくらいは分かる。
刃は綺麗に整えられ、握った時の重さも悪くない。
「これ、普通にええ剣ちゃうの?」
「普通ではない」
「そうなん?」
「俺が作った」
「そこ自信あるんや」
「当然だ」
タローは思わず笑った。
喋らない男なのかと思ったが、鍛冶の話になると少しだけ雰囲気が変わる。
「腕には自信ある?」
「ある」
「どれくらい?」
「王都の鍛冶師には負けん」
「めちゃくちゃ自信あるやん!」
それなのに店は潰れかけている。
ますます意味が分からない。
その時だった。
「おい!」
店の入口から声がした。
一人の冒険者らしき男が入ってくる。
「ガンド! この前頼んだ剣できてるか?」
「ああ」
ガンドが一本の剣を取り出した。
「これだ」
冒険者が受け取る。
「……ん?」
しばらく剣を見たあと、眉をひそめた。
「俺が頼んだのと違わないか?」
「違う」
「違うんかい」
なぜかタローが突っ込んだ。
「俺、軽い剣が欲しいって言ったよな?」
「ああ」
「これ前より重くなってるぞ!」
「お前の戦い方なら、その重さの方がいい」
「なんで勝手に決めるんだよ!」
「軽くすると耐久が落ちる。お前は剣で攻撃を受ける癖があるから折れる」
「だからって説明くらいしろ!」
「今した」
「作る前にしろ!」
冒険者が怒鳴る。
タローは横で黙って見ていた。
なるほど。
少し分かってきた。
「あと値段!」
「銀貨十八枚だ」
「前は十五枚って言ってただろ!」
「材料を変えた」
「それも先に言え!」
「今言った」
「だから作る前に言え!」
冒険者は頭を抱えた。
「もういい! 二度と来るか!」
剣を置いて、そのまま店を出ていく。
静かになった。
タローはガンドを見る。
「原因お前や!」
「何が?」
「客来ん原因!」
「なぜだ?」
「なんで分からへんねん!」
タローはさっきの剣を指差した。
「勝手に注文変えたらあかんやろ!」
「だが、あいつにはこっちの方が合っている」
「そうやとしても説明せな!」
「説明した」
「完成してからな!」
ガンドは納得していない様子だった。
「でも剣自体は、前より良くなってるんやろ?」
「ああ」
「ほんまに?」
「間違いない」
タローは剣を見る。
ガンドは嘘をついているようには見えない。
「もしかして、客の武器見ただけで分かるん?」
「ある程度はな」
「どうやって?」
「見れば分かる」
「いや、それが分からんから聞いてんねん」
ガンドは少し考えたあと、タローが腰につけている短剣を指差した。
「それを貸せ」
「これ?」
「ああ」
タローが短剣を渡す。
ガンドは鞘から抜き、刃や柄を確認した。
「安物だな」
「いきなり悪口!?」
「事実だ」
「もうちょい言い方あるやろ」
ガンドは気にせず短剣を見る。
「刃の重心が前に寄りすぎている。お前の腕力なら、もう少し手元へ寄せた方が扱いやすい」
「分かるん?」
「ああ。それと柄が少し太い」
「俺普通に使えてるで?」
「使えることと、合っていることは違う」
ガンドは短剣をタローへ返した。
「直せる?」
「簡単だ」
「どれくらい?」
「一時間」
「そんな早いん?」
「ああ」
タローはガンドをじっと見る。
「なあ、ステータス見せてもらってもいい?」
「なぜ?」
「ちょっと気になって」
「構わん」
ガンドがステータスを表示する。
タローは職業欄を見る。
【職業:鍛冶師】
「やっぱ鍛冶師か」
さらにスキル欄を見る。
いくつか鍛冶関係のスキルが並んでいる。
その中に、タローの知らない名前があった。
【職業スキル:《武具改良》】
「武具改良?」
「ああ」
「これ珍しいん?」
「知らん」
「自分のスキルやろ!」
「他人のスキルなど調べん」
「ほんま鍛冶以外興味ないんやな……」
タローは《武具改良》の説明を確認した。
武器や防具の構造、使用者との相性、欠点などを把握し、素材や形状を変更することで性能を改善する職業スキル。
「これ結構すごない?」
「便利ではある」
「便利どころちゃう気するけど」
タローは昨日のことを思い出した。
王国軍の装備は古く、今回の戦争で大量に破損している。
新しい武器を揃える金もない。
だが、既存の武器を改良できるなら話は変わる。
「ちょっと待ってて」
「何を?」
「人呼んでくる」
◇
一時間ほど後。
タローはアフラを連れて戻ってきた。
「こいつ?」
「ああ」
アフラは店内を見渡す。
壁に並ぶ武器を一本手に取ると、刃や重さを確かめた。
「ガンドと言ったな」
「ああ」
「これはお前が?」
「そうだ」
「王国軍で使っている剣を見たことは?」
「ある」
「どう思う?」
「悪い」
「即答やな」
タローが苦笑する。
アフラは気にせず続けた。
「具体的には?」
「重い。刃が厚すぎる。使っている鉄も均一じゃない。兵士全員にほぼ同じ形のものを持たせているのも良くない」
「なぜ?」
「人によって腕力も戦い方も違う」
「なるほど」
アフラの目つきが少し変わった。
「既存の武器を改良できると聞いた」
「ああ」
「百本なら?」
「できる」
「五百本」
「時間があれば」
「千本」
「職人が足りん」
「職人がいれば?」
「できる」
アフラが黙った。
タローには、その顔に見覚えがあった。
戦場で何かを思いついた時の顔だ。
「ガンド」
「何だ?」
「店を畳むそうだな」
「ああ」
「なら王国で働かないか?」
ガンドが初めて少し驚いた顔をした。
「王国?」
「軍の武具を改良してほしい」
「断る」
「早っ!」
タローが思わず声を上げた。
アフラは表情を変えない。
「理由は?」
「面倒だ」
「…………」
「人が多いところは嫌いだ」
「お前、商売向いてなさすぎるやろ」
「だから店を畳む」
「開き直んな!」
◇
アフラが説得しても、ガンドは首を縦に振らなかった。
金を提示しても興味がない。
地位にも興味がない。
王城の工房を使えると言っても反応は薄かった。
「困ったな」
店を出たあと、アフラが呟いた。
「珍しいな。お前でも無理なん?」
「相手が欲しいものが分からなければ交渉はできない」
「欲しいもの……」
タローは店の中を見る。
ガンドは黙々と剣を片づけていた。
「ちょっと俺、話してみるわ」
「何か考えがあるのか?」
「ない」
「ないのか」
「でも話聞いたら分かるかもしれんやん」
タローは店へ戻った。
◇
「なあ、ガンド」
「何だ?」
「なんで鍛冶師になったん?」
「急に何だ?」
「別にええやん。ちょっと聞かせて」
ガンドは最初、面倒そうな顔をしていた。
それでもタローは急かさなかった。
少しずつ話を聞く。
いつから鍛冶を始めたのか。
どんな武器を作りたいのか。
何が楽しいのか。
逆に、何が嫌なのか。
タローは時々相づちを打ちながら、ガンドの話を聞き続けた。
「へえ」
「それで?」
「なるほどなぁ」
最初は短くしか答えなかったガンドも、鍛冶の話になると徐々に言葉が増えていった。
「俺は武器を売りたいわけじゃない」
「そうなん?」
「ああ。使う奴に合った武器を作りたい」
「それで注文勝手に変えるん?」
「必要ならな」
「そこは直した方がええと思うで」
「なぜだ?」
「それは後で教える」
ガンドは少し不満そうだったが、話を続けた。
「同じ剣でも、使う奴によって必要な形は違う。腕力、身長、構え方、職業、スキル。それを全部考えて作るのが面白い」
「なるほど」
「だが客は見た目と値段ばかり気にする」
「まあ買う側からしたら大事やからな」
「だから面倒になった」
ようやくタローにも分かってきた。
ガンドが欲しいのは金ではない。
「なあ」
「何だ?」
「王国軍の武器、好きに改良してええって言われたら?」
ガンドの目が少し動いた。
「どういう意味だ?」
「兵士いっぱいおるやん」
「ああ」
「剣士も槍使いも騎士もおる。体格も職業もスキルも違う」
ガンドが黙る。
「一人一人見て、その人に合った武器作れたら?」
「…………」
「面白そうちゃう?」
ガンドの表情が、初めて明確に変わった。
「何人いる?」
「そこ食いつくんや」
「何人だ?」
「千人くらい?」
「全員違う武器を?」
「いや、そこまでは知らんけど」
「できる」
「え?」
「やってみたい」
「急にやる気出た!」
店の外で聞いていたアフラが入ってくる。
「条件は可能な限り整える」
「好きに作っていいのか?」
「軍として最低限の規格は必要だ。ただし改良については任せる」
「工房は?」
「王城にある」
「炉は?」
「ある」
「職人は?」
「集める」
「素材は?」
「それも用意する」
ガンドは少し考えたあと、頷いた。
「ならやる」
「決まりだ」
タローが笑った。
「最初からそれ言えばよかったんちゃう?」
アフラが首を振る。
「俺には、こいつが何を望んでいるのか分からなかった」
「話聞いたら普通に教えてくれたで?」
「それができるのがお前なんだろう」
「そうなん?」
その瞬間、タローの視界に文字が浮かんだ。
【《聞き上手》の熟練度が上昇しました】
【《相づち》の熟練度が上昇しました】
「またこれか」
「どうした?」
「いや、いつものやつ」
タローは軽く流した。
しかしアフラは、その様子を少しだけ気にしていた。
◇
その日の夕方。
ガンドは王城の工房へ案内された。
そこには今回の戦争で破損した武器が山のように積まれている。
「うわ……」
タローが顔をしかめた。
「これ全部直すん?」
ガンドは答えなかった。
一本の剣を手に取る。
次に槍。
さらに盾。
武具を確認するたびに、ガンドの表情が変わっていく。
先ほどまで店を畳もうとしていた男とは思えない。
「これなら使える」
ガンドが折れた剣を持ち上げた。
「直せるん?」
「直すだけじゃない」
「じゃあ?」
「もっと良くする」
その言葉を聞いて、アフラが尋ねる。
「どれくらい変えられる?」
「素材次第だ」
「素材か……」
ガンドが頷く。
「この国で使っている鉄だけでは限界がある。もっと良い鉱石か、魔物の素材があれば面白い」
「魔物?」
タローが反応する。
「武器に使えるん?」
「当然だ。牙、角、甲殻、骨。魔力を持つ魔物なら、普通の鉄より優れた素材になることもある」
「へえ……」
タローは何気なく聞いていた。
だがアフラは違った。
「待て」
ガンドを見る。
「魔物の素材は国外でも価値があるのか?」
「物による」
「高く売れるものも?」
「ある」
「この国では?」
「ほとんど捨てているな」
アフラの表情が変わった。
「なぜ?」
「加工できる職人が少ないからだ」
少しの沈黙。
タローもようやく気づく。
「……もしかして」
「ああ」
アフラが頷いた。
「武器だけではないかもしれない」
「何が?」
「この国が金を稼ぐ方法だ」
国庫はほぼ空。
軍備を整えるにも、食料を買うにも金が必要になる。
その最大の問題を解決する手掛かりが、思わぬところから出てきた。
タローはガンドを見る。
今朝、偶然道端でぶつかっただけの男。
店を畳もうとしていた、少し変わった鍛冶師。
その一人との出会いが、王国軍の武器だけでなく、国そのものを変える可能性まで生み始めている。
「…………」
タローは少し考えたあと、首を傾げた。
「俺、今日鍛冶師一人探しに来ただけやんな?」
「ああ」
「なんで国の金の話まで進んでんの?」
アフラは少しだけ笑った。
「お前が変な奴と出会ったからだろう」
「やっぱ俺のせいなん?」
もちろんタローはまだ知らない。
この出会いが、本当にただの偶然ではなかったことを。




