第33話 口の悪い商人
市場の真ん中で、一人の男が大勢の商人を敵に回していた。
「だから、それを今持ってても損するだけだって言ってんだろ」
「貴様に何が分かる!」
「分かるから言ってる」
「なら証拠を見せろ!」
「北門に行って見てこい。明日の昼までには商隊が着く。荷車は最低でも二十台。その半分以上に同じ商品が積まれてる」
「なっ……」
男は迷うことなく言い切った。
周囲の商人たちは怒っているが、その中には不安そうな顔をする者もいる。
タローには商売のことなどほとんど分からない。
ただ、この男が適当に話しているようには見えなかった。
「…………」
そして何より、昨日は客との会話が壊滅的で店を潰しかけていた鍛冶師と出会ったばかりだ。
今日は市場中の商人から嫌われていそうな男。
「また変なんおる……」
タローが呟くと、男がこちらを見る。
「何見てんだ?」
「いや、見てただけ」
「なら帰れ」
「口悪っ!」
「用がないなら邪魔だ」
「初対面やで!?」
男は興味を失ったように視線を戻した。
タローは少し迷った。
普通なら関わらない方がいい。
だが今日は、アフラから商売に詳しい人間を探してこいと言われている。
「なあ」
「何だ?」
「ちょっと話せへん?」
「嫌だ」
「即答!?」
「俺は忙しい」
「さっきから喧嘩してるだけやん!」
「情報交換だ」
「どこがやねん!」
その時、近くにいた商人がタローへ声をかけた。
「兄ちゃん、そいつには関わらない方がいいぞ」
「そうなん?」
「そいつはロイスだ。口だけは達者だが、性格が悪すぎて誰も一緒に商売したがらん」
「誰が口だけだ」
ロイスが振り返る。
「三日前、小麦を全部売れと言っただろ」
「それがどうした!」
「昨日から値が下がってる」
「…………」
「あと一週間持ってれば、もっと損するぞ」
「うるさい!」
商人は顔を真っ赤にして立ち去った。
タローはその背中を見送る。
「……ほんまに下がってんの?」
「ああ」
「なんで分かったん?」
「調べたからだ」
ロイスは当然のように答えた。
「何を?」
「必要なもの全部だ」
「例えば?」
「天候、収穫量、街道の状態、商隊の動き、各都市の在庫、魔物の出現状況。それくらい見れば大体分かる」
「…………」
「何だ?」
「いや、普通にすごない?」
「普通だ」
「絶対普通ちゃうと思うけど」
ロイスは面倒そうな顔をする。
「商売ってのは、安く買って高く売ればいいだけじゃない。どこで物が余って、どこで足りなくなるかを先に知った奴が勝つ」
「なるほどなぁ」
「例えば今なら、王都で薬草を買う奴は馬鹿だ」
「なんで?」
「南の街道が魔物のせいで止まりかけてる。二、三日もすれば入荷量が減って値段が上がる」
「ほな今買った方がええんちゃう?」
「売る側ならな」
「……あれ?」
タローが首を傾げる。
ロイスが眉間にしわを寄せた。
「お前、本当に商売分かってないな」
「せやで」
「なんでそんな堂々としてるんだ」
「分からんもんは分からん」
「…………」
ロイスが初めて少しだけタローに興味を持ったようだった。
「で、お前は何者だ?」
「タロー」
「名前じゃない」
「最初に名前聞くやろ普通!」
「用件を聞いてる」
「ほんま会話しにくいな!」
◇
タローは近くの露店で飲み物を二つ買った。
一つをロイスへ渡す。
「いらん」
「まあまあ」
「なぜ俺に?」
「話聞きたいから」
「何の?」
「商売の」
ロイスは少し警戒しながらも飲み物を受け取った。
二人は市場の端にある木箱へ腰を下ろした。
「で?」
「ロイスって商人なん?」
「一応な」
「店は?」
「ない」
「商会は?」
「所属してない」
「じゃあ普段何してんの?」
「情報を売ってる」
「情報?」
「ああ。どこで何が安いとか、どの街道が危険だとか、どの商品の値段が上がりそうだとか。そういう情報だ」
「へえ」
「たまに自分でも売買する」
「儲かってんの?」
「そこそこ」
「でも市場の人らからめっちゃ嫌われてるやん」
「どうでもいい」
「よくないやろ」
「金さえ払えば商売はできる」
「ほんまに?」
「ああ」
タローは少し考える。
「じゃあ、なんで一人なん?」
ロイスの表情が少し変わった。
「何が?」
「それだけ色々分かるなら、でかい商会とか入った方が儲かるんちゃう?」
「入ったことはある」
「あるんや」
「三つほどな」
「全部辞めた?」
「全部追い出された」
「やっぱり!」
「何がやっぱりだ」
「絶対その口の悪さやろ!」
ロイスは黙った。
「何したん?」
「別に」
「聞くから言ってみ」
「一つ目は、会頭の仕入れが間違ってると言った」
「言い方は?」
「こんな仕入れしてたら商会が潰れるぞ、馬鹿なのかって」
「アウト!」
「二つ目は不正な帳簿を見つけた」
「それはロイス悪くないやん」
「だから全員の前で責任者を詐欺師と呼んだ」
「もうちょい方法あったやろ!」
「事実だ」
「事実でも言い方ってもんがあるねん!」
「三つ目は――」
「もう大体想像つくわ」
タローは頭を抱えた。
ガンドと同じだ。
能力はある。
むしろ能力だけならかなり高い。
しかし、人との付き合い方が壊滅的。
「ロイス」
「何だ?」
「人に嫌われてる自覚ある?」
「ある」
「あるんかい!」
「だから一人でやっている」
タローはしばらく黙ってロイスを見た。
この男は性格が悪いというより、思ったことをそのまま言ってしまうだけなのかもしれない。
「でも商売は好きなん?」
「嫌いではない」
「何が面白い?」
「…………」
ロイスが少し考える。
「予想が当たることだ」
「予想?」
「誰も価値が上がると思っていない商品を安く買う。それが数日後、本当に上がる」
「うん」
「逆に、皆が買っている商品が暴落する前に売り抜ける」
「なるほど」
「商売は人より一歩先を見るゲームみたいなものだ」
「へえ」
タローはロイスの話を遮らずに聞いた。
「それで?」
「街道一つ止まるだけでも値段は変わる。魔物が出ても変わるし、戦争でも変わる。国王が税を一つ変えただけでも市場は動く」
「そんな変わるん?」
「ああ。全部繋がってる」
「おもろいな」
「……分かるのか?」
「いや、細かいことは全然」
「じゃあ何が面白いんだ」
「ロイスが楽しそうに喋ってるから」
「…………」
ロイスが黙った。
「何?」
「いや」
少しだけ視線を逸らす。
「お前、変な奴だな」
「最近めっちゃ言われるわ」
その瞬間。
タローの視界に文字が浮かんだ。
【《聞き上手》の熟練度が上昇しました】
【《相づち》の熟練度が上昇しました】
「お」
「どうした?」
「なんでもない。続けて」
「まだ聞くのか?」
「ええやん。暇やし」
「俺は暇じゃない」
「さっき忙しい言いながら喧嘩してたやん」
「だから情報交換だ」
「まだ言うか」
◇
しばらく話を聞いたあと、タローは本題へ入った。
「なあ、ロイス」
「何だ?」
「魔物の素材って詳しい?」
「物による」
「牙とか角とか甲殻とか」
「当然知ってる」
「国外では高く売れる?」
「加工されていればな」
タローの表情が変わる。
「やっぱり?」
「素材のままなら安い。加工技術を持っている国へ持っていけば多少は上がるが、輸送費を考えれば大した利益にはならん」
「じゃあ、この国で加工したら?」
ロイスがタローを見る。
「誰が加工する?」
「腕のええ鍛冶師がおる」
「何人?」
「今は一人」
「話にならん」
「これから増やす!」
「なら生産量次第だ」
ロイスの態度が少し変わった。
「何を作れる?」
「武器とか防具」
「品質は?」
「俺には分からんけど、アフラはかなり評価してた」
「アフラ?」
「ああ」
「今回の戦争で軍を指揮した奴か?」
「知ってるん?」
「当然だ。五千のネオセカンド軍を千五百で追い返したんだぞ。商人なら情報くらい集める」
「へえ」
「待て」
ロイスがタローを見る。
「お前、タローって言ったな」
「言ったで」
「まさか、今回の戦争にいたタローか?」
「多分それ俺」
「…………」
「何?」
「もっと頭の切れる男だと思っていた」
「どういう意味や!」
タローが思わず立ち上がる。
「報告では後方をまとめた中心人物の一人だろ」
「話聞いたりお願いしたりしてただけや!」
「それで兵が動いたなら同じだ」
「国王と同じこと言うやん……」
ロイスは少し考え込んだ。
「それで、なぜ王国の人間が魔物素材の話を俺にする?」
「実はな」
タローはスギルヨワ王国が魔物素材を利用して新しい産業を作ろうとしていることを説明した。
ガンドが加工する。
優れた武具は王国軍へ回す。
余った商品を国外へ売り、国庫へ金を入れる。
話を聞くにつれ、ロイスの目つきが変わっていった。
「なるほど」
「どう?」
「考え方自体は悪くない」
「おお!」
「ただし穴だらけだ」
「急に落とすやん」
「まず売る国を決めていない。輸送経路もない。生産量も不明。品質基準もない。価格設定もできていない。国外の需要も調べていない」
「…………」
「それに王国が直接売るつもりなら税制も見直す必要がある」
「…………」
「聞いてるか?」
「途中から全然分からん」
「なんで俺に聞いた!」
「せやから、そういうの分かる人探してんねん」
タローはロイスを見る。
「ロイス、やってくれへん?」
「何を?」
「今言ったやつ全部」
「…………」
「俺ら分からんから」
「そんな理由で仕事を頼む奴がいるか?」
「ここにおる」
ロイスが呆れた顔をした。
「断る」
「なんで?」
「王国なんかに雇われたら自由に商売できなくなる」
「じゃあ自由にしたらええやん」
「簡単に言うな」
「俺、特別顧問やで」
「それがどうした?」
「仕事内容めっちゃフワッとしてるから、たぶん自由にできる」
「意味が分からん」
「俺も分からん」
「…………」
ロイスが頭を押さえた。
「お前と話してると疲れる」
「よく言われる」
「さっきは変な奴と言われるって言ってただろ」
「似たようなもんや」
◇
その日の午後。
「なんで俺が王城にいるんだ……」
ロイスは王城の一室で頭を抱えていた。
「来てるやん」
「話を聞くだけだ」
「はいはい」
目の前にはアフラ。
隣にはガンド。
そしてタローが座っている。
机の上には、魔物素材とガンドが試しに加工した短剣が置かれていた。
「これを?」
ロイスが短剣を持つ。
「ガンドが作った」
アフラが答える。
「素材は?」
「グレイウルフの牙と鉄だ」
ガンドが答えた。
ロイスは刃を確認する。
「いくらで作れる?」
「材料があれば銀貨六枚程度だ」
「作業時間は?」
「今なら半日。慣れればもっと短くできる」
「職人を増やせば?」
「数は作れる」
「国外なら……」
ロイスの表情が変わった。
「何?」
タローが聞く。
「銀貨十五枚でも売れる」
「倍以上!?」
「国によっては二十枚でもいける」
アフラがすぐに尋ねる。
「どこだ?」
「西のバルディア王国。冒険者が多いから魔物素材の武器は需要がある。ただし、この品質を維持できればだ」
「輸送は?」
「街道を使えば十日前後。ただし途中に関所が二つある。税を考えるなら別の道もある」
「安全性は?」
「商隊を組めば問題ない」
アフラとロイスの会話が急に速くなる。
タローは途中から完全についていけなくなった。
「…………」
隣を見る。
ガンドは短剣しか見ていない。
「ガンド」
「何だ?」
「分かる?」
「商売は知らん」
「仲間おった」
「何の話だ?」
「なんでもない」
一方、アフラとロイスはまだ話している。
「最初から大量に作る必要はない」
ロイスが言った。
「なぜだ?」
「市場の反応を見る。まず百本。それを二つか三つの都市に分けて売る」
「なるほど」
「どこで一番高く売れるか確認してから生産量を増やす」
「失敗した場合の損失も小さい」
「そういうことだ」
アフラが少し笑った。
「使えるな」
「何だその言い方は」
「褒めている」
「聞こえん」
タローが吹き出した。
「お前ら相性ええんちゃう?」
「どこがだ!」
ロイスが即座に否定する。
◇
一時間後。
話し合いは終わった。
ロイスは椅子から立ち上がる。
「じゃあ帰る」
「待て」
アフラが止める。
「何だ?」
「王国で働かないか?」
「断る」
「また即答や」
タローが笑う。
「理由は?」
「俺は誰かの下で働くのが嫌いだ」
「なら雇わない」
「何?」
「王国専属の商人になる必要はない。取引ごとに報酬を払う」
ロイスが少し反応した。
「利益の何割だ?」
「そこは交渉だ」
「…………」
ロイスとアフラが互いを見る。
タローは嫌な予感がした。
「これ長くなるやつ?」
「黙ってろ」
二人から同時に言われた。
「なんで俺だけ怒られんねん!」
◇
結局。
ロイスは王国に所属しない。
その代わり、魔物素材を使った商品の販売、価格設定、輸送、国外商人との交渉を担当し、利益の一部を報酬として受け取る。
そんな契約が結ばれた。
「よし!」
タローが満足そうに頷く。
「商人ゲット!」
「物みたいに言うな」
「ガンドの次はロイスか」
「何が次だ?」
「こっちの話」
タローは笑った。
昨日は鍛冶師。
今日は商人。
必要な人材を探しに行けば、不思議なくらい都合よく変わった人間と出会う。
「…………」
タローが少しだけ首を傾げた。
「さすがに出来すぎちゃう?」
その言葉にアフラが反応する。
「お前もそう思うか?」
「え?」
「俺も少し気になっていた」
アフラはタローを見る。
「ガンドと出会った翌日に、今度はロイスだ」
「まあ……確かに」
「俺とソニルに出会ったことも含めれば、偶然にしては妙だ」
タローは自分のステータスを開いた。
「でも何もないで?」
表示されているスキルを確認する。
《聞き上手》。
《相づち》。
その他、これまでに取得した能力。
そこに、人との出会いに関係するようなスキルは存在しない。
「ほら」
タローがステータスを見せる。
アフラも確認した。
「……確かにないな」
「やっぱ偶然やろ」
「そうなのかもしれない」
アフラはそう答えたものの、完全には納得していない様子だった。
もちろん。
二人がいくらステータスを確認しても見つかるはずがない。
《めぐりあう運命》。
神が面白半分で表示されないようにした、タロー本人すら知らない隠れスキルなのだから。
◇
それから数日。
スギルヨワ王国は少しずつ変わり始めた。
ソニルによる兵士の訓練。
ガンドによる武器の改良。
アフラによる軍の再編。
そしてロイスによる、新しい商品の販売計画。
まだ成果が出たわけではない。
国庫も相変わらず厳しい。
ネオセカンド王国との国力差も圧倒的なままだ。
それでも。
何もできずに敵が来るのを待っていた以前とは違う。
弱小王国が、少しずつ動き始めていた。
◇
同じ頃。
スギルヨワ王国から遠く離れた場所。
ネオセカンド王国の王城では、一枚の報告書が国王の前に置かれていた。
「……もう一度言え」
低い声が大広間に響く。
報告に来た男が頭を下げた。
「五千の軍勢は敗北。残存兵はすでに国内へ戻っております」
「五千だぞ」
「はい」
「相手は?」
「開戦時、およそ千五百」
国王の手が震えた。
「五千が……千五百に敗れた?」
誰も答えない。
国王は報告書を乱暴に掴んだ。
「バルガスは?」
「戦死しております」
「誰にやられた」
「ソニルという男です」
国王が報告書へ視線を落とす。
そこには三つの名前が何度も記されていた。
ソニル。
アフラ。
タロー。
「ソニル……敵将を討ち、単身で本陣へ突入」
「はい」
「アフラ……偽の援軍を作り、我が軍を混乱させた」
「はい」
「そして」
国王の指が、最後の名前で止まった。
「タロー」
「はい」
「こいつは何をした?」
報告に来た男が少し困った顔をする。
「それが……」
「何だ?」
「はっきりしません」
国王の眉が動いた。
「はっきりしない?」
「前線で敵将を討ったわけでも、軍を指揮したわけでもありません。しかし負傷兵をまとめ、物資を動かし、崩れかけた後方を立て直したとの報告があります」
「それだけか?」
「そのはずなのですが……」
男が別の資料を差し出した。
「戦後、この三人は揃ってスギルヨワ王国の特別顧問となっております」
国王が資料を見る。
「ソニルとアフラなら分かる」
「はい」
「なぜタローまで?」
「分かりません」
その時。
国王の隣にいた一人の男が口を開いた。
「陛下」
「何だ?」
「その男を調べるべきかと」
「タローを?」
「はい」
「なぜだ。警戒すべきはソニルとアフラではないのか?」
「ソニルは分かりやすい。圧倒的な武力を持つ男です」
男は続ける。
「アフラも分かります。軍を動かし、策を用いる知略の持ち主」
そして報告書に記されたタローの名前を指差した。
「しかし、この男だけ分からない」
「…………」
「何ができるのか分からない。なぜ二人と行動しているのかも分からない。それなのに、常に三人の中心にいる」
国王の表情が変わる。
「なるほど」
「分からないものほど、先に調べるべきです」
国王はしばらくタローの名前を見つめた。
そして命じた。
「調べろ」
「はっ」
「ソニルとアフラもだ。しかし特に――」
国王の指が、一つの名前を叩いた。
「タローという男を徹底的に調べろ」
こうして。
本人が知らないところで。
戦えないはずの男が、ネオセカンド王国から最も正体の分からない危険人物として警戒され始めていた。




